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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
35/64

今時のギャング/phase-2

作戦は首謀者の取り逃がしという最悪の結末に終わる。

そんな中、幸太郎には変化が訪れる。

そして、違う組織もテロ事件を追い始める。

 携帯電話の電波を捉えた現場には頭部の吹き飛んだ警官の遺体があった。

 公安特捜部からの通報でローラー作戦から急行した県警捜査一課が現場を調べていた。

 「復元できそうにないな」

 鑑識の堀田は顔をしかめる。

 「どうする。遺族が納得しないぞ」

 真下は遺体を見つめ、言葉を吐き出す。

 「それ以前に誰にも見せられません」

 富田は顔を青くする。

 「撃った弾は見つかったか?」

 「でっかい弾丸が二個。リムレス薬莢が二個」

 「科捜研に連絡。線条痕を調べさせろ」

 鑑識が急いでいる間に真下は現場をさらう。

 ふと見慣れないモノを見つける。

 「おい!お前たちはこれを見落としたのか!」

 鑑識に怒鳴る。

 「なんですか!?」

 真下の手にはビニール製の針付きパッケージが一つ。

 「これからDNAを割り出せるかもしれないんだぞ!」

 「いえ、同じものが山ほど発見されていて」

 「なに!?」

 これこれと鑑識が手招きするので向かうと同様の残骸が小山を作っていた。

 「こんだけあれば、DNAの残骸なんてごまんと」

 「……」

 多量の薬物。

 危険な香りが、ツンとした。

 不意にガタッと音がする。

 なにかが物陰から飛び出る。

 「待て!!」

 人だ。少年が逃げている。

 先回りした制服警官が立ち塞がるが、少年は彼らにバタフライナイフを振り回す。

 真下は背後からタックルで吹き飛ばし、取り押さえる。

 「なんだよ!!」

 じたばた抗う少年は叫ぶ。

 「『なんだよ』じゃねぇ!なんでここにいる!」

 「知るかよ!勝手にきやがって!!」

 「まあいい。銃刀法違反の現行犯だ!こってり絞らせてもらうぞ!」


 愛知県警科学捜査研究所


 「こんな所になんの用ですか?緊急で召集されて捜査一課から山ほど来てるのに」

 欠伸をしながら白衣の男が面倒臭そうに応対する。

 「この薬物に関して調べてくれない?試薬だと覚醒剤でもコカインでもなさそうだから」

 稲垣はここに薬物を持ち込み、鑑定を依頼しにきたのだ。

 「化学薬品をガスクロとかX線とかシンクロトロンに掛ければどうにか構造もわかりますが……。他の件が山積みで……」

 「早くやって!公安特捜部による甲種命令です」

 それを聞いて頭をボリボリとかきむしる。

 「わかりました。どう頑張っても数日はかかりますから、そのつもりで」

 「そう。お願いね」

 稲垣が立ち去ると白衣の男は一息つく。

 「まずはメルクインデックスから調べるか」

 男は山ほどある鑑定依頼に頭を抱えながら自分の椅子へと戻っていった。


     *************


 事件から一夜明け、社会は歪みから戻ろうとしていた。

 陸自と警察によって治安維持のための警戒が行われる中、幸太郎は本を買いに外出した。

 無論一人になれるわけではない。

 護衛のためにマリアが恋人のようにふるまうのだ。

 エミリーはそれについてくる。

 そして何人かが俺の近くで無関係を装いつつ警戒する。

 ちょっとした外出でここまでの厳戒態勢だ。

 街を歩いているとメールが来たらしく携帯が震える。

 確認をするが典型的な迷惑メールだ。

 HなOLがうんたらかんたら……。

 削除アイコンで削除する。

 「あっ……」

 不意に何かが当たるとどこからか声が聞こえる。

 他人とぶつかったらしい。

 「あ、大丈夫ですか?」

 手を差し出す。

 「ありがとうございます」

 少し照れたように俯く少女に幸太郎は見覚えがあった。

 「っ!?もしかして」

 「へ?……あ!紀伊くん!?紀伊くんだよね!?久しぶり!」

 少女は当時からまるで変わっていなかった。

 特徴的な長い銀髪を結わえている少女は、それこそ同級生とは思えない低い背をどうにかしたいのか少々厚底の靴を履いていた。

 鈴の音のような声は当時とは変わらない無邪気さにあふれている。

 ロリータ服とはいかないがフリルが使われたワンピースを着ている。

 「松代(まつしろ)喜咲(きさき)ちゃん?」

 そして、何ともまったく変わらない胸の平坦さ。

 高校生になって、ここまで来ると驚きよりも関心の印象だ。

 「そうだよ!」

 喜ぶ顔に幸太郎は驚きを隠せなかった。

 「それにしても彼女さん?きれーだなぁ……」

 喜咲は「ほぉ〜」「へぇー」「はぁ……」とまじまじと見つめる。

 「初めまして、マリア・ローゼンハイムです」

 「へぇ!外人さんだ!国際派だ!」

 喜咲は目を輝かせている。

 「この子は?」

 「こいつは松代喜咲。中学の同級生で手芸部の同期だ」

 「はじめまして」

 「同級生なの!?」

 マリアはひどく驚く。

 「よく中学生とか小学生に間違われますが……」

 はにかんでいる喜咲に目を奪われた。

 ふと鋭い視線を感じるとふくらはぎを思いっ切り蹴られた。

 背後にはエミリーちゃんがいた。

 酷く軽蔑した目。

 『こんな幼い少女に欲情しているのか』と瞳は語っている。

 「あれ?もう一人?」

 どうも俺の背後にいたエミリーに気が付いたらしい。

 「エミリー」

 マリアが諭すとエミリーちゃんはおずおずと出てくる

 「エミリー・ローゼンハイム」

 ぼそりとエミリーちゃんはいう。

 「モテモテだね!紀伊くん!」

 喜咲の言葉が来ると再度、背後から蹴りがふくらはぎに来る。

 殺し屋の蹴りは非常に重い。

 「どうしたの?」

 「いや。なんでもない」

 心配する喜咲にふくらはぎをさすりながら答える。

 「そうだ!」

 ふいに喜咲は提案した。

 「仲良くなった記念に、一緒に買い物しよ!」


     *************


 神奈川県川崎市 京浜総合病院


 「あぁ、ああぁっ……!陽子……」

 両手で目を覆っている女性は東條院月子(つきこ)。東條院陽子の実母であった。

 「見てられんよ!!」

 目を伏せ、鬼のような形相で泣いているのは東條院一郎(いちろう)。東條院陽子の実父であり東條院エレクトロニクスの社長であった

 「私の一人娘が!なぜ!なぜ!なぜ!こんなことにぃっ!!」

 もはやどうしようもないほどになっていた。

 出来る限り会わせるべきではないと言ったのに、何を考えたのか、この病院のお偉いがたは家族を呼んだのだ。

 何も知らない並の人間にも見せるのは戸惑われるのに、家族なんかに見せられるわけないのに、窓越しにガッツリ見せてしまったのだ。

 看護士は制止しようとした蓮池たちを振り切って、容体を見せて詳細を言った挙句どこかへいってしまったのだ。

 「(何かいうことできるか?)」

 「(そんな度胸ないぞ)」

 耳打ちで会話する。

 下手に触れればこっちの命も危ない。

 「刑事さん。犯人を捕まえたら私の前に持ってきてください」

 「!?」

 「私が!!この手で!嬲り殺します!!」

 この男。ひどく肝が据わっている。

 「できません」

 「なんだとぉぉぉぉぉお!!」

 蓮池は襟をつかまれる。

 「落ち着いてください!」

 「貴様に私の気持ちがわかるか!!わからないだろ!!」

 蓮池を激しく揺さぶる。

 もはや正気ではない。

 修羅だ。

 これは、修羅なのだ。

 「一人娘が連れ去られ!帰ってきたと思ったら暴行され子を孕まされていた!」

 「……」

 「貴様に!この仕打ちの!悔しさが!苦しさが!悲しさが!わかるか!!」

 ひとしきり叫んだかと思うと不意にうなだれ倒れる。

 急に気を失い倒れたのだ。

 「一郎さん!?」

 「誰か!担架を持ってきてくれ!人が倒れた!!」

 真田は意識を確認すると大声で叫んだ。


 「余程、ショックだったんだな」

 「わかるよ。娘がああなったらと思うと、ぞっとする」

 「娘がいたのか」

 真田はそれまで知らなかった。

 「嫁と一緒に実家にいる。親権剥奪も目前だな」

 はははと乾いた笑いが出る。

 「笑うなよ。悲しいじゃないか」

 見かねた真田が咎める。

 「そうか」

 蓮池が態度を改めると「それでいいのさ」といって真田は背中を軽くはたく。

 「さてと」

 蓮池はベンチから立ち上がる。

 「今宮電子事件を調べるぞ」

 伸びをして腰を回す。

 「どうして?」

 「明らかに関係してるな、この件と」

 刑事の勘が働いた。


     *************


 「ごめんね。持たせちゃって」

 「いいのいいの。男っていうのはそういうもんだろ」

 背後からくるエミリーちゃんの蹴りを華麗に回避しながら話す。

 今日だけでかなり慣れた。

 「あ、大柴さん!!」

 喜咲は急に手を振る。

 視線の先にはサングラスをかけた黒服がいた。

 その背後には全スモークガラスの黒塗りのセダンもある。

 「え?」

 どう見ても『その筋』の人だ。

 「あの車に乗せて」

 「あ、ああ。わかった」

 とにかく黒塗りセダンの後部座席に紙袋を載せる。

 「ありがと♪」

 「どう、いたしまして」

 すごい朗らかな笑顔で言われて何ともドギマギしてしまう。

 「あ!アドレス交換しよっか!」

 「え!?あ、ああ」

 呆気にとられながら赤外線でアドレスを交換する。

 「これで男の人のアドレスは二つ」

 「え?」

 「おじいちゃんと、紀伊くんと」

 何処かホッとしている自分がいる。

 だが、引っかかることがあった。

 「お父さんは?」

 そう。祖父よりずっと身近な男性。

 当然入っていないといけない。

 今時どの職種でも携帯は必須だ。

 「それが、この前……」

 表情が暗くなる。

 ……まずい。地雷を踏みぬいちまった。

 「……すまない……不用意にそんなこと聞いて」

 「え?ううん。知らなかったんだもん。しょうがないよ」

 そうはいうが目には涙がたまっている。

 「お嬢を泣かせるな!」

 黒服がとんできて掴みかかる。

 「やめて!大柴さん!」

 「でもお嬢!」

 「しょうがないよ。ついさっき再会したんだもん……」

 「……わかりました」

 黒服が素直に引き下がる。

 「また今度ね」

 そういって手を振る。

 「ああ。また今度」

 そういって俺はその場から帰るのだった。


 幸太郎君はあの頃とちっとも変ってなかった。

 ひとにやさしくて、ちょっと照れ屋で、でもどこか悲しそうな表情をして。

 「お嬢?どうしましたか?」

 「ううん。なんでもない」

 幸太郎君は、今は新しい生活をしているんだ。

 自分も、変わらないと。


     *************


 「あの喜咲って娘、いつ知り合ったの?」

 マリアは抱いていた疑問を幸太郎に問う。

 明らかに普通じゃない。

 付き添っていた黒服はまるでマフィアの護衛だ。

 「彼女とは中学1年のころに知り合ったんだ。部活で」

 「部活?」

 「ああ。手芸部史上初で唯一の男子部員だったのさ。運動もできない。怖い先生が嫌。緩い空気に惹かれてね。校則でも女子限定じゃなかったしな」

 黒い羊。

 思い出す言葉はこれだった。

 「……それがいじめの原因なんじゃないの?」

 「いや。それが原因とは言えないのさ。攻撃の口実にも文句にもそれは出てこなかった。それに、原因にしてはやけにタイムラグがあったんだ」

 「そうなんだ……」

 やけに冷静でどこか他人事な幸太郎の言葉に、どこか現実から遊離した感覚を覚える。

 「なんでさっき聞いた話をもう一度聞くんだ?」

 少しの沈黙の後幸太郎が問いかける。

 「いえ。あのボディガード。『本物』だったわ。拳銃を提げてる」

 「やっぱりか」

 あの黒服の正体に幸太郎は気が付いていたようだ。

 「だから気になったの。一応は一般市民なんでしょ、あなた」

 「そりゃ。人ではなくなったが人の道は踏み外していないさ」

 「……?」

 人ではない。人としての道は踏み外していないが。

 矛盾する言葉は混乱を生み出した。

 「……いや、今のは忘れてくれ」

 幸太郎が顔をそらす。

 「おねがいだ」

 幸太郎の影が、一際深くなった気がした。


     *************


 世界は暗かった。

 澱んだ沼から見上げた蒼穹は沼の色を透かす。

 赤い血の色が薄まっていく。

 俺は、何をしたいんだ。

 目の前にいるのは、誰?

 「貴様に力を与えよう」

 そうだ。

 俺は力が欲しいんだ。

 誰かが与えようとした「それ」を掴んだ瞬間

 右手に焼石を突き立てられたかのような激痛が……


 「……ッ!!」

 飛び起きる。

 夢だったか。

 偶に見る痛覚(いたみ)のある夢。

 ここ最近は見なかった。

 疲れているのか。

 頭の奥の疼痛も酷い。

 「俺は……」

 どうなっているんだ。

 「これは」

 そんなこと、あったか?


     *************


 月曜になって俺はまず、その厳戒態勢に驚く羽目になった。

 迎えに来たのはFJクルーザーだった。

 中には何度か顔を合わせた秋津さんがいた。

 なんとなく理由を察した。

 敵は一般市民にカモフラージュする可能性があるのだ。

 襲撃に対して万全の対策を施しているのだ。

 「ローゼンハイム。頼むぞ」

 「わかりました」

 さらにローゼンハイム姉妹も同乗する。

 テロ組織の動きを抑えるためここまでするのだ。

 「驚いているのかい」

 「そりゃ、まあ」

 「しょうがないさ。単純なテロリストとは違って組織自体が異常なまでに流動的だからな」

 秋津さんの手元にはアタッシェケースがある。

 気になってじっと見つめていると秋津さんは気が付いたらしい。

 「まあ、『中身』は察しろ」

 そういうことか。

 大抵、中身は要人警護用のMP5Kコッファー特殊短機関銃。

 非武装を装うボディガードが携帯するための特殊装備だ。

 「ある程度までは私も同行する」

 「わかりました」

 いま、俺はターゲットなのだ。

 歯がゆさに苛立ちが募った。


     *************


 愛知県豊橋市 豊橋公園


 ベンチに座って、とある男を茅ヶ崎は待っていた

 アメリカの国務省高官の来日が差し迫りつつあるなか、国内で頻発するテロ事件に茅ヶ崎は頭を抱えていた。

 ここ一〜二週間のテロリストの活性化の一因はこの国務省高官来日だろう。

 これまでもアメリカ政府高官の来日のたびに各地の米軍基地に向けて迫撃砲を設置する事件が発生してきた。

 だが今回は毛色が違う。

 直接攻撃を仕掛けるつもりなのかもしれない。

 それに呼応するように違う組織も行動する。

 これがノレン混乱の原因だった。

 「史上類を見ないテロ頻発期か」

 さすがに四月のJPLFによるテロ計画と誘拐事件や大型連休の韓国工作員による攻撃事件は隠蔽できなかったものの、そのほかの事件に関してはどうにかしてきた。それすら嘲笑うかのごとくテロ組織は捜査網をすり抜けていく。テロ資金の預金封鎖に成功した時にはほとんどの資金が全く違う口座に移し替えられていたり、強制捜査の直前に夜逃げされたり。

 「〈我々アメリカ政府は諸君らに情報の提供をしてきたが、それすら用をなさないか〉」

 目の前に現れたのはCIAの工作担当官レスター・ジョンソンだった。

 「〈レスター君。君の情報は何とも不正確かつ抽象的だね〉」

 「〈そうはいっても〉」

 「〈言わんとしていることはわかるよ〉」

 缶コーヒーをすすると茅ヶ崎はレスターに向き直る。

 CIAはいつもそうだ。

 重要な同盟国どころか自国政府の高官であっても――時には大統領にすら――不正確な情報を平気で渡し、納得させる。

 それが方針なのだ。しょうがない。

 彼もそうせざるを得ないのだ。

 そんな中でもレスターは比較的協力的だ。

 「〈で、どのような要件でわざわざこんな地方都市に呼び出したんだ?〉」

 「〈CIAに緊急で協力要請を行いたい。国外に広がっているテロネットワークを追跡して金脈を掘り当ててもらいたい〉」

 「〈リスキーだな〉」

 レスターは溜息を吐く。

 「〈こうでもしないと国内のテロリストを止められないからな〉」

 「〈我々には得がないが〉」

 どうも不満らしい。

 「〈日本が崩壊しないだけでも儲けものだと思わないか〉」

 「〈そこまで大事か?〉」

 レスターは首をかしげる。

 「〈襲撃が現実となったら日米両国が損害を被る。そう考えると他人ごとではないだろう?株式や為替にも大きな影響もあり得る〉」

 言ってみると効果はあった。

 「〈……わかりました。一応、掛け合ってはみます〉」

 「〈頼んだよ〉」

 レスターはそのまま去る。

 「さてと」

 ベンチから立ち上がると茅ヶ崎は伸びをする。

 「カレーうどんを食べてから帰るか」

 丁度昼食にはいい時間だった。


     *************


 今宮電子汚職事件。

 インターネットを中心に話題となっている汚職事件である。

 事の顛末は経産大臣時代の浜口大臣の資産として今宮電子の一万枚分の株券が登録されていたことから始まる。

 浜口大臣の選挙区は兵庫県。彼の選挙区内に産官学連携高等技術産業特区が設定され、そこの認可一号として今宮電子は新事業所と工場を設置したのだ。

 今宮電子の新工場に関しては怪しい噂がかねてから存在し、工場用地の買収に浜口大臣が関わっているといわれていた。

 ここからネット上では地元でのヒアリングなどの結果で噂がある程度まで本当であることが判明したのだ。浜口大臣は地元の名士であり、極端なことを言えば彼のやることを誰も否定できないのだ。

 新製品発表時と新工場稼働時に今宮電子の株価は跳ね上がり、浜口大臣は最終的に800万円も得をしたとされる。

 さらには用地買収の際のヒトとカネの動きから地元暴力団から在日朝鮮人団体、同和団体、キリスト教系政治団体、環境保護団体、反自衛隊団体にまで連なる黒い金脈までもが示唆された。

 反発した住民が警察に告訴するも田舎警察特有の代議士贔屓(ひいき)もあって捜査はないも同然。

 告発した人物も街宣右翼や暴力団、新興宗教団体による嫌がらせ、娘に対しての強姦、子供に対するいじめ、果ては自殺、不審死が続発するなどの異常事態も確認されたとも言われる。

 直接の関係がない東京の有権者と弁護士が一度検察に告発したものの、捜査も起訴も見送られ事態は悪化の一途をたどった。

 「なるほど」

 蓮池と真田は法務省内の資料室にいた。

 前日に資料室入室の許可を取り付け、資料を必死になって調べていたのだ。

 「ファイルで見る限り、限りなく真っ黒に近い灰色ってとこだな」

 蓮池はぱらぱらとファイリングされた資料を見ていた。

 「検察の知り合いに聞いてみたが、どうも指揮権の発動があったみたいだな。極秘で」

 「どうして?」

 「浜口大臣が内閣で最も重要な人物だからな。いうなれば党内の派閥統合の象徴。それが捕まれば民革連は静かに、だが急速に崩壊していく」

 「衆院議員の大臣には一応不逮捕特権があったろ」

 警察官なら誰しも知っている国会議員の特権だ。

 所属議会の議長の承認が無い限り逮捕拘束は現行犯のみでしかできない。

 「ただでさえ支持率が低下しているのにここで収賄疑惑に不逮捕特権を行使すると支持率は一桁直行だな。それに特区の管理事務局には山ほど財務と経産のキャリアOBがいるんだ。敵に回せば予算は全額カットって話さ」

 「だから指揮権発動で事件の存在そのものを消去した」

 ページをうっかり二枚めくったのを戻しつつ蓮池は結論を言う。

 「テレビ局や出版社にも根回ししてな」

 ぱらぱらとページをめくりながら真田は答える。

 「……これを明かしたら給料上がるかな」

 「懲戒処分の可能性のほうが何十倍もあるぞ」

 蓮池の言葉に真田は笑う。

 「俺たちが為すは正義だ。別件逮捕という手もある」

 真田の言葉を聞きながら蓮池はページを一つめくる。

 「微罪で現行犯逮捕するわけか」

 蓮池の発言とともに真田もページを一つめくる。

 「うまくいくかはわからないがな」

 ペラと真田がもう一ページめくる。

 「お!?」

 真田が驚きの声を上げる。

 「どうした?」

 「今宮とルダックス、メインバンクが同じだ」

 ささやかな発見で真田は少し声が上擦る。

 「どこだ?」

 真田のファイルを覗き込む。

 「Boltzmann Neuendorff bank AG……。本店はハンブルク……。てことはドイツの銀行だ。珍しいな。国内の銀行じゃない」

 「AG?GmbHじゃないんだな」

 蓮池は素直な感想を告げる。

 「そうだな」

 「それに大臣婦人の弟の勤め先もその銀行の日本法人だ」

 「それって」

 「ほぼ真っ黒なのを放りだしたわけだ。三権分立が呆れるぜ」

 ファイルを放り投げ、蓮池は天井を仰ぎ見る。

 贈収賄の何よりの証拠が、今宮電子と向こうを張っていた東條院エレクトロニクスが産業特区への参加申請をしながら、申請が却下されたという事実だった。

 日本経済新聞の過去の記事を遡ると一面の2、3番目の記事になっていた。

 その後もしつこく申請していたようであるが、一年ほど前から申請はストップしていた。

 「犯人隠避で法務大臣もとっちめるか」

 「そんなことできるのか?」

 そのようなアクロバティックな運用は聞いたことがなかった。

 それに、事件隠蔽のために指揮権を発動した法務大臣を逮捕した例など一度もない。

 「さあな。だが、強請(ゆす)れるぜ。野党にこの情報をばら撒けば」

 強烈な笑みで真田は語った。


     *************


 愛知県警科学捜査研究所


 「結果が出ました。案外あっさりと」

 「で、正体は?」

 「レインボーXですね」

 科捜研の研究員は結果を印刷したプリントを手渡しながら言う。

 「なによそれ?聞いたこと無いわ」

 公安でもある程度薬物に関する知識が必要となるが、そのようなものは初耳だった。

 「最近日本に上陸した中枢神経刺激薬です。強い覚せい作用を主として、罪悪感の抑制、興奮作用に、知覚能力や筋力、反応速度の増幅、多幸感や全能感が主たる効果ですね。主成分以外の混ぜ物によって様々なタイプがあるのですが、それらを総称してレインボーXという隠語で呼んでいるんです。特徴は小分けのパッケージが使い捨ての注射器になっていることが多いことですね。それと依存性がかなり強い」

 「そんな危険な薬物が?」

 「ここ一年で北アメリカや西ヨーロッパを中心に世界的に爆発的に広まったんです。構造式に関してはFBI科学捜査研究所とボストン大とメルクによってこの間解析されたばかりなんですが、なぜかそれ以前に合成された記録がどこにもないんだそうです」

 頭を掻きむしる研究員はもう一つプリントを手渡す。

 「それって?」

 「アメリカじゃ北朝鮮やイラン、シリアなどが合成して自由主義諸国にばら撒いたって言われるくらいです」

 ぱらぱらとプリントに目を通す。

 「生活安全課に()けば詳しくわかる?」

 「そうですね。実際に投与した人を見てるのは生活安全課でしょうし」

 「ありがとう」

 そういうと稲垣は生活安全課に向かうのだった。


 「報告は以上です。あとで資料を作成します」

 携帯電話を通して稲垣は茅ヶ崎に報告する。

 生活安全課から聞き出した内容をまず口頭で伝えたのだ。

 『報告ありがとう』

 電話が切れると県警本部の端で紙コップのコーヒーをすする。

 スーツ姿の刑事たちが忙しく動き回っている。

 「合同捜査本部の会議が始まるぞ!」

 「わかってるから!引っ張んな!」

 何とも忙しそうだ。


 愛知県警本部 大会議室


 「起立!敬礼!」

 号令とともに捜査員たちは立ち上がり一礼する。

 所謂挙手礼ではない、会釈のような一般的な礼だ。

 「最近続発している殺人事件は捜査本部を統合し、特別捜査本部とすることを決定した」

 舟木課長が声を張り上げる。

 「井上、説明」

 「はい。線条痕ととらえた少年たちの証言から、今までのバラバラだった殺人事件や暴力団襲撃事件が今回の事件の犯人と同一グループの犯行と判明しました。採取されたDNAから一部の強姦事件も同一犯だと判明しています。他の事件にも何らかの接点がある可能性があります」

 「よし、真下、次」

 「はい。先日の警察官殺しは鎌爪状の刃物と鉈上の刃物によって行われたことが判明しております。これらの現場には長い金髪が落ちており、該当する人物が件のグループに一人該当者がいます。警備部からの報告がありました」

 「でかした。日高、銃に関してはどうだ」

 「倉庫で発見された薬莢と弾丸から、倉庫の警察官殺しに使用した弾は.45ウィンチェスター・マグナム弾とわかりました。自動拳銃向けの大口径弾です。アメリカでは少々マニア向けの弾丸のようです」

 「よし。容疑者の交友関係は」

 「はい。未だ詳細は不明です。しかし、どうも逮捕した少年によると紀伊幸太郎という少年が関わっている模様です」

 釘宮が言い終わるとしばしの沈黙が場を支配した。

 その沈黙を破ったのは半田部長の声だった。

 「ちょっと待て!!その少年は四月のテロ事件の被害者の家族だったな!」

 「!!そういえば……!!」

 会議室が騒然となる。

 「どうなってるんだ、おい!」

 舟木課長の怒号が飛ぶ。

 「わかりません」

 「まったく面倒な」

 ところどころから刑事たちの声が飛んでくる。

 「杉下の行方も分からない以上、どうしようもありませんね」

 釘宮のあきらめの声が舟木に火をつけた。

 「今後、所轄とともに聞き込み!可能なら紀伊幸太郎にも聴取しろ!」

 舟木の命令が響く。

 「しかし公安が切れかねませんよ」

 「日陰者など知ったことか!この事件で我々には大量の犠牲者が出ているんだ!!」

 うろたえる部下に舟木は叫んだ。


     *************


 「ケンくん」

 「どうした?」

 「……ううん、なんでもない」

 最近美里は妙だ。

 どこか掴みどころのなかった昔と比べて、かなり感情表現に奥深さというものを感じられるようになった。

 クラスどころか学校中でテロや銃撃事件が話題となっていた。

 事件の一つが学校近辺で起こっているのもあるためか、学校側も自動車による送り迎えを一時解禁するとしていた。

 幸太郎の警護には好都合と言える。

 「にしても、この近辺で銃撃戦って、紀伊ぐらいしかできないだろ」

 「あいつなら無差別殺人くらいやりかねないさ!ははは!」

 村田グループの不穏さと言ったらこの上ない。

 「あんたたち、幸太郎の何を知ってるの!?」

 マリアが急に突っかかる。

 「うわ、紀伊の彼女が来た!ビッチだ!」

 マリアの表情が固まる。

 「あ……」

 不意に声が漏れる。

 村田、死刑(デス・ペナルティ)確定だ。

 マリアの覇気がすごいことになっている。

 女の人――しかもヨーロッパ人に面と向かってビッチとか言ったら、それは……。

 マリアは一瞬で村田の背後に回ったかと思えば、首をロックして締め上げる。

 「〈死ぬ?自殺する?〉」

 マリアは抑揚なく村田に問いかける。

 確実に人を殺すときの目だ。

 「あ、が、ぉえ」

 村田が必死でタップするが、マリアはそれをまったく無視する。

 殺し屋にルールは無用。

 第一、彼女が格闘技を見ているかは確かではないのだからタップは悪あがきの一つとしか認識しないだろう。

 「おい!村田を離せ!」

 そういって取り巻きがマリアに掴みかかろうとすると蹴られて吹き飛ばされる。

 「つ、つえ〜」

 周りがマリアの一撃にドン引きする。

 その体躯からは想像できない威力だ。

 「〈もっと、強い、のが、いいの、ね!!〉」

 ギリギリギリと締め上げる。

 村田はじたばたと抵抗を試みるが、マリアはまったく動じない。

 根本の鍛え方が違うのだ。

 チンピラもどきが勝てるわけがない。

 「やめろ!村田が死ぬ!」

 気が付いた幸太郎が止めにかかる。

 「それがどうかしたの!?人を最大限侮辱したのよ!?アメリカなら殺しても起訴猶予サスペンション・オブ・インディクトメントよ!」

 かなり怒っているらしいマリアはお構いなしでさらに強く締め上げる。

 「いや、まずいって!ここは日本だ。少年法で死刑にならないけど、さすがに刑務所行きだぞ!」

 村田の顔が真っ青になっていく。

 チアノーゼだ!

 クラス中がヤバいことになってると注目し始める。

 さすがにここでマリアも観念したらしい。

 「落ち着いて」

 意外と簡単にぶちぎれるマリアに――まあ、アバズレ女と言ったんだからしょうがないが――周囲は心底『怒らせてはならない』と肝に銘じた。

 「何の騒ぎだ?」

 地理の先生がひょっこりと首を出す。

 良かった、まだやさしい先生で。

 小坂先生とか森脇先生だったら授業が完全に一つ吹っ飛んでたかもしれない。

 「せんせ〜。殺されかけました」

 「先生!ビッチとか言ってきたので、制裁しただけです!」

 二人の言い分を聞いた先生はおいおいと頭を抱えた。

 「二人とも。放課後職員室に来なさい。ここでは怒らないから」

 地理の先生の菩薩っぷりは、それこそ後光が差しているかのような錯覚を覚えさせた。


     *************


 愛知県警 一宮警察署


 生活安全課少年係のオフィスの端で係長の大島は送られてきたファックスを眺めていた。

 「お〜い。内海ぃ」

 適当に手招きするとオフィスに戻ってきた内海(うつみ)絵里(えり)巡査が振り向く。

 明るい色の長髪に赤いフレームの眼鏡の、どこかおとなしそうな女性だ。

 パッと見、警察官とは思えない――なんとなく若い女性向け雑誌の編集部にいそうな雰囲気がある。

 「なんですか、かかりちょー。さっき外回りから帰ってきたばっかですよ」

 とほほといった表情で係長のデスクに近づく。

 口もどこか階級社会を思わせない。

 「しょうがないさ。本部から命令が下ってな。ちょっち面倒事が始まるよ」

 「えぇ〜……」

 思わず肩を落とす。

 「しゃーない。いま本部はテロ事件で忙しいんだから、僕らも忙しくないといけないの」

 「だけど、やっと(いつき)ちゃんの心開けたんですよぉ〜。ヤバいグループから脚洗いそうなのにぃ」

 樹ちゃんというのは彼女がかねてから注目していたワルの女の子だった。

 根っこが純真だから、ワルの世界から助け出さそうとここ数か月熱心にアタックしていたのだ。で、ついさっき糸口を見つけた。親の不仲が原因だったらしく、その不仲の原因が彼女の教育方針についてだったため、あとはちょっと手助けして和解させれば終了だ。

 「そりゃよかったが、こっちもこっちで重要だしなぁ」

 大島係長は面倒だと顔で語る。

 「どんな内容なんですか?」

 「紀伊幸太郎っていう男の子と接触してほしいんだと」

 「どれどれ」

 渡されたプリントを見て「ほぉ〜」と声を上げる。

 「真面目そうな子じゃないですか」

 よく見るワルたちとは根本が違う。

 このまま葬式に出てもおかしくない、まるで隙のない服装だ。

 髪も真っ黒。まじめで四角四面といった雰囲気がある。少々悪人顔ではあるけれど所謂ヤンチャ系じゃなくて、どっちかというとヤクザ屋さんの頭あたりの幹部たちといった妙な風格すら感じる。非常に芯がしっかりとした印象だ。

 「ああ。だけど、どうも説明文が不穏でな」

 「ええと、どれどれ……。え……」

 そこにはまじめな子はおろかワルですらあり得ない内容があったのだ。

 「立て続けに、テロに巻き込まれているんだ」

 係長もとほほといった表情になる。

 「すっごいかわいそうじゃないですか!!」

 「だからだよ。声がかかってきたのは。何かあるんじゃないかって」

 所轄は常々面倒事ばかりに巻き込まれるのだ。

 「これって、どっちかというと公安係の方が……」

 「今、ハム屋さんはテロリストで手いっぱいなんだと。まあ、管内の木曽川ショッピングモールがあんなことになった直後だしな」

 そういえばそうだったのだ。木曽川ショッピングモールはテロ攻撃で再開のめどが立っていない。実行犯は韓国政府のスパイだったらしく、留置所内で自殺したとか。

 「おっかなくなりましたね」

 「俺たちも気をつけんとな。補導しようとして射殺されたらいかん」

 書類にハンコを押すと大島係長はそれを見せた。

 生活安全課にいる限りほとんど出ない拳銃携帯許可の書類だった。


     *************


 「おい。俺は松平会系のヤクザ殺して金取って来いって言っただけだぞ。なんでポリ公と戦争してんだよ!」

 椅子にふんぞり返っている青年は大館(おおだて)雅夫(まさお)。杉下グループの上に存在する事実上の元締めだった。

 大館はもともとヤクザ極東厳龍会の首領の息子だった。

 彼は親のヤクザと対立しているヤクザ、名岐松平会を襲撃して小遣い稼ぎをしていた。

 「しんねぇよ」

 杉下はガムをくちゃくちゃ噛みながら答える。

 「その拳銃も、お前の仲間のマシンガンも俺が持ってきたんだぞ!」

 杉下のスチェッキンを指差して言う。

 かなり苛立っていた。

 「あぁ?」

 生意気な杉下にもはや怒りのタガが外れつつあった。

 「もう、ええわ!」

 大館はマカロフを突きつける。

 「もう用はない!死んでもらう!全部の犯行はお前がやったことにして!」

 「ふ〜ン」

 次の瞬間、銃声とともに大館の脳髄は吹き飛んだ。

 近距離でまともに30口径のライフル弾を食らったためだ。

 「お前が用済みだよ」

 男が暗がりからその巨体をぬぅっと月明かりに浮かび上がらせる。

 使ったライフルはG3。

 大館の持ってきた武器リストには一つもない銃だった。

 「伊神、行くぞ」

 「わかりました」

 杉下の呼びかけに男は答えて後をついていった。

 いつの間にか杉下は大館の組織を掌握していた。


     *************


 マリアは村田とともに生徒指導室に行ってしまったらしい。

 まあ、致し方ない。

 だが、情状酌量の余地はあるだろう。

 「大丈夫か?ヘンタイ?」

 「一応な」

 突っ伏していた俺に、山本が心配してか声をかけてくる。

 「なんか顔色は悪いのに元気でちょっと怖かったよ」

 顔が青かったらしい。

 「それは……」

 「昨日昔の女と再会したんだもんね〜ぇ!」

 「げ!?エミリーちゃん!?」

 「お!ロリ系美少女だ!」

 いつの間にか背後にいた。

 しかもやけに饒舌(じょうぜつ)だ。

 てか、彼女いない歴=年齢の山本が聞いちまった!

 でもって山本は余計なこと言った!

 エミリーちゃんは顔を少し顰める。

 まあ、ロリは余計だがかわいいと言われて悪い気はしないだろうが、怒る焦点が人よりずれているうえにマリアより沸点が低い彼女が何するかわかったもんじゃない。

 やべぇぞ。

 嫉妬に狂った山本と、怒ったエミリーちゃんを一斉にかつ平穏に止める術を俺は知らない!

 「昔の女?」

 「あ、いや、その」

 すぐ言い訳を考えるが。

 「しかも小学生みたいなちっちゃい女の子」

 「ちょ!おま!」

 それだけは言わないでほしかった!!

 しかも言い方!!

 聞いただけじゃロリコンだ。

 それを聞くと山本は少しの間ぼんやりと虚空を見つめ、何か納得すると神妙な面持ちでぽんぽんと肩を叩く。

 「2010年のセンター古典にロリコンの話が出たのって知ってるか?」

 「い、いや。知らなかった」

 そんなのが昔から……。

 源氏物語もおねショタ調教から始まり義母系お姉さん攻略だとかツンデレお嬢様陥落だとかロリ育成だとか大概だが、古典にはそんなのまであるのか。

 「昨日ネットで見てびっくりしたよ」

 「へ、へぇ〜」

 さっき聞いた俺もびっくりだ。

 それにしても意外や意外。エミリーちゃんはおとなしく聞いている。

 「恥じることはないよ。ロリコンは個性だ!伝統芸能だ!一緒に楽しもう!」

 ビシィッと胸を張る山本。

 やっぱりこうなるかぁ……。

 エミリーちゃんはドン引きしてるし。

 「俺、ロリコンじゃないんだけどさぁ……」

 一応自己申告しておく。

 そう信じたかった。

 『嘘だ!!』と言わんばかりにエミリーちゃんの鋭い蹴りが背中に叩き込まれた。


     *************


 内海絵里巡査は双眼鏡で紀伊幸太郎を観察していた。

 生で見ると印象は違う。

 悪人顔という印象はない。

 それに……。

 なんか周りが女の子ばかり(一応男の子もいるけど)。

 「すごい。漫画みたい」

 少年係でいろいろやっていると中学生、高校生の流行とかにも結構詳しくなったりもする。

 話の切り出しに使うためだ。

 で、こういうのは……

 「ライトノベルとか……こんな内容ばかりって聞いたけど」

 普段顔を合わせがちなワルたちの好みとは逆方向なやつだ。

 主人公の周りが女の子ばかりの小説っていうのがあるらしいけど、それっぽいのだ。

 「で、車」

 迎えに来たのはジープみたいなのだ。

 で、金髪の子二人と一緒に乗った。

 「あ……!」

 運転手がこちらを一瞬(にら)んだ。

 やばいかもと思った瞬間背後から肩を叩かれる。

 「ひゃいッ!」

 思わず背後に振り返ってしまう。

 「すいません。最近この辺りに怪しい人が多く出没しているので巡回しているんですが、身分を明かせるもの、見せてくれません?」

 制服警官がいた。

 ちょっとおどおどしている。

 見る限り警察学校を出たばかりの新人だ。

 「え!?……あ、私は……」

 急いでカバンの中を引っ掻き回して警察手帳を引っ張りだす。

 「こういうものです」

 「!?し、失礼しました!」

 ビシィッと敬礼する。

 若いっていいなぁ。言える年じゃないけど。

 だってついこの間まで私も交番勤務だったから。

 だけど、一応はデカなんだもの。ちょっと偉いと思うとにやけてしまう。

 「あっ!」

 あわててもう一度双眼鏡を覗き込む。

 車はいなくなっていた。

 「あぁぁぁぁー…………」

 今日は接触できなかった。

 かかりちょー、おこるだろーなぁ……。


     *************


 「怪しい人影?」

 「はい。双眼鏡でこちらを覗いていました」

 デスクの前でドライバーを務めた明石が報告する。

 簡単な報告書も一緒だ。

 「ふむ。巡回していた警察官に接触記録があるか確認する」

 「了解しました」

 明石が部屋を出る。

 資料に目を通す。

 女、眼鏡をかけ、標準からやせ形、身長160〜165センチ……。

 「ん?」

 新しいメールだ。

 「蓮池か。どれどれ」

 内容は浜口外務大臣にまつわる汚職疑惑が、何かしらの形で調査中の環境テロ団体のテロに関係しているのではないかという話だった。

 「ゴーサインは出しておくか」

 キーボードに向かうと内容をタイプする。

 強襲三班を必要に応じて展開させる権限を部分的に委譲するのだ。

 「そうだ」

 さらに、とある助っ人たちを二人に付けることにした。

 彼らなら確実に役に立つだろう。

 「くれぐれも、タイミングを誤らないようにな」

 祈りの言葉が一人だけの部屋に反響した。

小辞典


G3

H&K社の自動小銃。

世界中で採用されており、ミャンマーやイラン、パキスタンなどでコピー生産されている。

7.62ミリNATO弾を使用するライフルの中でも連射時のコントロール性に優れているとされる。

中東ではカラシニコフシリーズの次に見られる銃器とされる。

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