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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
33/64

忌々しい過去/phase-2

暗闇の中脅威は現れる。

幸太郎は過去を自ら晒す。

そして、事件は加速を始める。

 急に殺気を感じて飛び起きる。

 ぐっすり眠っているのにこうもすぐ起きるとはと自分で驚いているが、問題は殺気の発生源だ。

 暗がりに人影がある。

 一応自己流の形を構えて襲撃に備える。

 「誰だ!?」

 「……」

 人影はふわりとこちらに接近する。

 そのまま喉を狙って突き出された手刀を右手の突きで跳ね除ける。

 感触からして女。

 右脚で思い切り蹴るが胴としては固い感触が阻む。腕でガードされたのだ。

 どたどたという音が聞こえる。

 「エミリー!?」

 マリアの声が聞こえる。

 「お姉ちゃんは……渡さない……!」

 ふしゅるー、ふしゅるー、と荒い息が聞こえる。

 「ちょっと落ち着いて」

 灯りが付くと状況がよくわかった。

 マリアとエミリーはパジャマを着ている。

 んでもってエミリーをマリアが抑えている状況だ。

 なるほど。

 いくらきつく言ってもこうなるか。

 そりゃ、わからないわけじゃない。

 彼女が寝取られるとか考えただけで嫌だ。

 「ご、ごめんね」

 「いいよいいよ。いろんな意味で俺が悪いし」

 そういって再度布団に入った。

 良かった。今日が金曜日で。

 朝までよく眠れる。


     *************


 深夜3時23分


 繁華街の中。

 愛知県警自動車警ら隊の佐野と小島は犯罪の香りを纏う街を巡回していた。

 「おい、あれ」

 佐野は明らかにおかしいものを見つけた。

 セーラー服姿の少女が腰に何か提げている。プラチナブロンドの髪がやけに気を引く。

 鞘に収まった鉈や刀剣類の影。

 銃刀法違反の現行犯だ。

 「佐野、行くか?」

 「ああ」

 二人は路肩に車を止める。

 佐野はすぐに少女に声を掛けた。

 「ちょっといいかな?」

 「ん?」

 少女は振り向く。

 「こんな時間に行けないでしょ。それと腰に提げてるの見せて」

 「いや」

 「嫌とか言っちゃいけないよ」

 そういって佐野は催促する。

 「じゃあ」

 少女はそういって鞘から二本の刃物を抜いた。

 「ちょっと!きみ!?」

 鞘から抜かれたのは右手に全長60センチのオンタリオ・マチェットと左手に全長41センチの湾曲刃付きゲーター・マチェット・プロフェッショナル。

 左手のプロフェッショナルの湾曲刃が佐野の首を捉え右手のマチェットが鋏のように挟み込む。

 呆気なく頸動脈を首ごと切断され鮮血が飛び散る。

 佐野はただの血液噴水と化した。

 「佐野!」

 気づいた時には目の前に少女はいた。

 「な、なんだこいつ!」

 「きて。殺してあげる」

 急いで小島はM360Jを構える。

 「ふざけるな。刃物を置いておとなしくしろ!」

 だが少女は瞬時に肉薄する。

 オンタリオ・マチェットが左手の甲に深々と刺さり、返しの(やいば)のプロフェッショナルは右手首を切断した。

 「ぎゃあああああああああああああ!!」

 激痛で叫ぶことしかできない。

 「殺す」

 小島が最後に見たのはプラチナブロンドの長い髪を振り乱して彼の首を引き裂かんとする少女の姿だった。


 鑑識が写真を撮って洗いざらい調べつくした現場に真下は降り立った。

 真夜中の(ミッドナイト・)警官殺し(コップキラー)とは恐れ入った。

 しかも二人一緒に。一人は拳銃を持っていたらしい。

 だがそんな右手は手首から切断されていたという。

 最近この手の事件で殉職者が増えていた。

 ついこの前は会社員が殺されている。

 「酷い有様だな」

 場慣れしていないと吐いてしまいそうな惨状。

 血痕も酷い。

 「監視カメラの映像は」

 「ダメですね。ちょうど死角に入ってます。怪しい人影もそこまで鮮やかに写ってませんし」

 後輩の富田が報告する。

 「そうか」

 左遷された挙句にあんなにも嫌っていた公安特捜部に流されてしまった蓮池先輩ならどう動くだろうか。

 「凶器の同定が完了したらすぐに動くぞ!」

 蓮池先輩の意思を継いでいきます。


     *************


 「きょう未明、名古屋の繁華街で発生した警官二名の殺害事件で、警察は死因を失血性のショック死と断定しました」

 テレビはニュースを映していた。

 物騒な世の中になったもんだ。

 「いただきます」

 朝食はスクランブルエッグ、生ハムとトマトとレタスとベビーリーフのサラダ、クロワッサンといった感じだ。

 カフェオレがカップに入っている。

 ヨーロッパスタイル。実家でもここまで洒落た朝食はない。

 「ふぁぁ〜……」

 寝ぼけ眼をこするエミリー。

 「よく眠れたか?」

 「…nein(ううん)……」

 首を小さく横に振る。

 「〈セリーヌぅ。ご〜は〜ん〜〉」

 「はいはい」

 椅子に座ったエミリーはぐでーっとなっている。

 てきぱきと朝食を出すセリーヌさんは何とも楽しそうだ。

 その隣には昨夜もいつの間にかいた身元不詳の少女が一人。どうも手伝っているようだ。

 ショートボブの髪が印象的だが名前を知らない。

 何者だ?

 「おはよう。エミリー、セリーヌ、ヨシカ、幸太郎」

 名前はヨシカか。

 「夜中はごめんね。エミリーって夜は極端に不安になるみたいで」

 「そういう人もいるさ」

 カフェオレを飲みながら答える。

 「〈おねえちゃん……〉」

 「まったくもう。寝坊助なんだから」

 そういうとマリアは椅子に座ってフォークでスクランブルエッグを食べ始める。

 お祈りはディナーのときだけか。

 サラダを食べる。

 生ハムの塩気がトマトの甘酸っぱさを引き締めている。

 ベビーリーフとレタスの食感もいい。

 ドレッシングはオリーブオイルとワインビネガーと塩に粗挽きのブラックペッパーだろう。

 ホントに洒落ている。

 気合入ってるな。

 「こんな料理ってどこで覚えたんだ……」

 「みんなお母さんの背中を見て育てば料理はある程度できます」

 なるほど。

 この二人を見る限りは母親とか親というものとは無縁そうだ。

 いたとしてもまったく料理が出来そうにない。

 「マリアちゃんは一応頑張っているんですけどね。なんとなく感覚で教えてもうまくいかないんですよ。火薬の調整は上手なのに」

 「ははは」

 なるほど。料理をするということを見ずにある程度育ち、料理できる人間を雇っているから必然的に料理をしなくなったわけだ。

 「教えようか」

 料理は科学だということを叩き込むのもいいかもしれない。


     *************


 秋津はHK416を構えると的を弾く。

 彼らは陸上自衛隊の守山駐屯地の射撃場で射撃訓練を行っていた。

 前回の作戦で秋津と組んだ松尾はタボールを構えて的に弾を撃ちこむ。

 神山もサプレッサーを追加したP90を構えると指切りで射撃をコントロールする。

 湯浅はM4A1を構えると単発で撃ちこむ。

 井口はMP5Jのマガジンを交換すると後退させていたボルトハンドルを開放してチャンバーに装弾する。

 霧谷はMP5K PDWで的の中心を狙う。

 御手洗は89式小銃を構えると何か違うと首をひねり構えなおす。

 これが強襲一班の本来の姿だ。前回の太田正治確保作戦の時は俺と美里を除いて班員は緊急で出したS1装備だったが本来はSAF1装備という強襲一班専用の装備枠で作戦を遂行するのだ。

 明石はミニミ・パラトルーパーを構え制圧射撃を加える。

 遠巻きに自衛官たちが見ている。

 明らかに自分達とは異質な日本人たちの姿を見つめている。

 「どうだ、神山」

 1マグを撃ちきった秋津がこちらに尋ねる。

 「調子は上々。サプレッサーもいい具合」

 今回はサプレッサーを試しに使ってみた。

 超音速弾でも意外にも静音性は高い。

 若干全長が長くなってしまうがそこは技量と慣れだろう。

 前回灰田と桂木のスポッターを務めた名塚浩二と和田吉次は銃をスリングで提げていろいろ喋っていた。名塚はG36K、和田は89式だ。早々に所定の弾数を済ましてしまったからだ。

 「さて。次はサイドアームだ」

 それぞれのサイドアームを手に取る。

 神山と霧谷はP99。

 御手洗は9ミリのSIG SP2022。

 松尾はUSP.45。

 明石と名塚はグロック17。

 湯浅はS&W M&P9。

 井口はベレッタM92FS Vertec。

 和田はSIG P226。

 そして秋津は修理から戻ってきたH&K Mk.23を握るとスライドを引きデコックする。

 「全員。的に向き合え」

 ズラリと並ぶと拳銃を手前に引いた姿勢で構える。

 「アソセレススタンス。射撃開始!」

 全員がアソセレススタンスで的に銃口を向け射撃を始める。

 マガジンが切れると再度拳銃を手前に引くとマガジンを落とす。

 マガジンを交換すると再度指示を待つ。

 ターゲットが交換される。

 「ウィーバースタンス。射撃開始!」

 今度はウィーバースタンスで射撃する。

 二種類の射撃姿勢は時と場合によって使い分けるものだ。

 アソセレススタンスは防弾装備が万全な時に優位だが投影面積が大きくなる。

 ウィーバースタンスは防弾装備がないときに投影面積を小さくできる。

 「ライトハンドオンリー。射撃開始!」

 今度は右片手撃ち、何かあった時のための訓練だ。

 「撃ち方やめ」

 スライドストップした拳銃を顔の横に掲げる。

 「確認するぞ」


 命中弾の集まりを見るために弾着分布図を手に取る。

 「腕鈍ってんじゃないか?」

 松尾が湯浅に言うと

 「おかげさまで好調だよ」

 結果をまじまじと見つつ湯浅は答える。

 「SIG PRO。いい感じだな」

 明石が御手洗の分布図と自分の分布図を見比べる。

 「メタルフレームと遜色ないか」

 和田は自身のP226とSP2022を見比べる。

 「そりゃ、お前。P229をそのままポリマーフレーム化したような拳銃だしな」

 名塚はそういって「グロックより値が張るだけあるよな」と言って見つめる。

 「霧谷。そんな神がかった射撃テク、ホントにいるか?」

 「いる」

 秋津は霧谷の分布図を見て溜息を吐いた。

 「どうした?」

 「これを見ればわかる」

 明石の言葉に返す秋津の指差した分布図の弾着痕はほぼ半径一センチの一点に集中していた。

 「「「「「「「え!?」」」」」」」

 全員が目を丸くする。

 「「「「「「「すげー……」」」」」」」

 精密射撃向けのカスタムがされているわけではないP99でここまでやるとは。

 「一度使ったから」

 「そういえば昨日使ったんだったか」

 美里の言葉に松尾は言葉を返す。

 「うん」

 「それに関してはこの後説明がある」

 秋津はそういってMk.23を仕舞ったガンケースを手に取った。


     *************


 神奈川県川崎市 京浜総合病院


 蓮池と真田は煙草を一服してから指定された部屋に向うと、かれこれ一時間以上待たされていた。

 ただ、ここは男二人で来るような場所じゃない。

 「なんで、産婦人科?」

 今朝合流した真田はうなだれている。

 そう。女性だらけの場所だ。

 この部屋に入るまで妊婦とその夫を散々見た。

 あと不妊に悩んでいるらしき女性も。

 肩身が狭い。

 男二人、こんな羞恥プレイをする羽目になるとは。

 「さあな」

 ただ、産婦人科にいる理由もわからないわけじゃない。

 薄々感づいてはいたが、だからってそんなこと想像はしたくなかった。

 その時、白衣を着た男が入ってきた。

 名札には救命救急センターの所属であることが記されている。

 白髪交じりで無精ひげ。眼鏡もかけている。

 救急救命の『歴戦の猛者』といった風格だ。

 「初めまして。菜畠(なばたけ)です」

 「蓮池と」

 「真田です」

 一旦椅子から立ち上がって身分証を提示する。

 座るようジェスチャーされ椅子に再度座る。

 「結果から報告すると、今回搬送された患者は東條院エレクトロニクス社の社長令嬢、東條院陽子とほぼ断定されました」

 誘拐被害者の科学的情報を有する警視庁科学捜査研究所(S.R.I)とスパコン「京」を運用している理化学研究所に頼み込んで遺伝子塩基配列(DNA)情報を最優先で照合してもらった結果だった。

 「一年ほど前に拉致された社長令嬢か」

 「ああ。環境テロリストが報復のために下校途中の彼女を拉致した事件だったな」

 真田が述懐する。

 「公安二課から一課に移管されて一か月でここまで進展するとは」

 「で、患者の容体は?」

 「生きているのが奇跡ですね。しかも妊娠していて、見る限りは臨月だ」

 医者は溜息を吐く。

 「つまりはもう生まれる寸前、と?」

 「そういうことになりますね。栄養状態が酷いので母体に負荷がかかりすぎる可能性もあります。栄養剤の点滴を打たせていますが、回復が間に合うかどうか」

 つまり拉致されてすぐに凌辱されたという事実となる。

 その後は十分な食事にもありつけなかったのだろう。

 刑事時代、弩が付く畜生を何人も見てきたが、これほどの糞野郎は初めてだった。

 「母体の保護を最優先してほしい。赤ん坊は煮るなり焼くなり好きなように」

 真田はさらりと表情を変えずに言う。

 「医者の前でそんな発言とは……。神経が太いね」

 医者は顔をしかめる。

 「真の意味で望まない子だからな。無理やり種を仕込まれ孕まされた子どもなんて……」

 真田の顔は暗い。

 そんな中看護士が一人飛び込んできた。

 「先生!ICUの女の子の陣痛が始まったようです!」

 「なんだと!?」

 「痛みで患者が暴れています!」

 「麻酔科の檜木(ひのき)先生呼んで!落ち着かせないと!」

 そういって部屋を飛び出した。

 「一度生まれた子供は殺せないよな」

 真田はこちらを向いて確認する。

 「それどころか妊娠22週以降は本来堕胎罪が適応されるはずだ。腹から出た瞬間からは殺人罪だ」

 「最悪だな」

 「ああ、最悪だ」

 二人して産婦人科の一室でうなだれる。

 タバコが吸いたくなってきた。

 「……喫煙室行くが、一緒に行くか?」

 「いや。俺はベンチでサイダーでも(あお)ってるさ。そこまで喫わないしな」

 表情は暗いままだった。


     *************


 守山駐屯地


 会議室内には整然と椅子が並ぶ。

 そこに秋津を除く十三課強襲一班の面々は座っていた。

 「今回、緊急で我々も紀伊幸太郎の護衛任務に参加することになった。これは神山、霧谷両名からのたっての希望である」

 秋津はホワイトボード前に立って説明役をしていた。

 「しつも〜ん。なんでそんなことになったんだ。普段から気を配ってるのに」

 湯浅が手を挙げて問う。

 「それに関しては今回配布したプリントにある。襲撃側が数をそろえてきた上に予想外のところから来た」

 「というと」

 明石が説明を求める。

 「プリント三枚目を参照してくれ」

 ぱさぱさとプリントをめくる音がする。

 「今回の襲撃にはカラーギャングの私怨による襲撃の線も上がっているが、一部でこのカラーギャングが日本人民解放戦線による軍事的、資金的援助を受けている情報も存在する」

 「どういうことだ?」

 和田が結論を催促する。

 「つまりは、テロリストの先兵としてカラーギャングが存在するということになる」

 聞いていたメンバーはそろってこんなことを思った。

 (((((((((うっわ〜。不良共かっわいそ〜!!)))))))))

 金目当てで割に合わない使いっ走りにさせられてしまったのだ。

 ちなみに誰一人として心から同情していない。

 「それでだ。我々も日替わりでB1装備による警護することに決まった」

 「やっぱりB1なのか」

 松尾がなるほどと頷く。

 B1装備は私服に防弾を最小限にし、拳銃とナイフのみを使用する装備状況だ。

 拳銃なら防げる程度の防弾だ。

 火力も低いがもっとも動きやすく怪しまれないのも特徴だ。

 「コッファーの投入も視野に入れている。さらに当面の間はFJクルーザーで通学路の途中まで送り迎えすることにする」

 「過密シフトだな」

 井口がつぶやく。

 「日替わりでオフが入るんだから文句言うな」

 「で」

 御手洗が挙手する。

 「だれが運転するんだ?」

 「?」(秋津)

 「そりゃ……」(井口)

 「やっぱり」(明石)

 「真田…さん……?」(霧谷)

 「になるんじゃ」(湯浅)

 「だよな」(和田)

 「違うか?」(松尾)

 「てか」(神山)

 「それ以外」(名塚)

 「ないよ……な」(御手洗以外全員)

 結論が出ると御手洗は溜息を吐く。

 「真田は今東京だぞ」

 「「「「「「「「「……あぁ!」」」」」」」」」

 御手洗の指摘に御手洗以外の声が重なる。

 みんな忘れていた。

 運転手を誰にするかを。


     *************


 「スギシタっていうのは」

 マリアは気になっていたことを問う

 「あれは俺の敵だ」

 「敵?」

 「ああ。敵だ。可能ならもう二度と思い出したくないところだったが、こうも早く再会するとはな」

 「でも、何がそこまであなたを駆り立てるの?」

 マリアはさらに幸太郎に問う。

 「それが、俺の運命だ」

 「答えになってないわ」

 「あれは、俺が仕留めそこなったからこんなふうになった。あの時、息の根さえ止めておけば」

 表情はなお暗くなる。

 「そんなこと言ったって、過去は変えられないわ」

 「こうなることはわかりきっていたのに。対策を講じてこなかったから」

 強い執念。

 幸太郎を突き動かしているものはそれだった。

 「……」

 彼女もよくわかる。

 執念は人を変えると。

 彼女も執念の犠牲者だったから。

 「なるほど。そういう意味があったのね」

 稲垣がそう言ってメモ帳に視線を落とす。

 カリカリとボールペンで情報を付け加える。

 「?」

 「あなたが通っていた中学校に残っていたデータを収集してたの」

 ノックしてペン先を収納するとペンでリズムを取りながら話す。

 「それで急に評定が悪化しているのを見つけてね。いろいろ調べてみたけど関係者みんな口が堅くてね」

 稲垣は「これだから教育関係は嫌」とつぶやく。

 「それで?」

 「いろいろ脅して口割らせたら杉下の殺害を企てて実行に移したって。それを学校は把握しておきながら隠蔽して自己解決に走った」

 「否定はできませんね」

 「だけど、それに至る過程はまったく教えてくれなかったわ。数学の試験だったらカンニングを疑われるわよ。過程なしで答えを出すなんて」

 「理由を話せば学校の評判に響くから」

 「?」

 「あの学校が当時掲げていた標語を知ってます?」

 「いえ」

 稲垣は首を横に振る。

 「『みんなで作る一番の中学校』」

 「……」

 どことなく独裁国家を思い起こさせる、思い出したくもないスローガン。

 「校則違反なし。市内統一テスト最高平均点。地域の人に最も挨拶する学校。市内最高、いや全国最高の学校を作るって校長は息巻いていた。生徒指導はすごく厳しく、携帯電話なんて見つかったら没収の後解約でしかも反省文と生徒指導半年で厳しく絞られるわけ。だが、そんななか、一部の生徒を切り捨てた。それのうちの一人が杉下だった。校則違反の常連で更生の見込みなしと判断されたから、真っ先に」

 「それで」

 ディストピアであることをすぐに理解したらしい二人に幸太郎はさらに続ける。

 「杉下は増長した。気の弱い奴をいじめ始めた。もともとクラスぐるみでいじられていた俺も当然標的になった」

 稲垣はボールペンで書きながら話を催促する。

 「奴は俺を中心に攻撃を始めた。勉強はできても気が弱い俺に常にストレスを掛けるようにした。あるときシャープペンシルがなくなった。杉下は俺の奴と同じ傷が同じところに入っている同型をいつの間にか手に入れていた。またあるとき今度はペンケースがなくなった。翌日大便器の中に突っ込まれていた。中の文房具でめぼしいものはすべて奪われ、それ以外は使えないようにへし折られてな。杉下と取り巻きは第一発見者を装って、それで打ちひしがれて倒れを見て笑っていた。それから何週か後に俺の靴が同じ目にあった」

 「古典的なやり方ね」

 「そうだな。それから俺は殴られるようになった。地味に頑丈な自分の体が恨めしくなったよ。連日殴られて傷の一つどころか痣も腫れもないんだ。あるのは痛みだけ」

 「学校に相談は?」

 「したとしてもまったく封じられた。俺が越境入学者であるという弱みがあったんでね。それに奴らにとってみれば俺の犠牲で学校の体面を保てれば御の字だったのさ。俺は狂犬用の囮になるように圧力を受けた。家族ともども絶望したさ」

 「警察は?」

 「証拠もないのに訴えられやしない。それに当時はまだいじめによる自殺が深刻な問題になっていなかった。学校と警察の間には暗黙の不干渉ルールがあった。頼ろうにも子供のじゃれあいで片づけられるのが落ちさ」

 一口紅茶を飲むと幸太郎は続ける。

 「ストレスで視野が狭まってな、色相も感知がいつの間にかできなくなった。知ってるか?ストレスがかかりすぎると人間は知覚能力を封じて外部からの情報をシャットアウトするんだそうだ。本で読んで知ったよ」

 幸太郎の口から自嘲的な笑いがこぼれる。

 「それで俺は、夏休み直前の下校中に車に轢かれた。信号を認識できなくなっていたのさ。数日間植物人間みたいになっていたんだそうだ。入院中クラスメイトからは千羽鶴すら来なかった。儀礼的な花にも悪意が透けて見えた。わざわざ菊にトリカブトとクロユリで花束を作っていやがったのさ。部活の奴らは親身になってくれたが。退院してから俺は夏休みになって体を鍛えた。復讐のためにな」

 「キクの花っていけないの?」マリアは稲垣に訊ねると「日本じゃ葬式や弔いに使う花の代表格なの」と教えていた。

 「それで俺は奴らに誘われリンチされそうになった時に反撃した。何人かに大けがを負わせた。だがそれだけだった。ここで学校は事件を隠した。事件がばれれば背後のいじめ問題に飛び火する。最終的に奴らの今までの不良行為をチャラにして俺の標定を素行不良で落とすことで決着した。それからさ。学校中の殆どの先生が俺を邪魔物のように扱うようになったのは。願書の所得に非協力的だったり、授業の高難度問題を俺だけに解かせたり、俺だけ採点基準が異常に厳しくされたり。酷いもんだったさ」

 「学校ぐるみの隠蔽工作がここまで熾烈なものとはね」

 「おかげで未だに教師が苦手だ。度重なる自殺衝動に、加害衝動。気が触れそうだよ」

 稲垣は絶句した。

 体面を保とうとするのはどの組織でも同じだ。

 だが、それがこの少年の心にここまで負荷をかけ、根深い傷を与えていたのか。

 「正気じゃないさ。裁判も考えたさ。だが学校の方が力は上。それに傷害罪で告訴するなんていわれては、な。だから俺は当日点だけで通る私立に入ったのさ。俺に対して親身だった先生に協力を仰いでな」

 「でも、なぜ杉下がああなるとわかったの?」

 稲垣にとって不思議だったのはそのことだった。

 「一度奴のカバンの中を偶然見かけたんだ。中には、カラフルな錠剤があった」

 「それって……」

 「エクスタシーだったか?MDMAだよ。素人目に見てもな。それを売りさばいていたのさ。校内でな」

 「それで」

 「そういうこと。気が付いたのさ。やつが本物のアウトローだってな」

 幸太郎の横顔はひどく暗かった。


     *************


 「やっぱ俺も喫うわ」

 そういって真田も喫煙室に入ってきた。

 キャビンの箱を取り出すと一本咥える

 蓮池がジッポの火を差し出す。

 「サンキュ」

 そのまま火をつけると真田ははぁ、と煙を吐き出す。

 「どうしたんだ?」

 「いや。あの子を見ていて、()(たま)れなくなってな。……嫌なことを思い出しただけさ」

 「あんなこと、結構あるだろ。警察官やってると」

 「いや……」

 寂しそうな眼で床を見つめる。

 「身内が犯罪被害者っていうのも警察には多いだろ」

 「まあな」

 蓮池には元同僚に思い当たる奴がいた。

 真下は父親を殺されていたはずだ。

 「それさ、俺は」

 「?」

 「高校時代に妹が代議士の息子の不良高校生に襲われてな。中一なのに命を絶ったんだ。マンションから身を投げて」

 「っ……!」

 状況がダブる。

 やけに嫌な顔をしていたのはそういうことだったか。

 彼自身の身の上を一応知るにも、ここはおとなしく聞いておくべきだろう。

 「明らかに部屋は荒れていてな、遺書にはごめんねって単語が何個も何個もあった」

 遠くをぼんやりと見据えて真田は呟く。どこか糸で手繰り寄せていく感じがした。

 「そうか」

 レイプ被害者は強烈な自己否定をすることがままあることだとは知っている。

 「俺が高機遊から追われる羽目になった事件はそれに連なる事件だったのさ。俺の妹を犯した犯人を連続強姦事件の犯人として追いつめてな、凶器持ってたから勢い余ってドタマぶち抜いちまった」

 キャビンの灰が伸びる。まるで一区切りついたと言わんばかりに、ぽとりと伸びすぎた灰が落ちる。

 「そりゃ、親の代議士もぶちぎれるわけさ。今までもみ消した余罪はもう数えたくないもんだったさ。大麻喫って、女を拉致って無理やり犯して、脅して金づるにして。そんな奴がのうのうと生きているのが頭にきてな」

 煙の向こうでかすむ真田の顔は怒りで震えていた。

 「間違っちゃいないさ、その正義感は」

 なだめるように少しの煙を吐き出して蓮池は答える。

 「人生一筋縄にはいかないよな」

 真田はそうどこか救いを求めるかのように言う。

 「そりゃな」

 蓮池は灰を落としてそう返した。

 「……ぶっ潰そうぜ。今回の奴らは」

 真田の声色がどこか静かに覇気を帯びて変わる。どこか虚ろだった瞳にも光がさしたように見える。

 「その意気さ」

 蓮池は静かに言って肩を叩いて励ました。

 換気装置が煙を吸いきり、靄のかかった真田の顔がはっきり見え始める。

 真田の顔からは暗い過去の面影は見えなくなっていた。


     *************


 「以上が今回のヒアリングで聞くことができた情報の全容です」

 「ありがとう」

 茅ヶ崎はコーヒーをすすりレジュメを読んでいた。

 「どうしました?」

 「いや。彼の能力はこの事件が原因だと前に聞かされてな。その裏が取れたわけか」

 コトリ、とコーヒーカップを机に置く。

 「杉下の行方はどうです?」

 「公安と生活安全部を使って調べているが、まったくだな」

 「やっぱりノウハウの差がありますか」

 「探偵を雇ってみるのもいいかもしれんが、所詮は一介の民間人だ。危険すぎる」

 マカロンに手を付ける。

 初めて食べたが、なんだこれは。安物のガムとかチューイングキャンディーを思い起こさせるねっとりとした甘みが口に広がる。アーモンドの香りもする。

 「課長の世代の男性なら知らなくて当たり前です。マカロンなんてここ数年一気にメジャーなスイーツになったものですから」

 どうもあからさまに顔をしかめてしまったらしい。

 「……今後は遠慮させてもらうよ。この風味は私には合わない」

 コーヒーで口直しをする。

 「わかりました」

 そういって稲垣は退室する。

 レジュメを見る限り、幸太郎にとって杉下の脅威度は最高の存在だ。

 「常識が通じる相手ではないという事か」

 普通のテロリストとは行動様式が違う。

 「イレギュラー対イレギュラー、か」

 「これならどうでしょうか」

 急に入ってきたかと思うと稲垣はチョコスポンジに赤いジャムのようなもののかかったケーキを出してきた。

 「……ありがとう」

 フォークで切って食べると甘酸っぱいジャムの味がまず感じられる。

 そのあとになってチョコスポンジの苦みを含んだ甘味が来る。

 「こっちの方が私には合っているよ」

 正直思う。

 こんな具合だからいつまでたってもこいつは、結婚どころか異性すらできないんじゃないかと。


     *************


 「肉だ」

 「ああ、肉だ」

 男二人して焼肉屋だ。

 嫌な思いは食って忘れるのが一番だ。

 俺がおごることにした。

 頃合いを見計らってはいった焼肉屋で上カルビとハラミとホルモン盛り合わせを頼んで焼いていた。

 「酒が飲みたくなるな」

 「自分から入っておきながら何言ってんだ」

 真田の呆れ顔はひどかった。

 ちなみに真田はビールより日本酒らしい。

 「すいません。キムチください」

 「はいはい!」

 白米の湯気と肉からの煙は白い塔のようになっている。

 ここまで来るとキムチも頼みたくなる。

 この前韓国人にえらい目見せられたが焼肉とキムチは憎むもんじゃない。

 ただどうしようもなく辛いが。

 思い出すだけで腹が立ってきた。

 焼けたホルモンを取って食べる。

 この不思議な食感はどうも病み付きになる。

 カルビを食い。ハラミも食い、キャベツも食い、白米を食らい、とやっていると不意に真田と同じ肉を箸でつかんでしまった。

 「威勢のいい食べっぷりですね」

 「まあな」

 目を見つめあいながら

 「……その肉、譲ります」

 「ありがとう」

 蓮池は箸で取って食べる。

 「はい、キムチ」

 コトンと置かれたキムチを少量食べる。やけに辛い。

 「ご飯が進むな」

 「言えますね」

 網から炎が上る。

 「早くしないと焦げる!」

 いそいそと箸を運ぶのだった。


     *************


 新品の拳銃を磨く。

 大ぶりな拳銃は重たかった。

 独特の銀色が窓から射し込む光を反射する。

 箱みたいな機関部から太いバレルがにょっきり生えたようなデザイン。

 大口径のそれの入っていた箱にはWildey(ウィルディ) Magnum(マグナム)と印刷がされていた。

 「ん〜っ!ム〜っ!」

 猿轡されているのはさっき拉致ってきたお巡りだ。

 椅子に縛られてみっともない表情をしている。

 「いい的」

 微かな笑い声が反響する。

 顔から笑顔は離れない。

 弾を込めた拳銃を向ける。

 警官は青ざめ慌てる。

 目を見開いて助けを乞う姿はどこか滑稽だ。

 「バァン!」


 ズガンッ、ズガンッ


 二発の銃声が廃工場に反響する。

 頭が熟れすぎたトマトのようにグズグズになってしまった。

 「あ〜。片づけんの、めんどくせぇ」

 そのまま地べたに胡坐をかく。

 小さなアルミ箔とビニールと紙でできた小袋の中には注入針付ビニールパッケージがあった。

 首筋に針を入れパッケージの中の薬液を注入する。

 「ひぃぉおおお〜〜〜ッ!!」

 急に頭が裂けそうな快感に奇声を挙げる。

 「だ!!はっはははははっはは!くぁはははは!」

 笑い声が止まらない。

 体中が震える。

 「そうだ!!」

 携帯電話を取って電話を掛ける。

 「あ?おれおれ。ちょっと来いよ。……え?いいじゃんいいじゃん」


 「J‐echlonに反応。杉下の携帯が引っかかりました」

 政田はJ‐echlonから届いた情報を報告する。

 「携帯基地局からの測量完了。GPS情報と同調完了。追尾します」

 坪倉は全てをセッティングするとサムズアップを見せる。

 捜査員たちが沸き立つ。

 「急いでください。杉下をすぐに確保します」

 坪倉はそういってヘッドセットに吹き込む。

 スイッチを切り替える。

 「県警尾張地方全ユニットに緊急通達」

 県警の無線に割り込むのだ。

 「警察庁警備局から要請。これから指定するエリアに検問とパトロールを行うこと。特別手配犯が潜伏しているとの情報あり」

 警察庁警備部からの要請なら断ることはできない。

 正式な書類もすぐできる。所詮は定型文だ。

 「エリアは、春日井市、豊山町、北名古屋市、小牧市の指定地域。詳細は追って知らせる。手配するのはこの画像の少年!」

 添付した画像ファイルには彼が中退した高校の生徒手帳に貼ってあったという写真が入っていた。

 「名前は杉下俊喜。年齢17歳。拳銃を携帯している可能性が非常に高く、すぐ発砲する可能性があります。くれぐれも注意して臨んでください!」

小辞典


HK416

H&K社が製造するM4クローン。

機関部はオリジナルと違うG36型ショートストロークガスピストンを搭載。

信頼性はM16系を超える。


タボール

イスラエルIWIの開発製造するブルバップ式ライフル。

高いポテンシャルを有し、世界中で試験が行われている。


M4A1

現在のアメリカ軍主力装備。

リュングマンシステムというガス直噴ボルト駆動機構を搭載する。


ミニミ・パラトルーパー

ミニミの空挺向けモデル。

全長を短縮しストックをたためるなどの特徴を有する。


G36K

G36シリーズの中でもとくに有名なカービンモデル。

名塚はマガジンハウジングをSTANAG規格対応オプションに組み替えてマガジン共用に対応している。


S&W M&P9

S&W社の最新ポリマーフレーム自動拳銃。

グロックの影響が特に強い拳銃の一つ。

意外と売れているらしい。


ベレッタM92FS Vertec

ベレッタM92FSのカスタムモデル。

グリップをスリムにし、レールを増設している。


SIG P226

SIGの稼ぎ頭と言える名作自動拳銃。

P220を多弾数化するためにダブルカラムマガジンにしグリップを太くした。

和田の持つモデルはE2モデルを基にした現行型である。


H&K Mk.23

H&K社の特殊部隊向け大型ポリマーフレーム拳銃。

.45ACP弾を使用し、サプレッサーの使用を前提としている。

高い耐久性と圧倒的な射撃精度を有するが、非常に大きく重いため想定していた大口ユーザーである特殊部隊の隊員から敬遠されている。


ウィルディ・マグナム

ウィルディ社の大型自動拳銃。

ガス圧駆動式のマグナム拳銃。

特殊な弾丸を使用することやデザートイーグルの出現で非常に影が薄い。


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