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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
31/64

プロローグ

第三章始動!

それは忌々しい過去。

禍々しい現実の果てに、、

紀伊幸太郎は悪夢との決戦を始める。

人としての尊厳、

そして感情を捨てて。

全ての憎悪を力に。

あらゆる情けを凶器に。

深い愛情を暴力に。

そして、

己の肉体を弾丸に。

狂気に囚われた少年に救いはあるのか。

砕け散った想いは幸太郎の心に深く突き刺さる。

 敵は目の前にいる。

 にやけた顔をしているガリガリの茶髪野郎は徒党を組んで俺に視線を向けている。

 コイツラは俺の敵だ。

 俺が殺さずに誰が殺すんだ。

 「おせぇぞ!サンドバッグ!」

 「正直言ってムカついてんだよ!殴らせろよ!」

 盛った猫のようにうるさいヤツラがいる。

 ならばサンドバックに殺される悪夢を見せてやろう。

 それがコイツラの望みだ。

 そして一歩進んだ。

 これが俺の人生を変える一歩になった。


     *************


 5月22日


 「おい、上げる金どうしたんだよ!えぇ!!」

 強面の男は色眼鏡越しに生意気そうな茶髪で色黒の線の細い少年を見ていた。

 「だからぁ、使っちまったんですよ」

 敬語どころかタメ口で男に向き合っている。

 「てめぇ、舐めんじゃねぇぞ!」

 もう一人いた男はトカレフをちらりと見せる。

 「舐めてませんて」

 まったく臆せず少年は薄笑いを崩さず言う。

 「じゃあどうすんだよ!?月三十万だって言ったよなぁ」

 何人か男が出てくる。リンチを加える気なのだ。

 「その三十万でこんなのが買えたんですって」

 少年が取りだしたのは木でできた分厚い塊だった。

 ぱかっと底面が開くと中からはトカレフより一回りも二回りも大きい鉄の塊が出てきた。

 「すっげーレアものだって言ってましたよ」

 容器と塊を繋げるとそれはとてつもない意味を持っていた。

 「そんなちゃちな奴とは違うって」

 それのヤバさを理解した男はトカレフを向ける。

 「負けねぇよ」

 少年はニヤリと口元を歪ませた。


 事務所の中は硝煙のおかげで焦げたような酸っぱいにおいが充満していた。

 その中で様々なものを物色する。

 上納金や武器弾薬、そしてクスリ。

 何かするためにはちょうどいい。

 「すっげーな、それ」

 何人かが好奇の目で様々なものを見ていた。

 ダボダボのズボンに原色の上着。染めた髪。タオルを頭に巻いて帽子のようにしている。

 「これでマッポと戦える!」

 「見ろ見ろ!バズーカもあるぜ!」

 「ヒャーッ!マシンガンだ!」

 これならケーサツを殺れる。

 「マッポ来たらぶっ殺すか?」

 「いいねぇ」

 楽しみだ。

 何をしても許されるんだから。


     *************


 5月24日

 群馬県伊勢崎市


 「目標との距離850。風向き南南西0,5m/s(メーターパーセク)

 公安調査庁庶務十三課強襲一班班長の秋津正弘はスポッターとしてブローン姿勢を取る霧谷美里に狙撃に必要な情報を伝えていた。

 背の低いビルの屋上。

 空は抜けるように蒼い。

 若干見下ろすように射角を取っている。

 そこには狙撃目標となる敵がいた。

 反天連系のテロ組織の幹部がアジトで潜伏生活を送っている。

 そのアジトに多数の武器の集合が確認され、テロ発生前に即時対応が必要となったのだ。

 ここ二週間でこういう『害虫退治』は5件だ。だがこの5件だけでこのテロ組織は当面活動不能になる。

 焦って尻尾を出した瞬間、その時に構成員を全員地元の公安課に献上するのだ。

 これで狙撃事件の証拠をすべて改竄して内部ゲバルトとして処理してもらう。

 「了解」

 霧谷はキチキチとスコープのダイヤルを調整する。

 スコープを取り付けたAWM338を構えてボルトを引き、押し戻す。

 「ハートショット、エイム……」

 スコープ越しの霧谷の視線はぶれずに目標の心臓を捉えている。

 「撃て」

 AWM338がラプア・マグナムの超音速弾を放つ。

 胴体に着弾すると胴体に一瞬彼岸花の赤い花が咲き目標がぐらりと崩れる。

 「ハートショット成功。一瞬止まる。ヘッドショット、エイム。…撃て」

 第二射が頭部を粉砕する。

 「ヘッドショット成功。帰るぞ」

 ガンケースにAWMを収納する。

 「昼は何食べようか」

 「東京に戻って二郎とか」

 「俺、喰いきれるかわからないぞ」

 美里の腹の中は奇奇怪怪だ。


     *************


 東京都千代田区霞が関

 中央合同庁舎第6号館法務省旧本館 通称『赤れんが棟』


 「新しい拳銃だ」

 課長はそういうとポリマー製のハンドガンケースを二つほど机の上に置く。

 ワルサーのロゴが彫られているガンケースを開けると、中には軍用拳銃があった。

 「ワルサーP99ASだ」

 何とも珍しい拳銃を持ってきたもんだ。

 「安全性と即応性という面で優秀だったからな」

 「そういえば秋津さんのMk.23は」

 「そちらも修理が完了したらしい。修理に時間が掛かったからな。迷惑をかけたよ」

 課長はそういうと背もたれに体を預ける。

 「世界中でテロの危険が跳ね上がっている」

 実際、アラブの春や欧州金融危機、アメリカの格差拡大と移民による治安の悪化が叫ばれる中、日本でも東日本の震災以降、保守系政治団体と革新系政治団体の対立が激化している。

 「君も理解しているだろう。現在の日本も不安定な状況下にあることを」

 事の始まりは政権与党の民革連と社人党による大規模汚職事件の可能性がインターネット上で繰り返し取り上げられたことからだった。

 しかし大手メディアはおろか週刊誌すら積極的に取り上げようとしなかった姿勢を批判する大規模なデモが発生した。

 「政治的な対立がもとで世論が真っ二つに割れた」

 それすら無視して自治労系の反原発デモのみを取り上げたことに対して一部が反原発デモにぶつけるようなゲリラ的違法寸前集会(散歩と呼んでいるらしい)を開催したのだ。

 それが原因となり双方が文書で攻撃しあう事態となった。

 「安保闘争や渋谷暴動以来の非常時だ」

 双方が双方を売国奴と罵りあう事態は一触即発の事態であることを示していた。

 革新系団体は保守系団体のメンバーを偽計業務妨害で逮捕するよう告訴し、保守系団体は革新系団体を違法な土地の占有で告訴した。

 「警察庁の警戒レベルは先日の暴力団襲撃事件もあって最高になっている」

 公安は公安で中核派と日本人民解放戦線が反原発運動の音頭を取っているのを知っている。保守系団体のバックボーンは国内の有力右翼というわけではないということもあって行動がとれない。いまだに正確な分析が取れていないのだ。

 しかも便乗した右翼には暴力団の配下の団体も存在する。

 刑事警察は言わずもがな。組織犯罪対策部から捜査部、警備部が中心となって臨戦態勢で常時展開している。

 そこに最近は暴力団に代わるストリートギャング、カラーギャングの跋扈という異常事態に警察の対応力が限界になりつつあるのだ。

 「『ノレン』も機能不全寸前だ」

 ノレン――警察庁警備局警備企画課作業統括係も事態の急変に混乱しているらしいことは聞いていた。

 「必要となったら『レッドフラッグ』を行う。そのときは頼む」

 緊急暗殺作戦――コード;レッドフラッグ。

 赤狩りの名前が共産旗というのは皮肉の効いたネーミングだ。

 「君たちにはすまないと思うが、頼む」

 「了解しました」


     *************


 県内某所


 お父さんが死んだらしい。

 殺されたという。

 何か知らないけれど、あっけなく。

 どうしてだろう。

 何故。

 ニコニコ笑って出て行ったと思ったその日。

 なんで。

 なんで。

 なんで。

 まるで私の心を移すように空からは雨が降っていた。

 傘をさす気力もなく、ただ濡れるだけ。

 頭も重い。

 髪が水を吸ってしまった。

 「お嬢」

 黒服がそばにきて傘をさす・。

 「お父さんの仇…とってね……」

 それしか言えなかった。


     *************


 東京都墨田区押上


 蓮池は何年ぶりの東京を満喫していた。

 実際のところは真田とともに作業中なのだが、今は真田のみが作業を実施していて蓮池には中学の修学旅行以来の東京観光となった。

 東京スカイツリーを見上げながら溜息を吐く。

 世界最高の自立式電波塔。

 一部では無用の長物とまで言われているが、これだけ観光客が来ているし、今後より高層化するであろう東京の都市開発事情を考えると致し方ない。

 「このタワーを破壊する、か」

 テロリストはそう宣言したという。

 思想も組織体系も構成員も資金流動もすべてわかっている。

 そんな彼らが最後の足掻きとばかりに宣言したのは、このタワーを「現代のバベルの塔」として神の代わりに鉄槌を下すということだった。

 その前にはドバイのブルジュ・ハリファにも爆弾テロ未遂事件が発生していた。

 そのためか国内の公安は凄まじい緊張状態だった。

 彼らは旧約聖書に影響を受けたエコテロリズム。

 大真面目にノアの方舟とか死海文書なんか言って、罪深き人類とか宣言している。

 小洒落た文言はさながら思春期の少年の痛々しい妄想そのものだった。

 それもそのはず。彼らは慶應義塾大学の付属小学校からエスカレーターで進んだ学生が設立した環境保護サークルが早稲田や法政、明治、さらには東大など首都圏の同様のサークルとつながりを持ち、まとめて日本人民解放戦線にオルグされ分派した組織だった。

 金持ちの子が親の金で革命を引き起こすという、幼稚で罰当たりな行為をその昔大人たちはモラトリアムの一環として慈悲深く許容した。皮肉なことにそのモラトリアムが、幼稚さが抜けぬままマルクスレーニン主義に感化された彼らを世界同時革命の成就のための大規模テロにひた走らせ親を殺そうとする引き金になるのだが。

 まったく同じことが今になって起こったのだ。

 一部大学では極左暴力集団が生協や学祭実行委員会を掌握し金づるとしていたため、大学理事会と公安部によってそれらの組織を解体するに至った。

 この教訓がいまだ活かされていないのだ。

 「おい!」

 真田の声だ。回収に来たらしい。

 彼の乗るマークXの後部座席に乗るとさっそく走り出す。

 「どうだ」

 「公安一課は未だその段階にないって見解だとさ。その割に秘聴(ひちょう)秘撮(ひさつ)を欠かしていないがな」

 真田は警視庁交通部に新設予定だった高速機動遊撃隊――より高度な犯罪取り締まりのための部署の選抜メンバーだったらしい。

 だが彼が起こしたとある不祥事がもとで計画が中止となったためオーバースペック気味なテクニックと『前科』を持つ彼は庶務十三課に厄介払いになったらしい。

 東京どころか首都圏の道という道を網羅した人間カーナビだった。

 どこに何があるかも熟知しているようで渋滞の因子を避けることもあって渋滞にも巻き込まれずに済んだ。

 「何がそうさせてるんだか」

 「名簿を見る限り、怪しいのは二番目の浜口作治ってやつだ」

 「こいつが?」

 「そいつは確か浜口外務大臣の長男だったはずだ」

 「ああ……、なるほど」

 浜口外務大臣は最近一部で言われている『今宮電子汚職事件』の重要人物とされる。

 内閣でも総理の右腕とまで言われるベテラン政治家だ。

 「それに野沢大地という奴もいるだろ。そいつは今宮電子の専務の息子だ」

 「うわぁ。これはこれは……」

 続柄には誰もが聞いたことのある有名企業の幹部やら中央官庁の官僚やら政治家やらの血縁者であることがまるで当然であるかのように記されている。

 一ページ目を見て見る限り、一番ランクが低いのが地方の銀行の支店長の息子だ。

 「他にも法政大学客員教授の孫娘やら早稲田の教授の息子やら経産省産業技術環境局長の甥とか」

 「大物だらけか」

 ぞっとする。

 社会に与える影響は計り知れない。

 「正直、もう一人くらい人回してほしかった」

 「愚痴ってもしょうがないさ」

 真田が愚痴ってしまい愚痴ることすらできなかった。

 気を紛らわせようとタバコを探す。

 「喫うなよ。タバコ臭くなる」

 真田が釘をさす。

 タバコも諦めるしかなかった。


     *************


 中間テストが終わって数日。

 今日は神山と霧谷は所用があるとかで欠席だった。

 ローゼンハイム姉妹はどうも妹が姉に拗ねているようで、無理やり俺から引き離そうと勝手に引っ張って先に行ってしまった。

 久々の河合との帰り道。

 下校の時は面倒が降りかかる。

 経験則だ。

 「もうそろそろ衣替えね」

 「言えるな。梅雨入りも近いか」

 河合の言葉に同意した。

 日に日に、徐々に重みを増す空気にそう感じていた。

 「明日で今週の授業も終わりね」

 「お~い!!」

 不意に聞き慣れない声がした。

 他校の詰襟制服。近くの県立高校だろう。

 「幸太郎じゃないか!?」

 何とも親しげに言ってくるが

 「……誰だ?お前?」

 記憶にない。

 こんな奴知り合いにいただろうか?

 「おいおい、忘れたのかよ?飯田だよ飯田!クラスメイトだぜ?中学の」

 イイダ?誰だそいつは?

 「…すまない……本当に記憶にないんだ……」

 「まじかよ」

 驚かれても困る。見た覚えも効いた覚えもないんだから。

 「それにしても、学校楽しそうだな。女連れとは、中学のころと変わらねぇな」

 「すまないが、私はこいつの主人でこいつは私の下僕だ」

 河合が変な訂正をする。

 「お前Mなのか」

 「生憎そういう性癖は持ってない」

 「そういうなよ、隠してもいつかはばれるんだし」

 ニコニコ笑っている。

 不意に思い当った。

 そういえばこんな奴がいた気がした。

 「Mだとしたらなぜ反抗するんだろうなぁ」

 「だとしたらMじゃないのか」

 「本人の否定を聞かずに茶化す姿勢があの事件を起こしたと思わないのか」

 つい鋭い口調になってしまう。

 「あの事件か。お前の起こした「傍観者の責任を忘れたのか!」おいおい、怒るなよ」

 まるで無責任な口調。その無関心が事件を引き起こしたというのに。

 「そういえば、杉下の行動を知ってるか」

 ついでに聞いてみる。

 「杉下?名古屋のFランの私立に行ったのは覚えてるけど」

 「そうか」

 「もしかして今になって復讐する気か?」

 ギョッとする飯田に

 「その通りだ」

 と答える。

 「やめとけって。いまの奴には変なのが付いてるって噂だぜ」

 「どういう噂だ」

 「どっかのヤクザだかギャングが裏にいるって」

 だいぶ焦った表情をしている。

 「その程度か」

 「その程度って……!」

 どうも本気で心配しているらしい。

 「情報ありがとう」

 「おい……」

 俺は一人で帰ろうと歩みを進める。

 「どうしたのよ下僕!?やけに気が立ってるようだけど」

 後から河合が追ってくる。

 「俺が中学時代に思い出したくない記憶を持っているのはわかってるよな」

 「そりゃ、あんたが打ち明けてたんだし」

 「なら話は早い。杉下は俺が一生のうちに確実に葬り去ることを決めた相手だ」

 「因縁の相手ってことなの?」

 「そういうことだ」

 手短に答える。

 「だけど事件って」

 「教師がいうには殺人未遂事件だ」

 「なんだってそんなのにかかわったの!?」

 声からは驚きの感情がにじんでいる。

 「お前も知ってるだろ。リンチされかけたから全員を殺害するつもりだったのさ。途中までうまくいったが、力及ばずでな」

 俺の言葉を聞いて、河合は歩みをとどめた。

 「あんたって何者?」

 訝しむ河合に俺は答えた。

 「お前の下僕さ」


     *************


 僕が見た世界は醜かった。

 歪み切った大人と救いを与えない世界。

 濁りきった虹彩と網膜はこの世界にうんざりしていた。

 それが綺麗だということを君は教えてくれたよね。

 僕にとってこの世界は眩しすぎた。

 今君は何処にいるかわからないけれど。

 ただ、これだけは言える。


 そう。


 この世界は、消えてしまいそうなくらい、淡く、儚く、美しくて。

小辞典


P99

ワルサー社が製造するポリマーフレームオート。

ASはコンベンショナル・ダブルアクション/変則ダブルアクショントリガーモデルである。

神山たちのモデルは最新ロットのピカティニーレールモデル。

バックストラップ交換によるグリップサイズ変更はこの銃が最初。

なお十三課の新制式拳銃ではない


次回はいきなり戦闘!

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