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少女たちの領域

今回はWLS組のもとに送り込まれた監視要員に関するお話。

 破損したデトニクスの替えのパーツは素晴らしい出来だった。

 レガシースタイルのステンレススライドにワンポイントで花を二つ付けたの高砂百合のシルエットとヴァイス・リリー・シュヴェスターンの飾り文字をエングレーヴしてもらった逸品だ。

 この前の戦闘で破損したデトニクスから破損部分を取り除いて使える部品と新品を使って組みなおしたのだ。

 フレームも歪んでしまったから新品だが、こちらはもともと持っていた予備のブラックフレームだ。

 スライドはエミリーの分もある。早く渡してあげよう。

 ふと植物辞典が目に入った。

 そういえばユニット名の候補には高貴なる白(エーデルワイス)もあったかしら。

 なんとなく雰囲気が合わなかったからすぐに選択から外れたけれど。

 呼び鈴が鳴る。

 「はーい」

 セリーヌが応接に出る。

 彼女はデニムのポケットにクリップでスタンガンとKEVINを挟んでいるからもしもの時も大丈夫だ。

 「マリアちゃん!例の娘よ」

 セリーヌの言葉に私とエミリーは玄関に向かった。

 ショートヘアの黒髪の女の子だ。

 「和泉(いずみ)吉華(よしか)と申します。これからよろしくお願いします」

 これが相手との契約の条件だった。

 いうなれば首輪だ。

 こちらの動向を知るための人員だ。

 「よろしくね、ヨシカ」

 手を差し伸べると吉華は意をくんで握手となった。


     *************


 「炊事洗濯その他もろもろ全部やります」

 「そんなに気を張らないで。私の仕事がなくなっちゃうから」

 セリーヌに家事を一任している身からすると体のいいセリーヌの助手みたいなものだ。

 「まずはお洗濯ね」

 そういって説明を始める。

 「ねえ、お姉ちゃん」

 不機嫌そうな声色でエミリーが問いかける。

 「何であんなのが入ってくるの」

 「しょうがないじゃない」

 「むぅ」

 いままでセリーヌには負担ばかりかけてきた。

 一応給料とかも出してあげてるんだけど、そこまで贅沢しているように見えない。

 服も高級ブランド品じゃないし、鞄もほとんど持っていない。

 カルティエの時計ぐらい買ってあげようかな。

 「また私以外の事考えてる」

 「ごめんね。それと」

 急いでステンレススライドを手渡す。

 「これ。組み込んで」

 「ありがと」

 どこか不機嫌そうな声色でエミリーは返した。


     *************


 すごい。すごすぎる。

 ハイスペックだった。

 さっき掃除を始めたばかりなのに、テキパキ仕事して部屋の隅々まできれいさっぱりといった感じだ。

 そして何しろ

 「メイド服?かしら」

 「はい!」

 メイド服、としては少々パニエでふくらまし過ぎな、短めのスカートのエプロンドレス姿だった。

 「これだと気合が入ります!」

 「……」

 こんなのが人質とは思わなかった。

 結構壊れている組織なのね。

 「他に何かありますか?」

 「え?」

 「そうだ!マッサージしましょう!」

 「え?ちょっと!?えぇ!?」

 そういってソファーに私をうつぶせに押し倒すと、肩をもみ始めた。

 「こってますね」

 「そうかしら」

 最近肩が痛いと感じていたが、そのことを「こっている」と言っている。

 手の圧で肩を揉んで強張った筋肉の緊張をほどいていく。

 「なに、やってるの?」

 やばい!エミリーが

 「エミリーちゃんも来てください♪」

 ああやめて!そんなことしたらエミリーが神経を逆なでされたと感じてしまう。

 「ほら」

 「なれなれしくしないで!」

 「あっ……」

 そういって手を弾くとエミリーは自室に籠ってしまった。

 「ごめんね、ヨシカ。あとで言っておくから」

 「いえ、そんなこと必要ありません。悪いのは私なので」


     *************


 最近、私の周りには敵ばかりだ。

 あの幸太郎もそうだ。お姉ちゃんにべたべたして、鼻の下を伸ばしている。

 さらにあのヨシカとかいうやつ。なんでお姉ちゃんの上に乗っているの!?

 みんな私からお姉ちゃんを奪おうとしている。

 「エミリーちゃん。すいません。謝りに来ました」

 ヨシカだ。

 私のいるべき場所を奪うのは、ゆるさない。


ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない


 ゆるさない


 「大丈夫?」

 扉が開いてヨシカが入ってくる。

 「ウガーッ!!」

 怒りに任せてとびかかる。

 けれどもヨシカは一瞬びっくりした後

 私の勢いを利用して転ばせてから

 ギュッとわたしを抱きしめた。

 「ごめんね……。あなたが、マリアちゃんの事が好きとは知らなかったの」

 「……!?」

 「ごめんね」

 ぽんぽんと頭をやさしくなでるその手は、ほんのりあったかかった。

 なんで今まで怒っていたんだろう。

 「わたしも……ごめん……」

 少しうつむいて言うと

 「これで仲直りできたね♪」

 ニコッとヨシカは笑った


     *************


 ヨシカには不思議な魅力があった。

 「どうかしましたか?」

 「!?ううん。なんでもない」

 ただそれが少々不気味だ。

 いかなる組織の中にでもすぐに順応し違和感なく存在できる。

 こんな工作員がいたら本当に面倒だろう。

 「御夕飯はちらし寿司です」

 そういってニコニコしている。

 「あなたは何者なの?」

 「私ですか?」

 きょとんとした表情のヨシカに「そう」と返す。

 「そうですね……」

 少し困った顔をしたかと思うと

 「あなたたちと同じような人間ですね」

 「……そう」

 予想は外れたとはいかないにしても間違っていたというわけでもない答えが返ってきた。

 「薬物中毒の母親に男ができたからって捨てられて、ヤクザの殺し屋やってたんです。少女娼婦のフリした」

 「ヤクザ?」

 ふと、キタノ映画を思い出す。

 「そう。日本のマフィアみたいなものです」

 「しってるわ」

 「それでトカレフ片手に一人で裏切り者の処理とか、敵対勢力の排除とかやってたんです」

 「掃除屋ね」

 「そんなときに仕事を一度しくじって、逃げていた時に助けてくれたのがここの武田さんだったんです」

 「へぇ」

 映画雑誌のページを一枚めくってマリアは言葉を紡ぐ。

 「どこかあなた、少し不気味よ」

 「へ?」

 「違和感なく存在しているのが違和感の原因なの。順応が早すぎてすでに風景になってる」

 率直な感想をマリアは言う。

 「ふふ。初めてです、そんなふうに言われたの」

 笑顔を崩さずにヨシカは語る。

 「今まで、そんなことに気が付いた時には組織は手遅れだったなんていうのが普通でしたから」

 「うれしいの?」

 「はい。どこか空気のように透けている感じしかしなかったんです」

 まぶしい笑顔の裏には孤独が見え隠れしていた。

 「公安の人材としては最優秀ですけど、そのかわり、心に負担がかかるんです」

 そういうヨシカの表情は全く変わらない微笑みをたたえている。

 「もっと他の表情を覚えるべきよ」

 マリアはそう言うと雑誌を閉じた。


     *************


 「和泉でよかったんですか?」

 茅ヶ崎に武田は問う。

 武田は直属の部下である和泉を送ることになったのだ。

 親心みたいなものがあるのかもしれない。

 「ああ。打ち解けるためには境遇が近いもの同士を近付けるのが上策だ」

 「なるほど」

 「それに彼女は相手に同調するが同化はしない。混ざっても溶け込まない。それは我々に対しても同じだ」

 そういって茅ヶ崎はコーヒーをすする。

 「お前と私とでは境遇も違うしな」

 武田は茅ヶ崎と同じ警視庁公安部の中でも方向性もやり口も異質な公安三課の出身だった。

 公安三課の対象は右翼や保守系政治団体が中心となる。

 彼は組織犯罪対策部の前身だった刑事部捜査四課から公安三課に来て手腕を発揮してきた。

 ヤクザのような風貌と寡黙な性格で印象は悪いが、その内面は花に水をやることを趣味とするような男だ。

 「そうでしょうが」

 公安三課は同調による信頼の獲得によって未然にテロを防止するのと同時に、テロリストを仲間内で発見させるという作戦に長けている。武田もそのような作戦に最適なように和泉を育てたのだろう。

 庶務十三課の少年工作員は、保護者役を原則として保護した人間が担うことになっている。

 これは少年工作員の育成において、初期の状況を知っている人間のほうが有利だからだ。

 「あと、どうしていつもあの子はニコニコしているんだ」

 「無表情だったので、いつも笑っていろと言ったら」

 武田の答えには少しの焦りが見えた。

 「……どうにかして他の表情も出すようにしてくれないか。少し怖い」

 「……そうですか」

 やっぱりか、といった表情で武田うなだれる。

 「私も、最近あいつが何考えてるかわからなくて困ってるんですよ」

 男二人で底知れぬ恐怖を共有していた。


     *************


 エミリーは得物のウルティマックスを整備していた。軽機関銃や分隊支援火器といったジャンルの中でも特に軽量なこの銃は彼女のお気に入りの一つだった。

 なにせ派手な弾幕を張れるのだ。

 戦うとなるとこういう武器のほうがいい。

 相手がひるんでくれる。

 そこをお姉ちゃんが切り込んでいって掃除する。

 それに派手だ。

 そういう派手で戦果のわかりやすいほうが好きだった。

 「エミリーちゃん?」

 ドアのノックする音とともにヨシカの声が聞こえる。

 「はい?」

 「一緒に寝ますか?」

 「いや!」

 即答する。

 お姉ちゃんと一緒に寝ていいのは私とセリーヌだけだから。

 「わかりました」

 そんな声が聞こえるとヨシカの気配はゆっくりとドアから離れていった。

 どこかしょんぼりした声を残して。

 気になってドアを開けて覗いてみる。

 どこか気落ちしたヨシカがいた。

 「……今日だけ、なら、一緒に寝ていいよ」

 「……ホント?」

 「ホント」

 そういうとヨシカの表情は明るくなる。


 その夜は碌に寝れなかった。




 まさかヨシカが私をエッチな目で見ていたなんて……。

 そんなことをこの身体で体感する羽目になってしまったのだから。

というわけで女の園にまた一人、変なものを開花させてしまった人が現れたのでした。


さて次回はインターミッション2‐3の最終回。

学徒たるもの勉学が命。

中間試験が待っています。

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