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300m

公安調査庁特捜部の新拳銃選定会議。

なぜ彼らは公安調査庁のオフィスではなく警察庁で行うのか。

 東京 千代田区霞が関 桜田門のはずれ 中央合同庁舎第2号館 警察庁内 小会議室


 「これより公安調査庁特捜部の銃器選定会議を始める」

 警察庁警備局の若林局長の声で会議は始まる。

 会議室には警察庁警備局のトップたちと茅ヶ崎、武田といった庶務十三課の指揮メンバーと特捜部長で茅ヶ崎の傀儡である本居部長がそろっていた。

 「早速だが新拳銃の調達において、何かあるか?」

 「こちらからの意見はその冊子にまとめています」


 公安調査庁特捜部は、それこそ本来、警察庁に設立されるはずだった。

 日本の公安警察は複雑かつ日本の多くの組織が嫌う「縦割りを破る」構造になりがちで、しかも公安調査庁は権限が乏しく能力が低下気味。警視庁公安部は地方警察なのに全国を常に飛び回る事態になっていた。

 オウム事件以降この問題が日本の公安セクションの課題となったのだ。

 これを解消するために1996年から始まった公安警察組織の刷新計画は以下の通りにまとまった。

1.公安調査庁を法務省傘下から警察庁警備局に移動・吸収合併させ、職員を警察官とする。

2.新警備局に公安警察すべての権限を集約し公安情報すべてを一手に引き受け、適宜、各地の公安セクションに増援を送るようにする。警視庁公安部の機能の一部を警察庁に移管し、公安部を一地方警察の組織というあるべき姿にし、首都圏での対テロ・工作員戦に特化させる。

3.各省庁の情報セクションをつなげるため内閣官房の内閣情報調査室の拡充と情報統合セクションとしての先鋭化を推し進める。

 この為に必要な法整備に最低十年はかかると試算され、それを待てない公安調査庁は先行して秘密裏に司法警察員としての身分を有する特殊部隊の設立を計画し、2002年にやむなく公表した。

 これが特捜部である。

 一説によると得た情報を伝達する際に生じるタイムラグの煩わしさの解消もあるという。


 「なるほど。火力が足らないか。家庭の中華料理みたいなことを言うね」

 少しの笑みを見せながら若林局長は資料を見つめる。

 「我々は命を懸けていますから」

 「なるほど。常に銃撃と隣り合わせか」

 「それを見越して作った組織です」


 公安警察官宅連続襲撃事件で急遽、特捜部の重武装化を決定した公安調査庁はノウハウを比較的身の上が近い厚生省の麻薬取締部ではなく警察と自衛隊から輸入した。

 装備品に関しても自衛隊で死蔵されていたM1911A1や警察内で保管されていたP9S、PPK、オフィシャルポリス、ディテクティヴスペシャル、M10M&Pなどの旧式銃を掻き集めたのだ。

 そのため大多数の人員を警察官と自衛官の出向者で固め、公安調査官はそれらで鍛える方針になった。

 そのため、法務省キャリアからは「肉体労働者」と蔑まれ、警察庁からは体のいい掃き溜め扱いを受け、自衛隊と防衛庁からはお得意様と握手を求められる関係となった。

 設立当初は公安調査庁の警察庁への編入を見据えていたが、そんな中、共産党(第一監視対象)が公安警察刷新計画の全容を国会と機関紙『しんぶん赤旗』で暴露し総理を追求したため計画は関連情報すべてとともに緊急で放棄。計画を闇に葬り情報を『偽情報』にして、ほかのメディアの調査で計画が根も葉もないウソと断定されてしまえばそれ以上追及されることなく再スタートも切れるという目論見だった。

 公安総務課による国家機密漏洩の手引きをした機関紙の記者(情報テロ工作員)流した職員(裏切り者)のあぶり出し、そして特捜部の初仕事としての制裁(社会的抹殺)で処理された。

 しかし計画の復活はその後の社会情勢の急変で下手に組織をいじれなくなってしまい、最終的に特捜部だけが公安警察刷新計画の遺産として今に至る。


 「使用弾薬が軒並み軍用だが?」

 「今後は薬物中毒状態の犯人と対峙しなければならない可能性がありますので」

 「3ページのこれか」

 「はい」

 そのページにはJPLF(日本人民解放戦線)によるテロ実行部隊の管理法が事細かに記されている。

 「にしても、テロ組織も先鋭化したね」

 「昨今の日本におけるテロ組織はバックボーンが一つだけではありませんから」


 今では警察庁との関係は修復されたが、いまだに法務省からすれば「出世コースから外れた人間のいく窓際」という認識だ。

 必然的に法務省より警察や自衛隊との距離が近くなるわけだ。

 しかも法務省内部には「反特捜部派閥(アンチ・トクソウ)」が幅を利かせていて、特捜部から武器と権限を取り上げようと画策する者も多い。

 「銃なんて物騒なものの選定会議を我々の前で行わないでもらいたい」とは反特捜部派で当時法務省刑事局長だった現法務省事務次官の『ありがたいお言葉(下らない戯言)』だ。

 本居部長はそれこそ法務省から来ているが、法務省内部の出世レースに負けて精神に問題を抱えた状態で特捜部長に任命されている状態だ。実務はほとんど茅ヶ崎たちがやっており、看板として部長を使っている。とはいっても本居部長はそれには乗り気である。どうもこのまま特捜部で一花咲かせて見返させる気なのだろう。

 公安調査庁の上層部も理由は違うが多くが反特捜部だ。何せ彼らは全員に司法警察権を持たせたかったのだ。彼らにしてみれば特捜部はエリート中のエリートということになる。

 そんな彼らにとって特捜部の突出は存在意義の危機となるのだ。

 無論、銃をはじめとする装備の調達を渋る法務省と公安調査庁の上層部は武器メーカーとのコネクションを持っていないし、持たせようともしない。

 特捜部のオフィスは合同庁舎のはずれの赤れんが棟に追いやられ、会議室の使用も難癖をつけられてほとんどできずじまい。

 そのため特捜部に理解がある警察庁や防衛省の会議室がよく使われ、装備調達は自衛隊や警察のルートで行われるのだ。

 実質的な最高指揮権も警察庁警備局が握っている。

 だからミネベアの9ミリ拳銃(SIG P220)やSIG P230、豊和89式小銃などを装備できた。

 庶務十三課が軌道に乗って5年。

 特捜部もそこそこ活動が世間一般に認知されてきている。

 だがまだまだ根強い『現代の特高』という認識。

 石を投げる人もいる。

 デモでは日米安保の解体と並列して横断幕がかかる。

 だが、自衛隊も同じだった。

 今後どうにかなるはずだ。


 「さて、これでリストアップは終了だな」

 若林局長はそういって立ち上がる。

 「さて、今後の協力体制をより強化したいものですな」

 「私からも、そう願います」

 そういって若林と茅ヶ崎は固い握手を交わす。

 「時に、若林局長」

 「何か?」

 「1999年の事件に関して、公安警察内部にテロリストのシンパがいたことをご存知ですか?」

 「……いえ、全然」

 「そうでしたか」

 若林局長の態度からは不自然なものは感じられない

 「今後、調査を願いたい」

 「そうだな。仲間を売るような人間は、処分しなければ」

 そういって窓の外を見る。

 殺風景なビル街。

 すぐそばには皇居の美しい杜があるはずだが、そんなことを微塵も感じさせない。

 そして斜向かいには赤れんが棟も見える。

 ここから300メートル向こう。

 その距離が特捜部――そして庶務十三課と法務官僚たちとの距離だった。

彼らは憎まれつつも任務を遂行する。

それが彼らの仕事だから。


次回はWLSの新メンバーもとい、契約の条件の人質兼監視要員のお話

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