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エピローグ

事件の終息。

そして日常への回帰。

彼らの選択は。

 「こんな時にスカウト?正気?」

 私は一笑に付す。

 だが課長の表情は真剣そのものだった。

 猛禽(ラプター)のような眼がこちらの意思を透かさんと見ている。

 「君たちもこんな孤独な戦いを延々と続けるつもりかい」

 「お姉ちゃんを惑わさないで!!」

 エミリーはAUGを突きつける。

 隊員が銃口を向けるが課長はまったく動じない。

 「〈君の気持ちもわからないわけでもない。だが、これ以上負担が増えてもいいことなどない。それにこれで君たちの顔写真も取れたのだからな。外国に脱出することもできん〉」

 男は急にドイツ語を使いだした。

 どうもエミリーにも交渉を仕向けているらしい。

 「〈このぉ!!〉」

 「〈やめて!エミリー!〉」

 そういってエミリーを制すると、私は男を直視する。

 「〈でも!〉」

 「〈そんなふうに殺してばかりいてもいけないわ。仕事の依頼よ〉」

 「〈お姉ちゃん……〉」

 おずおずとエミリーは銃口を下す。

 嫌なのはわかる。けれどここでは自分たちが圧倒的に不利なのだ。

 「〈ありがとう〉」

 課長は静かに感謝の言葉を告げた。

 「〈で、条件は〉」

 「〈君たちの身の安全と生活の保障。十分な給与。今までの刑法犯の不問。あと、誰か一人だけ君の下に置きたい〉」

 「〈監視?〉」

 さすがに信頼はそう簡単に得られない。

 「〈一応だ。だが、君たちにとっても人質となる。メイドや執事の代わりにしてもいい〉」

 「〈わたし、人身売買は嫌いよ〉」

 「〈だが君たちには選択肢はない。受け入れるか、死ぬか〉」

 「〈お姉ちゃん!もういや!逃げよ!こんな大人にいつも騙されるのなんていや!〉」

 涙を溜めたエミリーの悲痛な叫びが聞こえる。

 思い出す。いつも大人のために貧乏くじを引かされてきたことを。

 親に売られ、恐怖を味わい、育てたものに裏切られ。

 いつも私たちには荊の道しか与えられてこなかった。

 だが、この男は違う。

 単なる損得勘定だけで動いているわけではない。

 そんなことで動くような男がここまで手練れの部隊をここまで統率できるだろうか。

 圧倒的な人徳がある。

 本気でスカウトに来たならばこちらからも条件を付けくわえてもいいだろう。

 「〈……わかったわ、受け入れる〉」

 「〈お姉ちゃん!?〉」

 「〈そうか〉」

 男は心底安心したような表情になる。

 「〈ただし、条件があるわ〉」

 「〈何かね〉」

 「〈こっちを裏切ったら問答無用で殺すわ〉」

 私の言葉に霧谷さんはさっと反応して銃口を向ける。

 どうもドイツ語を確実に使えるのは私たちを含めて四人のようだ

 「〈よかろう〉」

 「課長!?」

 美里ちゃんが男に振り向く。

 「……まさか快諾するなんてね」

 「その程度の条件は受けるつもりだよ」

 「なら話は早いわ。契約は成立ね」

 「お姉ちゃん!」

 エミリーの動揺も理解できる。

 けれど。

 「ごめんね、エミリー。お姉ちゃん、もう疲れちゃった」

 「……」

 うなだれるエミリーを抱きしめる。

 エミリーはしゃくり上げて泣いていた。

 「〈大丈夫よ。これで苦労は減るから。もう怯えながら寝ることもなくなるわ〉」

 「〈お姉ちゃん……〉」

 やさしく頭を撫でてあえるとエミリーは落ち着きを取り戻した。

 脱力したエミリーをゆっくりと床に座らせると、幸太郎に向き直る。

 「ねぇ」

 これで今までを清算できる。

 「キスしよ……」


 「ねえ、キスしよ……」

 「え!?」

 「久しぶりにね、何年ぶりに、男の人にドキドキしたんだ」

 顔が少し赤らんでいる。

 「そんな理由でしていいもんじゃないぞ、キスなんて」

 とにかく、事態を回避しようとする。

 キスしたら最後、エミリーちゃんに殺される。

 第一、彼女とキスするのに個人的な引け目もある。

 「それにね、すべてに区切りをつけたいの」

 「!?」

 「エミリーはもうそろそろ私以外に目を向けてほしいの」

 「だからって」

 グイッとマリアは身を乗り出す。

 「荒療治ってやつよ」

 そういって顔が近づいてくる。

 アメリカンなアクション映画みたいなシチュエーションだな。

 戦いが終わってからのキスなんて。

 好きだからよく見ているけれど、よくよく考えると恥ずかしいな、これ。

 それ以前に、コレ、人生最後の思考になりかねんぞ。

 一瞬で凄まじく思考が巡る。

 その一瞬のうちに距離は何十ミリも近づいている。

 「ダメーッ!」

 いきなりエミリーちゃんが突進してきた。

 そして、あっけなく慣性で押し倒されてしまう。

 馬乗りにされてしまった。

 エミリーちゃんの体重を感じる。

 視界の多くがエミリーの体に占有される。

 エミリーちゃんはすくっと立ち上がると

 「お姉ちゃんは……汚させない!」

 赤く腫らした目でこちらをキッと鋭く見つめ、きっぱりと宣言した。

 「だろうな……」

 どっこらしょ、と立ち上がる。

 ところどころ痛む。

 戦闘時の興奮状態から覚めつつあるらしい。

 「やっぱりキスっつーのは本当に好きな相手とやるべきなのさ。急にデレてもどうしようもない。吊り橋効果さ」

 「そっか……」

 覚めた頭で考えたことを呟く。

 その言葉にどこか悲しげな表情をしてマリアは微笑む。

 「で、だ」

 覚めた頭でふと思い出すことがあった。

 「これからどうやって出るんだ?表には山ほどマスコミがいるだろうに」

 「これから一芝居打つ。それに乗っかってくれ」

 そういって茅ヶ崎さんは出口を見つめた。


 ドシィィィィィィン


 地響きのような音が響く。

 「なんだ?」

 「工作の結果だ」

 茅ヶ崎さんはそういってニヤリとする。

 「テロリストの爆弾が起爆したことにして、これから警察が野次馬に急いで逃げるように誘導する。その間に裏口から脱出するんだ」

 「この建物は?」

 「一応原型は保つだろうが、どっちみち大リフォームは必須だな」

 幸太郎の言葉に含み笑いで茅ヶ崎は小さく答えた。


     *************


 事件から二日後


 正直言うと、この週末の三連休ほど疲労がたまった休みはなかった。

 筋肉痛で自転車のペダルを蹴って高校に行くという拷問に、間の二日の登校日が酷く恨めしく思えた。

 茅ヶ崎さんは一応やさしかった。あの後、脱出した俺たちに新しい服と名古屋市都心部の大きなホテルのバイキングの食事を提供したのだ。月々数十万の嘱託の報酬(口座振り込みが勝手にされていて死ぬほど驚いた)とは別枠と言っていたが、どこからそんな金が沸いてくるのか。自腹を切っているように思えなかったし。

 それはよかったが翌日から酷い筋肉痛とかすり傷の痛みが襲ってきた。

 母が車で送ろうかと提案してくれたものの、やんわりと拒否してこの苦痛を甘んじて受けることにしたのだ。

 「ああ、何故あの時あんなことを……」

 考えても見れば一生涯のうち、あの時以外カッコよくキスするタイミングはないかもしれない。妙にカッコつけてしまう頭でっかちな自分が憎い。まあエミリーちゃんに殺される確率が減ったのはいいが。

 「おはよう」

 ふと声が聞こえた。

 ローゼンハイム姉妹がいつの間にかいた。

 二人とも髪型を変えたらしい。

 マリアは両端の髪を集めて青いリボンでポニーテールのようにした髪型にしたようだ。

 エミリーは両端の髪を黒いリボンで束ねていた。

 ヘアピンも使っているようだ。

 髪の束の数で一号二号ってことか?

 いやいや、そんなわけじゃないだろう。

 「おはよう」

 挨拶を返すとエミリーちゃんの視線が鋭い。

 まるで『このスケコマシが』と言わんばかりの表情だ。

 恐ろしく気まずい。

 距離感が取りづらい。

 どうするんだ。

 「おい!紀伊!とっかえひっかえなのか!?プレイボーイなのか!?」

 「先生!うるさい!」

 米田先生の茶化しに珍しく本気で切れてしまった。

 米田先生が「ああ……すまん」といって引き下がった。

 まずいことしちゃったかな……。

 「……」

 ぎろりとエミリーちゃんの瞳がこちらを捉える。

 視線の冷たさから若干身を反らしてしまう。

 確実に殺気が乗っている。

 いかん。心証が悪化した。

 米田の野郎!

 とにかく話題を振ろう。

 「そういえばなんで俺と付き合おうなんて考えたんだ?」

 ふと気になっていたことを聞いてみる。

 「あなたは能天気ね」

 ふふふ、と笑ってマリアは言う。

 エミリーちゃんはあきれ顔だ。

 「というと?」

 「あなたは世界中で賞金首よ」

 「は!?」

 俺は驚きの声をあげる。

 「それで私たちにあなたの暗殺の依頼が来たのよ」

 「それで何でそんな依頼を受けたんだよ」

 「受けてないわ」

 「はあ……?」

 「安っぽい仕事なんかを受けてお姉ちゃんの品位を貶めるなんて許せないから」

 エミリーちゃんの言葉には棘があった。

 「あなたを狙う、ほかの『ヴァイス・リリー・シュヴェスターン』がいたから、おとりとして使うつもりだったわ」

 「つまり、好意を抱いてはいなかったと」

 「……そうだけど……ね…」

 マリアは顔をそらす。

 「私たちの絆は誰よりも強いの。同じ時を生きてきたから」

  エミリーはそうつぶやいてマリアの袖を引っ張る。

 「なんだそりゃ?」

 「あなたの想像通りの関係ってことよ」

 「そういうことか」

 いろいろと重くのしかかる。

 「このことは秘密ね」

 マリアは瑞々しい唇に人差し指を押し当てる仕草をするとウインクする。

 「お、おう」

 ああ、俺って面倒事に巻き込まれるなぁ。

 殺し合いに巻き込まれたのは三回か。

 「おはよう下僕」

 背後から聞き慣れた声がする。

 「河合、どうした?早いな」

 「私が早いのもあるけれど下僕が輪をかけて遅いからよ」

 そうは言うが普段より格段に早い。

 低血圧を自称する割にぴんぴんしている。

 「それにしても姉妹で髪型変えたのね」

 「まあね。可能な限り、離れて行こうって。すごい抵抗されたけど髪を梳いてあげたら許してくれたわ」

 「ムゥ……」

 エミリーちゃんは凄まじく不機嫌そうな表情をしている。

 しょうがない。共依存を改めたいならこれぐらいの強硬手段を取らざるを得ないのだろう。

 「でもなんで、お前まで武器なんか持って」

 未だに気になっていた。

 「あの時も言ったでしょ。お金と名誉のためだって」

 何を言っているのと言外で示している。

 「だとしたら本当に大馬鹿だぞ」

 やっぱり呆れてしまう。

 「ふふっ、そうかしら?」

 一歩先に出ると、ひらりとスカートを翻してくるりとこちらに向き直る。

 「下僕を大切にするのは主人の義務よ。それに、私以外の命令を聞くのはどこか不愉快なの」

 今まで見たこと無いような河合の優しい瞳。

 「そうかい」

 そうとしか言えない。

 こいつは打算で動く人間だ。

 「ホントぶっきらぼうね。だから財産目当て以外で恋人が見込めないのよ」

 「ひでぇ」

 不思議と笑えてくる。

 「幸太郎!」

 さらに背後から人が来る。

 神山と霧谷だ。

 「大丈夫か?傷?」

 「大丈夫。中学のころよりはいいさ」

 神山の問いに答えると「そうか」と神山から安堵の声が漏れた。

 怪我自体は慣れっこだ。

 「エミリーちゃんカワイイ!!」

 「引っ付かな・い・でっ!」

 背後から抱きついた霧谷をエミリーちゃんは引きはがそうとしている。

 「まるでGメン75だな」

 何ともそんな感じで並んでしまった。

 「下僕、たとえが古すぎよ」

 「そうか」

 そのまま教室に向かう。

 教室に入ると見たくない顔とさっそく目が合ってしまった。

 「ねえねえ!デートはどうだった!?」

 村田のはやし立てる言葉は場違いな空気を醸し出していた。

 正直言って小学生的な発想だし、さすがに品が無さすぎるのを周囲は感じているようだ。

 誰もノってこない。

 この前はしつこく聞いてきた女子すら、しらっとしている。

 「サイテーだったよ」

 苛立ちながらそう答える。

 「そりゃよかった!!」

 すごくうるさい声が耳元でする。

 きゃっきゃきゃっきゃとバラエティーのお笑い芸人――いや、チンパンジーみたいに手を叩いて下品に笑っている。

 少々むかついてきた。

 「黙ってくれないか」

 「え!?」

 「みんなすっげー目で見てるぞ」

 しれっと言うと村田はきょろきょろと周囲を見回す。

 取り巻きすら飽き飽きした表情をしているのを見るとすごい表情になった。

 「おまえ!()めやがったなぁ!」

 一人勝手に逆切れされた。

 掴みかかろうとした右手を跳ね除ける。

 「さあさあ、どいたどいた。これ以上見られたくないなら、すぐどくんだな」

 村田を針路から避けると席に向かった


     *************


 「今回は失敗か」

 ガラス張りの官邸の中で萩原一雄は電話をしていた。

 赤の他人名義の携帯電話――存在そのものが違法であるそれを用いて、とある男と話していた。

 『しょうがないでしょう。所詮は韓国の工作員。共和国の工作員を超えれはしません』

 「そうか。あそこの工作員は国交や拉致の問題もあって入国できそうにないから代替品に頼ってみたが」

 『あっけなくやられてしまいましたね』

 電話の向こうの相手は含み笑いでそう言うと、どうも椅子に座ったらしい。ぎしっと軋む音が漏れ聞こえた。

 「今後どうするかね。外事二課を押さえて今回の作戦を決行したが、もう二度と抑えられんぞ。やつらが感づきかねない」

 『ならば我々に策があります』

 どうも自信があるようだ。

 「どういう策だ?」

 『革命は若者主導で行われるんですよ』

 「……そういうことか」

 全てを察して椅子にもたれかかる。

 我々の世代が革命をなすにはもはや情熱も体力も足らないのだ。

 『それでは』

 「ああ」

 『すべては明日の我らが理想郷のために』

 「我らが理想郷のために」

 電話を切ると革命家から政治家としての表情に戻った。


     *************


 祖首鋭は中国大使館にいた。

 駐日本大使や駐在武官とは旧知の中だ。

 「どうかね?商売の方は?」

 「順調だね。大きい商談がよくまとまる」

 応接室で中国茶を飲みながら祖は大使と談笑していた。

 「それにしても、大きな商談というのは?」

 「政府からドイツ製の銃の大口注文を受けてな」

 湯呑を置くと祖はためらいなく話し始める。

 「どこの装備だ?警察?軍部?」

 「警察でも日本軍でもないらしい」

 その言葉に大使は手を組んで思案し始めた。

 「そんなこと話して大丈夫なのか」

 「ここは『中国領』だぞ。日本の警察は手を出せんさ」

 「ははは、なるほど」

 大使は笑うとつぅと中国茶を口に含む。

 「この国での仕事は楽しいよ。警察は力を持てない。マフィアと全面対決を避けている時点でお察しの通りだ」

 「その割に治安はいいがな」

 「所詮仮初めの治安さ。すぐに地獄になる」

 そう言って笑うと祖は中国茶のお代わりを頼んだ。


     *************


 事件から一週間後


 真っ黒な部屋の中には捉えられた男と彼を縛り付けている椅子、そして茅ヶ崎以外なにも存在しなかった。

 ウレタンマットが敷き詰められたこの部屋は、脱走も奪還も自決すら不可能な空間だ。

 時間感覚を狂わせるために時計は存在せず、食事も不規則で量も質も乱数表に基づき常にバラバラ。

 窓もない。だが照明は常時煌々(こうこう)とついている。

 眠らせないためだ。

 脳波計と連動して睡眠に入らないように強烈な音を発するシステムも存在する。

 そして尋問と食事以外の時間には自決防止用の猿轡と手錠も使用する。

 常人ならすぐに発狂する程度の拷問部屋である。

 「貴様らが対日広報室という組織の指揮下にあるのはわかっているんだ。教えてもらおうか」

 「……」

 「教えろ」

 「……」

 詰問口調でまったく動じない。

 ならば。

 「情報を提供すれば危害は加えない。解放しよう。」

 「……本当か?」

 甘い言葉を聞いて死んだ魚のような瞳が急に光を取り戻す。

 「もちろん」

 「……対日広報室は外交通商部の機関だ。日本のメーカーから最新の研究を奪い生産破壊工作をし、マスコミ関係者や政治家に対してハニートラップと多額の資金提供をすることで韓国に関する報道を統率する。必要となったら邪魔者を排除する。このことを主任務としている」

 嬉々として情報をしゃべりだす。

 「そうか」

 「ならば解放しろ。すぐに!」

 早くしろと催促する奴に対してすぐさまトムキャットを手に取りチップアップレバーでチャンバーをせり上げる。

 「ッ!何をする気だ!」

 チャンバーに.32ACP弾が入っているかを確認すると、レバーを戻しチャンバーを閉鎖したトムキャットの銃口を突きつける。

 目を見開いて驚きの声を上げる。

 「情報を提供することに対しての対価が危害を加えない、解放する、だ。我々の存在を見てしまった以上、生かしておくわけにはいかない。せいぜい苦しまないようにしてやる」

 「まて!貴様!約束が違」


 パンッ パンッ


 乾いた銃声が二回響く。

 奴はぐったりと力尽きた。

 恐怖と疲労で、空砲だけで気を失ったらしい。

 「甘いな」

 トムキャットを懐に仕舞う。

 「身柄を拘束されている時点で負けだというのに、ストレスで判断を誤ったか……」

 とっくの昔に他の工作員から聞いた話ばかりだった。

 しょうがないとは思うが、視点が変わるとまったく違う一面が見えてくることも多い。

 だが、今回の収穫は無し。とんだ無駄足だった。

 武田が部屋の中に入ってくる。

 「処分は適当にな。それと、H24‐3044文書を基に近いうちに国内の産業スパイを根こそぎ不正競争防止法違反で検挙する。作業の準備をするように連絡しろ」

 「わかりました」

 茅ヶ崎が部屋を出るのと同時に、武田は表情を変えずに答えた。


     *************


 世間は休みの中、蓮池は射撃場でレイジングブルを撃っていた。

 ライノは敵の爆発に巻き込まれてしまい、使えなくなってしまった。新しいものを頼まないといけない。

 ダブルアクションのトリガープルの重さと.44マグナム弾の反動に慣れておきたかったのもあるが、何せ妻と娘は実家にいる。それにもともと警官だったこともあってゴールデンウィークは『繁盛期』というのもある。多くの人員が休みを取っている中、体がどうしても休もうとしなかった。

 どうしても警官であったことを忘れたかった。

 まったく警察では扱わない銃の反動が忘れさせてくれる。

 全弾撃ちつくし、ラッチを解除してシリンダーをスリングアウトするとエジェクターロッドで薬莢を排出する。

 これで計二十四発。第四セット目だ。

 ピクトグラム以上に単純化された人間の臓器分布を基に得点と色の塗り分けしたマンターゲットペーパーがこちらに迫り出してくる。

 結果は思いのほかよかった。マンターゲットを見ると急所に当たるバイタルゾーンや頭部に命中している。

 「どうだ」

 背後から近づいてきたのは茅ヶ崎だった。

 「だいぶ慣れたが手がしびれて」

 「そうか」

 イヤーマフを外し茅ヶ崎の方に向き直る。

 「昼飯はどうしようか」

 茅ヶ崎の言葉に

 「蕎麦屋にしましょう」

 レイジングブルを置いてそう即答した。

これでWLS編は終了です。

第三章は来月から始まります。

それまでの間に短編集を用意します。

名づけて「インターミッション2‐3」

第三章との間に空く時間軸を補完するための短編集です。

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