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Siebte mission: Wenn Verchromung abgert――鍍金が剥がれる時

疑念の中でのデート

そして遂に事件が始まる

 何とも既視感のある待ち合わせだが、これから行く場所は昨日とは違う。

 より本格的なデートになる。

 柱にもたれながら待ちぼうけだ。十分前に到着したからしょうがない。

 「ごめん!待った?」

 声が聞こえた。マリアとエミリーだ。マリアは膝丈のワンピースにアンバランスなミリタリー系のジャケットで、エミリーはおそろいのワンピースにカーディガンだ。二人とも髪を下している。

 しかし気になるのは、マリアはコンパクトなポシェットなのだが、なぜかエミリーはマリアのポシェットと対照的な結構大きいカバンを持っているということだ。

 これからのことを考えると結構きついし、そこまで大きなカバンは必要ないはずなのだが。

 「いや、ほぼジャストだ。これから電車に乗るよ」

 とにかくここでは詮索せず、話を進める。

 「わかったわ」

 券売機に向かうと切符を買おうと財布を開く。

 そんななか、彼女は券売機を前に若干戸惑っている。

 「どうした?」

 「どうすればいいの?」

 券売機をどうすればいいのかわからないらしい。

 「空港からこの街までどうやって移動したんだ?」

 国際空港からはこの会社の空港特急が出ているはずだ。

 空港から都市部までの長距離移動にすごく役立つ。中学二年の夏休みの沖縄への家族旅行で利用したからその便利さはよくわかる。

 だが、この鉄道以外となると移動手段はどうしたのだったのだろうか。

 「タクシーよ」

 タクシー。いくらなんでも悪い冗談にしか聞こえなかった。距離がありすぎるのだ。何万円とかかる。

 「タクシーに頼らず鉄道での移動を覚えた方が安上がりだぞ。券売機の扱い方は教えてやる」

 手招きしてレクチャーを始めた。

 「まずは行きたい駅を料金表から見つけてそこまでの料金を押す」

 タッチパネルで目当ての駅までの料金をタッチする。

 「次に枚数のボタンを押す。大人と子供があって12歳以上は大人料金だ」

 今回は大人三人の料金なので黒い人型のピクトグラムが三つあるボタンを押す。

 硬貨を入れると切符が出た。

 「こういうふうだな」

 「ありがとう」


 電車の車内は空いていた。普通電車は余程のことがない限り満席にならない。それこそ事故でダイヤが乱れきっているとか。

 「それにしてもエミリーちゃんの荷物は……」

 「ちょっとした楽器よ」

 「楽器店はなかったと思うが……」

 エミリーは「しゅん」となる。

 ………

 ……

 …

 なかなかかわいいぞ、エミリーちゃん。

 なんともキツイ面と無表情しか見ていなかったためなのか、こういう情動があることがわかると、普通の女の子なんだなと思えてきた。

 ………………?

 いや。普通ならあの時のキスシーンはなんだったんだ。

 普通ならあそこまでするか?

 「お姉ちゃん。何買う?」

 「どうしようか?」

 他愛のない会話と思案の間に普通電車は一駅目に停車しようとしていた。


      *************


 目的の駅に到着し、電車を降りると徒歩数百メートル程度でショッピングモールに到着する。

 マリアのすぐ後ろをエミリーはついていく。大きな道には自動車が列をなしている。

 「すごいわね」

 「半ばテーマパークだからな。郊外型ショッピングモールっていうのは」

 「そうなんだ」

 「実際、家族連れで一日周るっていうのも多いし、フードコートもあって食事の心配もない」

 「へぇ」

 なんというか、『遊園地は遠いし並ぶし金がかかりすぎるし』みたいなときにこういうところは盛況になる。大都市に近いといっても所詮は地方都市。しかも日本最大の工業地帯の中の都市だ。娯楽施設は近隣県にまかせっきり。観光地は少ないし、あっても交通の便の悪いところにあったりする。その証拠に遊園地のCMは基本隣県の物ばかりだ。同じ敷地なら工場の誘致に力が入っている。

 このショッピングモールも元は紡績会社の工場跡地の再開発事業でできた経緯がある。

 自動ドアをくぐるとそこは別世界だった。

 吹き抜けのショッピングモールだ。暖色系の証明がキラキラと輝いている。

 「思っていたよりすごいわ」

 「……ドバイより安っぽい…」

 ん?エミリーちゃんの言葉がなんかすごかったぞ。

 ドバイって言ったのか?アラブ首長国連邦のドバイ首長国?

 どういうことだ?あそこはセレブ御用達なリゾート国家だぞ。

 「結構お金持ちだったりする?」

 気になったので聞いてみる。

 「え?ま、まあね」

 「そうか」

 うわぁ。すごい娘の告白を了承しちまったぞ、俺。

 振り回されるのかな、俺。ライトノベルの典型みたいに。

 「ん?お~い。幸太郎!ローゼンハイムさん!」

 そんな中ふと声がした。

 「お!神山!それに霧谷も!」

 少し向こうにいたのは神山と霧谷だ。

 ラフなTシャツにジーパン、霧谷はシャツにスカートといった格好だ。

 計画通り。

 偶然を装ってここでランデブーする計画はきれいに決まった。

 「デートか?」

 「ああ。幸太郎も?」

 まずは他愛のない話だ。警戒されないためにも。

 予定調和な会話をして自然に合流するようにアシストする。

 「そうだが」

 「にしてはなんでエミリーちゃんまでいるんだ?」

 ごもっともな質問だ。

 「なんか、すごい警戒されてて……」

 はははと頭を掻きながら話す。

 「さて、このままでは埒はあかないから、お店でも回るか」

 話を切り上げてマップを見始めた。


 結構いろんなお店がある。

 天然石の店で大きなアメジスト原石を見て嘆息したり、アクセサリーショップで何かないかと見てみて似合いそうにないのを嘆き、ゲーセンでクッションを取ったりレースゲームをやってみたりとしているうちに時間は過ぎていく。

 ガンコンタイプのシューティングゲームではさすが神山といった感じだ。

 だが、レースゲームでは俺の圧勝だ。重要なのはカーブでのINからOUTでIN。これでカーブは俺のものだ。昔読んだ漫画の受売りだけど。

 ウィンドショッピングをしているうちに女性陣はランジェリーショップに入っていった。

 正直言って気まずいので神山と二人で近くのベンチに座ることにした。

 作戦通り。コンタクトする機会が出来上がった。

 「で、昨日の話だが、ローゼンハイム姉妹が危険だという根拠は?」

 ローゼンハイム姉妹がいないうちに昨日の要件を聞いてみた。

 「ローゼンハイム姉妹が殺し屋である可能性がある。詳しくはこれを読んで」

 手渡されたホチキス止めの書類をめくって読んでみる。根拠として見れば十分な力がある。だが、さまざまな点で腑に落ちない点がある。

 「だが、日本国内で関与するはずの犯罪のすべてにアリバイがあるっていうのは」

 「そこがわからないんだ」

 書類を神山に手渡して背もたれに身をゆだねる。神山も不可解だと表情で語っている。

 「なんか裏があるな」

 「そうだな」

 「ねえねえ。ケンくん。これどうかな」

 霧谷が神山を呼んでいる。

 「……どうすればいい?」

 「行け。一応彼氏なんだろ、霧谷の。堂々としてればいいさ」

 「…突き放すね」

 「しょうがない。こんな展開なんて初めてだからさ。まあがんばれ」

 神山を送り出すと天井を仰ぎ見た。

 碌でもないことばかり起こる。

 憂鬱だ。


 意を決してランジェリーショップに入る。照明から何から何まで女性向けな空間だ。

 「これどうかな」

 美里はひらひらと下着のセットを見せてくる。薄い青色でレースやらリボンやらがふんだんについたものだ。

 そうは言われても判断の基準はわからない。

 困り果てて、どうしたものかと思っていると

 「ちょっとこれとかどう?」

 とマリアさんが美里に声をかけて、俺に助け舟を出してきた。

 「どっちにしようかな?」

 「もういっそのこと悩むくらいなら買っちゃえば?」

 マリアさんのアシストがあるうちに店を後にする。

 助かった。

 あの空間に男はいるべきではない。

 空気のプレッシャーがすごい。

 命からがらといった精神状態でベンチに戻ると幸太郎はぼんやりとしていた。

 「どうした?」

 「いや。なんでも」

 幸太郎はそう返すとスマートフォンを操作し始めた。

 「九州沖空戦にお前たちは関与しているんだな」

 「どっちかというと、介入対象が関与していた」

 「そうか」

 幸太郎は画面から目を離さないで応対する。

 「どうしたんだ」

 「いや。昔の友達からメールが来てね」

 顔は暗い。

 「なんて?」

 「過去関わったとある奴の動向がなかなか怪しいって」

 瞳には怒りが垣間見える。

 「恨みを買われているのか?」

 「逆恨みさ。先に仕掛けておきながら。懲りない奴だ」

 苦虫を噛み潰したような表情で幸太郎は呟いた。

 「今度会ったら、この手で必ず殺してやる……!」


      *************


 「ちょっとごめんね」

 そう霧谷さんに断って化粧室に向かう。

 化粧室の個室で携帯電話を取り出し電話番号を押す。

 「〈もしもし。李国明?〉」

 相手は私にとって重要な相手だ。

 『〈ああ。今君はどこにいるかね〉』

 「〈女子トイレの中よ〉」

 『〈なるほど。フードコートで待ち合わせだな〉』

 「〈ただ問題があるわ。友人と行動しているの〉」

 『〈どうにかならないかね〉』

 「〈ちょっと難しいわ。最悪知り合いとして通してもらうわよ〉」

 『〈わかったよ〉』

 電話を切るとポシェットの中を見直す。水色のポーチの中にはデトニクス・コンバットマスターの予備マガジンがある。本体はちゃんとあることが体でわかっている。

 それにしてもいろんなことをしたな、なんて思う。

 宅配便の荷物として潜入してマフィアを殺したり、襲撃してきたロシアFSBのパラミリを撃滅したこともある。

 私が前線で戦うことでエミリーには危険を味あわせないようにしている。いつも帰ってくるときにはエミリーは泣いている。「怖かった、不安だった」と抱きついてくる。

 もうそろそろ、私にべったりのエミリーを引き離してあげたいけれど、突き放そうとすればするほど近づこうとする。今のままじゃ余計ベッタリになってしまう。まるで泥沼だ。

 腕時計を見ると意外と時間が経ってしまったことに気が付いた。

 化粧室を出てみんなのところに戻るとベンチでパンフレットを広げていた。

 「どうしたの?」

 「ああ。もうそろそろ昼ごはんにしないとフードコートが混むからね」

 「へぇ」

 「で、一応見てみようと思ったんだ」

 「なら先に席を取った方がいいんじゃない?」

 ふと気が付いたことを提案してみる。

 「そうだな」


 フードコートで席を取るとどんな店があるかをよく見て検討を始めた。

 「うどんにたこ焼きにステーキにピザ……ホントいろいろあるな」

 「ニーズに応えたんだろうな」

 様々な店があるがステーキ以外に魅力を感じない。

 「ステーキにしようと思うんだが」

 「ピザもたのも」

 「うどんかな」

 「私たちはスパゲッティで」

 オーダーが決まったところで幸太郎が私たちの分も頼んでくれることもあって、私たちは席の番をすることになった。

 「〈で、どうするの、計画?〉」

 「〈どうするって、これからね〉」

 「〈早くするべきだよ〉」

 「〈そうは言うけど……〉」

 「何話してるんだ?」

 「うひゃっ!?」

 幸太郎が戻っていた。変な声を上げてしまった。

 「ど、どうしたの!?」

 「メニューを聞きそびれてた。てか、店頭にしかメニューがないから見に行ってくれないか?席は俺が見ておいてあげるから」

 人差し指でお店の方向を指し示す。凡ミスで二度手間になってしまっている。

 「わかったわ」

 席を立つと店にまっすぐに進む。

 ふと視界の端に李国明を捉えた。

 その背後についていくのは彼の秘書兼お供の黄ではない。黒尽くめの見知らぬ女だ。

 「〈エミリー。『例の物』を準備して〉」

 「〈わかった〉」

 エミリーは急いで席に戻り、私は一人で見知らぬ女の後を付つけることにした。


 「どうしたんだい、エミリーちゃん?」

 「ちょっと用事が出来た!」

 そういうとエミリーは自身のカバンを手に取って駆け出して行った。

 「何があったんだ?」

 「どうした、幸太郎」

 神山の声で我に返る。

 「エミリーちゃんがカバンを持ってどこかに行った。マリアもいない」

 神山の表情が変わる。何か思い当たるものがあると表情が語る。

 「やばい。美里!準備して!」

 「わかった」

 彼らも急いで準備を始める。

 「ふたりが向かった方向は!?」

 「あっちだ」

 指を指すと二人はそちらへと向かう。

 俺は二人を追うことにした。


      *************


 用を足して手を洗う。

 近頃トイレが近くなってきた。情けないなと思いつつハンカチを取り出し手を拭いて出ようと振り返った。

 「〈初めまして、李国明〉」

 「〈誰だ!〉」

 聞き覚えのない声。目の前にいたのは黒尽くめの人影だった。

 「〈誰って。殺し屋、ヴァイス・リリー・シュヴェスターンですよ〉」

 殺し屋?そんな。こんなところで襲撃を仕掛けるのか。

 しかもWLSだと。

 「〈そんな馬鹿な話があるか!なぜ、そんなことになる!〉」

 「〈ふふふ。嫌ですね。あなたには懸賞金がかかっているんです。そんなことも知らないでいましたか〉」

 黒尽くめはUSPコンパクトを取り出す。

 サプレッサー取り付けのために延長されたバレルに雄ネジが切ってあるモデルだ。

 「〈今回はサービスです。消音器を使わせていただきます〉」

 細身のサプレッサーを取り出しねじ込むと、こちらに銃口を向ける。

 「〈さあ、死んでください!この後にもう一仕事あるんです〉」

 トリガーが引き絞られる。精一杯避けるが腹に一発、弾丸が突き刺さる。

 「〈ぐっ!〉」

 激痛が走る。脇腹にあたったが急所ではない。

 「〈ちっ!手元が狂った!今度こそ死に腐りなさい!〉」

 再度銃口が向く。

 「〈そうはいかないわ〉」

 「!?」

 黒尽くめの背後にはさらに何者かがいた。

 「〈あなたが今話題の偽物ね〉」

 「〈誰だ!?〉」

 黒尽くめは振り返る。

 そこにいたのは金髪の少女だった。

 「〈貴方ならすぐわかるはずよ〉」

 金髪の少女はポケットから小型拳銃を取り出す。

 「〈まさか……!〉」

 次の瞬間、銃声がした。

 その銃の主、それこそは

 「〈そう、本物の『白百合(Weiß Lily )の姉妹(Schwestern)』よ〉」

 マリア・ローゼンハイム嬢だった。

 「〈な、なんだと!〉」

 黒尽くめは倒れたまま驚愕している。

 「〈雑魚は黙っていて頂戴。私たちの仕事に泥を塗らないで〉」

 倒れた黒尽くめの頭蓋にダメ押しで二発撃つ。

 顔を隠していたものをすべてはぎ取るとブロンドの白人の女が目を見開いたまま絶命していた。すべてに絶望した顔は整っていて、喉元には黒く荊のタトゥーを彫っている。

 「〈馬鹿な女〉」

 そう吐き捨てるローゼンハイム嬢の瞳には、襲撃犯の女を軽蔑する恐ろしく冷たい感情が見えた。

 「〈久しぶりね、李国明〉」

 「〈こんなふうに顔を合わせるとはな〉」

 李は溜息をついた。

 かわいそうに、彼女は妹とともにヨーロッパの裏社会を殺し屋として渡っている。

 麗しい二羽の白鳥は、生きるために双頭の鷲となった。

 己の名に純潔の象徴たる白百合を冠して。

 「〈これの初使用がこんな形になるなんてね〉」

 掌に乗っているポケット拳銃を見つめると、ローゼンハイム嬢は溜息を吐いた。

 ウォールナットグリップパネルの黒染めモデルだ。

 「〈光栄だね。ZVI(ツヴィ) KEVIN(ケビン)。この前お買い上げいただいた商品か〉」

 「〈そうよ。本体とマガジンの追加注文、と行きたかったけれど……〉」

 外からは騒ぎが聞こえる。

 「〈面倒なことになったわ〉」

 ローゼンハイム嬢は出口を見つめた。


      *************


 さっきの銃声とは違う銃声がした。

 減音器と超音速弾を使用した時のソニックブーム音。

 悲鳴も聞こえた。避難誘導も始まったようだ。

 「幸太郎。手分けをしよう。3回の明確な銃声のした方を俺たちが、減音された方を君が」

 神山は幸太郎に指示する。

 「わかった」

 そういうと幸太郎はカバンの中からP230JPを取り出す。

 「必要ないと思うが」

 「とにかく、相手は銃を持ってるんだろ。こっちも準備しないと」

 「くれぐれも殺すなよ。重要参考人だ」

 「わかったよ」

 幸太郎とのアイコンタクトの後、三人は二組に分かれてそれぞれ向かった。


      *************


 わたしはお姉ちゃんから待機を命じられて物陰で準備をしていた。

 カバンの中からパーツを一つずつ取りだす。

 ロアレシーバーとアッパーレシーバーを組み立てる。

 二つ準備したバレルの中でもロングバレルを選んで差し込み捻って固定する。

 システムウェポン、シュタイアーAUGが姿を現す。

 更に銃口にねじ込み式サプレッサーを取り付ける。

 ホロサイトとサイトブースターをレイルドハンドルに取りつける。

 半透明のマガジンを差しコッキングハンドルを引く。

 左利きということもあってこの銃ではエジェクションポートを左に設定している。

 ターゲットはわかっている。

 あの女の共犯は男二人だ。

 ずいぶんかわいがってもらっているらしい。

 汚らわしい。

 二人の男のうち一人は先日、日本警察に射殺されたらしい。

 残った男は大柄な黒人で腕に髑髏のタトゥーをしている。

 場違いだからすぐにわかった。

 腕は丸太のように太く、タトゥーは髑髏に百合と十字架だ。

 サングラスをかけた顔からは人相はわからない。

 高倍率の左目と倍率なしの右目で捉える。


 パン


 銃声がトイレから聞こえた。

 少し時間をおいてさらに二発分の銃声が聞こえた。

 銃声とともに男はS&W M686拳銃を懐から取り出し走りだす。

 男は銃声のしたトイレに向かう警備員に一発撃つ。

 警備員は崩れ落ちる。

 周りはパニックになる。

 すぐさま、わたしは発砲する。

 押し殺した銃声とともに超音速で弾丸は男の胴体に向かう。

 男の脇腹に穴が開く。

 崩れ落ちると動きは止まる。

 人が途切れた瞬間を狙って頭を狙って撃つ。

 大男は糸がプツンと切れたかのように崩れ落ちた。

 (…よわっ……)

 弱い。

 弱すぎる。

 たった二発で天国に送られてしまうなんて。

 なんて哀れな魂だろう。

 こんなことなら初めからヘッドショットにしておけばよかった。

 弾が一発無駄になった。

 お姉ちゃんは手際が悪いと叱るだろうか。

 それともよくやったとほめてくれるだろうか。

 どっちでもうれしい。

 お姉ちゃんとおそろいのタトゥーシールを胸元に張っている。

 触ると、じんっと熱くなる。

 全身がうずうずしてこそばゆい。

 想像するだけでこんなに幸せなんだ。

 本当にされたらすごくきもちいいんだろう。

 そのためにも早く逃げないと。

 「Hold Up!」

 不意に聞こえた英語。

 声の主は拳銃をこちらに向けている。

 「あなたは楽しませてくれるよね♪コータロー」

 私からお姉ちゃんを奪おうとする悪者。

 お姉ちゃんを汚そうとするケダモノ。

 弱かったら許さない。

 弱いのは罪だから。

 弱くないと困るけれど。

 ワタシが、勝たなきゃいけないから。


      *************


 「こんなところにいたか。マリア・ローゼンハイム、いや、ヴァイス・リリー・シュヴェスターン!!」

 トイレの中にマリアさんはいた。

 その右手にはポケットピストルが握られている。

 床には白人女性の死体が一つ。さらに怪我をした白髪交じりのアジア系男性までいる。

 「どうしたの?」

 マリアさんはまるで何もなかったのように言う。

 「いろいろ聞きたいことがある。同行を願おう」

 目を合わせて言う。

 「あなたたちにそんな権利があるの?」

 「あるから言っているのさ」

 「じゃあ……」

 そういうとポケットピストルを上着のポケットに入れてだらりと両手を下す。

 「念のために手錠を掛けさせてもらう」

 S&W製の黒染めの手錠を取り出す。

 手錠を掛けようと近づく。

 だが、ある程度まで近づいた瞬間、彼女はスカートの中に左手を入れ、俺に肉薄する。


 キィン


 目の前に立ちはだかったのは美里だった。

 彼女は背中に仕込んでいたコールドスチール・グルカククリを引き抜いてマリアのナイフによる一撃を防御したのだ。



 「ちっ!」

 一歩下がって右太もものホルスターからコンバットマスターを抜く。

 霧谷美里。

 予想以上にいい動きをする。

 いつものほわほわした表情とは違う鋭い目。

 凄腕だ。

 あんな至近距離で刃長75ミリのエマーソン・スーパーカランビットを振るったのに、鍔迫り合いに持ち込んだのだ。

 にじみ出る殺気が肌を焦がすような錯覚を起こす。

 人を殺しなれた人間の放つ、火炎のような熱さとドライアイスのような冷たさを同時に与えるような鋭い殺気。

 ゾクリとする。

 「許さない……」

 いつの間にか美里の左手にはSIGのP22X系の拳銃が握られている。

 美里は右手のグルカナイフをくるくるひらひらと回してから構える。

 「ケンくんを傷つけるのは、絶対、させない!」

小辞典


ZVI KEVIN

チェコのZVI社が開発製造するポケット拳銃。

アメリカではマイクロ・デザートイーグルとしてマグナムリサーチ社が販売している。

.25口径がほとんどのポケット拳銃としては破格の9ミリ口径でマカロフ弾、ショート弾(.380ACP)を使う。

パラべラム弾も使えると言われる。

ガス圧強制閉鎖方式というスライドの排莢口前縁に燃焼ガスを直接吹き付け、スライドを閉鎖させる独特の薬室閉鎖方式を取っている。

ガスがどうしても外に漏れる故にサプレッサーの効果が期待できない。


シュタイアーAUG

部品の組み換えが容易なアサルトライフル。

部品組み換えで短機関銃から分隊支援火器までこなせる便利ウェポン。

引き金の引き具合で単射と連射を切り替えるようにできているが一部では不評。

映画などでは、なぜかちょくちょく狙撃銃として使われる。


S&W M686

ステンレス製のリボルバー拳銃。

.357マグナム弾を使用。

M19コンバットマグナムの強度上の不安を払拭するために一回り大きく頑丈なフレームにしたもの。

弾数は6発だが、モデルによっては弾数が7発のものもある。

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