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プロローグ

紀伊幸太郎はごく普通なはずの高校生。しかし、とんでもない情報を握ってしまったがために日本国政府の極秘工作機関「庶務十三課」に護衛されることになってしまった。

自身が何も知らない間に起こる大事件に翻弄されつつも、幸太郎は事件の核心に近づいていく。

 「敵は何を持っている?」

 『カラシニコフとRPG-7』

 ヘッドセットから聞こえてくる美里(みさと)の声に、面倒な事になったと俺は心の中で毒づいた。所詮は素人連中だと思っていたが、大きな間違いだった。反動の大きいカラシニコフは扱いにくい代物だ。だというのに奴らは早々に装備させている。つまり基礎の体力・射撃訓練は済んでいるということだ。ついこの間まで大学生をしていた青年10人を、何らかの形で()きつけ、革命戦士にしてしまっていたのだから、上層部が焦るのもしょうがない。

 「突入時にフラッシュ・バンを使う」

 『了解』

スナイパーの美里がこちらに返す。

 「3、2、1!」

 次には手榴弾を倉庫の中に放り投げ、目を閉じ、耳を塞ぐ。手榴弾が床を跳ね、転がり、閃光と轟音で場を支配する。普通の手榴弾なら中にいるテロリスト共は木端微塵だが、今回使用したフラッシュ・バンは相手から一時的に視覚と聴覚、そして平衡(へいこう)感覚を奪う。

 「!?」

 効果は抜群だったらしい。中にいるテロリストの殆どは、のた打ち回って、声にならない声で絶叫している。だがその中にも本物がいた。付け焼刃な訓練なんかではない、本物の軍事・工作訓練を受けたような奴が。そんな奴はフラッシュ・バンの効果なんてモノともしない。目と耳をすぐ塞ぐからだ。

そいつが今回のターゲットである日本人民解放戦線の幹部、野尻聡子(のじりさとこ)であった。五〇代後半にもなるのに無駄な肉はなく、眼光は威嚇するように鋭い。顔には30年以上にも及ぶ逃亡生活の苦労を滲ませるような皺が無数に刻まれていた。

 「野尻聡子。貴様を逮捕する!」

 自分の愛銃であるP90を構えて躍り出る。

 「ははっ!逮捕ぉ?なめんじゃねぇぞぉ、小僧ぉ!」

 野尻自身はカラシニコフを構えている。

 「ならば…、動けなくしてでも逮捕するまで」

 20メートル向こうの野尻に向け銃口を向け、踏み込む。

 「っ、」

 相手の一瞬の動揺。これを狙っていた。走りながらP90のトリガーを引く。5.7ミリ弾が放たれるが、走りながらでは当たらない。野尻も逃げながらカラシニコフを撃ってくるが、反動とお世辞にも精度が良いとはいえない銃身で弾がばらける。

 カラシニコフが弾切れし、野尻があわててマガジンを換えている間にいっきに畳み掛けようと一息で接近し、肉薄すると、徒手格闘の要領でカラシニコフを蹴りで叩き落とそうとした。が、野尻は寸前でかわしてマガジンを換えていた。

 これではどうしようもない。早くしないと形勢が逆転しかねない。そんな時、不意に野尻のカラシニコフが遠くからの銃声とともに吹き飛んだ。

 「サンキュ、美里」

 狙撃した張本人に感謝の言葉を呟く。

 「これで貴様の敗北は確定だ!」

 野尻に詰め寄り銃口を向ける。すると

 「社会全体主義マンセーッ!」

 「!」

 不意に危険を察知し、野尻から離れて伏せると、野尻自身が爆発した。


       *************


 「木端微塵か・・・」

 「初めから・・・そのつもりだったんじゃないかな?」

 美里は俺の顔を覗き込んで言う。長い栗色の髪、くりっとした目の、整った顔が覗き込むが、いま彼女が背負っているものは、そんなかわいらしい顔に似合わない、丈の長い狙撃用のボルトアクションライフル、AWアークティク・ウォーフェアであった。

 ある程度の反撃や自決も想定はしていた。だが自爆攻撃なんて選択肢はなかった。最後の抵抗がこうも強烈とは・・・。

 「それにしてもどうだ、予備軍どもは」

 「どうも、みんな変な薬を飲まされていたみたいだよ」

 と美里は書類を手渡してきた。

 渡された書類には薬品の名前がずらりと並んでいた。そのすべてが幻覚剤や麻薬の類である。精神的に高揚させ、テロに対する罪悪感、死に対する恐怖感を無くし、従順な「戦士」へと改造するのには必須となるであろうものである。これほどの薬物が投与されたとすれば、一生医療刑務所コースになりかねない。

 「それより、ダイジョーブだった?」

 「えっ?」

 いきなりの言葉

 「ケンくんはいつもムチャしてばっかりだもん」

 「大丈夫だ」

 そう返すと「よかった」と心底安心しているようだった。

 「それと、ええと、課長から話があるんだって」

 「いきなりだな」

 まあ『いきなり』には慣れている。作戦には突発的事項はつきものだ。

 「新しい『お仕事』が決まったみたいだよ」

 「こうも早いと不審だな」

 「行けばわかるよね」

 美里の言葉に背中を押されて課長のところへ急いだ。


       *************


 「すまんな、こうもすぐに」

 白髪交じりの初老の男―課長は椅子に座って待っていた。

 「いえ、それで新しい任務とは?」

 「単刀直入に言おう。今回説明する任務はとある人物の警護だ」

 「?警護なら警察のSPに任せていればいいでしょう」

 「いや、そうはいかないんだ、コレが」

 まあ、そうだとは思っていたが。

 「それで、そうはいかない理由とは」

 俺が課長に尋ねる

 「警護目標がまったくの民間人だ。しかも未成年」

 「犯罪の関係者とかではなく?」

 美里が疑問を口にする

 「…まあ、厳密に言えば関係者ではある。テロに関係する機密文書を持っている。だから表向きには明かせない。明かしたら状況がさらに悪化しそうなのでね。しかも警護対象本人はそんなことは自覚していない」

 そんな危険なことになっているとは

 「よって今度の任務は潜入警護だ。神山(かみやま)健二(けんじ)霧谷美里(きりやみさと)、両名は四月五日より対象が通う高校に転入という名目で潜入し対象と接触、信頼を獲得し、対象から機密文書を奪取し、さらにテロリストから護衛せよ。」

 なるほど、これだと俺たちが適任なわけだ。

 「君たちの年齢からみても人選は適切だと思う。健闘を祈る」

 「はっ!」

 そう俺、神山健二と仲間の霧谷美里は世間一般には高校生といえる年齢だった。


       *************


 教科書を見て勉強の内容を確認する。こんな時に先輩や同僚が役に立つとは思わなかったが、まあ重要なことは頭の中に叩き込んだ。それにしても高学歴ばかりだな、この組織は。東京大学出身が幹部にざらにいるし、防衛大学校出身もいる。彼らから学んだことは勉強だけでなく、学校では学園ドラマのような日常はない、もっと味気ない学業と人間関係に振り回される日々だということだった。

 そんなことを考えていると美里が質問してきた。

「ケンくんは学校に通っていたことがあるの?」

そういえば俺は小学校には二年生までは通っていたっけ。だがそれも九年くらい過去の話。いまはここで強襲戦のスペシャリストをやっている。本当に久々の学校だ。

「一応」

 「へぇ、うらやましいな」

 「え?学校へ行ったこと無いのか?」

 「うん、一度も」

 まったく知らなかった。現代日本で一度も学校に行ったことがないなんて。

 「ここに来る前から行かせてくれなかったの。」

 「そうか…」

 これ以上、詮索しないことにした。誰にだって触れられたくないモノはある。俺にだって。

 「さて、明日から学校か。」

 「トモダチ、できるかな?」

 「どっちみち警護対象とは友達にならないと。迂闊(うかつ)なことはできないな。」

 「そうだね。」

 考えても見れば、彼女としては実質的には初めて、此処にいる人以外とコミュニケーションをとることになる。不安になるのは当たり前か。

 「大丈夫さ。自然体でいこう。」

 美里に言い聞かせた。ただどこか自分でもその言葉に自信が持てなかった。


       *************


 ネクタイを()めブレザーに(そで)を通し、鏡で服装を確認する。問題ないことを確認すると今度は机上の9ミリ拳銃P220を手に取る。弾が薬室に入っていないことを確認し(規約で薬室(チャンバー)に弾を入れて携帯すること―つまりすぐ撃てるような状態にすることが禁止されているからだ)、ブレザーのホルスターに改造した内ポケットに入れる。

 「どう?似合うかな」

 美里が女子のブレザーを着て、スカートをひらひらさせている。

 「似合ってるよ」

 実際、制服を着た美里は可愛かった。

 「ありがとう」

 そんな風にほほ笑む美里はさらに可愛かった。


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