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Fünfter mission: Vertrauen und Verrat――信頼と裏切

事態は悪化していく。

そして、衝撃が走る。

 「お姉ちゃん……私を…裏切る…の…?」

 顔を俯けたエミリーは問いかけた。

 「そんなつもりじゃ……。その…。エミリー。もうそろそろ男の人に慣れないと仕事に支障が…」

 マリアはうろたえる。

 「そんなことどうでもいい!!」

 「!?」

 語気を荒げてエミリーはマリアに叫ぶ。

 「ねぇ…お姉ちゃん。私たち約束したよね。死んでも、ずっと一緒だって…」

 「でも」

 エミリーはマリアに詰め寄りながら問いかける。

 「お姉ちゃんは、なんで、こんなことしたの?どうして?」

 エミリーはさらに詰め寄る。

 「エミリーのためを思って、私は…」

 「今のお姉ちゃんは私のことなんてなんにも考えてない!私はお姉ちゃんと一緒に居たいだけなの!なのに!なんで!?お姉ちゃんは私とのの間に薄汚いモノを入れようとしたの!?」

 「だけど!」

 「言い訳しないで!あんな奴なんていらない!お姉ちゃん以外私には要らないの!」

 エミリーはきつく抱きしめる。

 「お姉ちゃんまで私を捨てるの!?正直に答えて!!」

 エミリーは瞳に涙を溜めてマリアに問う。

 その一言に幼いころの暗い記憶がよみがえる。

 「そんなわけ……ないじゃない…」

 マリアは答えるとエミリーを抱き返す。

 「そんなことするわけないじゃない。私はあんな女とは違う。私とエミリーの間には何もない。強い絆があるだけよ」

 エミリーにゆっくりと言い聞かせ、なだめた。


      *************


 分室に帰ると課長はいなかった。

 「凛ちゃん?いっしょにお夕飯食べよ♪……。うん。待ってるね♪」

 美里は携帯で坪倉と連絡を取っていた。

 「稲垣副長が来てくれるんだって」

 稲垣副長は北九州に行かないのか。北九州遠征は課長を作戦指揮官として東京にいるメンバーとこちらのメンバーを混成させるらしいから、副長が課長代理となっているのだろう。

 「お夕飯は稲垣副長特製のカレーだって♪」

 「カレーか」

 どんな具になるんだろう。

 「早めに宿題を片づけようか」

 「うん!」


 「腕によりを掛けました特製カレー。たんとお食べ」

 深皿にはカレーライスがよそってある。

 「いただきます」

 一口食べる。

 「どうかな?味?」

 普段の課長の作るカレーとは違う。課長のカレーはコーヒーを大目に使っているようでコクと苦みが特徴的だ。稲垣副長のカレーはビーフシチューやハヤシライスにカレーの香辛料が入っているような感じだ。少し酸味が強めだ。

 「人によってカレーの味って違うんですね」

 「課長はコーヒーを多く入れるけど、私はホールトマトとビターチョコね。実家の方の作り方を真似てるから」

 坪倉はゆっくりと咀嚼している。

 「今日のカレーは普段よりホールトマトの量が多いような気がします」

 「あ!わかっちゃった?」

 坪倉の指摘は正解らしい。

 「それにしてもいつになったらシュネルフォイアーが手に入るんですか?かれこれ三か月待ってますよ」

 シュネルフォイアーなんてものを注文していたのか。

 「趣味的すぎるのよ。あなたはガンコレクターにでもなる気?」

 「あの形状が外連味あふれていてかっこいいじゃないですか。それにそこまで使用する機会もありませんし」

 「だからこそお金を掛けたくないのよ。前はルガーP08。その前はベビー南部だったわね」

 注文が趣味的すぎる。

 「だってあの時代の拳銃ってシブくてかっこいいじゃないですか」

 目を輝かせて語る坪倉。あきれ果てる俺を含めたその他。

 「とにかく、今度の装備更新で予算がかかるの。主に新制式拳銃の更新ね。特別装備はそのまた後になるわ。第一、現在一般的に生産されていない拳銃なんて頼むもんじゃないわよ」

 稲垣副長はどうもお怒りのようだ。

 「トムキャットも満足に扱えないのに他の物に手を出すんじゃありません」

 それは言えている。M3032トムキャットは小型の護身用拳銃だ。使用弾は.32ACP弾。9ミリパラべラムや.45ACPよりも反動は小さい。隠し持つことを原則として威力は小さいが、情報班の護身用としてなら十分な威力である。

 「だってあんなの私には必要ないと思います」

 「一応あなたにも警護任務があるのよ。拳銃くらい使えないと」

 そういえば坪倉には幸太郎の弟と妹の学校での警護任務があったんだ。

 「むぅ」

 「今度射撃のコツ教えてあげるね♪」

 美里の言葉に坪倉は気を取り直したらしい。

 「そういえば、二人ともどこまで済ませたんだんですか?」

 「え!?」

 何を言っているんだ?

 「高校生の二人。寂しがり屋な女の子とやさしい男の子が同じ屋根の下で…てなると一つしかないでしょ♪能美先輩と田宮先輩はもうすでにヤることヤってるのに」

 すごい期待しているような眼をしている。視線が痛い。

 それにしても能美と田宮か。あの二人の仲は別格だからな。異常としか言いようがない。

 「凛ちゃん。そんなこと聞いちゃダメでしょ!」

 ぺちんっと坪倉の額を軽く叩く。

 「っ~!」

 額を押さえて丸くなる坪倉。

 「だってだってぇ」

 「だってじゃありません。まるでスケベなおじさんですよ。そんなこと言うなんて」

 しゅんとした顔で俯く坪倉に稲垣副長はさらに追い打ちをかける。

 「女の子なんだし、そんなこと言ってちゃ男の人に見向きもされなくなりますよ」

 「なによ()き遅れが」

 「ふふふ♪どうかしたかしら♪」

 副長。怖いです。眼がまったく笑ってませんよ。

 「すいませんでした!」

 「よろしい」

 意外と稲垣副長って怖いんだな。『鬼の稲垣』と言われるわけだ。


      *************


 自室のベッドに寝転がって漠然と今後の対策を考えていた。

 「告白……か…」

 唐突な告白。いきなりクラスの騒動の中心となってしまった感覚。

 嫌いだ。こんなことはもう二度と味わいたくない。

 寿命が縮む。

 「本当にどこに惚れたんだ?」

 くまのミシェル(ぬいぐるみ)を見つめるが、にこやかな顔を崩さない。

 声が聞こえたらそれはそれでホラーだが、相談相手がいないのはつらい。

 クラスの中でもそこまで人気のない俺が、何故いきなり我が世の春なんて状況に陥ってしまったのだろう。

 「面倒なことになったなぁ」

 村田は確実に俺を冷やかすだろうし、その他の面々も変なことをしでかすに決まってる。

 平穏な生活は離れていく。銃を撃って、テロリストを叩き潰して、ラブコメに巻き込まれて。

 「ああ。どうしたものか……」

 泣けてくる。

 トラウマものだ。本当にトラウマものだ。

 ああ神様仏様。前途多難な私に救いを!

 「ご先祖様に教えでも乞おうか……」

 霊感はないが(すが)りたくなる。

 だが、こうも自分本位な態度では逆に罰が当たるのではないか?

 「打開策なしか」

 見えてしまった結論に嘆きたくなった。


      *************


 航空自衛隊春日基地 西部航空方面隊作戦指揮所


 「アイボールより入電。韓国仁川(インチョン)方面から針路(ヘディング)172高度38000速度511ノットで不明機が接近中」

 警戒航空隊のE‐767AWACS、コールサイン=アイボールからの緊急入電が空気を変えた。

 「不明機だ?」

 指揮官はレーダー画面を見つめる。

 「SIF照合。大韓航空(コリアンエアー)のボーイング767の識別コードです」

 「なら民間機じゃないのか?」

 まず導き出される答えはすぐに覆された。

 「該当するフライトプランが存在しません!全チャンネルで無線での呼びかけにも応答しません!」

 「どういうことだ。普通そんなこと……まさか!」

 可能性があるとすれば、思い起こされるのはアメリカの同時多発テロ。

 だが、それにしては韓国空軍の動きが鈍すぎる。SIF(識別装置)の数字も7500(ハイジャック)7600(無線通信不能)ではない。

 「要撃機を上げろ!ハイジャックか、でなければ韓国空軍機の侵攻の可能性がある!」

 考えられるのはこの二つ。市街地空域に入られてしまうと負けだ。

 「要撃機上がりました。築城(ついき)304(サンマルヨン)よりコールサイン=オルトロス05(ゼロファイブ)新田原(にゅうたばる)301(サンマルイチ)よりコールサイン=ヴァルキリー22(ツーツー)

 「接触予想時刻、オルトロス23(ネクスト)04(ゼロ・フォー)、ヴァルキリー23:11(ワン・ワン)

 「続けて要撃装備で23:18(ワン・エイト)に304よりコールサイン=フェンリル12(ワンツー)、23:20(ツー・ゼロ)に301よりコールサイン=エクスカリバー31(スリーワン)、23:21(ツー・ワン)(ロク)よりコールサイン=ゲフィオン08(ゼロ・エイト)を上げます」


 築城をスクランブルしたF‐15Jのパイロットの浜田は高度38000に到達して無線で司令部と交信を始めた。

 「TAKAMAGAHARA, this is ORTHROS05. Now maintaining angel 38.《タカマガハラ、こちらオルトロス05。現在高度38000フィート》」

 TAKAMAGAHARA――つまり高天原は西部航空警戒管制団のコールサインだ。いつも通りの抑揚のない声だ。

 『ORTHROS05, this is TAKAMAGAHARA. You are now under my control. Steer 285, and maintain present angel.《オルトロス05こちらタカマガハラ。貴機は当方の指揮下に在り。方角285度に転進、高度を維持せよ》』

 「Roger.《了解》」

 返信すると操縦桿を左に倒し旋回を始めた。


 「不明機、なお南下中」

 「追尾、SS19からSS43へハンドオーバー。オルトロス接触予想時刻修正。23:03(ゼロ・スリー)


 『ORTHROS05, target position 020. Range 80, Altitude 38.《オルトロス05、目標位置方位20度、距離80海里、高度38000フィート》』

 ボギーに関する情報が入る。右20度高度38000にいる。

 「Roger.《了解》」


 「もうそろそろ正確に捉えるな。どうだ?」

 指揮官は管制官に問う。


 『Target dead ahead 30. ORTHROS05 verify contact?《目標正面30海里。オルトロス05探知したか?》』

 レーダーに反応が確認できた。

 「Positive contact!《探知確認!》」

 コンタクトしたことを本部に返答する。


 「オルトロス05レーダーコンタクト。ボギーを捕捉しました」

 管制官の報告でひとまず安心した。

 「ボギーはどうだ?」

 「!?レーダー反応に変化!ボギーが分裂!」

 「なんだと!?」

 空中分解?編隊の散開?詳細は不明のまま現場からの報告ですべてが決まった。


 『ORTHOROS05! Caution! Caution! Unknown was divided!《オルトロス05!警告!警告!不明機分裂!》』

 「分裂した?」

 急な注意喚起の警告の直後、レーダー警戒装置が警告を発した。ロックオンされた。

 僚機とわかれるようにして急旋回をする。後方警戒レーダーがミサイルを捉える。

 「Break! Break!《回避、回避!》」

 『ORTHROS05! What happened?《オルトロス05!何があった?》』

 「Mayday, Mayday!! Bogeys fired us!《緊急、緊急!!不明機が我々に発砲!》」

 司令部に緊急事態を宣言する。

 「Chaff release!《チャフ投射!》」

 チャフを撒いてミサイルを振り切る。実戦が始まったのだ。


 「してやられたか!!ボギーをエネミーに変更!全機にエネミー攻撃を許可しろ!小松にも応援を要請!それと第3高射群に発令!ただちに迎撃態勢に入れ!」

 檄を飛ばし臨戦体制に移行する。いくら今まで防空識別圏での挑発があったといえども、ミサイル発射に至ったことはないのだ。しかも警告前に。

 「いったい何が始まるというんだ!」

 指揮官の悲痛な叫びが響く。

 「第三次世界大戦だ!このままいけば!!」

 部長の言葉は想定される最悪の事態を指し示していた。


      *************


 スクランブルの第二陣として築城基地から出撃した俺たちのF‐15Jは一路指定された空域へと向かった。

 『FENRIR12, this is TAKAMAGAHARA. Clear fire. Kill Echo.《フェンリル12、こちらタカマガハラ。発砲を許可。敵を撃滅せよ》』

 こちらからの無線発信の前に飛び込んできたのは敵機撃墜の命令だった。

 さっきまで不明機だったはずだ。

 「TAKAMAGAHARA, say again.《タカマガハラ、もう一度言え》」

 何が起こっているのか、本当に撃墜するのか確認するためもう一度言うように要請する。

 『I say again. Kill Echo!《再度命令する。敵を撃滅せよ!》』

 明瞭な声で撃墜命令が下される。

 「Roger, kill echo.《了解、敵を撃滅する》」

 慣性・指令誘導/自立追尾併用型中距離空対空ミサイルである99式空対空誘導弾AAM‐4のシーカーを起動する。レーダーが目標を捉えれば最長射程100キロの対空ミサイルが目標を確実に破壊する。余裕をもって撃てばよい。

 「Radar contact!《レーダー捕捉!》」

 IFFの敵味方識別で混戦していないことを確認すると操縦桿の発射スイッチに指を掛ける。ロックオンマーカーが敵機を捉えた!

 「Lock on! Fox 3! Fox 3!《ロックオン。セミアクティブ誘導弾発射!発射!》」

 無線で友軍機に警告するのと同時にスイッチを押す。二発のAAM‐4が敵機に向かって進んでいく。最高速度マッハ4以上のミサイルはみるみる敵機との距離の差を縮め、ついに一発のマーカーが敵機と重なった。敵機の反応が一つ消えた。遠くに小さな明かりがともる。もう一発は近くにいた別の機体を捉えたらしく、その機体もレーダー上から消えた。

 ロックオンの警告のブザーが響く。急いで旋回し後退する。

 ブザーはほんの一瞬で消えた。どうも他が落としたらしい。

 戦闘が本格化する。最悪の事態だ。

 『FENRIR12, this is TAKAMAGAHARA. Echoes are moving in Fukuoka aria. Echoes may bomb Fukuoka. Intercept them ASAP!《フェンリル12、こちらタカマガハラ。敵機は福岡空域に進攻中。敵機は福岡を爆撃する可能性がある。可及的速やかに迎撃せよ!》』

 「Roger.《了解》」

 敵機は福岡に向けて進んでいる。爆装していたら福岡都心部が粉みじんだ。アフターバーナーを吹かし急ぐ。

 「Radar contact! Lock on! Fox 3! Fox 3!《レーダー捕捉!ロックオン!発射!発射!》」

 超音速で接近し、ロックオン直後にミサイルを撃つ。

 僚機ともどもAAM‐4を切らしてしまった。あとは熱探知型の短距離ミサイル90式空対空誘導弾AAM‐3が4発と機体の固定武装のJM61A1 20ミリ高性能機関砲『バルカン』940発だけだ。敵機はミサイル2発に喰われてほうき星になった。

 『Good kill! Good kill!|《撃墜成功!撃墜成功!》』

 この国は百年不戦を貫ける。そんな能天気な新聞記事があったが、皮肉にも今日で不戦記録は消滅だ。


      *************


 『昨日深夜に発生した福岡沖での空戦に関して、新しい情報が入りました』

 テレビのニュースは昨夜起こった領空侵犯機と空自の戦闘機部隊との交戦に関する報道特番が流れていた。

 朝食の納豆を混ぜながらニュースを聞いていると何とも不思議に思えた。

 「韓国か。一応、対北外交戦略で共同戦線を張っているのにな」

 「日本は韓国にとって異民族バルバロイだからだな」

 「やっぱり北との対立は煽りたくないわけか」

 「そういうことだ」

 「だとしても、今までは防空識別圏での挑発行為だったのに、いきなり戦争なんだもんな。どんな戦略なんだか」

 一応、日本政府は韓国との対立を可能な限り避けるため様々なものを譲歩してきた。東日本の震災の直後に韓国向けの五兆円通貨スワップは衝撃的な出来事だった。アジア通貨危機の再来を防ぐためとはいえ、タイミングの悪さは史上最悪クラスだった。

 丁度それくらいからインターネット上で韓国に対する反発が特に目立つようになり、デモも行われたという。

 「ヒント、今年は韓国大統領選です」

 「もしかして国威発揚を狙ったのか?で、戦闘機で攻め込んだ」

 父の言った事は理由としてはいささか乱暴だった。

 「今の韓国大統領は親日と呼ばれているからな。対立候補には反日強硬派と親日派がいる。で、印象の悪い親日を捨てるために指示したんじゃないかな」

 「もっとやり方がある気が」

 「手っ取り早いからな、軍事行動っていうのは」

 そう。軍事行動は目に見えた成果が得やすい。経済力や政治力の弱い国は特に軍事力に力を入れる。アフリカの食うに困る小国が武器を有するのは、その力で困難な事態を打開するためである。子供向けの本で『戦闘機一機でこれだけの食糧を買うことができる』みたいなものがあるが、所詮それは理想論でしかない。

 国家をまとめるために対立を煽るというのは古今東西いかなる国家も一度は行うことである。韓国や中国、北朝鮮は現代に置けるその典型と言える。日本との紛争の永久解決を行ったはずの条約を反故にしてまで反日を煽るのは国家そのものに爆弾を抱えているためだ。

 「でも、もしこれで軍事衝突になったら世界恐慌に」

 「それぐらい韓国は切羽詰まっているってことさ」

 味噌汁をすすると父は「ごちそうさま」といって家を出た。


      *************


 昨夜、空戦があったという空は、気持ち悪いくらい晴れていた。

 テレビでは防衛大臣が、不明機が明らかな敵意を持った軍用機であり、警告前の自衛隊機に対してロックオンを行ったためミサイル発射をしたという釈明をしている。

 だが、出演しているコメンテーターは口をそろえて「撃墜の必要はなかったのでは?」と足らない脳味噌で台本通りな台詞を言っていた。国際航空法においてはロックオンされた場合、航空機は『ロックオンした機体の撃滅を含む』いかなる手段を用いても回避する権利が生じる。このことを意図的に隠しているようだ。情報操作という奴だ。マスコミは自衛隊に対して批判的な世論を作り上げる気なのだろう。裏にあるのは左翼資本や中国・韓国系の団体だろう。それらが圧を掛ければ大メディアは全て沈黙する。大メディアの首脳陣の殆どが左翼的側面を有していること。そして批判自体が著名な大学教授や文化人などから来てしまうからだろう。

 「今回の件に漢江物産は」

 「調べてみないとわかりませんね。そのための今日の作戦でしょう」

 先行調査隊の溝口が言葉を返す。

 「よく理解しているな」

 上空を航空機が飛んでいく。比較的低空を飛行していて機体を肉眼で識別できる。F‐4系の機体だ。大抵、報告にあった百里の第501飛行隊のRF‐4EJだろう。

 北九州市の港湾部で庶務十三課の変則編成急襲部隊は一列に並んでいた。

 「総員、装備を点検!」

 秋津の号令で隊員たちは決められた手順で装備を確認する。スリングで肩にかけているのはMP5K PDW。ショルダーホルスターにはP220。今回はこの装備らしい。

 『装備確認完了!』

 隊員たちの言葉で臨戦態勢は整った。

 「我々のモットーは!」

 『立ち塞がるものには死を!刃向うものには銃弾を!』

 「よし!総員乗り込め!」

 『イェッサー!』

 返答とともに偽装トラックに入っていく。

 「いつもこんな具合なのか?まるで戦争映画に出てくるアメリカ海兵隊まんまじゃないか」

 蓮池が目を丸くしている。

 「彼なりの気合の入れ方さ。今回はマリンコ式だったが違うバージョンもある。秋津はもともと陸自の第一空挺団のエースだった。我々がスカウトし、特に重要な作戦では必ず隊長にしている」

 「今回も重要な作戦ってことか」

 「そういうことだ。君は助手席へ」

 私と蓮池は現地の先行調査隊の調達した中古の福岡ナンバーの03年式トヨタ・マークⅡに乗り込んだ。


      *************


 「おはよう」

 「おはよう。テレビ見たかい?」

 教室に入ってすぐの挨拶に返ってきたのは山本の声だった。

 「あれか。九州沖防空戦。何が起こってるんだかまったくだ」

 「ヘンタイなら何かわかってると思ったのに」

 落胆の声の山本だが、俺もそんな気分だ。資料が少ないのだ。

 「韓国の極右政党か極左政党しか考えそうにない手をガチで韓国空軍がやったって事実以外わかんねえよ。日本中の軍事評論家や政治評論家がネットで情報交換して一応の結論を出すだろうな。推測でしかないが」

 実際まともな政治家ならこんな作戦、承認するわけがない。韓国のウォンの兌換性を保証しているのは日本の円なのだ。それが崩れれば、韓国経済は崩壊する。外国からあらゆるものをウォンで買うことができなくなる。ウォンは韓国でしか使えない、『子供銀行券』に等しくなるのだ。

 「でもこんなことが起こるなんてな」

 「ほんとに。この国に何が起ころうとしてるんだ?」

 明らかに狂いだした世界。裏で何が起こっているのだろうか。

 「おはよう」

 「あ、神山か。おはよう」

 「何話してたんだ?」

 「昨夜の空中戦の話」

 「ニュースでやってた?」

 「そう、あれ。ヘンタイが見当もつかないというなんて思ってもいなかったからさ」

 「そうなると俺もわからないな」

 「やっぱりか」


      *************


 「すいません。お荷物があります」

 一人、宅配便の格好をした隊員が段ボールを持って裏口用のアルミでできた刷ガラス窓の扉の前に立っていた

 「はいはい。今いきます」

 返答が透けて聞こえ、ガチャリと扉が開く。

 「ゴーゴーゴー!」

 小さい号令とともに、扉が開いたところをさらに無理やり広げ隊員たちは雪崩れ込む。受け答えに出た男を拘束すると、さらに奥に進む。

 ビル屋上で待っていたラぺリング隊も最高階から窓を破って侵入する。

 蓮池は一階から突入したチームに同行した。手にはP230JP。

 飛び出してきた男たちにはすかさず銃撃を加える隊員たちに圧倒されながら、積み上がっていく屍に驚きを隠せない。動けなくなった敵から武器を取り上げる手際もいい。

 警察の犯人確保のためのまどろっこしい突入とは質が違う。徹底的に敵を撃滅する、ただそれだけのための突入だ。

 あっという間に四階建てのビルのうち一階は制圧され、二階三階と制圧していく。逮捕者は十五名。射殺は二十名。それ以外が十三名だ。『それ以外』というのは不運にも巻き込まれた日本人アルバイトのことだ。表向きは韓国資本の食品卸みたいなところだからしょうがない。


 会社のビル内の倉庫を調べてみると、拳銃や短機関銃をはじめとした銃器、そして段ボールの中のビニール袋いっぱいに詰まった大量の色とりどりな錠剤――末端価格十数億は下らない量の錠剤麻薬が見つかった。

 「ヤク売ってたのか!?」

 ここまでの量は見たことがなかった。普段は多くて十錠程度だ。販売元と常用者の違いか。

 「だから言ったろう、『ヤクザと変わらない』と。おい!福岡県警の薬物銃器対策課に連絡!流通ルートを洗い出せ!外事課にも連絡!関係者を呼び出して職務怠慢を正せ!!」

 透かさず指示を飛ばす茅ヶ崎に、蓮池はさすがだと思った。

 「だが、これだけ人殺してどうするんだ。一応規定があるだろ」

 一抹の不安を覚えて蓮池は茅ヶ崎に問う。警官といえども犯人射殺はほとんどないのだ。

 「あの押収した品は全部あることがわかっていた。それを根拠にして犯人の武装を鑑み発砲した。これで納得できない総理はいない」

 「総理に直にいうのか!?」

 普通は警察関連の事案については国家公安委員会か警察庁が、公安調査庁ならば公安調査庁長官が監督する。だが茅ヶ崎はさらに上の総理大臣に説明する気なのだ。

 「行政の長は内閣総理大臣だ。国家公安委員長も公安調査庁長官も総理の命令には背けない」

 「だがどうやってそれを押し通すんだ?」

 「単純な話だ。スキャンダルで追い詰める」

 当然のように語る。

 「今までに複数のスキャンダルで総理を押さえつけ制御しているが、今回もそんなこと忘れて電話してくるに違いない。まあ見ていろ。おい、業務連絡!県警の連中が来たら引き継いで即時撤収。逮捕した奴らは経営陣五人を除いて県警に献上しろ。敵の残骸は県警に押し付けるぞ」

 「はい!」

 見事な応答だ。

 これがイレギュラーたる所以か。


      *************


 「ねえねえ?どうなのどうなの?」

 「河合さんがいるのになんで告白OKしたの?」

 「おんなったらし!」

 ああ、厳しいな。女子たちが。事実誤認している奴もいるし。河合もなんかドン引きしてるし。

 「ええい!うるさいうるさいうるさい!」

 釘宮理恵の声(くぎゅボイス)だったら多くの人の心をつかむであろうフレーズも、俺の低音ボイスでは部下から大量の情報が来て錯乱寸前の管理職の言葉だ。

 「なんでこうもまたお前らは色恋沙汰でここまで熱くなれるんだ?」

 反ギレ気味で問いかけると

 「だって面白そうだもんね~」

 「ね~!!」

 「……もういい。理由聞いた俺がバカだったよ」

 怒りが一気に萎えてしまった。

 視界の端で村田が指を差してゲラゲラと下品に笑っている。

 あいつに気になる異性が出来たら散々罵ってやろうか。絶対俺に言った言葉よりマイルドな表現で激昂(げっこう)するだろう。千円かけてもいい。

 「どうした下僕?」

 「背後から来たな河合。お前からも釈明してくれないか?」

 「何を?」

 「お前と俺の関係性」

 「う~ん、まいったなぁ。下僕の苦しんでる顔が見たいしなぁ……」

 「ロリポップキャンディ、グレープ味二本」

 「まあ、紀伊との関係は主人と下僕だ」

 取引成立。だがその表現ではアブノーマルな性癖にされてしまうぞ!

 「どういう関係性なの、それ!?」

 「どうもこうもないわ。そういう関係性よ」

 あ~あ。やっちまったぞ、おい。

 明日から俺はマゾヒストの変態か、こいつの執事だ。

 女子たちは解散してなんか会話してるし。

 「どうしたんだ下僕?頭抱えたりなんかして?」

 「当たり前だろ!そんなふうに答えたら結果がどうなるかわからないのか!?」

 「必要十分じゃないか」

 「必要条件すら満たせていないじゃないか!」

 「?ホントに何を言っているんだ?」

 「……もういい…。事の重大さが伝わっていないみたいだな。俺とお前が異性の関係じゃないかと怪しまれてるんだよ」

 「?そんなわけないじゃない」

 「はた目から見て常々怪しまれてんだよ!この前の米田のリアクションを忘れたのか!?」

 「あー。あれか」

 「教師にまで誤解されてる時点で気づけ!」

 「けど、貴様は下僕よ」

 「その意味が思春期の少年少女にいかなる意味を持つか知ってるか?普段の会話でサディストかマゾヒストか聞くような連中だぞ。SMの関係かなんかと百パーセント誤解する!」

 「じゃあ、貴様がマゾヒストになればいいじゃないか」

 あっけらかんと言ってのける河合に、もう我慢の限界だった。

 「俺はNだ。SでもMでもない。中立(ニュートラル)普通(ノーマル)のNだ!」

 「そうはいっても」

 「ええい!だまれ!」

 河合が珍しくビクッと震える。

 「お前はもうちょっと自覚したらどうだ!?この関係が俺の人間関係をねじれさせてるんだ」

 息が切れる。言いたいことをすべて吐き出すと、もう限界だった。

 「当面の間顔も見たくない。ちょうど連休だ。……ほとぼりが冷めるまで顔を合わせないようにしよう」

 そう吐き捨てるのが精いっぱいだった。


      *************


 「何言ってるんですか?私は何もしていませんよ」

 冷や汗をかきながら漢江物産社長のフンは弁解した。

 「なら倉庫で見つかった錠剤麻薬と小火器の山はどう説明するつもりだ?」

 闇の中で茅ヶ崎は尋問する。

 「あれは、前の人たちがおいて行ったのでしょう」

 フンの目は泳いでいた。

 「ほう。韓国人は新しいオフィスの間取り確認すらしないのか」

 「ぐぅ……!」

 「さて、おしゃべりはここまでだ。教えてもらおうか、今日いなかった社員がどこにいるか。貴様以外に聞いてみたが誰も心当たりがないといった」

 「企業秘密だ…!教えられるか!」

 威勢よく言ってみせるが、手足を縛られた状態ではまったく説得力がない。

 「……貴様のところのイ専務は指七本で全て吐いた。チョン副社長は二本で最高機密をすべてしゃべった。貴様は何本だ?」

 「日本人がぁ!」

 「なんとでも言え、不法工作員が」

 ゴキッという音とともに左人差し指がありえない方向に曲がる。

 「ぁあぎゃああああああああ!!っはッがあああああああああああ!!」

 激痛に目蓋をひん剥き、絶叫する。

 「まずは一本だ。次はどうしようか」

 「がっ……はっ…。…やめろぉ、やっても口はきかんぞぉ!」

 フンは目を見開いて強がってみせる。

 顔にはすでに脂汗がにじんでいる。

 「それがいつまで続くかな?」

 今度は左小指が折られる。

 「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 「いい声で鳴くな」

 無表情に茅ヶ崎は呟く。

 「では聞こうか。今日いなかった社員は何処にいる?」

 「教えられるか!」

 今度は左中指が折られる。

 「さあ。貴様はどこまで耐えられるかな?」


      *************


 帰りの時間になって、今日の疲れがどっとくる。

 クラス中の、いや学年全体の話題は俺で持ちきりだった。

 当たり前だ。天下無双のコンビとまで言われていたという俺と河合が仲違いを起こしたというのだから話題になるわけだ。しかも二股の末の痴話喧嘩ってことになっているらしい。大抵、村田が脚色したのが女子の情報網に乗ってしまったのだろう。あいつの思考は三流の情報工作員と同じだ。

 「元気出せよ紀伊」

 廊下に出て昇降口に向かっていると、珍しく名字で呼びかける山本に勇気づけられた。

 「知っている奴はみんな、ちゃんとしたことを知っているさ」

 「俺は、どうすればいいんだろうな」

 廊下の窓から中庭の吹き抜けから見える空を見つめた。

 「大丈夫さ」

 「河合とは入学以来の仲でな。初めて俺にできた親友だったのさ。それが、こうも容易く……」

 悔しい。こんな情報戦術に載せられるなんて。

 「一緒に飲むか?コーヒー。おごってやるよ」

 「なんだろうな。ありがとう。山本」

 中庭にある自販機にはカップ式のコーヒー自販機がある。

 おごってくれるならそれはありがたい。

 「君と河合の特殊な関係を利用して君を追い込んだのは村田さ。わかりきっていると思うけど」

 「証拠は?」

 「女子の会話で十分さ。村田の仲間が侍らせてる女子から噂が一気に広がったのさ。君と河合の関係性の特殊さは恋人と十分思わせるだけの関係だったしな。真偽はともかくスクープでみんな飛び乗った」

 「検証する気のないリテラシー意識の低い人間が情報を検証することなく拡散させたというわけか」

 「僕は君を守るよ。君は無実なんだから」

 山本の励ましは胸に響いた。

 「あ、なんか忘れた気がする」

 「じゃあ取りに行きなよ」

 「ああ」

 ふと気になって教室に戻る。

 扉の前で気が付いた。教室内に何か気配がある。

 扉に手を掛けると気配の異常さに気が付いた。

 帰りのあいさつの後、みんな一斉に下校や部活に向かったはずだ。この教室に残る必要性のある人間はいない。俺は珍しく疲労で最後あたりに出たから残っている人間は居たとしても数少ない。だがこの感覚はなんだ?強い意識。空気感がまるで異質だ。

 ゆっくり、ほんの少し、音もなく引き戸を引き、中を盗み見ると


 ローゼンハイム姉妹が

 抱き合って

 キスを

 していた。


 何だこれは。

 どういうことだ。

 あの二人の関係性は?

 どうしてあんなことになっているんだ?


 ショッキングな事態に頭が追い付かない。

 ゆっくりと後ずさりする。

 足元には何もなかった。

 アニメのように足で何かを蹴飛ばすわけでもなく、静かに中庭に向かった。

 何事もなかったかのように。


 忘れ物はなかったことも思い出した。

 変な時に頭が冴えた。


      *************


 『ローゼンハイム姉妹についてだが』

 「どうだった?」

 『これは黒いな』

 「というと?」

 『旅券がおかしいんだ。二人ともセルビアの旅券で入国している』

 「なんだと?」

 『入国審査は容易くパスしているが、どういうわけか同じ便で入ってきたフランス人女性とルームシェアをしている』

 「それで?」

 『この女性の渡航歴を調べてみたらWLSの事件と渡航先が何個か符合するんだ』

 「それって」

 『黒に近い灰色ってことだ』

 「で、国内でのこれまでの事件との関係性は?」

 『ゼロだな。わかっているとは思うが』

 「なにが、どうなっているんだ」

 『まずはこのことを課長に伝えないと』

 「だが、それでどうなる?」

 『伝えれば妙案も出てくるさ』

小辞典


シュネルフォイアー

モーゼルC96 M1932ともいう。

いわゆるモーゼルミリタリーの機関拳銃モデル。

マガジン/クリップ併用式。

中国の馬賊が使用したともいわれる。

使用弾は7.62×25ミリモーゼル弾か9ミリパラべラム弾。

7.62ミリトカレフ弾は使うと壊れる。


ルガーP08

世界初の実用量産型半自動拳銃。

トグルアクションという特徴ある設計。

その動きのため日本では尺取虫と言われることもある。

使用弾は9ミリパラべラム弾。今でも気兼ねなく使える。


ベビー南部

南部大型自動拳銃の小型モデル。

14年式の前段階の半分試作の拳銃なのですごく珍しい。

まさしくコレクターモデル。

8ミリ南部弾を使用するが、まるで性能が低いと言われる。

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