Zweite mission: Der Anfang von Alptraum――悪夢の始まり
ローゼンハイム姉妹も加わった下校風景。
新しい日常の始まりの裏で、遂に事件が動き出す。
「おーい」
「遅いわよ下僕!」
下校時間になって、俺たちは東側校門で待ち合わせた。
「すまないな、毎度」
幸太郎が謝りながら自転車を押してきた。
「自転車、新しくしたんだ」
「まあな。前の奴の何倍もするブランド品だ」
ハンドルには変速機が付いている。
「あ!こんなところにいたんだ!」
「ん?」
声がした方に向くとローゼンハイムさんがいた。どこか不満そうな表情をした一回り小柄なローゼンハイムさんを連れて。
「こちらは?」
「妹のエミリーよ」
エミリーちゃんは小さく会釈すると、姉のマリアさんの影に隠れるようにしてこちらをうかがっている。
「かわいい♪考えてた通りだ♪」
美里がはしゃいでいる。
「……この人たち、誰?」
「クラスメイトの皆よ。右から紀伊幸太郎君、河合杏佳さん、霧谷美里さん、神山健二くん」
「……初めまして」
人見知りが激しいというだけあって言葉少なに挨拶をする。
「初めまして」
「どうも」
「こんにちは♪」
「よろしく」
それぞれ挨拶する。
「……」
エミリーちゃんは無言を貫いている。
「まあ、行きましょう。こんなところで突っ立っていると他の奴等の邪魔になりますし」
幸太郎がそう言うと河合さんが、
「そうね。下僕は邪魔者扱いされてもいいけど、さすがに私たちはね」
と返答する。
「相変わらず扱いがひどいな」
幸太郎が若干不憫に思えた。
エミリーちゃんはマリアさんの少し後ろを歩いている。
「姉妹で仲良しさんだね♪」
美里はそういってエミリーちゃんの顔を覗き込もうとするが、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。少し顔を曇らせる。
「そうかしら?」
「見ている限り大分仲はいい方だと思うぞ」
幸太郎が感想を述べる。兄弟がいるからこその発言だ。
「下僕のとこよりもさらに仲がいいみたいね。ここまで来ると珍しいわ」
「そうなの?」
河合さんがそういうとマリアさんは幸太郎に質問する。
「まあ、俺は兄弟とは仲いい方だと思うよ。憎むこともなく、それぞれを尊重して、たまにバカやって、って感じだ」
「ふぅん」
「でもここまで弟や妹がべったりだったのは弟が幼稚園の頃までだな。いや…弟が幼稚園はいるころには関係の不和はあったかな?妹は弟にべったりだったし」
「へぇ。私とエミリーはいままでいつも一緒にいたから、ちょっと特殊なのかな?」
「どういうことだ?」
俺は疑問に思って問う。
「ヨーロッパや北米は通信教育って進んでいるから、学校に通わせることができない、通わせたくない親とかはそうやって子供に教育を受けさせるの」
「そういえば前にテレビで見たな。世界一周してたり、子供の数が多すぎたりするとそうやって教育することがあるって」
幸太郎には思い当たるものがあったらしい。
「そう、それのことよ」
「て、ことは今まで学校に通っていなかったの?」
河合さんの質問にマリアさんは「そういうことね」と肯定した。
「楽しいよね、こういうの。学校に来て、みんなと一緒に勉強して」
美里がそう言ってマリアたちにほほ笑みかける。
「そうね。こういうの初めてだから」
「エミリーちゃんは?」
「……ふんっ!」
エミリーちゃんはまたツンッとそっぽを向いてしまった。
「ごめんね。ちょっと機嫌が悪いみたい」
「そうなんだ」
「…お姉ちゃん。行こっ!」
そういうとエミリーちゃんは駆けだしてしまった。
「ちょっと、エミリー!……ごめん。追わないと」
「いいよ、謝らなくて。無理させちゃったみたいでごめんね」
美里はそういうとマリアさんはエミリーちゃんを追いかけた。
*************
「二人に連絡事項だ。ヨーロッパから国内に殺し屋が入国している可能性がある」
「どういう奴なんですか」
「背丈は145~155程度が一人と150~165程度が一人。二人ともおそらく女性。顔はわからない」
「情報が少ない……。どうやって判断すれば」
神山の不満もよくわかる。が分からないのはしょうがないのだ。
「ユニット名はヴァイス・リリー・シュヴェスターン。資料はこれだ」
A4のホチキス止めの紙束を手渡す。不鮮明な、数少ない写真と今までに関わってきた事件の一覧だ。
「彼らの狙いは日本国内にいる中華系武器商人だと考えられる。全員のビジネスビザがまだだいぶ残っているうえに、今後二週間以内にさらに一人増える。動きが予想できないうえに一部には外交官もいるために下手に対応できない。警視庁公安部などに可能な限り監視を密にするように要請したが、もしものこともある。特に心にとどめておいてくれ」
殺し屋は日本国内にも結構いる。多くは暴力団やギャングのヒットマンだが、まれに組織や世界を股に掛けるような殺し屋も出てくる。
しかし、殺し屋の本場はアメリカやヨーロッパだ。マフィアやギャングの抗争や政治家間の争いが激化しがちな地域の多い欧米では、銃器の規制が緩く、闇でも多くの銃器が流れていることもあって殺し屋は欧米を基軸として行動している。
「だがなぜ、なぜわざわざヨーロッパから殺し屋が来るんですか?」
「韓国国家情報院の不法工作員がそう証言している。相手は腕利き。連絡先以外の詳しい素性はどこにもばれていない。仕事は確実でしかも派手にやってくれる。ここまで来ると韓国政府からすれば好都合だ。日本は危険だという宣伝もできるからな」
「韓国政府か」
「今年から来年は大統領選だからな。何が何でも日本を貶めたいわけだ」
呆れた顔をする二人にそういって椅子に腰かける。
「夕飯にしようか」
「そうですね」
*************
「へぇ、外国からの転校生ねぇ」
皿洗いをしながら母がそう相槌を打つ。
「ドイツのドレスデンからだってさ」
「ドレスデンねぇ。結婚する前に行ったかな?東西統一した直後くらいに」
「へぇ」
「いいところよ。ちょっと不思議な感じだったけど。アウディもBMWもベンツもほとんど走ってないんだもん、ドイツなのに」
「母さん。あたりまえだよ。当時はまだドイツの東西格差は大きくて東側はトラバントとかラーダに乗るのが普通だったんだから」
父が指摘する。母は料理以外では地理を考えられないのだ。
「そうだったっけ?」
「そうだ。なあ、幸太郎。トラバントは軽量化のためコットンでできているってなあ」
父は俺に同意するよう促す。
そう。トラバントは車体を繊維強化樹脂で作っていたのだが、その『繊維』が綿花からとれる繊維――コットンなのだ。
「そうなの?」
「父さんの言うとおり、トラバントは綿で強化したプラスチックでガワを作ってたんだって」
そういってからグラスの中のジンジャーエールを一口飲む。
「で、やっぱりかわいいの?転校生さん」
「え?」
そこを聞くのか?
「写メとか撮っておいてほしかったなぁ」
「いやいや、肖像権というものがですね」
「つべこべ言わない!写真撮ってきなさいね!」
「えぇ!?」
母のイベント魂に火が付いた。父の目は俺に同情している。
「こうなったら止まらないぞ」
「母さん、わかったよ」
こうなった母は止まらない。
素直に従うのが吉だ。
*************
マンションの一室で私は妹のエミリーと向かい合っていた。
「なんであたしだけを見てくれないの?」
「ごめんね。かまってあげられなくて」
そう言って頭を撫でてあげる。エミリーは幸せそうに目を細める。
「……あたしもごめん。いきなり怒っちゃって」
「いいわ。ちょっと嫉妬しちゃっただけなんでしょ♪」
「ちっ、違う!」
「素直じゃないなぁ♪」
ぎゅう、とエミリーを抱き寄せる。胸にエミリーの顔が埋まっているのがわかる。
「ん…お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
「もっと……こうして……」
「ふふっ、わかった」
頭を撫でているとエミリーの温かさが伝わってくる。心臓の鼓動も伝わりそうだ。
「あったかい……」
「早くこういう生活に慣れないとね。友達も作らないと」
「……なんで……?」
目を潤ませてエミリーは私を上目づかいで見つめる。
「いつも私ばかり見ていてもいけないわ。学校では一緒に居られない」
「……うん」
「エミリーは偉いわ。いいこいいこ」
エミリーの返事に応えて頭をなでる。
その時間が、永遠に思えた。
*************
母よ。なぜ不可能作戦を私に課したのだ。
「あぁ~。畜生め!」
教室の机に突っ伏して愚痴を吐く。
「どうしたヘンタイ?体調悪いのか?なら薬があるが」
山本が心配してこちらに来た。
「やあド変態。薬ならあるから大丈夫だ。それ以上に問題があってな……」
あいさつを済ませて相談してみる。
「昨日帰るときにローゼンハイムさんに痴漢でも働いたのかい?」
「キツイ冗談言うなよ。俺はそんなことしない」
「そうだよな。ヘンタイは絶対そういうことはしないよな。で、どうしたの?」
「母さんからミッションが言い渡されたんだ」
「どういう?」
「ローゼンハイムさんの写真撮って来いって」
しばしの沈黙。
「……いや、それどう考えても言い訳だよね!君が写真欲しいからっていう」
山本が思考の海から戻ってきた。
「それが本当だから突っ伏して絶望してたんだよ。お前も知ってるだろ、俺の母さんの無駄なアグレッシブさぐらい」
「元気だよね、君のお母さん」
過去にエンゲージした時のことを思い出したらしい。
「しかもイベント好きで、無駄に審美眼があって、そりゃぁクラスの女子の写真見てこの子は不細工とか言っている親だからな」
「それは初めて聞いたが……言ってそうだな」
山本が納得する。
「納得されるこっちの身にもなってくれよ」
溜息をついてしまう。
「おっはよ~う♪」
霧谷が手を上げて元気よく教室に入ってきた。傍らにげんなりした神山を携えて。
「おはよう。で神山、どうした?そんな顔して?」
「…おはよう。登校中、美里がずっとべったりでさ……」
「もげろ!!」
山本は透かさず言う。
「そういうなよ山本。神山、ビタミン剤飲むか?疲労に効くらしいぞ?」
黄色い糖衣錠の入った瓶を取り出す。大手製薬会社のビタミン剤だ。
「いいよ。いらない……」
そういうと神山はふらふらと自分の席に着いて机に突っ伏した。
「?何がいけなかったんだろ?」
「愛が、重すぎたんだろうな……」
「だね……」
疑問を提示した霧谷にそれとなく正解を提示してみた。だが理解できるのだろうか。
「おはよう」
すると声が掛けられた。被写体だ。
「おはよう。マリアさん♪」
「おはよう。ローゼンハイムさん」
「うはwwwww。ktkr!」
山本のテンションが跳ね上がった。
「おまえは欲望に忠実すぎるぞ。」
「すまんヘンタイ」
「で、だ……」
意を決してローゼンハイムに向き直る。
「写真撮らせて!母が見たいっていうんだ!」
九十度以上頭を下げてお願いする。
「いいわよ」
「ですよねぇ。無理ですよ………えぇ!?」
てっきり否定的な答えが来ると思い込んでいたから驚いてしまった。
「大丈夫よ」
この世に救いがあったのか。
「ではお言葉に甘えて」
スマートフォンを取り出してカメラを起動させるとシャッターを切る。
「複数枚撮ったからいいかな。ありがとう。変なこと言ってごめんな」
「いいわよ。昨日のお昼ごはんのお返しね」
本当に感謝しながら写真をギャラリーで閲覧できることを確認した。
*************
「あぁ。そういうことね。すまないが、英語を使うのは英語の授業だけにしてくれないか。一回の答え合わせで四苦八苦だ」
米田先生の発言にクラス中から笑い声が聞こえる。ローゼンハイムが問題を解いたのだが、式の途中の文章がところどころドイツ語交じりの英語なので内容を翻訳していたのだ。
赤いチョークで書き直し終わると、米田先生は黒板を見つめながら教壇を下りた。
「いやー。このクラスはほんと優秀だな」
米田先生が腕組みをして「うんうん」と唸っている。
「まあ、変な奴も多いがな。新学期早々カツアゲしようとした不良をボッコボコにしたり、重大事件に巻き込まれたり。おたくも多いし」
そう言って苦笑する。何とも胸が痛い。米田先生が言った事が全部あてはまってしまうのは、発言自体が俺に対する皮肉だからだろうか?
「どうした紀伊?変な顔して」
振り向いた米田先生の視線が痛い。
「あ、いえ、何も。なんか、言葉が心にグサッときまして」
「ああ、そうか。すまんなぁ。言った事全部あてはまる奴がいることを忘れていた……」
クラス中から笑い声が聞こえる。米田先生は素で忘れていたようだ。
「よし。次は問題5をやってくれ」
*************
黒い髪をポマードで固めた恰幅のいい中年男――魚烈健は商談の合間の休憩を過ごしていた。今回の商談は大口契約ばかりで利益が大きい。日本国内での商談は現地に出向くより安全かつ公平な交渉ができる。この国ではハード・ネゴシエーションはご法度だ。警察への賄賂でのもみ消しはできないし、政治家連中に頼み込んでも隠蔽は無理な話だ。その割に新興のカルト宗教が自分たちの都合よく事件が隠蔽できている気もするが。その秘訣を教えてほしいものだ。
「高層ビル群なのに空が見えるか」
大都会だというのに、まるで透き通った空だ。北京や上海では黄砂と光化学スモッグでこうもいかないだろう。そうだ、今後は本国に公害対策製品を売ることも考えよう。血と硝煙だけでできた金では簡単に『ハイエナ』に嗅ぎつけられてしまう。クリーンな商売も、たまにはいいものだ。この国のセラミックスメーカーと交渉してみようか。
「〈総経理。怪しい奴らがいます〉」
ボディーガードの一人が報告する。
「〈実力で排除しますか〉」
「〈そう動くな。ここは中東でも南東アジアでもないんだぞ。問題を起こせば、どんな身分でも強制送還だ〉」
「〈わかりました〉」
不意に人ごみから黒い人影が飛び出す。USPコンパクト.45を魚に向ける。
「〈危ない!〉」
放たれた拳銃弾が立ちふさがったボディーガードを襲う。防弾チョッキが弾丸を受け止めるが、弾丸のエネルギーが鋭い衝撃を人体に与える。
「〈鳳!〉」
撃たれたボディーガードを仲間がかばう。
「〈こちらに銃が無いのをいいことに!〉」
ボディーガードたちが特殊警棒を取り出す。『影』がカーショウ・ウィップラッシュ=ナイフを振るう。刃を警棒で受け止め鍔迫り合いになる。もう一人が背後から警棒を振りかぶる。警棒を空振りする。いつの間にか『影』が消えている。
タキーン
遠くからの銃声。魚は弾丸が頬を掠めたのを感じた。
「〈総経理!伏せてください!〉」
一人が魚に覆いかぶさる。覆いかぶさったボディーガードが銃声とともの魚にもたれかかる。
「〈李!〉」
李は絶命した。銃弾を頭に受けて。
「〈連中は逃げました〉」
ボディーガードの報告に魚は怒りを隠せなかった。
「〈なぜ日本でこんなことが起こるのだ!〉」
地面に拳を叩き付けた。
*************
「えぇ……。なんだ?……最近凶悪事件が続いていますぅ。ついさっきもニュースでは東京で銃の発砲事件があったと報道されました。実際、このクラスで二人重大事件に巻き込まれましたが、『運よく』生還しましたぁ」
小坂は語尾を上げて伸ばすような口調で連絡事項を言い始めた。
「けれども!」
教卓を叩いて注意を引く。教室内の一部のクラスメイトがビクッとなる。
「その二人のように生き残ることができるとぉ~は限りません!」
なんか視線がこちらを向いている気がしてならない。
「というわけで!くれぐれも!危ないところには近づかないことっ!」
危ないところに近づいた覚えはないし、敵はサブマシンガンやアサルトライフルで武装しているような奴らだ。逃げられるものか!
「はい!号令!!」
「起立!礼」
『さようなら』
級長の帰りのあいさつが終わると河合も一緒に空気の濁っている教室からカバンを持って出て、深呼吸で肺の中の空気を入れ替える。帰りのHLが終わたので、あとは帰るだけだ。
「まったく疲れた」
「下僕。帰りにキャンディを寄越せ!」
「オレンジ味のロリポップキャンディなら」
「やはりブドウは死守か」
キャンディを常備しているから恵んでくるように言っている河合と話しながら昇降口に向かって歩き始めた。
「河合ぃ、紀伊ぃ!…ぷっ、クククッ……」
米田先生が俺たちを背後から呼びとめようとしてから、いきなり吹き出してした。
「先生。どうしたんですか。呼びかけたら急に笑い出して?」
いきなりのことでびっくりした。
「ああ。すまんすまん。呼びかけたら『かわいい紀伊』に聞こえて…クゥククフ……」
「先生。なんか想像しただけで気持ち悪いですよ、そのフレーズ」
河合が青ざめている。
「悔しいけど同感です。で、要件はなんですか?」
用件を聞かないと帰れなさそうなのでとりあえず尋ねた。
「ああ。その……いろいろ事件があっただろ。大丈夫かな、なんて思ったんでな」
誘拐事件の直後だ。俺と河合が事件の『被害者』となった詳細部分を教職員は知っている。生徒は知らないが。
「俺は何も問題ありません。河合は……」
「私も問題ありません」
「そうか。それならよかった。それにしてもお前らいつも一緒にいるが『そういう』関係なのか?」
ちらりと小指を立てる。
「先生までそういうふうに言うんですか!?」
米田先生に少し失望した。
「え!?」
「俺の母の持ちネタですよ。その話題」
抗議の声を上げる。
「そうなのか、河合?」
確認するためにか河合に問う。
「そうですね。最近、定型句化してきて余計に」
「それはすまなかったな」
米田先生は頭をかいた。
「無意識にトラウマ抉ることはしないようにしてくださいね」
「はははっ。今後は注意するよ。じゃあな。気を付けて帰れよ」
「はい」
返事をして昇降口に向かおうとすると視界に神山と霧谷、そしてローゼンハイムがいた。
「今日もいっしょに帰るんでしょ」
「ああ」
ローゼンハイムの言葉にこたえる。
「じゃあ、タイヤキっていうのおごって♪」
「え……?」
何故鯛焼きなんだ。すると霧谷が顔を出した。
「ごめんコウタロウくん。鯛焼きが食べたいんだけどお金がないんだって」
「霧谷、金出せよ。どうせ提案したんだろ」
「……ごめんなさい…」
若干感づいていた。霧谷とローゼンハイムの距離感がだいぶ近づいていることが。楽しそうにお菓子談義してたからなぁ。それの結果がこれか。
*************
「へぇ。これがタイヤキなんだ」
鯛焼き屋の前に並んでいる鯛焼きを見てマリアが感想を述べる。
「鯛っていう魚を模ったケーキとかスコーンの仲間だから鯛焼きっていうんだ。中には餡が入っている。砂糖で味付けした豆や芋とかのペーストだな」
わかりやすいように解説をする。
「そんなものが入ってるの!?」
マリアは素っ頓狂な声を上げる。
「まあ、カスタードクリームとかが入っていることもあるけどね。この店にもある」
河合の補足説明に「ならエミリーは大丈夫ね」とマリアはエミリーに語りかける。
「さて、オーダーは?」
河合「私はプレーンだな」
神山「俺は宇治抹茶」
霧谷「わたしも!」
マリア「私はプレーン」
エミリー「…カスタード…」
「俺はブルーベリーソースだから……すいません!鯛焼きプレーン2個、宇治抹茶2個、カスタード1個、ブルーベリー1個」
「まいど!」
返事とともにオーダーをそれぞれ小さい袋に入れる。
「はい、袋に何が入っているかは書いてあるから」
「わかりました」
「720円ね」
「はい」
財布から750円を出し、30円のおつりを受け取る。
「というわけで一人120円な」
「まったく、下僕は金にがめついな」
「常識の範疇だろ」
「本来、男は女に尽くすべきだと思うんだがなぁ、下僕」
「バブル期のアッシー君メッシー君かよ。男女同権の世でその論調は男性差別だぞ」
「ふふふ、冗談よ」
「アッシークンメッシークンって?」
マリアが疑問に思ったようだ。そりゃ分らないだろう。
「アッシー君は送迎してくれる男性、メッシー君は食事をご馳走してくれる男性のことさ。二十数年前の未婚女性が男を計るための物差しとして言い出した言葉さ」
「…すこし……ひどい」
「そうね、エミリー」
「………ローゼンハイム姉妹の分は俺が肩代わりするか」
正直言って感激した。
「あぁ!差別だぁ!下僕が差別したぁ!」
「普段の行いを自分の胸に聞いてみろ。はい鯛焼き」
「ありがとう、紀伊くん」
「……」
「エミリー。ちゃんと感謝の言葉は言わないといけないわよ」
「…ありがと……」
「よろしい。お姉ちゃん感激♪」
マリアがエミリーに抱きつく。エミリーはまるで拒絶しない。いや、まるでそれを喜んでいるかのようだ。
「あったかいうちに食べるか」
袋を開けて鯛焼きを頭から一口かじる。甘酸っぱいブルーベリーソースとクリームチーズがもっちりとした生地にあう。
「基本小麦粉と卵を練ったものだから違和感ないな」
変わり種とはいうがそこまで大それたものではない。
「面白いわね。なかに豆のペーストって。エミリー、一口頂戴♪」
「……はい」
「はむ。カスタードクリームもいいわね。じゃあエミリーも。はい」
「…あむ…。不思議な味……」
ローゼンハイム姉妹は食べ比べをしているようだ。姉妹仲睦まじいなぁ。
「ケンくんとおそろい♪」
「……」
向こうには愛の重さに押しつぶされそうなのが一人。劣化ウラン並に重たい愛をささげるのが一人。
「かわいそうに」
言えない。この状況を作ってしまった一因が自分であることは言えない。飽くまで他人事。そう、他人事なのだ。
「何とも他人行儀ね」
「なんせ他人事だもの」
河合の言葉にそう返してさらに一口かじった。
*************
「みっしょん、こんぷりーと」
スマートフォンの画面に撮った写真を表示して母に見せる。
「まあ!可愛いじゃない」
「どうしたのお母さん」
「はるぅ。見なさい、これが幸太郎のところの転校生だって」
「かわいい!」
「ん?なんかギャルゲーのツンデレキャラみたいだ。フラグ立てるの?」
慎二が首を突っ込んできた。金髪ツインテールだけでそう判断するのか。
「けれど、本当にあなたの周りにはかわいい女の子がいるわね」
「意味深だな。なんかの嫌味か?」
皮肉にしか言えない。
「そうじゃなくてね、やっぱ青春と言えば恋でしょ!」
「…はぁ……」
「やっとカノジョができるのかな?なんて♪」
あぁ……。母のテンションが確実に上がってる。収拾がつかなくなりかねんぞ。
「中学のころから変わったわね。こんなにいろんな友達ができて」
中学の頃の自分からしたら想像できない状況だろう。
「もともと手芸部だから女の子の扱いは得意なんでしょ♪」
「息子をまるでジゴロのように言うなよ」
「ごめんね♪」
ウインクで答える母が憎い。
「お母さんは中学高校大学とモテまくったんだから!あなたの遺伝子の半分は私由来のハズよ。カッコ良くないなんてありえないわ!」
「そんな美女さんが、なぜ親父と結婚したんだ?」
「ふふふっ♪将来性とまじめさよ!」
びしっと言い切る。
「面食いかと思いきや内面重視だったんだな」
てっきり妥協したもんだと思っていたから、意外性故に兄弟三人で純粋に驚いていた。
「あったりまえじゃない!イケメンはアイドル見ればいいんだもん!」
「割り切ったな……」
母のアグレッシブさとしたたかさに感嘆しかできなかった。
*************
俺は課長のいる部屋にいた。美里は今、坪倉と稲垣副長のところにいる。
「報告だ。魚烈健が十二時三十五分に襲撃を受けた。犯人は二人で逃走中。WLSの可能性がある。武装は.45ACPの拳銃と7.62×54Rの狙撃銃。魚烈健は無事だったがボディーガードが一人やられた」
課長の言葉には淡々としながらも少しの焦りが見えた。
「だとすると、当面の間のターゲットは魚烈健?」
「いや、すぐに変えるだろう。公安警察のネットワークで常時監視することになっているが、現在捜査員に銃器の携帯を要請している。表向きは赤軍系の重武装テロ組織のテロということにしてな」
殺し屋によるテロ攻撃が始まり、日本人民解放戦線事件後の緩んだ空気がまた引き締まったように感じる。
「そうだ。言うのを忘れていた。新人を一人採用した」
「誰ですか?」
「元愛知県警本部捜査一課の蓮池剛志だ」
「あの、玄関で立ちふさがった刑事ですか」
「ああ。懲戒免職になったところを『書類処理』をして招き入れた。明後日の作戦に投入する」
「わかりました」
「……それにしても、やつれていないか?最近」
課長はお見通しか。
「相談なら乗ってやろう」
「それが……」
「ん?」
「最近、美里の愛情が重くて……」
美里は最近弁当作りを手伝いだした。刃物なんてファイティングナイフ以外持ったことがなかったような彼女が、包丁を使うようになったのはどこか不思議に思える。それにしても昼の弁当の時の視線が重たい。
いままでまるで意識してこなかったから余計に気になる。
「愛は重たいものだよ」
「そう…ですか」
「頼りたいときは美里を頼ればいいさ。君も美里に甘えればいい」
「そっ、それは……!その……!」
「霧谷はそういう奴だ。硬くて、脆い」
そういうと俺に書類を手渡す。
「そして誰よりお前のことを気にかけている。彼女は、愛情を受けたことがなかった。だから、自分の与える愛情が過剰だとは分からないのだろう。不器用なのさ」
そういって肩を叩く。
「愛おしいと思われているのなら、その思いに応えるべきだ。悔いが残る前にな」
*************
「ケンくん?」
「どうした?美里」
「いっしょにねて、いい?」
「!?」
思わず言葉に詰まってしまった。
ついこの間まで添い寝なんてそこまで特別なことじゃなかった。美里はただ孤独な夜が怖いから俺に這いより、俺は自分の心の古傷を癒したかったから許してきた。
けれども、今では彼女の俺に対する見方は単なる仲間とは違うものだし、俺も彼女の好意を無視することはできない。関係は変わってしまった。偽の兄妹のような関係から、純粋な恋愛にも似た関係へと。
「ケン……くん?」
目を合わせられない。
「ケンくんなら、何してもいいよ」
どきり、とした。あどけない彼女の表情の中にある官能的な部分が迫ってくる。
「はぁ……。俺がそんなことするわけないだろ」
そう自分にも言い聞かせながら俺は布団の中に潜り込んだ。美里も同じ布団に潜り込む。
「あったかい……♪」
美里の満足そうな表情に、どこか安堵している自分がいた。
*************
「日本人民解放戦線は解体か」
ガラス張りの外観の官邸の中の一室で、総理大臣・萩原一雄は電話を通じて会話していた。
『いえ、ありえません。私がいます』
電話の相手は自信満々で答える。
「それならいいが、最大級の作戦が失敗したというのに大丈夫なのか」
萩原は危機感から問う。
『日本警察の間抜けさは舐めないほうがいいでしょう。正月早々特別手配犯を取り逃がしかけた組織ですよ』
嘲笑うかのように相手は語る。
「問題は他にもあるのだよ!公安の非公然情報機関が太田正治を捕まえた!」
焦った声で萩原は叫ぶ。
『それが何か問題でしょうか?撃滅してしまえばいいのでしょう』
「だが!」
『我々を舐めないでもらいたい。自衛隊さえ押さえてくれればいいのです』
「そうか」
萩原は落ち着きを取り戻した。
『すべては明日の我らが理想郷のために』
「我らが理想郷のために」
これが数十年前から変わらぬ、男たちの合言葉だった。
理想郷――彼らは暗躍する。
理想郷――彼らは約束する。
理想郷――彼らは切望する。
不可能証明された理想郷を。
小辞典
USPコンパクト.45
ドイツH&K社設計・製造の軍・法執行機関向け自動拳銃シリーズUSPのコンパクトモデル。
世界中の軍・警察で使用され、日本にも各特殊部隊の装備品として存在するらしい。
大口径軍用弾の民間使用が多いアメリカ市場を意識した拳銃で、フルサイズなら9ミリパラべラム、40S&W、.45ACP。コンパクトならさらに.357SIGを使用するモデルがラインナップされている。
ポリマーフレーム、ダブルアクション、デコッカーという流行に乗りつつも、ハンマー方式、コック&ロックというM1911シリーズに通じる運用性を持つ。
SOCOMピストルとして有名なMk.23拳銃もUSPのいとこである。
アメリカ合衆国CTUのジャック・バウアー様御用達。
24時間以内に家族や国家を救いたいときにどうぞ。