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Erst mission: Agent Jagd ――工作員狩り

ところ変わって日本。

庶務十三課は不法工作員狩り作戦を決行する。

それが新しい事件の幕開けだった。

 四月二十二日 日曜日

 山梨県甲府市郊外


 秋津正弘ら庶務十三課緊急編成突入隊がボロアパートに雪崩れ込むとアジア系の男がギョッとした表情でこちらを向いた。

 「ソ・スンマン。いやキム・チャンヨン。貴様を逮捕する。公安調査庁特捜部だ」

 拳銃を工作員に突きつける。

 「〈チッ、ばれたか!〉」

 韓国語で何かを口走ったことだけはわかったが、それ以上のことはわからなかった。

 工作員はすぐに窓を突き破ってアパートの外に飛び出た。


 着地してベレッタM92FSを抜く。

 追いかけるために大柄な男が窓から飛び降りてきた。着地するとSIG P220をこちらに向ける。日本の警察は叱責に臆病だから簡単に銃を使わないんじゃなかったのか?

 「〈なんでこうなるんだ!〉」

 毒づくと急いで逃げる。二発牽制で撃つ。

 自分の調達した軽自動車でどうにかして逃げるしかない。契約した月極駐車場は結構遠い。ふと目の前に少女がいた。この女を人質にすれば奴らも黙るだろう。

 すぐに少女を羽交い絞めにしようと近づき左腕を伸ばす。

 腕をつかまれた感覚がしたかと思うと一瞬で天地がひっくり返る。銃を持つ右手は踏まれて動けなくされた。

 「〈観念しなさい。工作員さん。でなきゃ殺す〉」

 少女は銃を突きつけていた。SIG P220だ。

 「美里、グッジョブ」

 違う女の声が聞こえる。

 後から追ってきた奴らが俺を取り囲んだ。


 この時初めてソ・スンマンことキム・チャンヨンは少女が奴らの仲間だと気が付いた。


      *************


 「〈糞日本人が、崇高なる韓人を貶めるとはなんだ!我々は貴様等より一億倍は世界のためになっているというのに!〉」

 「……なんて言っているんだ?だいぶ怒っているようだが」

 庶務十三課長である茅ヶ崎充雄は困ってしまった。対北朝鮮作戦を行っている外事二課出身ならまだわかるのだろうが、茅ヶ崎自身は国内の左翼系過激派を監視する公安一課の出身だった。大学が東北大学文学部ドイツ文学専修だったこともあって英語とドイツ語は流暢だがそれ以外はからっきしだった。

 「私たちを糞と罵っていますね。あと韓国人のほうが一億倍は偉いみたいなことを」

 こういう時に外事二課出身の江崎美琴が役立つ。今は情報班にいるが、元は諜報班に入れるつもりでスカウトしたのだ。ただ、韓国・朝鮮人に関する事案はほとんど公安調査庁本庁か公安部外事二課がやってくれているうえに、江崎は胸が大きく顔立ちが幼く整っていて恐ろしく目立ってしまうために諜報作戦には向かないのだ。ただ韓国・朝鮮語の翻訳では右に出る者は十三課にはいないだろう。

 「ならば、こう返してくれ。「貴様の命は我々が握っている」と」

 「わかりました。〈貴様の命は我々が握っている〉」

 江崎が言い切ると同時に茅ヶ崎は懐からトムキャット拳銃を取り出しスライドを引いて見せた。先ほどまで饒舌だった男は顔を青くしてがたがたと震えだした。

 「アイゴー」

 「おたすけをー。だそうです」

 「ならば、所属と階級、そして何を盗んだかを聞かないとな」


 案外あっさりと全部言ってくれた。彼が盗み出した情報は防衛省統合幕僚監部で行われている有事作戦研究の一つ、竹島有事に関する研究資料、《ぼたん作戦》である。本来防衛機密であり漏洩してはならないのだが、彼は韓国国家情報院の人間であり韓国軍の尉官でもある身分を利用して北朝鮮に関する情報を提供する傍らで情報を抜き取ったのだ。だが、ここまであっさり吐くとは思っていなかった。敵である国家情報院に同情してしまう。

 普通、諜報員や工作員は絶対に口を割らないように指導されるが、朝鮮民族独特の自己中心主義が色濃く出る韓国人はこの点、諜報活動に不向きだ。報酬さえあれば平気で二重スパイになる上に双方に偽情報を言ってもためらわない神経の図太さも持ち合わせている。その割に自分が(けな)されることには敏感なのだ。この性格は韓国人の共通項であり、韓国系の移民・留学生がアメリカで銃乱射事件を起こす背景にもなっているとも言われている。

 「彼の処分はどうしましょうか」

 江崎は茅ヶ崎に問いかける。国家情報院所属であることはわかったが、さらに彼の口から出たのは韓国外交通商部北東アジア局の対日広報室の人員だといっていた。

 「しっかり聞かないとな、対日広報室とやらを」

 聞いたことの無い組織の名前を出したのだ。真偽のほどを調べないといけない。

 「それに、もう一つ気になったことがある」

 「《あれ》ですか」

 「そうだ」

 こいつが言っていた言葉の中で意味不明だったもの。

 「パイシュリリシュベスタン、か」

 意味不明な単語の存在だった。


      *************


 入院と療養で一週間ぶりの学校は何とも言えない空気になっていた。

 「え~っ、水曜日に言ったが転校生の紹介だ。入れ」

 俺たちは今、四月の二十三になって転校生という大分変った事態に直面している。クラス中が驚きでざわついている。

 入ってきた人影でさらにざわつきが大きくなる。

 「美少女だー!!」

 何もそう驚くこともないだろうと思う。目の前にいるのは金髪碧眼で透き通るような白い肌のツインテール(というよりもツーサイドアップか)美少女だ。白人の少女、ただそれだけのはず……え?

 「なんでだ!?」

 時期がおかしい。この時期ヨーロッパの学校は後半学期の真っただ中のはずだ。

 「マリア・ローゼンハイムさんだ」

 「Guten morgen」

 ドイツ人か。

 クラスで動じていないのは少数派らしい。河合や山本、神山、霧谷は動じていないが他は『何を言っているんだ?』といった空気を醸し出している。

 「あっ。おはようございます!これからよろしくお願いします!」

 日本語が喋れたという事実に呆気にとられてしまった。しかもかなり流暢だ。声を聴くだけでは外国人とはわからないんじゃないだろうか。

 「……日本語、喋れたんですね。西田先生はいらなかったのか」

 小坂が我を取り戻してたった今発覚した事実を告げる。西田先生というのは英語教師だ。どうも説明役兼通訳だったらしい。

 「クォーターなんです。日本人とドイツ人の」

 はにかみながら語る。ここで妙に納得した。白人にしては顔の堀が少々浅いように見えたのだ。クォーターで遺伝情報の組合せによってはこんなギャルゲーやアニメのような金髪で若干日本人顔になるのだろうか。

 「そういうことだ。まあ、仲よくしてくれ。席は窓側の一番後ろだな」

 小坂の視線に何かを感じる。それがいわゆる下心であることはすぐにわかった。かわいいもんな。小坂自身、校内でも有名なスケベ教師らしいし。


      *************


 三時限目も終わった。一週間近く入院と療養をしていたがどうにか授業にはついてこれている。奇跡的ともいえる。

 結局テレビで自分のことは生放送以外では報道されなかった。自分の言った事がマスコミに批判的な内容だったことに加え政府からの圧力で放映されなくなったらしい。学校に戻ってきても誰もテレビで見たといわなかったからNHKも民放も足並みそろえて自主規制だろう。

 それにしても、なぜか空腹だ。

 「どうしたの下僕?」

 黒い長髪の少女がそう言って覗き込んでくる。

 「河合か。なんか腹減ったな、なんて」

 「ふぅん。そうだ!今日の昼には転校生を呼んで来なさい。主人からの命令よ」

 河合杏佳は何の脈絡もなくびしっと指をつき出して言う。なんかキャラクターが変わっている気もしなくはない。

 「ホントに元気だな」

 一週間ちょっと前に誘拐された人間とは思えない。

 「まあそういうものね」

 涼しい顔をして河合は言う。

 「……そういえばドイツの学校に弁当持っていく風習ってあったか?」

 ふと、なかなかに嫌な予感がして河合に確認する。

 「…ないと思うわよ。ヨーロッパってカフェテリアが普通にあるっていうし」

 ああ、やっぱりか。となると

 「……弁当、お前も分けてやれよ。俺、今日はすごい腹が減っているから」

 「いやよ!」

 速攻で拒否された。

 「よお!ヘンタイ!入院してたらしいけど大丈夫か?」

 山本が来た。

 「まあなド変態。そうそう、本ありがとな。入院中は退屈ばかりで大変有効だったよ」

 カバンの中にある紙袋を手渡す。入院中の暇つぶしにと霧谷経由で渡された本だ。

 「だろー!」

 そう言いながら山本はニコニコしながら本を受け取る。

 「で、二人で何か会議してるのか?」

 「転校生と親睦を深めようと思ってね」

 「あの~すみません紀伊さん」

 ふいに、鈴の音のような声が背後からした。

 「はい?」

 振り返るとマリア・ローゼンハイムさんがいた。


      *************


 数十年ぶりにドイツ語が役に立った。江崎のアドバイス(韓国・朝鮮人が外来語を使う際の特徴的な読みの変化)で思い当たるものにたどり着いたのだ。

 「ヴァイス・リリー・シュヴェスターン」

 WeiSS Lily Schwestern。ドイツ語で《白いユリの姉妹》という意味になる。

 「やばいな……」

 この名前には聞き覚えがあった。ここ二、三年の間ヨーロッパを中心に活動しているという暗殺者ユニットの名前だ。一番最近の事件はシチリアン・マフィア襲撃事件だ。手打ちの所に襲撃を仕掛け、二つの組織の首領を殺害している。手段は大胆不敵。拳銃とナイフによる近接戦闘と対物ライフルによる遠距離狙撃を組み合わせていたようだが、他では短機関銃と軽機関銃(カメラの画像解析と目撃証言によればマイクロUZIの近代化モデルUZI PROとウルティマックス100 Mk.3だそうだ)を使用していることも判明している。無論、当人たちの画像も存在するが、小柄な二人組が黒いフードつきの服で襲撃しているのを荒い解像度のカメラで録画したものだけで何とも決定的なものがない。人相も性別もわからないのだ。

 「大抵、女性だろうが」

 わざわざ殺し屋が女性名を名乗ることはない。余程前にいた組織で腕を鳴らしていたなら別だが、そうでない限り選択から弾かれやすい女性名は女性ユニットであっても付けないのが普通だ。それに画像ではっきりわかる身体の小ささ。女性であろうことは、ほぼ間違いない。

 「そいつらが、日本に入ってくるというのか」

 キム・チャンヨンはそういっていた。対日広報室や国家情報院は日本にいる中華系武器商人の襲撃・暗殺に彼らを雇ったという。偽情報の可能性もあるが。

 日本には私兵部隊を武装させて入国させることができないが、ほぼ絶対的な安全が保障されるという特徴がある。武器商人を監視する組織は存在しない上に、客をもてなす施設も多い。料理はまず中らない上に大都会なら世界中の料理が食べられる。治安の良さは世界有数。交通事故とまれに起きる通り魔にさえ気を付ければこれ以上安全な国はない。大口商談にはもってこいだ。無論気が緩み、隙が多くなる。その隙を狙うつもりなのだろう。

 この作戦、韓国政府からしてみれば得しかない。

 なぜ韓国政府が中華系武器商人を狙うのかと言えば、自国の兵器の売り込みの促進のためであろう。韓国にはS&T大宇や現代ロテム、サムスン・テックウィンといった軍需企業が存在し、中国の中国北方工業公司や中国航空工業集団公司などと入札で競合しがちなのだ。商人を排除すれば、韓国系に流れると踏んだのだろう。自国経済においてIMFによる介入がいつ起きるかわからない韓国にとって稼げるうちに稼げるところで稼ぎたいのが心中だろう。

 しかも日本の安全神話は頻発するテロ事件によって崩壊する。ディスカウント・ジャパン政策――日本という国家、民族、文化をはじめとした『存在そのもの』の国際的評価の解体と、それを利用した『漁夫の利』的な韓国の国際的評価の向上を目論んだ政策にも合致した作戦だ。トヨタのハイブリッドカーのブレーキ問題や『従軍慰安婦』問題はこのディスカウント・ジャパン政策によって作り出されたとも言われている。韓国人が手を下したわけではないので韓国にはダメージがない。

 無論事件発生前に食い止めたいのだが入国を止めようがない。顔がわからないから入国検査で分からないのだ。銃器の持ち込みも特殊なルートを用いるだろう。暴力団のトカレフ、マカロフとは勝手が違う。

 「面倒な相手が来るか」

 そんな中、携帯が鳴る。

 「どうした」

 『蓮池の居場所が判明しました』

 「わかった。すぐ行く」

 新しい仕事――新人のスカウトだ。


      *************


 お先真っ暗とはこのようなことであろうか。警察に勤めて十年だったが、本部長の意地っ張りを糾弾し、激昂して銃を突きつけたら減給と本庁資料課に左遷だ。表向きは持ち場を勝手に離れ現場を混乱させたのが原因とされたが、所詮は不祥事隠しのためだろう。しかも自衛隊出動要請を進言したのは本部長自身となっている。彼は警察のみによる解決を唱え、最も意地になっていたのにもかかわらずだ。

 怒りに任せて退職届を刑事部長に叩き付けた。

 おかげで妻と娘にも逃げられ、求人を探しても土方すらない。住んでいたマンションも引き払って、アパートに住もうかとも思いながら公園のブランコに座って絶望する日々。

 「どうしたもんか」

 そんな時肩を叩かれた。

 「蓮池剛志巡査部長、だな」

 「うるさい!元、巡査部長だ」

 そう怒鳴って振り返るといつかどこかで見たことのある顔があった。

 「おまえは!」

 あの忌々しい公安調査庁特捜部の男だ。

 「公安調査庁特別捜査部の茅ヶ崎充雄だ」

 「俺を笑いに来たのか!?それとも憐みに来たのか!?」

 「そうではない。君をスカウトに来た」

 意外な言葉に一層腹が立つ。

 「スカウト?左遷され辞職した刑事をスカウト?ははっ、人材不足か?」

 「君の能力は我々にとって手に入れたいものの一つだ。射撃の腕はさすが元SITといったところか」

 そういうと茅ヶ崎は背広の内ポケットの中を探しはじめる。

 「だからってあんたらはほとんど銃を使わないだろ」

 「家族も信用も失って、落ちぶれていくよりも我々と一緒に戦うほうがよかろう」

 やっと探していたものが見つかったらしい。茅ヶ崎は封筒を手に取ってこちらに向き直った。

 「だから、あんたらは銃をほとんどつかわ「使うよ」え…?」

 「君に所属してほしいのは《表》ではなく《裏》のほうだ」

 「裏?」

 裏というのはどういう事だろうか。

 「公安調査庁庶務十三課『不規則な十三番イレギュラー・サーティーン』にようこそ」

 「何を言っているんだ。承諾した覚えは」

 そう言いかけると目の前で先ほど探していた封筒の中身を広げる。地方から国家への出向を命じたことを示す書類。異動先は公安調査庁特別捜査部特命一課。日付は辞職の一日前。こんな書類、渡されたどころか見たことすらない。

 「もう、人事は決定している。きたまえ」

 「おい、どうして勝手に進めるんだ。それにどうやって」

 「やり方はいくらでもある。それに君なら気に入ると思ってな」

 そう言われると俺はいつの間にかいた二人の男に挟まれて公園のそばに駐車していたエルグランドに連行された。


 「とりあえず受け取りたまえ。特捜部の身分証と制式拳銃だ」

 そういうと茅ヶ崎は拳銃と革張りの身分証を手渡してきた。受け取って初めて気が付いた。

 「これは、P230!」

 憎ったらしい日本警察の正式拳銃だ。

 「我々が本気だとわかったかね」

 「わかったよ」

 投げやりに答えると返答代わりに茅ヶ崎は紙束を俺に渡す。

 「それと、個人向け火器のリストだ。何か欲しければ選びたまえ」

 紙束には拳銃や短機関銃の名前が列挙されている。

 「なんだってこんな」

 「各々が必要な装備を要求できる。そういう制度だ。あとで現地作戦本部のコンピュータでリストを閲覧したほうが、わかりやすいかもしれないな」

 そう言って前に向き直った。

 これだから公安は嫌いだ。いつどんな時も澄ました顔をしていやがる。何考えているのかわからない相手は本当に嫌いだ。

 「それと、報奨だ」

 渡されたのは封筒だった。

 「中に三十万円入っている。武器に使うなり身の回りに活かすなりしなさい」


      *************


 世の中何が起こるかわからない。

 「三時限目と四時限目の間の休み時間に急に来たと思ったら弁当を分けてほしい、か」

 「クラスの人に相談したら『それならいい人がいる』って」

 俺はクラス内では昼飯を集りやすい人という認識で一致しているらしい。

 「それなら俺はこれをあげるよ」

 神山はハンバーグを一切れ、皿代わりにした軟質樹脂製の弁当の内蓋の上に置いた。既に内蓋の上には、俺のおかず――鶏のから揚げとごぼうのから揚げ、根菜の煮物とご飯がいくらか乗っかっている。寄せ集めにしては結構豪勢だ。

 「お前はやっぱり河合と違うな」

 正直言って、身を切ってくれる神山に感謝した。

 「私を貶めるのか、下僕が」

 「何も提供していないのに偉そうなこと言うなよ」

 俺は身を切らない河合に呆れていた。誘おうと言い出した張本人なのに。

 「河合さん、そんなに怒らないで。ハンバーグあげるから」

 霧谷はそういって河合の弁当箱の中にハンバーグを一切れ入れる。

 「美里ちゃん……。ありがとう!」

 河合はつくづく食べ物に弱い。霧谷に抱きついたのを遠目に見た山本が「キマシタワ―」と言っている。

 「そういえばローゼンハイムさんはドイツの生まれなの?」

 霧谷が問いかける。

 「そうよ。よくわかったわね」

 ローゼンハイムは驚いていた。

 「あの挨拶はドイツ語のグッドモーニングだからね♪」

 霧谷はそういうと煮豆を一粒口に運ぶ。にこっと笑った顔がかわいい。神山も笑顔を見てどこか安心した表情を浮かべている。霧谷にメンタル面で不安があることは知っていたが、今のところ目立った問題はないらしい。

 「そうそう、ドイツのどこ出身なの?ベルリン?ハンブルグ?ミュンヘン?ケルン?」

 河合が気になったらしく尋ねた。

 「ええと……ドレスデンよ。知っているかしら?」

 「ドレスデン……旧東ドイツの?」

 「そう。わかる人いたんだ!」

 俺が即答したことに驚きの表情でローゼンハイムは答える。

 「下僕、なんですぐにそんなことがわかるの?」

 河合は驚きの表情になる。

 「いや、これぐらい常識だろ。ドイツってのは重工業と豚肉とジャガイモとビールで出来ている、なんて思っているんじゃないだろうな」

 実際ドレスデンはベルリンを除くと東ドイツでは結構有名な部類に入る都市だ。第二次大戦中にはドレスデン空襲というのもあった。観光地としてもある程度有名で、伝統的な建物の多く残っている街だ。

 「下僕の常識は十分非常識よ」

 そう言って河合は弁当箱のハンバーグを口に放り込んだ。

 「あの~」

 「ん?」

 振り向くとローゼンハイムは何か不都合があったらしい様子だった。

 「フォークだけでも、ありませんか?」

 ……すっかりそのことを忘れていた。なくちゃ食べられないもんね、うん。

 弁当の入っていた袋を探すと、予備として常備しているフォークとスプーンのセットが出てきたので手渡した。


 「そういえば兄弟とかいるの?」

 河合さんが話題を振る。こういう時に鉄板の話題だ。

 「妹がいるわ。この学校の1年に転入したはずよ。エミリーって名前よ」

 「エミリーちゃんかぁ♪」

 美里が目を輝かせる。どんな姿なのか気になっているのだろう。

 「そんなふうに気安く呼べるのは私だけなの」

 「そうなの?」

 河合さんは少し不思議そうな顔をした。

 「人見知りがちょっと、激しくてね」

 「そうなのか」

 幸太郎がありきたりな言葉で返す。

 「何ともそっけない返しね」

 河合さんは瞳だけ幸太郎に向けて言い放つ。

 「それ以外言うこと無いじゃないか」

 幸太郎はそういって憤慨する。

 「下僕、もっと言うことはあるはずよ。たとえば……今度会わせて!とか」

 「まるで妹さんを狙っているみたいで嫌だな」

 幸太郎は顔をしかめる。

 「だけど、かわいいんだろうなぁ」

 美里はそういってローゼンハイムさんを見つめる。

 「そうね。わたしを一回り小さくした感じね」

 「ふぅん……」

 どんな感じだろう。どこか気になった。

 

      *************


 県北西の隅の方にある市、一宮。真清田神社の門前町として栄えたこのあたりは繊維産業で有名で、大規模な毛織物の工場がある街だ。市自体は平成の大合併で近隣の市と町を吸収し、より巨大化した。東海北陸道と名神高速とのジャンクションもあり交通の要衝でもある。前警察庁長官の安藤隆春、女性運動家の市川房枝の出身地でもあるはずだ。

 市街地から少し離れたビルの中に通された。事務所に連れられて入るとすでに幾らか所属人員と思われる人影が見える。

 「タバコ吸っていいか?」

 「ああ。灰皿はあそこだ」

 指差されたところにはガラスの灰皿があった。椅子に座り、セブンスターを内ポケットから出し、一本(くわ)えてガスが切れかけの百円ライターで火をつける。新しいライターを買わないといけない。ジッポでも買おうか。

 「あんたは吸わないのか」

 茅ヶ崎に問う。

 「十三年前にやめたよ」

 そう言って茅ヶ崎は向かい側の椅子に座る。

 「十三年前……。あの事件の年か」

 日本解放戦線事件。カトレア作業。任官直後に携わった作戦だ。

 「あんたは公安だろ。あのときのこと、覚えているのか」

 「忘れられんよ。第一の被害者は私の家族だったからな」

 「そうか……すまなかった」

 静かに煙草を吹かす。数ミリほど灰が伸びる。

 「禁煙の理由もそれだからな」

 「?」

 「娘がその当時タバコをやめるよう頼んでいたんだ」

 「死者があんたを縛るのか」

 「警察官というものは得てしてそういうものだろう」

 自嘲的に笑うと茅ヶ崎は缶コーヒーを手に取りプルトップでタブを開けて口をつけた。

 考えてみればそうかもしれない。警察官は常に死の危険が隣り合う職業だ。今まで幸運にも生きてこられたが死んでいてもおかしくない状況は何回もあった。

 それは仲間も同じで、でも自分たちは死ぬ可能性を無視していた。そうでなければ職務の執行はできないのだから。だからこそ人の死は重大だった。民間人の死者、仲間の殉職者は間違いなく目の当たりにした警察官の身と心を縛り付ける。自分たちの職務の不備を再認識する。それは警官自身が公僕としてやらなければならない行為。それが余計自分たちを縛り付ける。

 「我々の任務は追って詳しく説明しよう。まずは武器選びだ」


 コンピュータのほうが断然調べやすかった。手に入る武器は思いのほか多く、自由も効く。

 「タウルス・レイジングブル8インチのシルバーモデルか」

 茅ヶ崎が(のぞ)き見ていた。

 なぜ、この拳銃が気になったかと言えば.44マグナムが使用できる拳銃だったからだ。興味はあったし、一度脱法ドラッグで錯乱した相手に発砲したことがあるが、急所に当たらないと.32ACPでは意味がなかった経験があった。

 「それと、これか」

 もう一つはさらに特殊な拳銃だった。キアッパ・ファイアアームズ社製のライノ・リボルバーだ。アニメで有名になったマテバのリボルバー拳銃シリーズと同じ人間が設計した、銃身が銃本体の下についているリボルバーだ。本来.357マグナム弾や9ミリIMI弾を使用するが、寸法の関係でスタンダードな9ミリパラべラム弾も使用できるリボルバーとなれば偉大だ。4インチモデルが妥当だろうか。

 「リストアップはできたか」

 「ああ。ところで銃はタダでくれるのか」

 気になっていたことを問う。

 「まあ特例でな」

 「これだけ多数の武器を持って、本当に何のために?」

 ふと思った疑問を口に出すと茅ヶ崎はすかさずこういった。


 「我らが正義のために、だ」



「〈〉」で現地では聞かない外国語を表すことにしました。

今回は韓国語ですが、それ以外もあります。


小辞典


UZI PRO

イスラエルIWIの製造する最新鋭サブマシンガン。

UZIシリーズ最小のマイクロUZIをポリマーフレーム化した機関拳銃。

鉄板の集合で重すぎたマイクロUZIよりも軽い。

アクセサリーレールも搭載し拡張性も良好。

暴発しにくいクローズドボルト式。

まだ出て日が浅く、メディアにもほとんど出ていない。


ウルティマックス100 Mk.3

シンガポール製の軽機関銃。

軽機関銃の中でも軽量かつ低反動。アメリカ陸軍もミニミと迷ったという。

マガジン式で100連ドラムマガジンや30連突撃銃用マガジンが使える。

なお、ドラムマガジンは使い捨てできるように安く作っているらしい。

立って撃つにはランボーやコマンド―のように腰だめにするとよい。

様になる。


タウルス・レイジングブル

ブラジルのタウルス社が製造する大口径リボルバー拳銃。

5.56ミリNATOモデルもある。

結構人気がある銃で、現代的な平面デザインがすてき。


キアッパ・ライノ

イタリアのキアッパ・ファイアアームズ製の特殊構造のリボルバー。

バレルがシリンダーの下の薬室から延びるタイプ。

有名なマテバのリボルバーの後継。

マテバが入手困難な今、実銃でトグサごっこするにはこれしかない。


幸太郎がなんとなくローゼンハイムに対して納得した内容は彼自身の偏見だったりする。

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