エピローグ
これで第一章は終幕。
「知っていると思うが太田正治は君にとっての仇だ。2002年の連続レジャー施設爆破事件の首謀者だからな」
課長はそういって俺の肩に手を置く。
「わかっています……」
「何か、要求があるなら聞こう。善処するよ」
「何もありません……何をしても家族は戻ってきませんから」
顔を俯けて静かに答える。
「辛いことをいつまでも隠す必要はない。墓参りに行くかい?」
「もう俺は『日向誠』じゃありません。『神山健二』です」
本来、あるべき『日向誠』は俺ではないのだ。
「そう強がらなくてもいい。生き残った肉親が墓参りするのは社会儀礼だ。花ぐらい供えてはどうだ」
こうなると拒否はできない。
「死者を弔う。それを忘れれば、自分の生死にも無頓着になる。君がそこまでして肉親のことを忘れたがるのもよくわかる。だが、肉親は他よりも圧倒的に強い絆を持つ。死してもそれは同じだ。仇を討ったことを墓前で報告したまえ」
「わかり、ました…」
小さい声で承諾した。
正直なことを言うと怖かった。家族が死んでしまったことを認める自分が。
もしかしたら自分が救えたかもしれない。自分がもっとゆっくり歩いていたら。両親の勧めるままにあの遊具に乗っていたなら。
『後悔先に立たず』というがこういう事だろうか。だんだんと悲しくなっていった。
四月二十一日。俺は東京都世田谷区の共同墓地に居た。供えるための花束と線香を持って。墨汁で染めたような黒いスーツに身を包んで。
『日向家先祖代々之墓』と彫り込まれた墓石は十分くらい探してやっと見つけた。花も線香もない墓前に立って胸が苦しくなる。両親と妹の名が墓石に彫り込まれていた。花束を置き、線香に火をつけて線香立てにさす。
「父さん、母さん、ミサト。みんなを殺した犯人を捕まえたよ」
墓石に語りかける。『ミサト』という名前は言い慣れているはずなのに、なぜか言いにくかった。
気が付いたら、目が熱くなっていた。ぽたぽたと水分が垂れる。鼻が苦しい。
「うぁ……うぁあああああああああ!」
激情が流れる。
いままで爆弾を仕掛けた奴らを追ってきた。やっとそいつを捕まえた。なのに何も満たされない。空虚な穴は埋まらない。逆にさらに穴が広がったかのような錯覚を覚える。
「今までお参りしなくて、ごめんな」
一人咽び泣いていた。墓地に俺の泣き声だけが響いた。
*************
「戦闘ヘリに関して新しい情報です。使用された機体が複数の機体から組みなおされた寄せ集めの可能性が高いそうです」
政田が報告する。
「どうして分かった」
「警察の鑑識が機体の経年劣化を調べた結果、部品ごとに大きな差があったとのことです。エンジン類は最近のモノだそうですが同じ部位で劣化具合が違ったとなると……」
「なるほど。中古で打ち捨てられたような機体からマシなパーツを取って、南ア製強化パッケージを組み込んだわけか」
「そうなりますね」
「……死の商人まで絡むか」
近年、中国、韓国や中東諸国をはじめとしたアジア諸国は武器輸出に経済の活路を見出しつつある。中国北方工業公司や韓国のS&T大宇、UAEのカラカル、イランのDIOといったメーカーが銃器市場で売り込みを図り、より大型の戦車や艦艇、さらに高度な技術の必要な軍用航空機の売り込み合戦も発生している。無論、それに並行して『売り子』も増える。その『売り子』の一部が死の商人と呼ばれる存在だ。
日本では武器商人は全て『死の商人』と呼ばれる傾向が強く、武器禁輸原則の解体を阻止しようとする革新勢力は三菱重工や川崎重工、富士重工、IHIのような重工メーカーや豊和工業、ミネベアといった精密機器メーカーや日本防衛装備工業会など国防産業において重要な地位の企業・団体も『死の商人』と呼ぶこともある。2009年には次期主力戦闘機商戦に関連して日本人民解放戦線の下部組織がこれらの会社や組織、売り込んでいる世界各地の戦闘機メーカーの日本事務所、そして売り込んでいる総合商社を名指しで『死の商人』と呼びテロを仕掛けようとしていたところを警視庁公安部が阻止している。代わりに警察発表1000人規模(主催者発表10000人規模)の反F‐Xデモが行われたのは記憶に新しい。その割にノリンコの資本を供給している中国政府やS&T大宇を保護している韓国政府に対してのデモは起こらないが。
しかし基本的に『死の商人』というのは武器商人の中でも戦場を強制的に『燃え上がらせる』ために対立勢力双方に売り込むような商人のことだ。こうすることによって戦争を泥沼化させ、長期にわたって搾取できる構図を作り、戦争終結後も勝者に武器の供給ルートを作り上げる。このような手を用いる武器商人は現代では武器・兵器の輸出を管理する機能がきっちりしていて、兵器の輸出契約が国家主導になりがちな西側ではほとんどおらず、その多くが武器管理のずさんな東欧やロシアや中東、そしてシェア争いになりふり構わない中国メーカーとなる。
「日本に来ている中華系の武器商人はどれくらいいる?」
現状、ヘリのジャンクの調達ができる武器商人となるとイスラム系よりも中華系であることが推測できる。世界中にある華僑・華人のネットワークは中国政府・台湾政府の重要な情報システムの一つだ。
「ざっと……四人くらいですね」
「それぞれの所在は?」
「魚烈健はニューオータニで、祖首鋭はザ・ウィンザーホテル洞爺で商談中。李国明は京都を散策中。英律慶は皇居の周りを走っているらしいです」
「英は皇居ランナーか」
茅ヶ崎は呆れていた。旧ソ連KGB所属の諜報員が政治家の秘密を暴こうとして日本的価値観に染まってしまったという話があったが、英もまたそうなのだろうか。
「学生時代は陸上の選手だったそうですよ」
「なるほど。だからか」
理由がわかっても何ともばからしい。
不意に携帯の着信音が鳴る。
『課長!』
「どうした、稲垣」
『我々が着けていた韓国の不法工作員が行動を開始したという知らせがきました』
別の事件が始まった知らせだった。
*************
『悠ちゃん!退院おめでとう』
クラッカーの音が響く。
悠の退院祝いは悠の友達も呼んで盛大に行われた。
「ありがとう」
にこやかな悠に安心した。
「さて。退院祝いでも渡しますか」
マスコミを追い払った翌日の金曜日、悠は帰ってきた。母を見て一目散に抱きついていたので寂しかったんだなと実感した。
翌日には母と一緒に郊外型ショッピングモールに出かけたので、トラウマに関しては、今はそこまで重篤ではないんだろう。俺はその間に違うショッピングモールの宝石店に行って安物のネックレスを買った。子供っぽくない控え目ながらも存在感のあるネックレスで、ジルコニアがキラキラと光っていた自分なりにかわいいと思ったものだ。店員さんにお願いして本体より高いラッピングも安くしてもらい、家に持ち替えるときは新古書店でCDと本を買って、そのビニール袋に入れてカムフラージュして持ち帰った。
「なんか悪巧みぃ?このこのぉ♪」
母はそういって人差し指で脇腹を突っつく。これ、実は結構痛い。
「俺はいい子ですよ。はい」
ラッピングした箱を妹に渡す。
「私も」
これからは妹の友達たちのターンだ。小さな袋が悠の両手を満たす。参加人数の多さに素直に驚いた。妹の小学生時代からの友人たち。結構いい青春が送れそうで兄としては、ほっとしたという言葉に尽きる。
「じゃあ、ランチにしましょうか♪」
母の言葉とともにみんなのテンションは一気に高まる。すると
ピンポーン、ピンポーン
水を注すように呼び鈴が鳴る。
「は~い」
母が答えて出迎えると、母のテンションが急上昇した。
「まぁ!来てくれたのね♪」
「招待してくれてありがとうございます、おばさま」
この凛とした声、このくどい丁寧口調は……
「河合!?」
「そういうことになるのかしら」
黒髪をはらりとなびかせて河合は登場した。服装はダークな感じが抑えられたかわいらしさを少々強く押し出した服装だ。黒髪が際立つ白系のワンピースなんて持っていたのかと素直に感心した。今まで見たことのある私服はデニムのパンツばかりだったから私服のスカートルックは新鮮だ。俺の母に心酔しているらしいから「怖い恰好はダメ」と言われたので素直に従ったのが真実だろう。
「ごきげんよう」
「なんかお前の本性知っているとそのしゃべり方は恐怖しか感じないな」
「そうかしら」
かわいらしさを前面に出しているにこやかな笑顔に恐怖を感じるようになったのはいつからだろうか。
「かわいい……」
「おしゃれ……」
「かっこいい……」
妹の友達たちはそういって目を輝かせていた。服の着こなしに無頓着な俺はそうなのだろうかと思った。女の服というのは奇奇怪怪と思う。十年前まではダルダルぶかぶかの靴下が崇められていたとか、アムラーとかシノラーとかがあったっていう話はテレビで見たが、女って大変だなと思うだけだった。
「ありがとう♪」
河合にしては珍しく屈託ない笑顔を見せた。
「お前も退院したのか。よかったじゃないか。てっきり当面の間ベッドの上かと思ったぞ」
「私の体は頑丈みたいね。だけど不思議ね。連れ去られたと思ったら下僕を殺そうとして逆に殴られる夢を見て、次の瞬間病院だもの」
あながち間違ってないのが困る。
「しかも私は本気だったらしくて両手に拳銃を持っていたんだ」
もしかして全部覚えているのか。
「それに鳩尾に打撲跡があった。何があったんだ?」
「さあな。まあ、そんな話よりもランチ、だろ」
「今週は何が出るんだ?」
話をそらすことに成功した。珍しく冴えているな。
「はいは~い。今回はローストビーフでーす♪うまくできたかな?」
ノリノリの母は大皿に焼けた肉の塊を乗せてを持ってきた。
「中までよく焼けてたらごめんね」
大丈夫だろうか。失敗率は三割程度だったはず。母の作る料理の中では最も失敗率の高い部類の料理だ。調理のシンプルさゆえに誤魔化しの効かない、典型的なイギリス料理というだけのことはある。そして『まずい』イギリス料理の中でも別格の『おいしい』料理である。
「じゃんじゃかじゃんじゃんじゃ~ん!」
包丁をローストビーフのちょうど半分のところに入れる。開くとちょうどいいくらいに赤みが見えた。
「やった!成功成功♪」
テンションがさらに高くなった母は持っている包丁を振り回している。妹の友達は固まってしまった。怖いことを平気でやっている母が怖い。
「母さん、ガチで危ないから包丁を置け」
「は~い」
母のテンションがダダ下がりになった。
「だけどうまくいったな」
「でしょでしょ」
テンションが復活した。
「さあさあ、召し上がれ♪」
*************
四月二十二日 日曜日
山梨県甲府市郊外
「韓国国家情報院の不法工作員はこの周辺にいるというわけか」
秋津はゆっくりと歩いていた。
北朝鮮の工作員は在日韓国・朝鮮人を土台人として工作活動をする例がほとんどである。土台人というのは北朝鮮に親族のいる特別永住者のことで、親族を人質にして工作員を匿わせる人物である。
しかし韓国の工作員は旅行者やビジネスマンとして入国して活動する。このとき任務を行う人物は偽装旅券で入国するのだ。旅券法違反で逮捕できるのも特徴だ。
実は韓国による工作作戦は過去に何度か発生している。新潟日赤センター爆破未遂事件と金大中事件だ。これ以降はそこまで大規模な工作活動は見られなくなったが、いまだに産業スパイを中心に工作員がひしめいている。
「今回は珍しく外交工作員だな」
「外二が動かないわけだ」
井口の言葉に稲垣が続ける。外事課は同盟国であるアメリカや旧西側の工作員は野放しにすることが基本である。この不法工作員も野放しにする対象だったのだろう。
「ここか」
ついに対象が隠れているボロアパートの玄関までたどり着いた。
「絵にかいたようなボロアパートだな」
「隠れるにはもっとも都合がいい場所ね。安いし、人がいるかも定かではない」
事前の調査で銃を持っていることはわかっているので全員拳銃を手に持って突入の準備を整えている。
「さて、美里ちゃん。準備できてる?」
他のところで警戒準備をしている美里に確認する。
『できています』
「帰ったら、好きなだけ健二くんとラブラブしなさい。今頃健二くんは寂しがっていると思うから♪」
『へ?……はうぅ…』
美里をからかうように稲垣は言う。美里は照れて変な声になっている。
「さあ、無駄話はやめて作戦開始だ。突入まで5、」
秋津はそういってカウントダウンが始まる。
「4、3、2、1.突入!」
突入班はドアを開けて雪崩れ込んでいく。
彼らの活躍はまだ続く。
第一章終幕!
しかし!!第二章プロローグは明日あげます!!
お楽しみに!