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7th mission 心的外傷

「戦闘」が終わった

だがそれは「戦い」の終わりではないのだ

それぞれは新しい戦いに身を投じる

 四月十六日 月曜日 午後二時四十五分


 「ルダックス・ジャパン本社に公安調査庁の捜査員が強制捜査のために入っていきます」

 レポーターは興奮気味にまくしたてる。

 公安調査庁特別捜査部は午前中に捜査令状と捜索差押許可状を裁判所から取得してすぐに捜索に取り掛かったのだ。証拠のもみ消しを防ぐために。

 被害者のハズであるルダックス・ジャパンが一転して容疑者となったのは太田正治がテロ計画にルダックスが関与していることを自白したためだ。


 「公安調査庁特別捜査部だ。強制捜査に入らせてもらう」

 茅ヶ崎は身分証を掲げて入っていく。

 「困ります!部外者が勝手に入るのは……」

 エントランスの受付嬢が食い止めようとするが捜査員たちは無視して鉄道の改札口を思い起こさせる社員用入口に入っていく。自動改札機のような機械が通せんぼしている。

 「ただちに開けろ。開けなければ公務執行妨害で逮捕する」

 だが返答は銃声であった。

 「なんだと!」

 秋津は予想より早い銃撃に驚いた。とっさにP220拳銃を抜く。

 受付嬢は呆然としている。先ほど机の下で何かを操作していたようだがその結果までは知らなかったのだろう。

 「緊急(エマージェンシー)緊急(エマージェンシー)状況(コンディション)(レッド)』!繰り返す、状況『赤』!」

 武田は無線で連絡する。状況『赤』は戦闘に突入したことを意味する暗号だ。

 捜査員たちは拳銃を抜き遮蔽物に隠れる。

 「警視庁に連絡!SAT投入を要請しろ!自衛隊にも連絡を入れろ!」

 稲垣はP230JP拳銃で応戦する。発砲した警備員の頭を射抜き、射殺する。

 基本、強襲班を投入することはできない。突発的すぎる上にマスコミが多すぎるのだ。

 「全員、FB(フォックス・ブラボー)、FB、FB!」

 秋津が叫ぶと全員が目蓋を閉じ、耳を塞ぐ。秋津はM84を奥に投げる。閃光と破裂音で警備員を動けなくし、捜査員が雪崩れ込む。警備員たちの親指をパラコードで縛る。乱射する相手には容赦なく銃撃し無力化、若しくは行動不能にした。だが、まだ同様の装備をした警備員がいるだろう。

 捜査目標は最上階の社長室と取締役たちの部屋、そして物流監督部と総務部の部屋だ。これらに重要な情報が存在することはわかりきっていた。

 9人の捜査員が先行するためエレベーターに乗りそれぞれの指定された階に降り立つ。捜索する部屋の扉を開き開口一番に

 「ただちにすべての業務を停止し、両手を上げて(ひざまづ)け。公安調査庁特別捜査部だ」

 と身分証を高く掲げながら警告を発した。


      *************


 押収した資料は膨大だった。飛島第一倉庫関連の資料だけではないから大変だ。

 社長や取締役たちも警視庁で事情聴取を受けているはずだ。会社ビルで銃撃戦となると重大事件である。しかもビルの中から実行犯が出てきたとなれば大事だ。

 「J‐echelon(ジェシュロン)はどうだ」

 「引っかかりました。一か月前から複数の暗号放送が中国から流れています。現在防衛省情報本部が解析中です」

 茅ヶ崎の問いに情報班の政田(まさだ)(たける)が報告する。

 「その中にどれだけ関係あるものがあるんだか」

 茅ヶ崎は小さく呟く。

 J‐echelon――日本版(ジャパン)エシュロンは2000年に稼働した防衛省(稼働当初は防衛庁)所管の高度通信傍受システムである。国内外の通信を傍受しテロや周辺国の軍事作戦を事前にキャッチすることを目的とした極秘システムで、防衛省市ヶ谷通信塔をはじめとした自衛隊、防衛省関連施設を基本とし、補助として首都圏ではスカイタワー西東京、横浜ランドマークタワー、佐原テレビ中継局、そして今後2013年以降から東京タワーも使用するという巨大システムだ。各システムの小型化のために多くのシステムを分散させているが、おかげでどこかのシステム一つが破壊されたとしても穴が開かないメリットもある。

 公安調査庁、とりわけ特捜部とその裏の顔である庶務十三課はJ‐echlonの『常連客』だ。

 「『赤坂』経由で『マクレーン』にも協力を要請しろ」

 『赤坂』は在日本アメリカ大使館、転じてアメリカ中央情報局(CIA)日本支部を、『マクレーン』は中央情報局本部を現す隠語だ。

 中央情報局は世界中に諜報網を有しているため西側の情報機関に情報を供給する役割が存在する。無論、日本の公安や防衛省情報本部なども提供先であるが、今回の事件につながり得る情報は極端に少なく曖昧(あいまい)な情報だった。おかげでJ‐echlonに課員が入浸りになってしまった。

 「やつら、首を縦に振りますかね」

 政田は疑問に思う。

 「頭をつかんで振らせればいい」

 つまり自分たちの持っているCIAの悪事の証拠をリークすると脅せばいいというわけだ。

 「我々のこともばらされますよ」

 「ばらそうにもばらせないさ。ばらせば自分たちに都合が悪いからな」

 庶務十三課は日本の公安の中でも別格となっている。日本に対するCIAの工作の全容をつかんでいるCIA以外で唯一の組織である。半ばCIAとその他ほとんどの西側情報機関はCIA上位の『不平等条約下』に存在するが、庶務十三課は例外的に対等と言える立場にある情報機関の一つだ。

 「攻撃ヘリの航行ルートは判明したか」

 茅ヶ崎は情報班の江崎(えさき)美琴(みこと)に問いかける。

 「中部国際空港の管制レーダーの記録によると、伊勢湾内にいたイランの海運会社保有のリベリア船籍の貨物船から出撃したようですね。海上保安庁と愛知県警が取り調べをしています。あと、飛島第一から押収された銃器は中国製のCQライフル(AR‐15コピー)多数とイランのKH2002(カイバー)ライフルが少々でした。まったく、丁寧にライフリングもSS109弾に対応した銃身にしてますよ。自衛隊から弾を奪う気だったんでしょう」

 先日の不審船事件と言い、ここまで来ると裏にいるのが中国、イラン、北朝鮮政府であることが見えてくる。だが異常なまでに手口が荒い。

 「今後、中国大使館とイラン大使館、朝鮮総連の監視を厳にするべきだな」

 茅ヶ崎はそういうと深くため息をついた。これで決着はついた。


      *************


 またいつの間にかベッドの上だ。何とも薄気味悪い。しかも今度は見知らぬ天井だ。

 「生きて帰ってこれたってことかな」

 ところどころ痛む。桃源郷なり天国なら痛みなんてないはずだ。辛いが皮肉にも生きていることを実感できる。

 一定の電子音が聞こえる。心電図だろう。だとしたらここは病院だ。視界の端にも点滴が見える。

 「先生!505号室の患者の意識が戻りました!」

 大分遠いところから声が聞こえる。(ろく)にわかりそうにない距離から。

 なぜわかった!そのことが!


      *************


 窓から赤い日の光が射し込んでいる。結構時間がたったな。

 今日の朝9時頃に意識を取り戻し、脳の精密検査を受けた。CTとかMRIなんて何十年もあとに受けると思っていたからちょっと不思議だ。

 「幸太郎!大丈夫か!」

 「大丈夫だ。節々が痛むが」

 神山と霧谷が見舞いに来ていた。

 「よかった…よかったぁ……。うぅ…ぐすっ……えぐっ……」

 霧谷は涙をためてしゃくり上げていた。

 「そういえば河合は!?悠は!?」

 気が付いて問う。

 「二人とも大きな怪我はないよ。『乱暴』された形跡もない。ただ河合さんはまだ意識が戻っていない。悠ちゃんは今日から犯罪被害者向けカウンセリングが始まるはずだよ」

 ここでいう『乱暴』というのは所謂、性的暴行のことだろう。よかった。もしされていたらこっちも悔しい。

 「ホッとしたか?」

 「まあな…」

 親友も妹も大丈夫だということに安心した。

 「学校はどうなんだ?いまは絶対平日だろ?」

 「ああ、今日は火曜日。学校もガッツリ」

 「授業遅れるな。確実に」

 授業の遅れは面倒なことになる。この時期に入院だなんて運のなさに悲しくなってくる。

 「先生は心配してたよ。あと山本君からこんなものを託されちゃった」

 落ち着いた霧谷はそういって紙袋を俺に渡した。

 「入院で退屈だったらこれでも読んどけ、だって」

 紙袋の中身は文庫本が何冊か入っていた。

 「山本の秘蔵コレクションだな」

 山本が勧めてきた多数のライトノベルだ。内容は容易に想像できる。百合モノだろう。口絵では判断できないが、それ以外の選択肢が見えない。

 「話が変わるが、太田はどうなんだ」

 「いま尋問中だよ。詳しいことはまだわからないけれども、裏で支えている組織もけっこうわかってきた。そうそう、新聞とかどう?」

 「サンキュー」

 ここ二日分の新聞だ。最終面から読み進めていこうと、ぺら、と月曜日の朝刊最終面を開く。

 「後ろから読むの?」

 「昔から新聞は後ろから読むんだ。テレビ欄と四コマから読んでいったからかな」

 見出しに

 『夜の銃撃戦 「まるでこの世の地獄」』

 『「想定外の事態」続出』

 『自衛隊「初出動」』

 とセンセーショナルな文字が躍っている。

 記事を読む限り自分のことも一応書いてあるが少年Aのような申し訳程度、神山たち公安の特務機関のことも載っていない。それより驚いたのは大写しになっている残骸だ。どう見てもハインド――しかも南アフリカ製のスーパー・ハインドの残骸が映っている。

 「もしかしてお前たちがこれを落としたのか?」

 「いや。陸自のヘリが落とした」

 「私たちは追われる側だった…あうぅ……」

 その時のことを思い出してか霧谷はしゃがみこんで小さく丸まる。余程怖かったのだろう。それを見てふとひらめいた。

 「神山」

 「なんだ」

 「耳を貸せ」

 俺は神山に耳打ちする。今後何をするべきか、を。

 「……それはちょっと…」

 「いいじゃないか。思いのほか喜ぶと思うぞ」

 顔を離した神山から抗議が来るが正直、ここはそうしてやった方がいいと恋愛音痴な俺でもわかる。それ以前にこいつは霧谷が自身に好意を向けていることを知らないのだろうか。それじゃあ霧谷がかわいそうだ。まぁ、おせっかいだろうが。


      *************


 『霧谷にギュッとしてやれ』

 幸太郎からそういわれたが、さすがにそれはどうかと思う。いくらなんでもソレは無理だと思うのだ。なんかニヤニヤしていたし。

 「ケンくん……」

 「どうした?美里」

 幸太郎たちの入院している病院からの帰り道。すっかり暗くなってしまった道で美里は少し俯いて俺の少し後を歩いていた。少し離れたところの駐車場に車が待っているはずだ。

 「『わたし』ってなんなんだろうね……」

 K‐3310。彼女の本当の『名前』。敵が本来手に入れるはずだった『兵器』としての彼女の形式番号。彼女はそのことを意識的に忘れてきた。だが彼女にとってその過去は紛れもない事実。

 「コワイの。ミンナを、ケンくんをコロしちゃうんじゃないかって」

 「大丈夫だよ「ダイジョウブじゃない!」」

 その声に振り向く。美里は眼に涙を溜めていた。

 「ダイジョウブじゃ…ないよ……」

 すぐにでも号泣しそうだった。あの時から堪えていたのだろうか。

 「ホントウは…テキのハズ…だったんだよ……」

 「今は仲間だろ」

 「イツ、やくにタタナクナルか、テキになるかワカンナイんだよ……」

 敵の笛ひとつでいともたやすく行動不能にされてしまったことを思い出してしまったらしい。あの笛を応用してコントロールを奪われる可能性があった。過去のマインド・コントロールがいまだに健在なのだ。それが怖いのだ。自分の意思とは関係なく動かされることが。

 「ケンくんのこと……スキなのに…」

 「え?」

 耳を疑った。俺のことが好きなのか?なんで?

 「ケンくんがいないと…コワレてたかもシレナイ……」

 意外な言葉。

 「それぐらいタイセツなんだよ……。スキ……なんだよ……」

 こんな美里は初めて見た。ここまで感情を発露させることはなかった。

 「ダカラ、もしも、テキになったら、ケンくんがコロして……」

 反射的に美里を抱きしめる。

 「殺せるかよ。そんなこと、言うなよ。悲しく、なるじゃないか」

 更にきつく抱く。

 「うぅ…ひっ……ひくっ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 美里は泣き出した。シャツが涙で濡れていく。

 ゆっくり頭をなでてやる。美里がシャツを掴む力がだんだんと強くなる。

 「大丈夫だ。もしもの時は、俺がとめてやるから」

 「ゼッタイ…ひくっ…だよ………」

 「絶対だ。約束する」


      *************


 「かっこよかったぞぉ。神山。それでこそ男だ!」

 真田は俺に声をかけてきた。今は運転中なのだから前に集中してほしいのだが。

 「真田ぁ。だから女と長く続かないんだぞ。もうちょっとはデリカシーってもんを学んだらどうだ」

 秋津は真田を咎める。

 自分の顔に血が上っているのがわかる。さっきの一部始終を見られてしまったのだ。くさいセリフを言ってしまった自分が憎い。

 「よかったわね美里ちゃん♪」

 稲垣副長はニコニコして美里の頭を撫でている。

 「こんなところで告白イベントがあるなんて思ってもみませんでした。いつフラグが立ったんですか?」

 坪倉はどこか不満そうにしている。

 「あのさぁ……」

 「ん?」

 「なんで、みんなで…寄って集って……」

 「いいじゃねぇか。青春ってやつだよ。ツーわけで、みんなで飲みに行くか!霧谷の告白成功祝いにさ!」

 真田はノリにノッている。

 「飲みに行く理由が欲しかっただけじゃないか」

 秋津は呆れている。

 「第一酒を飲んじゃったら車はだれが運転するんですか」

 坪倉は疑問を直球でぶつけた。

 「そ、それは……。秋津!」

 「やめておくよ」

 一言で拒否される。

 「じゃあ稲垣」

 「パス」

 稲垣副長は軽くいなす。

 「ぐぬぬ……坪倉は……」

 「なに未成年に運転させようとしてるんですか!?私は成人向恋愛ADV(エロゲー)のキャラクターじゃないんですよ。容姿は年相応です!」

 坪倉。その返しはどうなんだ?

 「だけど、お祝いはしたいよね」

 稲垣副長はそういって考え始めた。

 なんか、ものすごく恥ずかしいんですけど……。


      *************


 「太田正治。1952年、東京都大田区生まれ。大田区立大森第一小学校、麻布中学校・高等学校を経て法政大学法学部に入学。当時学内で発生していた大規模な学園闘争に参加。それが理由となり1973年退学。後に離散していた赤軍一派を野尻聡子、的場(まとば)源清(げんせい)らとともに統合。1976年に設立した日本人民解放戦線の中心人物となる。この後主要メンバーは1979年、中華人民共和国、北朝鮮を経由して革命直後のイランに亡命。高等軍事訓練を受けた後各地の反米・反日活動に加担。1999年の公安警察官宅連続襲撃事件、及び多数の死傷者を出した2002年の連続レジャー施設爆破事件の首謀者として日本国政府が国際指名手配」

 茅ヶ崎は片手に持った資料を読み上げる。警視庁公安部公安一・二課、外事二・三課からの情報をまとめて作り上げたものだ。実は余罪はいくらでもある。しかしそれは海外でのテロ活動なので手も足も出ない状況だ。ただ、法の裁きとなれば殺人、騒乱、未成年者略取は確定。状況さえ整ったならば内乱、若しくはその未遂、破壊活動防止法違反も適応されうる。

 「これだけの罪をよく重ねたものだな」

 「我らが正義のためだ!」

 「散々重要情報を保身のためにしゃべっておきながら減らず口が訊けるだけの気力はあるか。だがそのような話題より聞きたいものは山ほどあるのでな……。公安警察官宅連続襲撃事件の時どうやって公安警察官の家を特定した!答えろ!」

 茅ヶ崎は両手で太田の襟をつかむ。

 「単純だよ。スパイさ。公安にスパイがいるんだよ」

 「誰だ!答えろ!」

 怒声が響く。

 「知らない」

 「ふざけるな!」

 掴んだ襟を揺さぶる。

 「本当に知らない!」

 「指がもう一つなくならないと素直になれないらしいな」

 「ホントウだ!本当なんだ!」

 涙声の太田を茅ヶ崎は床に叩き付ける。

 「チッ。所詮役立たずな駒でしかなかったか……!」


 そう、それは1999年の八月四日だった。ちょうど赤軍派の大物に実刑判決が出た一週間後だった。私は当時水面下で進んでいた公安警察の組織構造刷新――公安調査庁と警察庁警備部にまたがる複雑な組織の単純化に警視庁公安部の代表者として活動していた。その日はちょうど一課のオフィスに戻って普段の業務をやっていた。そんな時だった。珍しく公安一課の電話が警察庁警備部以外からの電話で鳴ったのだ。東京消防庁から、私に向けて、火事があったという電話。

 家が、燃えていた。

 警察と消防の調べで身元不明の遺体が二つ上がった。死因は火災によるものではないことはすぐにわかった。銃創が遺体に確認された。DNAと発見された場所から妻と一人娘であることがわかった。当初は犯人の目的も動機も素性も不明だった。

 だが、すぐにその素性、動機、目的のすべてが判明した。第二の事件の発生である。今度は公安二課の刑事の家が狙われ、仕事中の本人以外の家族全員が死亡。手口もほぼ同じ。それから同様の事件が十四件発生した。死者三四人。負傷者五人の大規模テロ。

 そして犯行声明が流れた。日本人民解放戦線による公安警察に対する報復。彼らの要求は警察、公安調査庁、自衛隊、経団連会員企業の即時解体。日米安全保障条約の即時破棄。そして自民党党員、高級官僚の即時自害であった。この不可能な要求を二か月以内に履行しなければ大規模なテロを起こすと宣言した。

 要求から見られたのは既得権益の解体、そして既存の権力構造の破壊と新しい権力構造の創造。旧赤軍系組織が国外脱出後弱体化して以来の最大最悪の政治闘争。絶対起こりえないとまでされた差別型大規模テロ。

 オウム真理教事件以来の緊急配備。今まで名前と幹部以外不明確だった日本人民解放戦線という存在を資料の整理と大規模追跡を駆使し四十五日で実態をつかみ、国内拠点を各地警察のSAT、SIT、銃器対策部隊、機動隊などが同時多発的に急襲、壊滅させる日本史上最大のカウンターテロ作戦『カトレア作業』が立案され実行された。結果は成功。凶器準備集合・結集罪、公務執行妨害、殺人、及びその未遂、傷害、銃刀法違反で構成員307人が逮捕、159人が銃器で攻撃したために射殺され439人が指名手配、幹部6人が特別指名手配された。警察側は20名が殉職、144名が負傷した。

 その特別手配犯6人のうちの一人が太田正治だった。

 その日から日本の公安警察は変わった。テロを起こす前にテロリストを絶滅させる超攻性の作戦部門を公安調査庁に設立することが決まった。公安調査庁特別捜査部特殊作戦一課。今の庶務十三課の前身の一つだ。

 そして私も変わった。人から、復讐の鬼へと。


 「貴様ぁ、何を言っているんだ。私は私の意思でテロを決行した」

 「そんなことを言うほどの体力はあるか」

 茅ヶ崎はぎろり、と太田に視線を向ける。

 「そのような目で私を見るな!権力の狗が!!」

 「貴様の英雄気取りのテロで、何人の人間が死んだかわかっているのか!」

 襟をつかみ太田を床から引きずりあげる。

 「革命には人死には必要だ」

 「革命の名の下に自分の気に入らない人間を虐殺しただけだ!」

 にやりと笑う太田に茅ヶ崎は怒鳴る。

 「米帝の思想に改造された愚かな民衆の目を覚ますためだ」

 「その愚かな民衆のほうが国家のためになっていたという事実を受け入れたくなかったからテロを起こした。違うか!!」

 茅ヶ崎は更に語気を強くする。

 「所詮、米帝のために働いている人材など、生きている価値なぞ存在しないのだよ。それが女子供であってもなぁ!」

 茅ヶ崎は戦慄した。独善的な太田の姿に。


 彼らの起こした第二の重大事件が2002年のレジャー施設連続爆破事件である。関東を中心とした日本各地の大型遊園地に多数の爆弾を仕掛け、予告なしでいきなり爆破するというテロを決行したものだった。事件当初から反米・反日団体が行った事は明白だったが、すぐに各メディアに犯行声明が届き日本人民解放戦線によるものであることが確定し、厳戒態勢が敷かれたのだ。

 ちょうどこの時期、アフガニスタン紛争に日本政府はテロ対策特別措置法に基づく自衛隊によるNATOに対する支援を行っていたこともあり、大規模な政治紛争にまで発展した。

 同時に警視庁をはじめとする各都道府県警察本部に対する爆弾テロ未遂や、警察庁長官や都知事あてに小包爆弾が送り付けられるなどの事件が発生。愉快犯、模倣犯も発生し公安警察は一年以上にわたって警戒を解けない事態に陥った。

 そして何よりも十三課に関係しているのは、この事件の遺族が『神山健二』こと『日向(ひなた)(まこと)』であることだった。事件直後、特別捜査部特殊作戦一課から改組してまもない庶務十三課が彼を保護したのだ。その後彼は過酷な訓練を自らの意思で受けてきた。彼は、まだこの男と対面していない。


 「所詮、イランや中国の掌の上で踊らされていただけだろう」

 「せいぜいそう思っていればいいさ」

 「武田。あとは任せた」

 そう言い残すと茅ヶ崎は外へ出て行った。


      *************


 「君には守秘義務が課せられる」

 茅ヶ崎は紀伊幸太郎の病室に来ていた。様々な説明と『とある要件』について聞きたかったからだ。

 「それくらい覚悟しています」

 「物わかりがよくて助かるよ。我々のことは暴露しないでもらいたい。詳しい人員に関しても自衛隊員としておいてくれ。あと太田正治は死んだことにしておいてくれ。それ以外は基本的に大丈夫だ。君には分別があるだろう。あと当面の間、神山たち以外の課員も近接護衛に着く」

 茅ヶ崎は一呼吸置くと

 「それにしても」

 話を『とある要件』に切り替えた。

 「君の戦闘能力はどうしてそこまで高いのかね」

 「狂気に満ちているとか、精神病患者だとか言いませんよね」

 静かに幸太郎は言う。

 「言わないとも」

 茅ヶ崎は情動なく静かに答える。

 「なら安心して言えます」

 幸太郎もまた同じく情動なく返す。

 「私の心の中には『悪魔』が巣くっています。その力を貸してもらっただけです」

 「どのような存在かね。その…悪魔は」

 「声は、女とも男ともつかない重苦しそうな声。姿は…幼い少女…でしょうか。まだ成長が不完全な」

 「ふむ……」

 「私が考えるに、『奴』は私の心の奥底にある闘争本能と暴力性、凶暴性を純粋に培養したようなものなのではないかと思うんです」

 「まるで他人事だな。自分自身のことなのに」

 「自分は『自分自身』に気付けなかったんです。いつも他人にやさしく、自分を律して。そんなふうにして生活して自分を見失った、哀れなヒトです」

 幸太郎の瞳は遠くを見ていた。

 「他人とは話し合えば分かり合える。小学校のころの道徳の授業で散々言われることです。実際は違った。話し合いの席に着く前に相手を力で叩き潰して服従させてしまえばいいのですから」

 「それで?」

 「中学の三年間、ずっとサンドバックだったわけです。靴や筆入れが大便器に投げ込まれ、授業中も妨害され、それに反撃できなかった。自分が人を殴ることが許せなかった。そんな中学三年の夏休みの登校日、自分をリンチしようとした連中を全員返り討ちにした。この時気が付いたんです。自分の知らない『自分』がいることに」

 「なるほど」

 小さく頷くと茅ヶ崎は言葉を紡いだ。

 「君と私はよく似ているよ。心に闇を抱えている」

 「……あなたに何がわかるんですか」

 幸太郎は訝しげに茅ヶ崎を見る

 「1999年の公安警察官宅連続襲撃事件。君なら知っているだろう」

 幸太郎には思い当たるモノがあった。本で読んだだけであるが、その後のテロリスト掃討作戦で多数の死傷者が出た事件だ。

 「私はその遺族だ。事件以来ずっと太田を追っていた」

 「そう…だったんですか」

 「君も私も、特定の敵をずっと忘れられないのだろう。私とそこまで変わらないよ」

 茅ヶ崎は自嘲的に笑う。

 「……そうでしょうか」

 「まあ、辛いのなら相談をすることが重要だ。相談できないと、私のように、復讐に人生をささげることになってしまう」

 一呼吸置くと茅ヶ崎は幸太郎に向き直った。

 「君の協力のおかげで我々の追っていたテロリストを捕らえることができた。感謝しているよ」

 そういうと茅ヶ崎は椅子から立ち上がり小さく礼をして病室を出た。


      *************


 「ただいま帰りました」

 玄関を開けると家に帰ってきたんだと実感した。薔薇の大きな鉢植えが並んでいる風景は自分の見慣れた光景だ。ただ若干、ほんの若干荒れているように見えた。

 「幸太郎!帰ってきたのね!」

 母は目を潤ませている。今日帰ってくることはわかりきっているはずだ。父さんを差し向けたのに。

 「悠はもう少しかかるんだそうだ」

 父はそう状況を説明した。誘拐などの犯罪は心的外傷後(PT)ストレス障害(SD)を誘発しがちだ。十分なカウンセリングが必要だということはよく知っている。

 「それにしてもマスコミの嗅覚ってすごいんだな。どうやって嗅ぎつけたんだ?」

 「事件の翌日からよ。ずっと悠の帰りを待っているみたい。まるでプライベートを盗み見られているみたいよ……」

 母のストレスは限界寸前らしかった。そりゃあれだけのカメラがこの家に向いていたら、家の外観から下着の色まで監視されているような気分になるだろう。

 「弁護士呼んでマスコミ全社に訴訟して一攫千金コースとかどう?」

 「冗談言わないで!」

 ちょっと軽い雰囲気で提案してみたが、母は怒りだしてしまった。

 「そう怒るな…。幸太郎の言うことも一理ある。マスコミをプライバシーの侵害で訴えてみたらいいかもしれない」

 こういう時に父が役立つ。俺の言ったことにちょうどいい具合に補足を入れてくれる。

 「弁護士の費用がバカにならないことぐらい、二人ともわかってるでしょ」

 「わかっているさ…。でも!」

 父はそういって黙り込んでしまった。

 マスコミの『報道の自由』を盾にした人権侵害級の報道姿勢は噂には聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。入院中に読んだ新聞、見たテレビは犯人グループよりも被害者――つまり俺や河合の家族に焦点を当てていた。太田の関与したテロに関する報道は軽く流し、連日テレビに両親や慎二が引っ張りだされていたのを画面で見てきた。まるで拷問だ。レポーターは拷問官でマイクとカメラは拷問器具。そうとしか思えない。

 今後、悠のリハビリに大きな問題を作るのも確実だ。PTSDの治療にはデブリーフィング――トラウマ体験について語らせることは禁忌(タブー)とされている。本人が自発的に言うのならばいいのだが、マスコミが質問攻めにする光景がありありと目に浮かぶ。それは確実に悠の心に大きく深い傷をつけてしまう。それだけは何としても避けたかった。

 だんだんと苛立ちが激しくなってきた。

 「ニュースの時間は午後4時頃が一番盛んだよな」

 母に確認する。

 「そうよ、大体それぐらいの時間にカメラや記者が来るわ……」

 「今日は俺が矢面に立つ」

 決心をして言う。

 「貴方はまだ子供よ!」

 「俺より幼稚なコメンテーターや番組制作屋どもに文句を言うだけだ。事件の当事者だから喰い付かざるを得ないさ。それに俺のコメントも欲しがってるだろ。遅かれ早かれカメラの前に引きずり出されることになる」

 俺にはとある算段があった。公権力に訴える方法だ。


      *************


 「あ!見てください!犯人グループとの交渉役となった紀伊幸太郎君が姿を現しました!ついに、当事者によって事件の全貌が明らかにされようとしています!」

 多くのレポーターや記者が腐肉に集る蠅のように群がってきた。

 「今回の事件に関して教えていただけませんでしょうか!」

 「早くしてくれ!」

 集った蠅どもはがやがやと(かしま)しくしている。

 「……貴様らはグルメレポートの取材でもしていろ!」

 「え?」

 「貴様らにジャーナリズムを名乗る資格はない!なんだよ!あの報道!」

 思っていたことを言葉にしてぶつける。

 「なんで俺たちの家族のことばかり取り上げるんだよ!」

 より感情を込めて声に出す。

 「テロリスト連中の今までの犯歴に関する取材もそこそこに、俺たちを悲劇の主人公にして、さらし者にして、視聴率稼ごうとしてるのか?!奴は、太田正治って虐殺犯は、笑って人を殺していたよ。貴様等も同じになる!心的外傷を持った人間が今後すぐに来るんだ。貴様らイエロー・ジャーナリズムがいたら神経をすり減らすんだよ!自殺に追い込まれるんだよ!!安らかな、静かな、安心できる環境に戻せ!!メディア・リンチって言葉を知らないって言わせないぞ!蛆虫(うじむし)どもが!!」

 「なにをぉ!子供が!」

 「ああ!所詮ガキだ!それが何か問題か!」

 ヤジを飛ばした記者の言葉に返す。

 「ガキに説教されるマスコミはなんなんだ!ガキ以下じゃねぇか!」

 語気を強めて叫ぶ。

 「さぁ!帰った帰った!俺は交渉役をした諸々の事情で守秘義務があるんだ!秘密だらけなんだよ!敵が襲ってくるかもしれないんだよ!取材するなら警察とかもっと違うところを当たれ!」

 「そういうことです。早く解散しないと貴方たち全員を道路交通法違反の現行犯で逮捕します」

 背後からスーツ姿の男たちが接近してきた。全員サングラスをしている。

 「誰だ貴様!」

 記者の言葉に返すように黒革張りの身分証を掲げる。

 「公安調査庁特別捜査部です。先ほど本人の言った通り紀伊幸太郎、及びその周辺人物に対しての取材は公安調査庁・警察庁・国家公安委員会・警視庁公安部の取り決めにより機密保持と身辺の安全の保障のために今後一切禁止とさせていただきます。命令です」

 「公権横暴!」

 「公安は何か不都合を隠しているのか!」

 「報道の自由の侵害だ!」

 「マス・メディアを舐めるな!」

 ついに記者の一人が捜査官の一人を小突いた。

 「四月十九日、午後四時二十一分。公務執行妨害の現行犯で逮捕」

 捜査員は時計を読み上げると小突いた記者の手をひねりあげ手錠をかける。

 「不当逮捕だ!不当逮捕の瞬間だ!」

 記者は絶叫する。平穏からは程遠い光景が広がっている。


 幸太郎の望んだ平穏はそれから程無くして返ってきた。


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