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6th mission phase-3 形勢逆転

戦闘は終結に向かう。

 現れた河合さんはなぜか捕まった時のパンキッシュな服ではなくレースとフリル、リボンをふんだんに使ったワンピースとブラウスといった少女らしさを過剰にアピールするような服を着ていた。髪にはリボンも見える。

 「河合、なんでロリータ服なんて着てるんだよ!そんなひらひらした服着るような性格じゃないだろ!」

 幸太郎が怒鳴るが、河合さんは無表情にこちらを見ている。

 瞳の奥に光が見えない。

 両手には黒い塊が見える。拳銃だ。外観からしてBeretta(ベレッタ) M92シリーズ。旧東側系装備で固めている中では特に異質だ。

 「おい!下僕が偉そうにするなってなんで言わないんだ!」

 幸太郎は拳銃を突きつけながら問答を続ける。

 「無駄だ、クソガキ。こいつはもう我々の人形だ!我々の命令を忠実に実行する操り人形だ!」

 発砲したかった。だが、首謀者・太田を生け捕りにすることが命令では迂闊(うかつ)に撃てない。

 「では、命令しよう。ここにいる敵を排除しろ!」

 「わかりました」

 抑揚(よくよう)のない声で河合さんが返答すると、ふわりとフリルやリボンが流れる。

 一見動きにくそうな服からは想像できない、恐ろしいスピードで突進してくる。

 「殺す! 」

 小さく河合さんが(つぶや)く。至近距離で銃口が幸太郎に向く。

 「河合さん!ダメェッッ!」

 美里の絶叫が響く。


 ダダンッ


 河合さんが両手に握っているM92が火を噴く。寸でのところで幸太郎はかわす。

 「河合!今直ぐそんなもの捨てろ!」

 幸太郎は必死の説得を続ける。くるりと反転しこちらに銃口を向け発砲する。

 「河合さん……なんで……なんで………」

 動けそうにない美里を引きずりいったん逃げる。

 「ふはははははっ!」

 「貴様!」

 P90を構えて太田に発砲しようとする。が射線上に河合さんが躍り出る。

 「こいつは私の矛であり盾だ。せいぜい苦戦していろ」

 河合さんはこちらに容赦なく発砲する。急いで物陰に隠れる。

 すぐに太田は駆け出し何処かへと消えていった。

 「ちっ!前衛(ヴィクター)(ツー)より全前衛(オール・ヴィクター)へ。目標(タンゴ)は逃走。現在人質と交戦中!」

 『こちら前衛先導(ヴィクター・リーダー)。人質と交戦とはどういうことだ』

 「人質の一人がマインド・コントロールされた模様。現在K・K(キロ・キロ)と交戦中」

 『了解。これよりその人質を敵特殊(エコー・エクストラ)と呼称する。持ちこたえてくれ。(エコー)残存勢力が大規模な防衛線を構築して突破に時間が掛かる。あと少しだ』

 「了解!」

 幸太郎はギリギリのところで避けている。これで持つか不安だ。第一、増援が来ても戦うのが人質だ。殺害だけは避けなくてはならない。

 絶望的な状況の打開策は見つからなかった。


      *************


 「河合!貴様は下僕を忘れたのか!」

 叫びに河合は答えない。銃口は俺を狙う。射線上に入らないように動き続ける。

 接近して、左拳で渾身(こんしん)の一撃を加える。が、命中した感触がない。服自体が体の影を少し大きくしているのだ。すぐに離脱し遮蔽物になるコンテナの影に隠れる。

 丈が長く装飾の多いスカートでここまで高速で動くとなると警察が瞬殺されたのもよくわかる。銃撃で致命傷を与えないことが重要な警察の銃撃では手足を狙うが、正確な輪郭が見えないとなれば意味をなさない。

 拳銃を左手に持ち替えてタイミングをうかがう。神山が牽制(けんせい)射撃をする。河合の意識が神山のほうに向く。いっきに飛び出て右拳を鳩尾(みぞおち)に叩き込もうとする。ひらりとかわされ銃撃が返ってくる。そのまま駆け出し銃撃をかわす。牽制で一発拳銃を撃つ。コンクリートの床との跳弾(ちょうだん)の音が響く。

 「神山!霧谷!太田を追え!」

 遮蔽物(しゃへいぶつ)に隠れながら精一杯怒鳴る。

 「でもそんなことしたら」

 神山は躊躇(ちゅうちょ)する。

 「ここは俺が食い止める。河合の暴走を止めるのが俺の仕事だ。急いで追え!奴をぶちのめすために!」

 「……わかった。前衛2はこれより目標(タンゴ)を追跡する。美里、一緒についてこい」


 『前衛先導了解。あと少しでそちらに着く。敵特殊への対処は任せておけ』

 「頼みます」

 精神的な落ち着きを取り戻した美里に合図し、急いで太田の進んだ通路へと向かう。

 奥へ奥へと進むと、最初に手渡された間取り図にない下り階段が現れた。

 「どういうことだ……」

 とってつけたようなものではない、初めから作られていたような階段。

 「前衛2より全前衛へ。当初の間取り図にない階段を発見した。目標はこの階段を使って逃亡したと思われます」

 『報告ありがとう。こちらも前衛3と4をそちらに向かわせる』

 「え?!どういうことですか」

 予想外の返事に思わず理由を問う。

 『K・Kは敵特殊と近接格闘銃撃戦を行っている。加勢するとどちらかに致命傷を与える可能性がある。それよりも目標を確保したほうが手っ取り早い。早く捕まえて尋問しろ』

 「了解」

 そう答えると、神山と霧谷はゆっくりと階段を下って行った。


 河合は両手の拳銃を互い違いに発砲する。M92のマガジンの装弾数は十五発。もうそろそろ弾切れのはずだ。

 河合が右手の拳銃を3発連続で撃つとスライドが後ろで止まる。スライドオープン――弾切れだ。二丁拳銃ではマガジンの交換は困難を極める。右側に隙が生まれるはずだ。どうにかして3発を回避すると左手のP230JPの銃撃で牽制して河合の右側から接近して右拳を構える。

 だが、予想は(くつがえ)った。フリルや装飾でごまかされていたが、服にはソフトホルスターが存在した。河合は右手のM92のマガジンキャッチボタンを押してマガジンを自由落下に任せて取り外す。拳銃本体をホルスターに収め、空いた右手で隠されたマガジンを探り出し取り出すとマガジンをグリップに押し込み本体をホルスターから抜き出しスライドストップを落としスライドを前進させる。チャキリという金属音が響く。約二秒でマガジンが交換されたのだ。

 ふわりとリボンが舞い、拳銃の銃口がこちらに向く。前方向に十分な慣性が付く中、右足を沈め左に跳ぶ。さっきまでいた空間に弾丸が通過する。そのままの勢いで距離をとって右足を軸に反転する。

 「ちっ!間が悪すぎる!」

 小さく毒づく。またマガジンが床に転がる音とスライドの戻る音がした。今度は左手だろう。何本のマガジンを持っているかは知らないが、圧倒的脅威であることだけは確かだ。

 するとどこからともなく銃声が聞こえた。河合は応戦するために拳銃を撃つ。こちらに背を向けている。再度加速して背後からとびかかり武装解除を試みるがすぐに気づかれこちらに左の銃口が向く。マズルフラッシュが煌く。ほとんど(めくら)撃ちなのでこちらには当たっていないが、近づけない。ステップを踏んで銃撃をかわすと背後に跳んで遮蔽物に隠れる。河合の持っている拳銃に当ててみようと拳銃を撃つ。が、太田の人差し指とは違い対象は結構動くうえに距離も大きい。まるで当たらない。

 「やっぱり当たらない!」

 拳銃を諦めて再度、突撃することを考える。河合は距離をとるために奥へと走り出す。通路に出て河合を追う。凝った形の重たそうな服で俊敏(しゅんびん)に動くとなると、本当に人間なのかとも思う。靴も走りにくそうだ。いや、だからこそ奇襲戦を仕掛けた警察が全滅したのかもしれない。警察の突発的な事態に対処する能力は極端に低い。フリフリの服を着たテロリストを見て呆気に囚われたのだろう。

 不意に走っていた河合は制動を掛けつつ体の向きを反転し、コサックダンスの途中で止まったかのような低い姿勢で拳銃を発砲してくる。全弾かわして牽制の銃撃を加える。ついにP230の残弾はゼロだ。左手の物陰にいったん隠れた後、マガジンに一縷の望みを託したが空であることを如実(にょじつ)に表している。マガジンを戻し、拳銃をポケットに戻すとブースの一つ向こうまで走る。そのまま減速せずに右折して走る。河合の横から飛びつこうと考えた。彼女の注意はそのほとんどを先ほどから牽制射撃を行っている人物に取られているようだ。

 河合の真横の通路に出ると今までにないほどのスピードで彼女に肉薄する。足音で気づかれたがもう遅い。右手の拳銃の銃口がこちらに向く。銃撃をひらりとかわし、さらに一息で距離を詰める。若干混乱していることがわかる。左足を軸にし、回し蹴りを河合の右手にお見舞いする。拳銃は弾き飛ばされる。一瞬視野に左手の拳銃が見える。左脚を沈め、勢いの衰えていない右脚で地面を後ろに蹴る。さっきまでいた空間に何発もの銃弾が通過する。河合から叩き落とした拳銃を奪おうとする。が、河合のほうが頭一つ早い。目の前のM92は視界から消え、河合の右掌に再びおさまっていた。両手からの銃撃を両脚での跳躍(ちょうやく)で回避する。両足を広げ踏ん張り、右手を床に着けバランスを保つ。慣性を摩擦で殺し、拳銃の銃口を注視する。銃口がこちらを捉えた瞬間、右脚に力を込め射線から外れるように河合に向けて全力で突進する。視界いっぱいに河合の胴体を捉えると、右拳を突き出す。こちらから見て右にかわされると右足を軸に後ろ回し蹴りを叩き込む。左腕でガードされたがすぐに河合を踏み台にし、駆けて少し距離をとる。よろけた河合に再度攻勢をかける。河合が振り返る前に至近距離に近づく。鳩尾に拳をたたき込もうとかまえる。が、河合は膝蹴りをたたき込んだ。直撃しよろける。銃口がこちらを捉える。脚に渾身の力を込め射線から逃れようと後ろに跳ぶ。遮蔽物の陰に隠れ策を練る。このままでは『能力』の限界が来るまでに河合を止めることはできない。そうなれば死ぬだけだ。

 そのとき

 「坊主」

 背後から声が聞こえた。

 「あんた誰だ」

 声の主に銃を突きつけ問う。はったりだが効果はゼロではない。

 「簡単に言えば神山の上司だ。今は、長話は無しだ。とりあえず君にこれを託す。」

 手渡されたのは金属製の筒。全面オリーブドラブ色に塗装され、ペンキで文字が書かれているそれは、金属製の丸と三角のリングが付いている。

 「手榴弾!?」

 「M84スタングレネード、閃光音響手榴弾だ。使い方はリングを二つとも引き抜いて投げろ。使いたいときに使え」

 簡単な説明で大体の意味は分かった。いくら圧倒的な能力を持っていたとしても、視覚と聴覚を失ってしまったら何もできない。これで身動きを封じて倒せという事だろう。

 コツン、コツンと足音が響く。運動に適さない靴に使われる固い靴底が固い床にぶつかる音。距離が手に取るようにわかる。発砲の音が何回か続くとカランと固く軽いものが床にぶつかる音がした。スライドの戻る音がしたことでマガジンの交換であったことがわかる。

 この距離ならタイミングは一度のみ。それを逃したらどちらかは死ぬことになる。

 河合がさらにコツンと一歩踏み出した瞬間、彼女の目の前に筒が飛び出す。両手の拳銃を向けると鼓膜を突き破らんとする強烈な音とカッと強烈な閃光が河合に襲いかかる。目の前が真っ白に塗りつぶされ、耳を甲高い音が支配する。

 幸太郎は河合の目の前に躍り出る。右脚で床を強く蹴り間合いを詰める。

 「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 恐怖を振り切り、気合を入れるために絶叫する。絶対大丈夫な間合い。さっきとは違い河合は全く反応しない。勢いよく突き出した右拳が河合の鳩尾に突き刺さる。

 「かはっ!」

 河合の目は見開かれ、肺から空気が吐き出される。手がだらりと垂れさがる。握っていた拳銃を落す。目蓋(まぶた)が下りる。気を失ったらしい。

 「はぁ…はぁっ…っはぁ……はぁ…」

 自分の息が上がっていることに気が付く。極限状態からの解放でへたり込む。

 「大丈夫か!?」

 神山の上司と名乗った男が問いかけている。拳銃を解体しなければ。そう思って床に落ちているM92のうち右手に持っていた一丁を手に取る。スライドを何回も引き未使用の弾を一発ずつ抜く。最後の一発が抜かれるとスライドは前に戻らなくなる。スライドストップを下げスライドを戻すとマガジンキャッチボタンを押してマガジンを引き抜く。テイクダウンレバーを90度回しスライドをフレームから前方に滑らせて外す。スライド側を手に取りスプリングガイドを外し放り投げる。バレルを取り外しスプリングガイドとは別の方向に投げる。残ったスライドもまた違う方向へ投げた。こうすれば簡単に組みなおせないだろう。もう一丁はマガジンを抜き残弾を確認すると十四発残っている。カーゴパンツのポケットに入れる。弾数の面で問題はない。今まで使っていたP230JPの二倍近い装弾数があるのだ。チャンバーに一発あるとすればこの銃は、さっきマガジンを取り換えたばかりの銃であることがわかる。さっき解体したほうは残弾がずっと少なかった。やはり右側だけを解体して正解だった。

 「どうするつもりだ」

 息を整えて立ち上がった俺に男は問いかけてきた。

 「神山と霧谷の援護に向かいます」

 「そっちには我々の別動隊が向かっている。それに、この娘と妹さんを放ってはいけないだろう。神山と霧谷のことは我々に任せておけ」

 男は89式小銃を構えなおして神山たちの進んだ通路を見つめる。幸太郎も戦うほどの体力が残っていないことを薄々感じていた。

 「89式。日本政府の機関か」

 89式は日本国内の政府調達専用機材(ガバメント・モデル)である。武器禁輸原則で他国にはわたっていないはずだし、豊和工業にはメカニズムを流用した製品も存在しない。特徴的な放熱孔の開いた前後で材質が違うハンドガード。AR15よりコンパクトな印象を与える機関部。マズルのコンペンセイターには側面に三対の穴が開いている。どこをどう見ても、他にはない特徴がみられる。ふと視界が()らぐ。

 「『能力』……使い…すぎた……かな…」

 意識がゆっくりと遠のいていくのがわかった。抗いがたい感覚に幸太郎は身をゆだねざるを得なかった。

 次の瞬間、幸太郎は崩れ落ちるように倒れた。


      *************


 階段を下って一直線の細い通路を通る。大分進んで狭い空間の先に上りの階段が見えてきた。甲高い音が響いている。

 「前衛2から全前衛へ。ついてきているか?」

 『こちら前衛3。何も問題はない』

 『こちら前衛4。同じく』

 返答を聞くと背後から光が漏れていることに気が付く。前衛3と4が健在であることがわかる。

 「前衛2から前衛先導へ。出口が見えてきた。指示を乞う」

 『前衛先導から前衛2へ。前衛3と4に合流後外に出ろ』

 「前衛2了解」

 すると肩を叩かれた。前衛3と4の人員だ。

 「こちら前衛3。前衛2と合流しました。前衛4もいっしょです」

 『前衛先導から全前衛へ。合流後の外へ出るタイミングはそちらに一任する』

 「前衛3了解」

 脱出は可能な限り一斉に出るほうがいい。誰かが安全確認をしなくてはならないのが問題だ。

 「俺が安全確認をしよう」

 前衛4の御手洗(みたらい)が申告する。

 「わかった」

 前衛3の井口(いぐち)が行動を認める。

 御手洗は階段を静かに上り、目から上だけを出して周辺を確認する。

 御手洗からのハンドサインだ。敵がいないことを伝えている。

 全員が静かに階段を上り、すぐに突撃できる手はずを整える。

 「突撃」

 井口の号令とともに全員が階段を駆け上る。銃口の向きを視線と連動させながら警戒する。甲高い音の原因はヘリコプターだった。ロシア・ミル社製Mi‐17(ヒップ・H)である。だが様子が変だ。暖機運転なのに一向に動こうとしない。

 「太田。もう逃げ場はないぞ!」

 井口が吠える。ゆっくりとヒップHに近づいていく。

 「チッ。なぜここに先回りできた!?」

 太田の声が聞こえる。

 「貴様の思惑などすべてお見通しだ」

 何故だ。なぜ課長の声が聞こえるんだ。

 ヘリコプターの裏側に回り込むと太田に対して課長が拳銃――課長用の護身用及び装飾用として使われているBeretta M3032――通称トムキャットを片手で突きつけていた。

 「国内での登録のないヘリコプターが極秘裏に運ばれていたことぐらい簡単にわかる」

 課長は無表情のまま近づく。

 「ミル大型ヘリコプターをばれずに国内へ持ち込むことが出来るわけがないことすら分からなかった君たちの負けだ。おとなしく降参しろ」

 「……くふふっ。クフハハハハハッ!」

 太田はいきなり笑い出す。

 「それで勝ったつもりかぁ!?こっちには最終兵器があるんだよぉ!」

 次の瞬間、遠くからけたたましいヘリの羽音が聞こえてきた。

 「世の中にはすごい奴等がいるんだ。我々のバックにいる奴等とかなぁ!」

 ヘリの羽音はますます近くなり、ついに種類が判別できる距離にまで接近していた。

 「そんな」

 その影は十分驚くべきものであった。

 「見て驚け!これが『最終兵器』!ハインド・ヘリだ!」

 禍々(まがまが)しい曲面キャノピーによる分割式タンデム構造。大柄な胴体にヘリとしては特大の固定翼。ある程度知識があれば判別できるミル社製大型強襲ヘリMi‐24(ハインド)シリーズである。だがオリジナルのハインドとは違いコクピット周辺に角のついた追加部位、機首には球状センサーと長く目立つ砲身が見られる。だとすれば世界でもアルジェリアしか配備していない南アフリカ製Mi‐24/35(スーパー・ハインド) MkⅢ以外考えられない。夜に溶け込む闇色の機体は悪魔の(しもべ)たる怪物を想起させる。

 ノーマルのハインドですら十分な戦闘能力を有するのにスーパー・ハインドはさらなる強化がなされている。十分な装甲があるとなるとキャノピーを大口径の狙撃銃で突破するしかない。

 「形勢逆転だ!」

 太田が空に向けて叫ぶ。

 砲口がこちらを舐め回すように見る。

 次の瞬間、嵐のような強烈な音が響く。機関砲が火を噴く。純正の20ミリではなくサードパーティの12.7ミリ機関銃が自分たちを殺しにかかっている。その場にいた前衛が散り散りになる。それぞれがヘリに発砲するが装甲板はびくともしない。ただただ跳弾の音が響く。固定翼のB‐8V20ロケット砲からS‐7ロケット弾が発射される。このままではなぶり殺しだ。

 『前衛3より全狙撃(オール・シエラ)へ!ハインドのキャノピーを狙撃できるか!?』

 井口が狙撃班に確認する。

 『狙撃1より前衛先導へ!不可(ネガティブ)!こちらから視認できない!捕捉できないんだ!』

 『狙撃2より前衛先導へ!こちらも同じだ!』

 不可の返答に状況は一変する。対処できない。そのことが余計事態を悪化させていた。大地を蹂躙する巨大な蜂は空間を縦横無尽に動く。

 無駄な足掻きとわかっているが各個人の武装で応戦する。機体に跳弾の火花が散っている。

 「殺せ殺せぇ!焼き払えぇ!」

 太田の声に呼応するようにハインドは猛攻をかける。

 対歩兵パッケージのGUV‐8700ガンポッドが弾幕を張る。榴弾(グレネード)が炸裂し、7.62ミリと12.7ミリの徹甲弾が地面を穿つ。

 「弾幕シューティングかよっ!」

 前衛4の湯浅(ゆあさ)が毒づきながら89式小銃を連射する。

 「5.56ミリじゃパンチ力が足らない!」

 前衛3の明石(あかし)がぼやきながらミニミ機関銃で弾丸をたたき込む。だがまるでダメージがない。このままでは、殺される。

 「対物ライフルを持ってくるべきだった!」

 御手洗も89式小銃を連射する。

 「上の方の奴等にRPGなりSAMなりを届けてもらうしかないな!」

 井口の言葉には同意したいが、届くまで生き残れるかが問題だ。

 気が付くとハインドの砲口とセンサーはこちらに向いていた。死を覚悟し諦めかけたその時、


 シュゥゥゥゥゥンドォォン!!


 高圧ガスの噴射音と爆薬の炸裂音が響く。こちらを睨んでいたスーパー・ハインドは赤々と炎を(とも)して高度を下げていく。全員が呆気にとられる。ふらつきながら不時着を試みていたが二回目の爆発で行動不能に陥ったらしく胴体を回転させながら地面に近づき、大地にローターと胴体を叩き付け停止した。

 こちら側を見ているもの、その影はすぐに表れた。川崎重工OH‐1(ニンジャ)とベル・ヘリコプターAH‐1S(コブラ)だ。

 「陸上自衛隊!?」

 「ナイスタイミング!」

 得られた結論は単純だった。ニンジャとコブラを両方有している世界唯一の組織、それは陸上自衛隊だ。だとしたら県警があきらめて自衛隊に対応を頼んだのだろうか。

 「形勢逆転だな」

 皮肉めいた口調で課長は呟く。

 その言葉を聞いて膝から崩れ落ちた太田にその場にいる前衛すべてが駆け寄り明石と湯浅が猿轡(さるぐつわ)とタイラップを施し拘束する。

 「前衛3から前衛先導へ。目標の拘束を確認」

 『了解。救急車を呼んだ。被害者とK・Kを病院に救急搬送したい。援護求む』

 「前衛2了解」

 神山は無線に返答すると元来た道を走って(さかのぼ)るのだった。


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