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【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

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9/10

第9話 フィールドテスト

 次に目を開けた時には、部屋の空気がほんのりぬるかった。


 カーテンの隙間から差し込む光は、さっきよりずっと強い。

 スマホを見ると、画面には「14:12」の数字。


(ガッツリ昼じゃん……)


《睡眠時間、約四時間二十三分》


(ぜんぜん寝れてないじゃん)


 身体は鉛みたいに重いのに、頭のどこかだけが妙に冴えている。

 シャドウドッグ戦と、六畳一間カミングアウト会議のせいだ。


 上半身を起こすと、出汁と醤油の匂いが鼻をくすぐった。


「……なんですかこの、人間の住処みたいな匂い」


「ほめ言葉として受け取っておく」


 キッチンでは、ミサキがジャージ姿のままフライパンを振っていた。

 テーブルには白米と味噌汁、焼き鮭と卵焼き。


「え、ちゃんとした昼飯だ……?」


「徹夜明けにカップ麺はやばいでしょ。こっちもお腹空いたし」


「白神さんって、意外と家庭力高いですよね?」


「生活力と言え。……その前に、健康チェック」


「ですよねー」



 テーブルの上に、小さな機械が並んだ。


 体温計と、腕に巻く簡易血圧計。

 それから、カードサイズの透明なプレート。


「それ、なんです?」


「簡易魔力スキャナ。指を載せると、“魔力の濃さと揺れ”がだいたい分かる」


 言われるままに体温と血圧を測り、最後にプレートの上に指を載せる。


 透明の中に、うっすら青い光が広がった。


《外部計測機器による魔力測定を検知》


(変な細工すんなよ? バレたら即隔離だかんな?)


《異常な干渉は行いません》


「はい、オッケー」


 数秒後、ミサキが頷いた。


「体温平熱、血圧やや低め。魔力値は――ちょっと高めだけど、“ハンター候補強め一般人”くらい」


「“強め一般人”って何ですか」


「少なくとも、“今にも暴走しそう”って値ではないってこと。ただし、スキル使った直後はまた測る」


「はい……」



 チェックが終わると、「いただきます」になった。


 味噌汁をひと口すすって、思わず声が出る。


「……うま」


「出汁パックと味噌溶いただけだよ」


「でも、ちゃんと味噌汁の味します」


「最低ラインの褒め方しないで」


 鮭も卵焼きも、あっという間に胃に消えていく。


《胃内温度上昇》


(飯の実況いらない)


「食欲はあるね」


「あります。身体より胃が元気です」


「じゃあ午後の聞き取りも、途中で寝落ちしないね」


「……やっぱ来るんですね、聞き取り」


「来る。メール来てた。“15時からオンラインで15分”」


 例の「足元が石になる動画」が頭をよぎって、胃がまたキュッとなる。



 十五時ちょうど。


 ボロスマホが、ビデオ通話の着信で震えた。

 表示は「DDAオンライン聞き取り窓口」。


「はい、予定通り、“よく分かってない一般人モード”でお願いね」


「了解です、“監視役に台本渡された感”は消しておきます」


 通話ボタンを押す。


 画面に映ったのは、三十代くらいの男性だ。

 眼鏡に白シャツ、ネクタイゆるめ。いかにも事務方。


『初めまして、ダンジョン対策庁・分析課の高城です。天城さん、聞こえますか?』


「あ、はい。大丈夫です」


『昨夜は大変でしたね。体調は?』


「まぁ、その……眠いです」


『ですよね』


 高城さんは少し笑ってから、すぐ真面目な顔に戻った。


『簡単に確認させてください。昨夜、白神ハンターと一緒に小規模ダンジョンの現場に向かった。そこで漏出魔物と遭遇し、その際に“足元が石に変わる現象”が確認された――ここまでは報告の通りで?』


「はい。俺自身も、何が起きたのか正直よく分かってなくて」


『その時の感覚を、思い出せる範囲で教えてもらえますか』


「子どもが落ちそうになってて、とっさに手伸ばして。“届かないかも”って思った瞬間、足元がズブッて沈んで、気づいたら石の床になってました」


『その現象を、“自分で起こした”感覚はありましたか?』


「……“起きろ!”って祈ったら起きたような、“勝手に身体がやった”ような。そのくらいです」


『曖昧ですね』


「俺も曖昧です」


『その後、体調の変化や、身体の一部が熱くなる感覚は?』


「特には。ただ、終わったあとどっと疲れました。全力ダッシュしたあと、みたいな」


『スキル発現直後の疲労感としては、よくあるパターンです』


『最後に一つ。天城さんは、自分の身に起きたことを“怖い”と感じますか?』


 その質問だけ、トーンが少し落ちた。


「……怖いです。正直」


『ですよね』


「でも、さっきみたいに、人を助けられるなら……完全に“いらない”って言い切るのも、ちょっと違うのかなって」


 ユウトの顔と、泣きながら頭を下げてきた母親の姿が脳裏をよぎる。


『ありがとうございます。率直な感想、とても参考になります』


 高城さんは、そこでようやく笑った。


『当面、天城さんは“未知の空間操作系スキルの可能性あり”という扱いになりますが、日常生活はこれまで通りで構いません。もちろん、白神ハンターの指示には従ってくださいね』


「はい。従います」


『では、何か大きな変化があったらすぐに連絡を。こちらからも、定期的に聞き取りさせてもらうかもしれません』


「分かりました」


 通話が切れると、部屋の空気が一気にゆるんだ。


「……思ってたより、“それっぽい質問”、少なかったですね」


「分析課も人手不足だからね。あんまり深掘りすると、自分たちの仕事増えるし」



「じゃ、ひと休みしたら、軽くやろっか」


 ミサキがノートPCを閉じて、こちらを見る。


「……“やろっか”って言い方、嫌な予感しかしない」


「予告どおりの訓練。足場フィールドと、ナカミの足止め」


「あー……やっぱ避けられないんですね訓練」


「避けたら本当に暴走するからね。“制御できる危険物”と“制御できない危険物”じゃ扱いが違うって、昨日言ったでしょ」


「言い方が毎回ひどい」


「褒めてる褒めてる。ほら、立って」


 立たされてしまった。逃げ道はない。


「まずは足元。テーブル前の半径一メートル以内。私もここにいるから、何かあったらすぐ止める」


「はいはい……」


 深呼吸。意識を内側に沈める。


(床、ちょっとでいい。丸く、俺の足元中心に)


《局所床面の材質変更を試行します》


 足元が、じわりと冷たくなった。


 畳の上に敷いていた安いカーペットが、ざらざらした石の感触に変わる。

 視界の端で、テーブルの脚が少しだけ沈み込んだ。


「……おお」


 直径一メートルもない、小さな円の石床。

 ダンジョンの中と同じ、灰色の床。


《展開範囲:直径0.8メートル。予測持続時間:二十五秒》


「見た目は……完全にダンジョンの床だね」


 ミサキがしゃがみ込んで、指先で表面をなぞる。


「素材解析されたらどこかの天然ダンジョンと紐づきそう」


「それって、バレたら超マズいやつじゃ……」


「だから今は私しか見てないでしょ」


 そう言って、彼女は石の円の中に片足を入れた。


 瞬間、頭の中に小さな地図みたいなものが浮かぶ。

 円の中に二つの影。自分と、ミサキ。


《支配領域内に他者反応を検知》


(位置まで分かるのかこれ……)


「天城さん?」


「いえ、“誰が乗ってるか”くらいは分かるっぽいです」


「足場共有感覚か。索敵にも応用できそう」


《残り時間、五秒》


(解除でいい)


《支配領域を引き上げます》


 石床が、すっと色を失った。

 足元の感触が、いつもの畳とカーペットに戻る。


《本日の展開回数:1/3》


 全身の疲労は、「ちょっとダッシュした」くらい。

 さっきの路地よりは、ずっとマシだ。


「顔色オッケー。じゃ、次はナカミ」


「いらっしゃいませナカミさん」


 意識を内側に向ける。


《従魔“ナカミ”を召喚します》


 足元が、ぷよん、と波打った。

 そこから、青いゼリーが飛び出す。


「ぷよ」


「やっぱり声出てる気がする……」


 ミサキがしゃがみ込み、目を輝かせる。


「触っていい?」


「たぶん大丈夫ですけど、あんまりいじめないでくださいね」


 指先がそっと伸びる。ナカミは揺れてから、その指に巻きついた。


「変な感触だね、これ」


「ナカミが変な性癖に目覚めたらどうするんですか」


《従魔の“性癖”という概念は――》


(黙ってろ)


「じゃ、軽く足止めテストいこうか」


 俺はナカミに意識を向ける。


(ナカミ、白神さんの右足。転ばせないくらいに、ぎゅっと)


「ぷよ」


 ナカミが床を跳ねる。

 ミサキが一歩踏み出した瞬間、青い塊が足首に絡みついた。


「っと」


 バランスを崩しかけて、すぐに立て直す。


「こんな感じか」


「イメージ通りですか?」


「うん。実戦だともっと派手になるだろうけど、基礎としては十分」


 何度か繰り返す。

 ナカミが飛ぶ。絡みつく。ミサキが揺れる。持ち直す。


 そのたびに、俺とナカミの間の糸が、少しずつ太くなるような感覚がした。


《従魔“ナカミ”との同期率:微増》


「はい、いったんストップ」


 ミサキが手を上げる。


「今ので?」


「今ので。ナカミもあんたも集中切れかけてる」


 ナカミは、俺の足元にぺたんと座り込んで(座るって何だ)、ぷるぷる震えていた。


「お疲れ、ナカミ。今日はここまで」


「ぷよ」


 返事みたいな音を残して、ナカミは床に溶けるように消えた。


《従魔“ナカミ”帰還》



 訓練が終わるころには、窓の外の空はオレンジ色に染まり始めていた。


 息を吐いて、テーブルに突っ伏す。


「……なんか、一気に“ダンジョン側の人間”になってきた感じしますね俺」


「そりゃ、ダンジョン飲んでるからね」


「だからそのまとめ方雑すぎるって!」


 くだらないやり取りの奥で、さっき路地で見た光景が浮かぶ。


 石に変わった足元。掴んだ小さな腕。空を噛んで霧になった牙。


(……何もできなかった頃の俺よりは、マシだと思いたいな)


 俺の中の小さなダンジョンは、さっきより少しだけ安定したリズムで脈打っていた。

 その中心で、青いスライム――ナカミが、今日の復習みたいに、静かに跳ね続けていた。

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