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【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

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8/10

第8話 徹夜明けと未知スキル

 気づいたら、天井が少し白んでいた。


 カーテンの隙間から、朝の光が細く差し込んでいる。

 スマホの画面には、アラームの履歴がずらっと並んでいた。


(やべ……完全にスヌーズ殺し忘れてた……)


《睡眠時間、約一時間三十二分》


(それ睡眠って言わない)


 身体は鉛みたいに重いのに、頭のどこかだけが妙に冴えている。

 さっきまでのシャドウドッグ戦と、カミングアウト会議のせいだ。


 布団から半分だけ上半身を起こすと、テーブルの方からキーボードの音がした。


 カタカタカタ。


「……元気ですね、白神さん」


「元気じゃないよ。徹夜明けのテンションで動いてるだけ」


 ジャージ姿のミサキが、ノートPCを前にして座っていた。

 髪はざっくり結んで、目元にはうっすらクマ。

 それでもタイピングの手は止まらない。


「それ、もしかして……」


「報告書。さっきの小規模ダンジョンの」


「お、お疲れさまです……」


 そうか。現場が終わっても、書類仕事がある。

 ブラックなのはコンビニだけじゃなかった。


「内容、気になる?」


「正直、めちゃくちゃ気になります」


「だよね」


 ミサキは、ノートPCの画面を少しだけこちらに向けた。


 そこには、固い文体の文章が並んでいる。


『市内住宅街に自然発生した小規模ダンジョンについて――』

『DDA所属ハンター白神ミサキおよび監視対象・天城ハルトが先行して現場に到達』

『対象ハンターは未知の空間操作系スキルを発現し、住民一名の救助に寄与――』


「……“未知の空間操作系スキル”。俺のことですよね」


「うん。いいラベル思いつかなくて、とりあえずこれにした」


「“内臓ダンジョン”とか書かれてるよりは百万倍マシですけど」


「でしょ」


 ミサキは、さらっとした顔で頷く。


「とりあえず本部には、“崩壊ダンジョンの後遺症として空間系スキルが覚醒した可能性がある”ってことにしてる」


「そういうの、あるんですか?」


「たまにね。大規模事案のあとで、スキルに目覚める人はいる。前例がゼロじゃない話にしておけば、上も変に騒がない」


(前例がゼロの方向に全力ダッシュしてる自覚はあるんだけどな、俺)


「で、“核の欠片飲みました”のくだりは?」


「書かない。私の個人メモにだけ残した」


 あっさりと言う。


「さっきも言ったけど、本部全体に投げても、今の時点では碌な未来にならない。知らなきゃ動けないラインと、知らない方がいいラインがある」


「それ、バレたら白神さんの首飛びません?」


「だから、“責任者:白神ミサキ”“要継続観察”って太字で書いてある」


 画面には、確かにそう書かれていた。


『対象者:天城ハルト(一般人/ギルド登録ポーター)

 状態:未知スキル発現の疑い。危険度暫定C。

 担当・監視責任者:白神ミサキ(実動班)』


「“暫定C”って?」


「Aが“今すぐ隔離レベル”、Bが“常時監視付き”、Cが“監視対象だけど日常生活は可”、D以下が“ほぼ放置”。」


「ギリ日常生活側なんですね俺」


「ギリギリね」


 あんまり嬉しくないギリギリだ。


「上からの返事は?」


「さっき既読ついた。“お前が責任持つなら、ひとまず任せる”だって」


「軽い!」


「現場の人手、足りてないからね……」


 なんか、全体的にギリギリで回ってる組織なんだなDDA。



 そうこうしているうちに、スマホの画面に新着通知が飛び込んできた。


『【シフト連絡】今日の早番、大丈夫そう? 体調悪かったら言ってね 店長』


「あっ……」


 そういえば、今日、普通にコンビニ早番シフトだった。


 時計を見ると、いつもなら家を出てる時間の二十分前。


「……行けなくはないですけど、死にますね」


《現時点での出勤は、身体的疲労の観点から非推奨です》


「お前が言うとブラック企業アラートに聞こえるんだよ」


「私は普通に“休みなよ”って言うけどね」


 ミサキが、当たり前のように言った。


「DDA案件で夜中に駆り出されて、そのまま早番コンビニって、どう考えても壊れるルートでしょ」


「まぁ、そうなんですけど。生活費が……」


「その辺は、DDAからギルドと店に連絡入れて調整する。“災害対応で動員されました”って話にしとけば、だいたい何とかなる」


「そんな、簡単に……」


「昨日の暴走ダンジョンと、さっきの小規模ダンジョン。二日連続だよ?天災扱いでいいでしょ、もう」


 ぐうの音も出ない。


 半分諦めて、店長にメッセージを打つ。


『すみません、昨夜のダンジョン対応で徹夜になってしまって……DDAからも連絡行くと思いますが、今日はお休みさせてください』


 送信ボタンを押して数分もしないうちに、既読がついた。


『マジか、お前巻き込まれたのか! 生きててよかった! 今日は絶対休め!』


「……店長、やさしい」


「良い人そうで何より」


 とりあえず、即座にクビにはならなさそうだ。



 コンビニシフトの心配がひと段落したところで、今度は別の通知が来た。


『レンジさん:おい、ニュースに出てたのお前だろ。後で詳しく話聞かせろ』


「……バレてる」


「そりゃね。現場映像、ちょっとだけ使われてたし」


 ミサキが、スマホをいじりながら言う。


「でも心配しなくていい。どの映像も、あんたの顔はギリ映ってない」


「よかった……」


「“足元が一瞬石になった謎現象”は、SNSで軽くバズってるけどね」


「よくない!」


 あちこちのタイムラインに「バグった?」みたいな動画が上がってる光景を想像して、胃がキュッとなる。


「そういうのも含めて、“未知の空間スキル”ラベルね。

 あとは、変な陰謀論者に絡まれないようにするだけ」


「新種の心配出てきたな……」


《SNS上での情報拡散――》


「お前はちょっと黙ってろ!」


「たまに本当に声出してるから怖いんだよね、そのツッコミ」


「独り言多い人って思われるの致命的なんでやめてください」



「でさ」


 報告書の送信を終えたのか、ミサキはPCを閉じてこちらを向いた。


「昨日の夜、言おうとして忘れてたことが一個」


「まだ何かあるんですか」


「ある。重要」


 妙に真面目な顔で言うから、こっちも背筋を伸ばす。


「スライム、名前決めてあげなよ」


「重要でした?」


「重要だって。あれからずっと、“青いの”とか“あいつ”とか呼んでるでしょ」


「いや、ほら、名前つけると別れづらくなりそうで……」


「ペットか。……まぁ、その不吉な予感は一理あるけど、でも名前があった方が指示出しやすいのは事実」


「それは、そうなんですけど」


 内側に意識を向ける。


 石の小部屋で、例のスライムがぽよんぽよんしていた。

 こっちを見上げて、びよん、と少し高めに跳ねる。


(……期待されてる気がする)


《従魔スライム:命名により、マスターとのリンク安定度が上昇する可能性があります》


(そういうメタいこと言うな)


 どうせなら、ちゃんと覚えやすくて、他人に怪しまれにくくて、でもちょっとだけ自分だけの意味がある名前がいい。


「じゃあ……」


 しばらく悩んだ末に、ぽつりと言葉がこぼれた。


「“ナカミ”で」


「ナカミ」


「はい。俺の“中身”にいるから、ナカミ」


 自分で言ってから、我ながらセンスがあるのかないのか分からなくなる。


 ミサキは数秒沈黙して――吹き出した。


「発想がそのまま過ぎて逆に好き」


「ですよね!? ですよね?」


「人前で呼ぶときちょっと困るけどね。“ナカミ出して”とか」


「やめてください変な意味になる!」


「でもまあ、訓練するときとか、“ナカミ、足!”って言えば通じやすそうだし」


 そう言って、彼女は真面目な顔に戻る。


「じゃ、正式に。“従魔スライム・ナカミ”。登録しときなよ、システムに」


「システム。名前登録できる?」


《可能です。従魔スライムの名称を“ナカミ”として登録しますか?》


「……お願いします」


《登録完了。従魔“ナカミ”の親和度が微増しました》


 その瞬間、石の小部屋のスライムが、今までで一番元気よく跳ねた気がした。


「おお……なんか、喜んでる感じする」


「いいじゃん」


 ミサキが、どこか嬉しそうに笑う。


「これで、“あの青いの”じゃなくて、“ナカミ”として一緒に訓練できる」


「訓練、避けられないんですねやっぱり」


「避けたら本当に暴走するからね。さっきも言ったけど、“制御できる危険物”と“制御できない危険物”では、扱いが全然違う」


「言い方ァ!」


「褒めてる褒めてる。少なくとも今のところは、“人を食うより、仕事を増やすタイプの危険物”だし」


 それはそれで嫌な評価だ。



「じゃ、今日の予定」


 ミサキは指を折りながら、淡々と段取りを並べていく。


「午前中は、とりあえず寝る。昼過ぎに起きて、簡単な健康チェック。体温と脈と、あとダンジョン内での違和感の有無」


「はい」


「夕方、DDAから簡単なオンライン聞き取りが入ると思う。“昨夜の現場の感想は”とか“体調どうですか”とか」


「あー、アンケート的なやつ」


「そうそう。そこでは“よく分かってないけど、足元が勝手に変わった気がする”くらいにぼかしておいて」


「ぼかし方具体的……」


「詳細はこっちの報告書に入ってるから、それ以上の情報を向こうから引き出させないのがポイント」


 この人、現場だけじゃなくて情報戦のスキルも高い。


「夜は?」


「夜は……ナカミと足場展開の軽い練習。さすがにいきなり屋外でやるのはまずいから、まずはこの部屋の中で、“何センチなら床が変えられるか”の確認から」


「六畳一間、どこまで実験台にされるんだろ」


「床全部石にしたら怒る」


「俺も怒ります!」


 とはいえ、自分の力がどこまで届くのか確かめるのは、怖いけど必要な気がした。


 今のままじゃ、「たまに暴発するよく分からない何か」のままだ。

 それこそ、DDA的には一番扱いづらい存在だろう。


「……なんか、本格的に“ダンジョン側”に足突っ込んできた感じしますね」


「そりゃ、ダンジョン飲んでるからね」


「雑なまとめ方やめてください」


 それでも、さっきまでより少しだけ、未来のイメージが持てるようになった気がした。


 コンビニバイトと、ポーターと、内臓ダンジョン。

 そこに、“未知スキル持ち”という新しいラベルがついた。


 危険物候補で、監視対象で、でも――


(……それでも、誰かを守るために使えるなら)


 あの路地で見た、ユウトの顔。

 泣きながら頭を下げてきた母親の姿。


 それを思い出すと、完全に「いらない」とは言えない。


《心拍数、安定。情動パターン:不安+微弱な高揚》


(人の心を分析すんな)


「天城さん」


「なんですか」


「さっきから顔、ちょっとだけ前向きになってる」


「え、マジですか」


「うん。徹夜明けのゾンビみたいな顔してたのが、今はゾンビ+1って感じ」


「評価基準ひどくないですか?」


「その調子で、ゾンビ+5くらいまでは持っていこう」


 わけの分からない目標を掲げられつつ、俺は布団に倒れ込んだ。


「とりあえず、今は寝ます……」


「はいはい。寝て起きたら、またブラック気味な訓練と現実が待ってるから」


「夢も希望もない……」


 それでも、さっきまでよりは少しだけ軽くなった心で、目を閉じる。


 俺の中の小さなダンジョンは、静かに脈打ち――

 その中心で、スライム――ナカミが、嬉しそうにぐるぐる回っていた。

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