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【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

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第7話 六畳一間のカミングアウト

 アパートへの帰り道、俺たちはほとんど喋らなかった。


 パトカーのサイレンも、DDAの無線も、もう聞こえない。

 さっきまで魔物が出ていた路地も、何事もなかったみたいに静かだ。


 なのに、胸の奥だけは、いつまでもバクバクいっている。


《心拍数、一時的ピークから徐々に低下中》


(下がってるなら報告いらないだろ……)


 そんなツッコミを飲み込んだところで、アパートの階段が見えてきた。


「……とりあえず、部屋戻ろっか」


 ミサキがぽつりと言う。

 声は落ち着いているけど、歩くスピードがほんの少しだけ速い。


 それが、逆にこわい。



 部屋に入るなり、ミサキは寝袋の方ではなく、テーブルの前に座った。


「座って」


 短くそう言われて、俺も向かい側に腰を下ろす。


 六畳一間。外はまだ真っ暗。

 さっきまで寝ていたはずの部屋とは思えない緊張感が漂っていた。


「……お茶、淹れます?」


「うん、飲む。どうせなら、落ち着いて話したいし」


 許可が出たので、現実逃避ではないことにしてケトルのスイッチを押す。

 コンビニの安いティーバッグをマグカップに放り込み、熱湯を注ぐ。


 湯気が上がるのと同時に、覚悟の温度も上がっていく感じがした。


 テーブルにマグを置き、俺も座り直す。


 ミサキは一口だけ紅茶を啜ってから、まっすぐ俺を見た。


「じゃ、聞くね。さっきのあれ――」


「足元の地面が石に変わったやつと、青い塊のやつですか」


「話が早くて助かる」


 軽く息を吐いてから、彼女は続けた。


「一応確認するけど、“たまたま”出たわけじゃないよね?」


「……狙って出したわけでもないんですけど、“やろうとして”はいました」


 誤魔化しても無駄だ。

 さっき、子どもを引っ張り上げるとき、「足場変われ!」って祈るみたいに思ったのを自覚している。


「地面をああするのは、今日がはじめて?」


「はい。あの感じは、“中のダンジョンの床そのまま”だったんで……」


「“中の”」


 そこを、逃さない。


 ミサキの視線が、少しだけ鋭くなる。


「話、戻そうか。崩壊ダンジョンの日。核のところまで突っ込んだ――までは、こっちもログで見てる」


「ですよね」


「そのあと、何があったのか。さっきまでは“覚えてません”で通してたけど、今日のを見たら、さすがにそれじゃすまない」


 その通りだ。


 ユウトの顔と、シャドウドッグの牙。

 石に変わった地面と、スライムの感触。


 ぜんぶ、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざる。


(ここでまだ隠したら、多分本当にアウトだな)


 DDAにじゃなくて、自分の中で。


 俺は、マグカップを両手で包んだまま、深呼吸した。


「……核の欠片が、飛んできたんですよ」


「欠片?」


「割れたときの破片です。たぶん、拳くらいのが。運悪く、俺の口めがけて」


 言いながら、あの冷たさを思い出して、背筋がゾワっとする。


「吐き出そうとしたんですけど、間に合わなくて。飲み込みました」


「……飲んだんだ」


「飲んじゃったんです。故意じゃないです」


 そこだけは、死ぬほど強調しておきたい。


「で、そっから先は、庁舎で聞かれた通りです。お腹のあたりが焼けるみたいに痛くて、意識飛びそうになって」


 脳内に、あの無機質な女声が響いた。


《新規ダンジョン生成を確認》


「頭の中で声がして、“あなたの身体の中に小さいダンジョンができました”みたいなことを言われました」


「へぇ……」


 軽く相槌を打ちながらも、その目は笑っていない。


「ここに帰ってきてから、確認しました。目をつぶって意識を向けると、石造りの小部屋が見えて。部屋の奥に通路が一本、あと、スライムが一匹」


「スライム」


「さっきの、足に絡みついてたやつです」


「あれだよね」


 ミサキは、路地での光景を思い出すように、少し目を細めた。


「ぷるぷるしてて、小さくて、見た目だけならだいぶかわいいやつ」


「そうです。あいつにはだいぶ助けられてます」


 ペットボトルのフタ回収とか、リモコン運搬とか。

 地味だけど、ポーター的には超ありがたい。


「で、“中身”だけじゃなくて、現実でも呼び出せる、と」


「はい。最初に確認したときに、部屋の中でテストしました」


「それ、普通に大問題なんだけどね?」


「ですよね……」


 今こうして口にすると、自分でも「即隔離案件」だと分かる。


「さっきの地面のアレは?」


「システムいわく、“支配領域の一部を表に出した”らしいです」


《支配領域:天城ハルトの身体内部+半径三メートル以内に局所展開可能》


(お前はほんとに用語センスが固いな)


「足元、あの石の床だったでしょ。中の部屋の床と同じ感覚でした」


「なるほどね」


 ミサキは、マグの紅茶を飲み干した。


 しばらく、沈黙が落ちる。


 窓の外では、鳥か何かが鳴き始めていた。

 徹夜コース確定だ。


「整理するね」


 やがて、ミサキが指を一本立てた。


「一、崩壊ダンジョンで核の欠片を“誤って”飲み込んだ。

 二、その結果、あんたの中に“小さいダンジョン”が生成された。

 三、そのダンジョンのモンスターと、ちょっとした地形を、現実に引っ張り出せる」


「……はい。自分でも頭おかしいと思うんですけど、多分そういうことです」


「うん。頭おかしい話だね」


 あっさり言われた。


「でも、“ダンジョンの核を取り込んだ人間”がどうなるか――って話は、実は昔から仮説レベルであった」


「あるんですか、そういうの」


「古い論文とか、裏社会の噂話とか。

 実例がないか、隠蔽されてるかは別としてね」


 そこで一度、彼女は言葉を区切る。


「……本来なら、ここまで聞いた時点で、私は本部に全部報告しなきゃいけない」


 来た。


「“人間型ダンジョンの可能性”。“核との融合”。“制御不能な危険因子”」


 淡々と並べられる単語が、いちいち胃に悪い。


「報告したら、俺どうなります?」


「たぶん、少なくともこの部屋からは出られなくなる。もっと厳しめの監視施設に移されて、毎日検査。下手したら、解剖――は、今の時代だとギリないと思いたいけど」


「“思いたい”レベルなんですか……」


 ゾッとした。


 コンビニの夜勤ですら恋しくなるレベルだ。


「じゃあ、隠してください、とは言えませんけど……」


 そこまで言って、口ごもる。


 本当は言いたい。

 隠してほしい。

 このまま静かに、こっそりコンビニと内臓ダンジョンライフを送りたい。


 でも、それをそのまま口にするのは、ずるい。


 ミサキは、そんな俺の逡巡を見透かしたみたいに、ふっと息を吐いた。


「……現場としての、私の本音を言っていい?」


「お願いします」


「“全部今すぐ報告する”のは、正直、得策じゃないと思ってる」


「え?」


 思わず顔を上げる。


「今日の現場、見たでしょ。

 “未知の現象”が起きたのは事実。でも、その結果――」


「誰も死ななかった、ですね」


「そう」


 ミサキは、ゆっくりとうなずいた。


「私が見たいのは、“危険な力”そのものじゃなくて、“それをどう使うか”。あんたがさっきみたいに、人を助けるために使えるなら――少なくとも、“今すぐ切り捨てるべき危険因子”ではない」


「……甘くないですか?」


「甘いよ」


 即答だ。


「だからこそ、条件をつける。私が責任を持てる範囲で、あんたを“監視”する。その代わり、あんたは――」


 そこで、指を二本立てる。


「一つ。ダンジョンに関することは、全部私に共有すること。新しい能力に気づいたら、すぐ報告。勝手に試さない」


「……はい」


「二つ。人前で力を使うときは、可能な限り私の目の届くところで。今日みたいな“とっさの一回”は仕方ないとして、それ以上は絶対に暴走させない」


「暴走させないって、具体的には?」


「さっきみたいに足場変えるのを、住宅街一帯に広げないとか」


「それは俺も嫌です!」


 マジで街ごと石畳になったら、ニュースどころの騒ぎじゃない。


「まとめると」


 ミサキは、手のひらをこちらに向けた。


「“私に隠し事しないこと”と、“勝手に自分を兵器みたいに使わないこと”。それが守れるなら、私は当面、“全部は報告しない”で動く」


「“当面”」


「ずっとは無理。いつかは本部レベルの判断を仰がなきゃいけない。でも、そのときには、“制御できる”“実績がある”って状態にしておきたい」


「俺と、俺の中身の“信用作り”ってことですか」


「そういうこと」


 手のひらは、そのまま宙に浮かんでいる。


 握るかどうかで、この先のルートが変わる。

 たぶん、“即隔離ルート”か、“期間限定共同戦線ルート”か。


(……まあ、選択肢実質ひとつなんだけどな)


「分かりました」


 俺は、その手を握った。


「白神さんには、隠し事しません。できるだけ、ですけど」


「“できるだけ”はやめよっか」


「はい」


 握った手は、思っていたより温かかった。


《協力者候補:白神ミサキ 登録しますか?》


(する。黙って登録だけしとけ)


 内側でそう返すと、システムが《登録完了》とだけ告げて黙った。



「で」


 握手を解いてから、ミサキが言った。


「さっき、“支配領域がどうこう”って言ってたよね。

 あれ、どのくらい使えるの?」


「さっきシステムに聞いたら、半径三メートル、三十秒くらいが限界っぽいです。今の俺の体力だと、一日に何回もやるのは無理っぽい」


「“っぽい”多いね」


「試した回数が少ないんで……」


 初使用がさっきのシャドウドッグ戦だ。

 それで限界ギリギリまでやった気がするから、なんとなく察しているだけ。


「じゃあ、当面は“足場トラップ”と“スライム足止め”の二本柱だね」


「トラップって言い方やめてもらっていいですかね……」


「褒めてるんだけどなぁ」


 本気で言っているらしい。

 ハンターの感覚はやっぱりどこかズレている。


「訓練は、そのうちやろう。今日は徹夜明けだし、今やったらまず足元じゃなくてあんたが崩れる」


「それは困る……」


「こっちも困る」


 ミサキは立ち上がり、伸びをした。


「シャワー、もう一回借りる。血と砂、結構浴びたから」


「あ、はい。お湯、さっきよりはマシなはずです」


「ブラック寮仕様なのは変わらないでしょ」


 そんなやり取りをして、彼女はユニットバスへ消えていった。


 残された俺は、テーブルに突っ伏す。


「……疲れた」


《身体的疲労度:中。精神的ストレス:高》


「知ってるよ……」


 目を閉じて、そっと内側に意識を向ける。


 石の小部屋。

 さっきより、少しだけ空気が柔らかい気がした。


 青いスライムがひとつ。

 こっちを見上げて、ぽよん、と跳ねる。


「お前も、お疲れ」


《従魔スライム:マスターの情動に反応し、安定状態》


(便利だかかわいいんだか分かんねぇな……)


 とりあえず今は、誰にも解剖されてないし、コンビニのシフトも飛んでない。

 銀髪ハンターに監視されながら、生きてはいる。


(……“人間ダンジョン”の人生って、こうなる予定じゃなかったんだけどなぁ)


 愚痴をこぼしながらも、どこかで少しだけホッとしている自分がいた。


 俺の中の小さなダンジョンは、相変わらず静かに脈打っている。

 その奥で、スライムが、今度は嬉しそうに跳ねていた。

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