表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 初任務とにじむ侵食

「ここから……歩いて五分です」


「最悪」


 暗闇の中で、ミサキの声が一段低くなる。


 スマホのマップには、赤い点滅マーク。

 うちのアパートからほんの数ブロック先の住宅街だ。


「規模は?」


「小規模って書いてあります。レベル1〜2相当の……」


「油断すると死人が出るやつだね」


 寝袋のファスナーが、一気に開く音。


 ミサキが跳ね起き、部屋の隅に置いていたキャリーケースを開ける。

 中から、黒いホルスターとベルト、折りたたみ式の剣が手際よく取り出されていく。


「ちょ、白神さん?」


「私は最寄りのDDA所属ハンター。現場に一番近いの、完全にここだから」


 スマホを耳に当て、短く連絡を入れる。


「白神ミサキです。はい、位置は……はい、先行して状況確認に入ります。ひとりじゃない。監視対象も一緒。避難誘導メインで動かせます」


(バッチリ筒抜けなんですけど、俺の存在)


 通話を切ると、彼女は俺の方を振り向いた。


「天城さん」


「……はい」


「本来なら、あなたにはここにいてもらうのが一番安全。でも――」


 窓の外を見る。サイレンの音が、遠くでかすかに鳴り始めた。


「発生地点、ここから徒歩五分。DDA本隊が着く前に、住民の避難を誰かがやらないといけない」


「つまり?」


「一緒に来て。無茶はさせない。避難誘導と状況確認だけ」


 だけ、ってサラッと言ったな今。


「……俺が行って役に立ちます?」


「パニックになった人間の相手するの、ハンターよりコンビニバイトの方が慣れてそうでしょ」


「接客業舐めてません?」


「褒めてる」


 即答だった。


 ツッコミどころは多いが、行くか行かないかで言えば――行くしかない。


 ここから五分先のどこかで、

 さっきのニュースみたいな「幸い死者は出ず」で済むかどうかが決まるかもしれない。


「……分かりました。ジャージのまま行きます」


「靴だけちゃんと履いて」



 夜の住宅街は、妙に静かだった。


 街灯のオレンジ色が、アスファルトを丸く照らしている。

 遠くでパトカーの赤色灯が回っているのが見えた。


「こっち」


 ミサキが走る。

 ジャージの上から戦闘用ホルスターを巻き、腰に剣、太腿にマガジンポーチ。

 足元だけはいつもの戦闘ブーツに履き替えているから、走り方が無駄なく速い。


 俺はスニーカーでなんとかついていく。

 心臓がバクバクしてるのは、運動のせいだけじゃない。


《心拍数、上昇――》


(今それ言う!?)


 曲がり角をひとつ抜けたところで、空気が変わった。


 ひやり、と肌を撫でる冷気。

 地面から、薄い霧のようなものが立ち上っている。


「……ダンジョン臭」


 ミサキが足を止める。


 そこは、普通の住宅街の細い路地だった。

 アパートと一軒家の間。

 普段なら子どもが自転車で通り抜けていそうな狭さの道。


 その真ん中のアスファルトに、ぽっかりと黒い穴が開いていた。


 直径二メートルほど。

 縁は焼け焦げたように黒く、穴の中からは生暖かい風と、湿った土の匂い。


(うわ……テレビで見たやつだ)


 これが、「自然発生型」の小規模ダンジョン。


 穴の周囲には、青い制服の警官が数人。

 黄色いテープで即席のバリケードが張られている。


「近づかないでくださーい! 危険です!」


「家に戻ってください! 走らないで!」


 何人かの住民が、パジャマのまま顔を出している。


 その中に、小さな影があった。


「ねぇ、ママ、あれなに? ゲームのダンジョン?」


「ユウト! 下がって!」


 母親らしき女性が子どもの腕を掴もうとする。

 だが、興味津々の子どもは、一歩、穴の方へ踏み出した。


 その瞬間――穴の縁から、黒い何かが這い出てきた。


 犬。

 いや、犬に似た、黒ずんだ影。

 骨ばった身体に、光る赤い目。

 口からは、糸を引く暗い唾液。


 小型魔物シャドウドッグ

 ゲームで見たことがある名前だ。実物を見るのは初めてだが。


「下がって!」


 ミサキが叫ぶのと、影が吠えるのは同時だった。


 警官の一人が銃を抜こうとする。

 けれど慣れてない動きで、手がもたつく。


(間に合わない――)


 ユウトの足がすべった。

 穴の縁の崩れたアスファルトに片足を取られ、前のめりに倒れそうになる。


「っ!」


 考えるより先に、身体が動いていた。


「どけぇぇぇぇぇ!!」


 俺はテープを飛び越え、ユウトめがけて突っ込む。


「天城さん!」


 ミサキの声が背中で飛ぶが、今は振り返ってる暇がない。


 ユウトの身体に手を伸ばす。

 その向こうには、シャドウドッグの牙。


(届け――!)


 指先が、ユウトのパーカーのフードを掴んだ。

 同時に、牙が俺の腕めがけて振り下ろされる。


 その瞬間。


 足元のアスファルトが、ずぶり、と沈んだ。


「え」


 地面が、石造りの床に変わる。

 コンクリートじゃない。

 俺の内臓ダンジョンで見たのと同じ、ざらついた灰色の石。


《侵食フィールド、小規模展開》


「ちょ、待っ――」


 シャドウドッグの前足が、沈みかけたアスファルトごと飲み込まれる。

 足場を失った魔物の身体が、ぐらりと傾いだ。


 崩れたバランスを利用して、俺はユウトの身体を引き寄せる。


「うおおっ!?」


 勢い余って、ふたりまとめて石の床に転がり込んだ。

 シャドウドッグの牙が、さっきまでユウトがいた空間を空振りする。


「いった……」


 腕がズキズキする。擦りむいたらしい。

 ユウトは俺の胸の上で固まっていた。


「お、おじちゃん……?」


「お兄ちゃんって言え」


 反射的に訂正した瞬間、黒い影が吠えた。


「まだ動けるのかよ!」


 シャドウドッグは、沈みかかった足を無理やり引き抜き、こちらに向き直る。

 その足元のアスファルトは、じわじわと石床に“侵食”されている。


 まるで、現実の路地に、俺の内臓ダンジョンの通路が滲み出してきたみたいだ。


《支配領域、局所拡張。安定時間、三十秒》


(三十秒!? 短っ!)


 思わず心の中で叫ぶ。


「伏せて!」


 鋭い声と同時に、黒い影が俺たちの横を飛び越えた。


 違う。飛び越えたのはミサキだ。

 ジャージの裾をひるがえし、石床に片膝をついて着地する。


「っ……!」


 一瞬で状況を把握したのか、彼女は剣を抜いた。

 鞘から抜けた刃が、街灯の光を受けて鈍く光る。


「こっち見なさい、わんこ」


 挑発するように言って、魔物の前を横切る。

 シャドウドッグの赤い目が、俺たちから彼女へと移る。


「よし。天城さん、子ども連れて下がって!」


「っ、分かりました!」


 ユウトを抱きかかえ、石床の端まで退く。

 そこから先は、また普通のアスファルトに戻っている。


 ミサキとシャドウドッグが、狭い路地で向かい合う。


 低い唸り声。

 次の瞬間、黒い影が飛びかかった。


 ミサキは一歩、踏み込む。

 ギリギリまで引きつけてから、上体をひねり――


「――っ!」


 剣が横薙ぎに走った。


 シャドウドッグの首筋に、浅くない線が描かれる。

 黒い霧のような血が噴き出した。


 だが、小型とはいえ魔物はしぶとい。

 致命傷には至らず、そのまま横から噛みつこうとする。


「ちっ」


 ミサキが舌打ちし、バックステップで距離を取る。

 足元の石床が、じわじわとアスファルトに戻り始めていた。


《残り時間、十秒》


(切り札みたいに言うな! 全然足りてないんだけど!?)


 でも、今は文句言ってる場合じゃない。


「……システム」


《はい、マスター》


「スライム、出せる?」


《支配領域内、マスター付近に召喚可能です》


「よし、来い!」


 念じた瞬間、俺の足元の石床が、ぽよん、と波打った。

 その中から、見慣れた青いゼリーが飛び出す。


「ぷよ」


(声出た!?)


 ツッコむ暇もなく、俺は指をさす。


「アイツ足止め!」


 スライムが、ぴょん、と跳ねて魔物に向かう。

 普通の人間には、ただの青い塊にしか見えないだろう。


 シャドウドッグが、飛んできた青い塊を前足で踏み潰そうとする――が。


 ぷにゅっ。


 スライムはぺちゃんこに潰れたふりをして、逆に足にまとわりついた。

 ゼリー状の身体が、ぐるりと足首に巻きつく。


「ナイス!」


 動きが一瞬止まる。

 その隙を、ミサキが見逃すはずがない。


「――っは!」


 滑り込むように踏み込み、振り上げた剣が、今度こそ首元を正確に捉えた。


 シャドウドッグの頭が、霧のようにほどけて消える。

 残った身体も、ゆっくりと黒い砂になって、石床の上に崩れ落ちた。


 同時に、足元の感触が変わる。


《侵食フィールド、解除》


 石床が、アスファルトに戻っていく。

 まるで悪い夢が終わるみたいに、さっきまでの異物感が薄れていった。



「……はぁ」


 全身から力が抜ける。


 腕の中のユウトが、きゅっと俺の服を掴んだ。


「お、おじ……お兄ちゃん、ありがと……」


「うん。ちゃんと言えたな。えらい」


 震えてる声で、それでもしっかりそう言う。

 やっぱり子どもはすごい。


「ユウト!」


 母親が駆け寄ってきた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、息子を抱きしめる。


「すみません、ありがとうございます、本当に……!」


「いえ、俺何も……」


 と言いかけて、やめた。


 何もしてないわけがない。

 穴に落ちかけた子どもを引っ張り上げて、魔物の足を止めたのは事実だ。


 ただ、その方法が問題なだけで。


「天城さん」


 背後から声が飛んできた。


 振り向くと、ミサキが剣を鞘に収めながら、じっと俺を見ていた。

 さっきまでの戦闘モードとは違う、少しだけ探るような目。


「今のは、何?」


「……今の、ってどれですか」


「足元の“足元の地面が石に変わったやつ”と、何もないところから出てきた青い塊。少なくとも、私の知ってる一般的なスキルじゃない」


 ぐ、っと喉が詰まる。


(バレた……? いや、全部じゃないはずだ。全部じゃないけど――)


 誤魔化す言葉が喉まで出かかって、引っ込む。


 ユウトと、その母親の姿が視界の端に映る。

 さっきの恐怖と、今の安堵。


 それを見てしまうと、「何もしてないです」とは言えなかった。


「……今のは」


 そこまで言った時、路地の入口からサイレンの音が一気に近づいてきた。


 DDAのロゴが入った車両が数台と、追加のパトカー。

 大人たちの怒号と無線の声が、路地を満たす。


「白神! 状況は!?」


「現時点で漏出魔物一体のみ、すでに撃破! 人的被害なし!」


 神崎さんの声が飛んできて、ミサキがそちらを向く。

 その一瞬の隙に、俺は小さく息を吐いた。


(……助かった、のか? いや、延命しただけか)


 とりあえず、今ここで尋問モードに移行されるのは避けられた。


 代わりに、ミサキがちらりとこっちを振り返る。


「あとで、ちゃんと聞くからね」


 逃がす気はない――そう言っている目だった。


 俺は観念したように肩をすくめる。


「……そのときまでに、言い訳考えときます」


「言い訳じゃなくて、説明を」


 ため息混じりに返しながらも、ミサキの顔には微かに安堵の色があった。


 小規模とはいえ、住宅街のダンジョン発生。

 死者ゼロ。負傷者もゼロ。


 それは、ただの偶然の結果じゃない。


 ――俺の中でうごめく、小さなダンジョン。


 それが、知られたくない形で、確かに役に立ってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ