第5話 銀髪ハンターと六畳一間
「……思ったより、ちゃんとしてる」
部屋に入るなり、ミサキがぽつりと言った。
ちゃんとしてる、のはさっき血反吐吐きながら掃除したからであって、普段は“ゴミ屋敷予備軍”ですとは口が裂けても言えない。
「一応、人間の住処なんで」
「“一応”つけるのやめなよ」
キャリーケースを玄関の横に置いて、彼女は室内をぐるっと見回す。
六畳一間。右にユニットバス。左にミニキッチン。
奥の窓の手前に、ローテーブルと敷きっぱなしの布団。
――うん、改めて見ても、ギリギリ人間の生活空間だ。
「ふむ」
ミサキは靴を脱いで上がり、テーブルの前にしゃがみ込んだ。
「じゃ、さっそくだけど」
「はい?」
「ルール決めようか」
監視同居、開始五秒。さすが仕事人間だ。
「まず一つ目。私は“監視役”兼“護衛役”です。だから、あなたの行動ログは基本、全部DDAに上がると思ってください」
「全部って言いました?」
「全部とは言ったけど、“何を食べたか”まで逐一報告するわけじゃないよ。ダンジョンに近づいたり、怪しい反応が出たりしたら、って話」
「あー……ですよね」
そりゃそうだ。
フリーターの生活まで逐一お上に報告されてたら、向こうも困る。
「二つ目。私はあなたのプライバシーを、最低限は尊重するつもりです」
「最低限って便利な言葉ですね」
「具体的には、風呂とトイレの時間はノックする。勝手にスマホ覗かない。部屋のものを勝手に捨てない」
「思ったより文明的だ……」
「その代わり、あなたも隠し事はほどほどにね。怪しいことしてたら、さすがに容赦しない」
(今まさにお腹の中に最大級の隠し事あるんだけどな)
《自己申告を推奨します》
(却下だ!)
内側でシステムにツッコミを入れつつ、俺は苦笑いを貼り付ける。
「分かりました。できるだけ真面目に生きます」
「『できるだけ』が若干不安だけど……まぁいいや」
そう言って、ミサキはキャリーケースを開け始めた。
中から出てきたのは、きっちり畳まれた着替えと、最低限の洗面用具。
ハンター用の黒いスーツ一式。予備の靴。あと、モフモフのうさぎ柄ルームウェア。
「最後のだけ情報量多くないですか」
「なに。文句ある?」
「いえ、むしろギャップがすごいなって……」
銀髪クール系美人が、うさぎ柄ルームウェアでこの六畳一間にいる未来を想像して、脳が処理を拒否し始める。
《心拍数、微増》
(黙れぇ……)
「で、寝る場所どうします?」
広さ六畳。布団はひとつ。
俺があぐらをかいて座っている、そのすぐ後ろに敷いてある。
ミサキは一瞬だけそっちを見てから、あっさりと言った。
「床でいいよ」
「いやいやいやいや」
「ハンター宿舎なんてもっと酷い環境だったし。とりあえず、今日はその布団、天城さん使って。私は寝袋持ってきてるから」
そう言って、キャリーの底からコンパクトな寝袋を取り出す。
「……用意が良すぎる」
「こう見えて野営慣れしてるから」
なるほど。そういうところも“現場の人間”だ。
「じゃ、荷物ざっと片づけたらシャワー借りてもいい? 昼間汗かいたし」
「あ、はい。お湯の出は保証しませんけど……」
「そこはブラック企業寮って聞いて覚悟してきた」
どこ情報だよ。
◇
ミサキがシャワーを浴びている間、俺はテーブルの上で内職みたいに明日のシフト表を眺めていた。
コンビニの早番。
その後、昼過ぎからギルドでの打ち合わせ。
で、たぶんDDAからも何かしら連絡が来る。
「……俺の胃、いくつあっても足りないな」
《実際には一つです》
「分かってるよ」
つい小声で返してしまう。
「なにか言った?」
ユニットバスから、シャワーの音に混じってミサキの声。
「いえ!? 独り言です!」
「そう。怖いなぁ、いきなり同居人が一人で喋ってたら」
「わりと致命的なんでやめてくださいその想像」
誤魔化しながら、足元を見る。
青いぷよぷよが、布団の影からこっそり顔を出していた。
「お前は出てくんな」
小声で怒ると、スライムはしゅん……としぼんだ気がした。
さっき、掃除のときにちょっとだけ呼び出して、床下の隙間に落ちたペットボトルのフタを回収させたのだ。
便利すぎてもう手放せない。
でも、今ここで見られたら終わる。
「いいか、お前は俺以外の前じゃ基本、引きこもり。分かった?」
念じるように言うと、スライムはこくこくうなずいた……気がする。
《従魔の知能指数は低いですが、マスターの感情にある程度は反応します》
(かわいいなそれは)
内臓ダンジョンと従魔。
これさえバレなければ、俺の人生はギリギリ続く。
――そのはずだ。
◇
シャワーを終えたミサキが出てくる。
髪をタオルで拭きながら、さっきのジャケットではなく、ゆるい部屋着に着替えていた。
黒いTシャツにグレーのジャージ。まだうさぎルームウェアではない。残念なような、ホッとするような。
「ふぅ……やっぱり日本のアパートの風呂は狭いね」
「それ多分国というより物件の問題です」
「そうかも」
ミサキはテーブルの前に座り、持ってきたペットボトルの水をひと口飲んだ。
「で、晩ごはんは?」
「あ、俺さっき食べちゃいました。半額弁当」
「ブラックだ……」
「白神さんは?」
「忙しくて食べ損ねた」
「……カップ麺ならありますけど」
「助かる。スポンサー案件のエナドリしか飲んでないと、胃が死ぬんだよね」
そう言いながら、自然にキッチンに立って、電気ケトルに水を入れ始める。
「あ、そこは俺がやりますよ。お客さんなんで」
「今朝から“監視役”って言われてる人間をお客さん扱いするの、だいぶ図太いよ」
「もう図太くならないとやっていけない気がして」
「それはそう」
そんなやり取りをしつつ、ふたりでカップ麺を作る。
なんだこの画ヅラ。トップハンターと深夜カップ麺って。
「「いただきます」」
ずずず、と同時に麺をすする音が狭い部屋に響いた。
「……うま」
「安い味が一番落ち着くの、ちょっと分かっちゃうのが悔しい」
「スポンサーさんには内緒にしておきます」
「そうして」
ほんの数分前まで「危険因子候補」とか言われてたのに、今はただの貧乏フリーターと若手社会人の雑談みたいだ。
なんか、変な感じだ。
「そういえば」
麺を半分くらい食べたところで、ミサキがふと思い出したように顔を上げた。
「レンジさんたちには、ちゃんと連絡した?」
「あ、さっき病院から電話きました。骨ヒビと打撲で、カナさんは魔力切れで入院って」
「命あってよかったね」
「はい。……俺が核にツッコまなかったら、多分、あそこ全員アウトでしたし」
「その“ツッコミ”をもう一度やらかしたら、今度は止めるからね」
「……はい」
本気の目だった。
冗談じゃなくて、“現場の人の目”だ。
「無茶をゼロにしろとは言わない。でも、“ギリギリ戻ってこれるライン”は守って」
「難しい注文をさらっと……」
「監視役だから」
そう言って、彼女は空になったカップをテーブルの端に寄せた。
「とりあえず、今日はお互い寝よう。私は明日、本部と打ち合わせがあって、それが終わったらまたここに戻る」
「え、日中はここいないんですか?」
「ずっと張り付いてても息が詰まるでしょ。
DDAの監視システム的には、この部屋の周囲に簡易センサー張っとくから、大きな異常があればすぐ分かる」
「センサー……」
「玄関と窓に小さいのつけさせてもらうね。侵入者や異常な魔力反応を察知するやつ」
「はい、どうぞ……」
プライバシーの死を感じつつも、背に腹は代えられない。
◇
夜も遅くなって、部屋の電気を落とす。
床にはミサキの寝袋。
その横に、敷き直した布団。
「じゃ、おやすみ、天城さん」
「おやすみなさい、白神さん」
暗闇の中で、天井を見上げる。
(……なんだこの状況)
昨日まで、ただのポーターフリーターだった俺の六畳一間に、
ダンジョン対策庁のエースハンターが住んでいて、
俺の腹の中には小さなダンジョンがある。
《事実の列挙だけで、心拍数が上昇しています》
(もう黙ってろって……)
目を閉じて、内側の気配に意識を向ける。
石造りの小部屋。
そこにいる青いスライムが、こっちの不安に呼応するみたいに、ぷるぷる震えた。
(大丈夫だ。今のところ、バレてない)
そう自分に言い聞かせた、そのとき――
スマホが、けたたましいアラーム音を鳴らした。
『【緊急速報】半径一キロ圏内で小規模ダンジョン反応を検知しました。周辺住民は――』
「……マジかよ」
同時に、寝袋の方でもがさっと音がする。
「……起きてます?」
「起きてる。というか、起こされた」
暗闇の中で、ミサキの声が低くなる。
「場所、どこ?」
スマホの画面を見て、血の気が引いた。
「ここから……歩いて五分です」
「最悪」
布団の中の心拍数が、一気に跳ね上がる。
俺と銀髪ハンターの同居生活、初日の夜。
穏やかに終わる予定だったそれは、あっさりと崩れ去った。




