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【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

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4/10

第4話 銀髪ハンターとブラック企業生活

 会議室のドアが閉まる音がしても、頭の中ではさっきの一言が反芻されていた。


(今日からあなたの部屋に住み込みます)


 住み込みます。じゃないんだよ。


(いやいやいやいや。え? マジで? 同居って、あの白神さんと?)


 格ゲーだったら、とっくにスタン値振り切って気絶してるレベルだ。


「……顔が死んでますよ、天城さん」


 隣を歩く銀髪が、じとっとした目で俺を見上げてきた。


「白神さんの一言一言が致死量なんですよ」


「自覚はある。私も、“危険因子”と同居って言われたとき、頭抱えたからね」


「抱えたけど結局オッケーしたんですね……?」


「まぁ、誰かがやらないといけない役だから」


 あっさり言うなあ。


 DDAの廊下を歩きながら、俺たちはエレベーターに乗り込む。

 乗った瞬間、ふわっとシャンプーのいい匂いがして、変に緊張した。


(落ち着け。これは監視だ。ラブコメじゃない。ラブのラの字もない)


《心拍数、再び上昇傾向》


(黙ってろシステム)


 ポイントカードのスタンプ感覚で「心拍数:上昇」のログを貯めるのをやめてほしい。


 エレベーターが一階に着くと、庁舎ロビーに出た。

 外には、来たときと同じ黒塗りの公用車が待っている。


「じゃ、とりあえず今は送ります。荷物取りに戻りたいから、一回家で待ってて」


「あ、はい……ってことは、ほんとに今日中に来るんですね」


「“今日から”って言っちゃったしね。嘘はつきたくない」


 妙なところで律儀だ。


 車に乗り込むと、窓の外にビル群が流れていく。

 助手席では、スーツの職員のお兄さんが無表情で前を見ていた。


 車内の空気が、微妙に重い。


 耐えきれず、俺は口を開いた。


「あの、白神さんって……その、配信してますよね?」


「知ってたんだ?」


「レンジさんが言ってました。『最近の若いハンターは配信やってナンボだ』って。

 ランキングで名前だけ見たことあります」


「名前だけ、ね」


「動画見るとパケット死ぬんで……」


「そこまで言わなくていい」


 窓の外に視線を向けたまま、ミサキは小さく笑った。


「仕事の一部みたいなものだよ。スポンサーもつくし、装備も提供してもらえるし。

 その代わり、死ねないけどね」


「死ねない?」


「画面の向こうで見てる人がいる。

 “推しの配信で人が死ぬ瞬間”なんて、誰も見たくないでしょ」


 軽い口調なのに、その一言だけ妙に重かった。


 昨日のダンジョン。

 炎の音。床の崩れる感触。

 レンジさんとカナさんの、血のついた顔。


 あの光景に、配信コメントの「www」とか「ナイスー」とかが乗っかるところを想像して、ぞっとする。


「……そうですね。たぶん、俺も見たくないです」


「だから私は、できるだけ“誰も死なせない配信”を目指してる。

 まぁ現場では、カメラ回ってないところの方が多いけどね」


 そこで彼女は、少しだけ俺の方を見た。


「昨日もそう。あの場で死者ゼロだったのは、あなたの無茶のおかげ。

 それはちゃんと評価していいと思うよ」


「……無茶しないと、誰か死にそうだったからです」


「それが無茶って言うんだけど」


 ミサキが小さく息を吐く。


「正直に言うとね、私は、あなたを“危険因子候補”だと思ってる」


 いきなりで、心臓がぴくっと跳ねた。


「“普通じゃない何か”を持ってるのは間違いない。

 映像でもログでも、あの崩壊の中心にいたのはあなただから」


「……ですよね」


「核に触れた時の魔力の揺れ。

 崩壊が始まってからの、あなたの周囲だけ違う流れ。

 あれは、今まで私が見てきたどの崩壊パターンとも違ってた」


 そこまで言って、彼女はわざと肩をすくめてみせる。


「でも同時に、“誰かを守るために頭から突っ込むバカ”だとも思ってる」


「それ褒めてます?」


「最大限に褒めてる」


 即答だった。


 彼女の横顔は、窓の外のビルに流れる光を映していて、妙に大人びて見える。


「だから、私は監視役をやる。

 あなたが本当に危険な方向に転がりそうなら止める。

 でも、人を守るために力を使おうとするなら、そのときは全力で援護する」


「……そんな大したもん、俺にあるかどうか」


「そこを確かめるのが、これからの仕事ってこと」


 言い切ってから、ミサキは話題を変えるみたいに言った。


「で、アンタの部屋、どんな感じ?」


「地獄です」


「具体的に」


「六畳一間。ロフトなし。ユニットバス。キッチンは……キッチンって呼ぶと怒られそうなサイズです」


「ふむ。女の子が暮らすにはちょっと厳しいね」


「安心してください。俺も暮らすには厳しいです」


「自慢になってない」


 そう言い合っているうちに、車は俺のアパートの前に止まった。


 ボロアパート。二階建て。外壁はところどころ色あせていて、階段はギシギシ言うやつ。


 黒塗りの公用車だけが、明らかに場違いだった。


「……味わいがあるね」


「言い方……」


 ミサキは車から降りて、アパートを見上げる。


「私は一回本部に戻って荷物まとめてくる。

 夜、二十時前後には来るから、そのつもりで」


 さらっと言って、彼女は運転席の職員に「じゃあ戻ってください」と声をかける。


「天城さんは普通に生活してていいよ。

 変なことしなければ、だけど」


「変なことって?」


「例えば、勝手にダンジョンに潜るとか、核っぽいものを見つけてまた触りに行くとか」


「そんな頻繁に核落ちてないですって!」


 俺のツッコミを背中で受け流しながら、ミサキは車に乗り込んだ。


「じゃ、また後で」


 黒塗りの車が走り去るのを、俺はしばらく呆然と見送る。


「……本当に来るんだよな、あれ」



 部屋に戻るなり、俺は現実逃避をやめて現実と向き合った。


「うわ、汚っ」


 六畳一間。ベッド代わりの敷きっぱなしの布団。

 脱ぎっぱなしの服。床に直置きのコンビニ弁当の空き容器。

 テーブルの上には、ギルドの資料と安いカップ麺のストック。


 ここに、女の子が住む――?


「……無理だろ」


《衛生状態の悪化は、健康リスクおよび心拍数上昇の要因となります》


「だからお前はなんでいちいち心拍数に結びつけるんだよ」


 とはいえ、システムの言う通りだ。

 というかこれを見られたら、監視どうこうの前に人間性を疑われる。


「よし、掃除だ」


 珍しくやる気スイッチが入った。


 ゴミ袋を引っ張り出し、空き容器とペットボトルを突っ込む。

 服を洗濯機に放り込み、布団を整え、テーブルの上を拭く。


 いつもなら「まあいいか」で見なかったことにしていた細かい汚れにも、今日は妙に目がいった。


「同居……かぁ」


 口に出してみると、じわじわと実感が湧いてくる。


 監視されるのは正直こわい。

 でも、誰かがそばにいてくれるのは――すこしだけ、心強い気もした。


 もちろん、それがトップハンターの銀髪美人っていう事実は、俺の心拍数的に大問題なんだけど。


《心拍数、微増》


「だからその報告いる!?」


 ひと通り片づけを終えた頃には、窓の外はすっかり夕闇に染まっていた。


 時計を見ると、十九時半。


「……腹減ったな」


 コンビニで買っておいた半額弁当をレンジに突っ込み、テレビをつける。

 ニュース番組では、昨日の暴走ダンジョンの特集がまだ流れていた。


『幸い死亡者はおらず――』


「……よかった」


 自分があの場にいたことが、テレビの向こうの出来事みたいに感じる。


 けど、心のどこかでは、あの時の熱と痛み、そして脳内に響いた声を、意識的に思い出さないようにしていた。


(今ここで内臓ダンジョンのこと話したら、多分即・隔離コースなんだろうな)


 冗談じゃない。

 俺はまだ、コンビニバイトの給料日を何回か迎えたい。


 そんなくだらないことを考えているうちに、時間は流れ――


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


 時計は、きっちり二十時を指している。


「……時間どおりかよ」


 妙なところで几帳面すぎる。


 玄関に向かいながら、深呼吸ひとつ。


「はーい……」


 ドアを開けると、そこには予想どおりの人物が立っていた。


 黒いジャケットの上に薄手のパーカー。

 片手にはキャリーケース。もう片方の肩には、大きめのリュック。


 銀髪ショートに、氷みたいな青い瞳。


「お邪魔します。今日から監視役です」


 白神ミサキは、ごく普通の挨拶みたいな顔で言った。


「……ようこそ、俺の安アパートへ」


 ついでに、俺の心拍数地獄へ。


《心拍数、上限値更新》


「黙れって言ってんだろ!!」


 思わず口に出しかけて、慌てて飲み込む。


「今なんか言いました?」


「いえなにも」


 俺は笑顔を貼り付けながら、彼女を部屋の中へと案内した。


 ――こうして、俺と銀髪ハンターのブラック企業みたいな同居生活が、正式に始まった。

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