第4話 銀髪ハンターとブラック企業生活
会議室のドアが閉まる音がしても、頭の中ではさっきの一言が反芻されていた。
(今日からあなたの部屋に住み込みます)
住み込みます。じゃないんだよ。
(いやいやいやいや。え? マジで? 同居って、あの白神さんと?)
格ゲーだったら、とっくにスタン値振り切って気絶してるレベルだ。
「……顔が死んでますよ、天城さん」
隣を歩く銀髪が、じとっとした目で俺を見上げてきた。
「白神さんの一言一言が致死量なんですよ」
「自覚はある。私も、“危険因子”と同居って言われたとき、頭抱えたからね」
「抱えたけど結局オッケーしたんですね……?」
「まぁ、誰かがやらないといけない役だから」
あっさり言うなあ。
DDAの廊下を歩きながら、俺たちはエレベーターに乗り込む。
乗った瞬間、ふわっとシャンプーのいい匂いがして、変に緊張した。
(落ち着け。これは監視だ。ラブコメじゃない。ラブのラの字もない)
《心拍数、再び上昇傾向》
(黙ってろシステム)
ポイントカードのスタンプ感覚で「心拍数:上昇」のログを貯めるのをやめてほしい。
エレベーターが一階に着くと、庁舎ロビーに出た。
外には、来たときと同じ黒塗りの公用車が待っている。
「じゃ、とりあえず今は送ります。荷物取りに戻りたいから、一回家で待ってて」
「あ、はい……ってことは、ほんとに今日中に来るんですね」
「“今日から”って言っちゃったしね。嘘はつきたくない」
妙なところで律儀だ。
車に乗り込むと、窓の外にビル群が流れていく。
助手席では、スーツの職員のお兄さんが無表情で前を見ていた。
車内の空気が、微妙に重い。
耐えきれず、俺は口を開いた。
「あの、白神さんって……その、配信してますよね?」
「知ってたんだ?」
「レンジさんが言ってました。『最近の若いハンターは配信やってナンボだ』って。
ランキングで名前だけ見たことあります」
「名前だけ、ね」
「動画見るとパケット死ぬんで……」
「そこまで言わなくていい」
窓の外に視線を向けたまま、ミサキは小さく笑った。
「仕事の一部みたいなものだよ。スポンサーもつくし、装備も提供してもらえるし。
その代わり、死ねないけどね」
「死ねない?」
「画面の向こうで見てる人がいる。
“推しの配信で人が死ぬ瞬間”なんて、誰も見たくないでしょ」
軽い口調なのに、その一言だけ妙に重かった。
昨日のダンジョン。
炎の音。床の崩れる感触。
レンジさんとカナさんの、血のついた顔。
あの光景に、配信コメントの「www」とか「ナイスー」とかが乗っかるところを想像して、ぞっとする。
「……そうですね。たぶん、俺も見たくないです」
「だから私は、できるだけ“誰も死なせない配信”を目指してる。
まぁ現場では、カメラ回ってないところの方が多いけどね」
そこで彼女は、少しだけ俺の方を見た。
「昨日もそう。あの場で死者ゼロだったのは、あなたの無茶のおかげ。
それはちゃんと評価していいと思うよ」
「……無茶しないと、誰か死にそうだったからです」
「それが無茶って言うんだけど」
ミサキが小さく息を吐く。
「正直に言うとね、私は、あなたを“危険因子候補”だと思ってる」
いきなりで、心臓がぴくっと跳ねた。
「“普通じゃない何か”を持ってるのは間違いない。
映像でもログでも、あの崩壊の中心にいたのはあなただから」
「……ですよね」
「核に触れた時の魔力の揺れ。
崩壊が始まってからの、あなたの周囲だけ違う流れ。
あれは、今まで私が見てきたどの崩壊パターンとも違ってた」
そこまで言って、彼女はわざと肩をすくめてみせる。
「でも同時に、“誰かを守るために頭から突っ込むバカ”だとも思ってる」
「それ褒めてます?」
「最大限に褒めてる」
即答だった。
彼女の横顔は、窓の外のビルに流れる光を映していて、妙に大人びて見える。
「だから、私は監視役をやる。
あなたが本当に危険な方向に転がりそうなら止める。
でも、人を守るために力を使おうとするなら、そのときは全力で援護する」
「……そんな大したもん、俺にあるかどうか」
「そこを確かめるのが、これからの仕事ってこと」
言い切ってから、ミサキは話題を変えるみたいに言った。
「で、アンタの部屋、どんな感じ?」
「地獄です」
「具体的に」
「六畳一間。ロフトなし。ユニットバス。キッチンは……キッチンって呼ぶと怒られそうなサイズです」
「ふむ。女の子が暮らすにはちょっと厳しいね」
「安心してください。俺も暮らすには厳しいです」
「自慢になってない」
そう言い合っているうちに、車は俺のアパートの前に止まった。
ボロアパート。二階建て。外壁はところどころ色あせていて、階段はギシギシ言うやつ。
黒塗りの公用車だけが、明らかに場違いだった。
「……味わいがあるね」
「言い方……」
ミサキは車から降りて、アパートを見上げる。
「私は一回本部に戻って荷物まとめてくる。
夜、二十時前後には来るから、そのつもりで」
さらっと言って、彼女は運転席の職員に「じゃあ戻ってください」と声をかける。
「天城さんは普通に生活してていいよ。
変なことしなければ、だけど」
「変なことって?」
「例えば、勝手にダンジョンに潜るとか、核っぽいものを見つけてまた触りに行くとか」
「そんな頻繁に核落ちてないですって!」
俺のツッコミを背中で受け流しながら、ミサキは車に乗り込んだ。
「じゃ、また後で」
黒塗りの車が走り去るのを、俺はしばらく呆然と見送る。
「……本当に来るんだよな、あれ」
◇
部屋に戻るなり、俺は現実逃避をやめて現実と向き合った。
「うわ、汚っ」
六畳一間。ベッド代わりの敷きっぱなしの布団。
脱ぎっぱなしの服。床に直置きのコンビニ弁当の空き容器。
テーブルの上には、ギルドの資料と安いカップ麺のストック。
ここに、女の子が住む――?
「……無理だろ」
《衛生状態の悪化は、健康リスクおよび心拍数上昇の要因となります》
「だからお前はなんでいちいち心拍数に結びつけるんだよ」
とはいえ、システムの言う通りだ。
というかこれを見られたら、監視どうこうの前に人間性を疑われる。
「よし、掃除だ」
珍しくやる気スイッチが入った。
ゴミ袋を引っ張り出し、空き容器とペットボトルを突っ込む。
服を洗濯機に放り込み、布団を整え、テーブルの上を拭く。
いつもなら「まあいいか」で見なかったことにしていた細かい汚れにも、今日は妙に目がいった。
「同居……かぁ」
口に出してみると、じわじわと実感が湧いてくる。
監視されるのは正直こわい。
でも、誰かがそばにいてくれるのは――すこしだけ、心強い気もした。
もちろん、それがトップハンターの銀髪美人っていう事実は、俺の心拍数的に大問題なんだけど。
《心拍数、微増》
「だからその報告いる!?」
ひと通り片づけを終えた頃には、窓の外はすっかり夕闇に染まっていた。
時計を見ると、十九時半。
「……腹減ったな」
コンビニで買っておいた半額弁当をレンジに突っ込み、テレビをつける。
ニュース番組では、昨日の暴走ダンジョンの特集がまだ流れていた。
『幸い死亡者はおらず――』
「……よかった」
自分があの場にいたことが、テレビの向こうの出来事みたいに感じる。
けど、心のどこかでは、あの時の熱と痛み、そして脳内に響いた声を、意識的に思い出さないようにしていた。
(今ここで内臓ダンジョンのこと話したら、多分即・隔離コースなんだろうな)
冗談じゃない。
俺はまだ、コンビニバイトの給料日を何回か迎えたい。
そんなくだらないことを考えているうちに、時間は流れ――
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
時計は、きっちり二十時を指している。
「……時間どおりかよ」
妙なところで几帳面すぎる。
玄関に向かいながら、深呼吸ひとつ。
「はーい……」
ドアを開けると、そこには予想どおりの人物が立っていた。
黒いジャケットの上に薄手のパーカー。
片手にはキャリーケース。もう片方の肩には、大きめのリュック。
銀髪ショートに、氷みたいな青い瞳。
「お邪魔します。今日から監視役です」
白神ミサキは、ごく普通の挨拶みたいな顔で言った。
「……ようこそ、俺の安アパートへ」
ついでに、俺の心拍数地獄へ。
《心拍数、上限値更新》
「黙れって言ってんだろ!!」
思わず口に出しかけて、慌てて飲み込む。
「今なんか言いました?」
「いえなにも」
俺は笑顔を貼り付けながら、彼女を部屋の中へと案内した。
――こうして、俺と銀髪ハンターのブラック企業みたいな同居生活が、正式に始まった。




