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【第1章完】俺の内臓、ダンジョンになりました  作者: 日月 間
第1章 内臓ダンジョンと監視生活

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第3話 ダンジョン対策庁の聞き取り

 ダンジョン対策庁――略してDDA。


 ニュースやネットでは見たことがある。

 けど、自分の足でその庁舎に入る日が来るなんて、人生設計には一切入ってなかった。


「緊張しなくて大丈夫ですよー。今日はあくまで事情確認ですから」


 エントランスで受付をしていたお姉さん――名札には「鈴村」と書かれている――が、にこにこ笑いながら言った。


「いや、こんな黒塗りで迎えに来ておいて“緊張しなくていい”は無理ありますよね?」


「えへへ、ですよねぇ。私も初めてここ来たとき、吐きそうなくらい緊張しました」


 軽い。役所感ゼロ。

 ただでさえ心臓バクバクなのに、いい意味で力が抜ける。


 案内された廊下は、いかにもお役所的な灰色と白の世界だった。

 けど壁には、歴代ハンターたちの表彰写真や、ダンジョンの断面図パネルがずらっと並んでいる。


(あ、これニュースで見たことあるやつだ……)


 どこか遠い世界の話だった「ダンジョン対策」が、急に手触りを持ちはじめる。


「こちらの会議室でお待ちくださいね。お水、要ります?」


「あ、ありがとうございます……」


 紙コップを受け取って中に入ると、四人掛けのテーブルと、モニター付きのホワイトボード。

 端っこに監視カメラらしき黒い球体。


 うわぁ、ガチ尋問ルーム感。


 椅子に座ると同時に、胸の奥で《心拍数上昇》とか報告してくる内臓ダンジョンの声を、全力で無視する。


(喋るなシステム。今しゃべったらマジで変なやつだと思われる)


 コップの水を一口飲んで、深呼吸。

 間もなくして、ドアがノックされる音がした。


「失礼する」


 入ってきたのは、三十代くらいの男だった。

 短い黒髪、無精ひげ、軍服っぽいジャケット。背が高くて、目つきが鋭い。


 ああ、多分この人、現場で怒鳴ってるタイプだ。


「神崎トウマだ。実動班の班長をしている」


「あ、天城ハルトです。お世話になって……るのかは分かんないですけど」


「昨日の暴走ダンジョンから逃げ延びたポーター。合ってるな?」


「“逃げ延びた”って言い方やめてもらっていいですか? 一応、頑張ったつもりなんですけど」


 うっかりいつもの調子で返したら、神崎さんの口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「そうか。じゃあ“運よく生き残った”にしといてやる」


「そこ変わってなくないですか?」


「事実だろ」


 そんなやり取りのあと、神崎さんは椅子に腰を下ろした。

 隣の席には、最初からいたスーツの男――さっき俺をここまで連れてきた人――が座る。


「録音を開始する。天城ハルト、年齢十九。住所、ギルド登録番号……」


 淡々と読み上げる声を聞きながら、背中にじっとりと汗がにじむ。


(深呼吸、深呼吸。昨日と同じことを、昨日と同じように話せばいい)


「昨夜二十二時三十五分。都内第三ダンジョンで暴走が発生。

 お前が所属していたパーティは、第三層ボス部屋までたどり着き、そこで全滅しかけた――合ってるか?」


「……はい」


「その後、核が破壊され、ダンジョンは崩壊。お前と他二名は救出された。核を壊したのは誰だ?」


 喉が、ひゅっと鳴る。


 あの瞬間。

 俺がナイフを振り下ろした感触。

 尾が迫ってきた殺気。

 そして、口の中に飛び込んできた冷たい欠片――。


「……覚えてません」


 なるべく自然な声を心がけて、俺は答えた。


「気づいたら、核が砕けてて。俺、吹っ飛ばされて……気がついたら外で」


「そうか。じゃあ質問を変える。核に触れた記憶は?」


「……足、引っかけて転んで、そのときに……当たったかもしれません」


 嘘ではない。転んだし、当たったし、触れた。

 ただ、そのあと飲み込んだことだけを、綺麗に隠している。


《心拍数、通常の一・五倍》


(実況すんなって言ってんだろ!!)


 内側でシステムに怒鳴る。

 その音量が外に漏れてないことだけを祈る。


 神崎さんはしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがて視線を外した。


「……核が破壊された後、お前の周囲で“異常な現象”はなかったか」


「異常?」


「例えば、足場が急に変化したとか、魔物の動きがおかしくなったとか。通常の崩壊パターンと違う挙動がいくつか確認されていてな」


 冷や汗が、背中を一筋伝う。


(そりゃそうだろうな。俺の中でダンジョンが生まれて、外も巻き込んでたんだから)


「……正直、それどころじゃなかったです。痛くて、気持ち悪くて、意識飛びそうでしたし」


「痛かった?」


「えっと、その……お腹のあたりが」


 曖昧にお腹を押さえると、システムが《位置的には胃の付近》とか補足してきた。黙ってろ。


「医療班の診断では、お前の臓器に目立った損傷は見られなかった。外傷も打撲程度だ。……どういうことだと思う?」


「タフなんですかね、俺」


 自分で言って、すぐに後悔した。

 冗談でごまかすクセ、ほんと直した方がいい。


 神崎さんは小さくため息をつく。


「……悪いな。怖い思いをしていることは分かっている。だがあの規模の暴走を、“たまたま”で片づけるには無理がある」


 そのとき、コンコンとドアがノックされた。


「入れ」


 入ってきたのは、見覚えのある顔だった。


 銀髪ショートに、氷みたいな青い瞳。

 昨日、聞き取りの時に廊下の端でこっちを見ていた、あの女ハンター。


「白神ミサキです。現場報告、上がりました」


 ぴしっと立った姿勢。

 黒いジャケットの胸ポケットには、ボディカメラと思しき小型機械がついている。


 神崎さんは彼女からタブレットを受け取り、中身にざっと目を通した。


「……なるほどな。ボス出現から崩壊まで、通常の半分か」


「はい。周囲の魔力濃度の変化も、通常時とは異なっていました」


 ミサキの視線が、ふっとこちらを向く。

 一瞬だけ、青い瞳と目が合った。


 射抜かれた、と思った。


 咄嗟に視線をそらす。

 心臓がドクンドクンとうるさい。


《心拍数、上昇――》


(黙れ! 今のは緊張とか恐怖とかじゃなくて、たぶんその……イケメン(女)補正だ!)


《解析不能な理由です》


 うるさい。


 現実の会話は続いている。


「白神、お前の目から見てどうだ?」


「“普通ではない”です」


 はっきりと言い切られて、俺の胃がきゅっと縮んだ。


「紅角竜の行動パターン、魔力の流れ、崩壊シーケンス……すべての中心点に、彼がいました」


 ミサキは一歩だけ進み、俺の向かいの席に腰を下ろした。


「天城ハルトさん。あなた、核に“何か”しましたよね?」


「いやマジで覚えてないんですって!」


 反射的に声が裏返る。

 焦りを悟られないように、必死で表情筋を制御する。


 ミサキはじっと俺を見ていた。

 その視線は、鋭いのに、不思議と敵意は感じない。


「怖がらせるつもりはありません。ただ、事実を知りたいだけです」


「こっちも知りたいですよ。俺が一番“何が起こったのか”分かってませんからね!」


 それは本音だ。

 ほんとに、何がどうなって俺の腹にダンジョンができたのか分からない。


 ……分からないけれど、言えない。


 言ったが最後、俺の人生はマジでエンディングを迎える気しかしない。


 沈黙。

 空調の機械音だけが、静かに響く。


 やがてミサキが、ふっと視線を落とした。


「……分かりました。いまは、ここまでにしておきます」


「え?」


「これ以上詰めても、出てこないものは出てこないでしょう。少なくとも、本人に自覚のある“意図的な行為”ではないようですし」


 そう言ってから、彼女は神崎さんの方を見る。


「班長。彼を拘束しても、現時点では意味が薄いと思います。むしろ監視下で日常生活をさせた方が、何かあったとき対処しやすい」


「……お前、責任取る気あるのか?」


「取ります。現場担当として、監視役に立候補します」


 トウマさんが「はぁぁ?」と盛大にため息をついた。


「白神、お前なぁ。上も色々うるさいんだぞ。『危険因子はすぐ隔離しろ』って」


「危険因子だからこそ、現場でコントロールできる人間が必要です」


 ああこれ、完全に上司と部下のいつものやり取りだ。

 ところで、その「危険因子」って俺のことですね?


 俺が軽く絶望している間に、会話は進んでいく。


 結論として――


「天城ハルト。しばらくの間、お前の生活はダンジョン対策庁の監視下に置かれる」


「はぁ」


「自宅はそのままでいい。ただし、日常生活に“監視役”が同居する」


「……同居?」


 聞き慣れない単語に、反射的に聞き返す。


 ミサキが、少しだけ申し訳なさそうに、でもきっぱりと俺を見た。


「天城ハルト。あなたの監視役――兼、護衛として。私、白神ミサキが、今日からあなたの部屋に住み込みます」


「は???」


 頭が真っ白になった。


(え、待って。銀髪美人と同居? いやいや何そのラブコメイベント。違う、落ち着け。冷静になれ。これ監視だから。監視――)


《心拍数、異常上昇。数値は――》


(だから実況すんなああああ!!)


 俺の悲鳴は、もちろん誰にも聞こえない。


 代わりに、会議室の隅の監視カメラが、無機質な赤いランプを点滅させていた。

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