第3話 ダンジョン対策庁の聞き取り
ダンジョン対策庁――略してDDA。
ニュースやネットでは見たことがある。
けど、自分の足でその庁舎に入る日が来るなんて、人生設計には一切入ってなかった。
「緊張しなくて大丈夫ですよー。今日はあくまで事情確認ですから」
エントランスで受付をしていたお姉さん――名札には「鈴村」と書かれている――が、にこにこ笑いながら言った。
「いや、こんな黒塗りで迎えに来ておいて“緊張しなくていい”は無理ありますよね?」
「えへへ、ですよねぇ。私も初めてここ来たとき、吐きそうなくらい緊張しました」
軽い。役所感ゼロ。
ただでさえ心臓バクバクなのに、いい意味で力が抜ける。
案内された廊下は、いかにもお役所的な灰色と白の世界だった。
けど壁には、歴代ハンターたちの表彰写真や、ダンジョンの断面図パネルがずらっと並んでいる。
(あ、これニュースで見たことあるやつだ……)
どこか遠い世界の話だった「ダンジョン対策」が、急に手触りを持ちはじめる。
「こちらの会議室でお待ちくださいね。お水、要ります?」
「あ、ありがとうございます……」
紙コップを受け取って中に入ると、四人掛けのテーブルと、モニター付きのホワイトボード。
端っこに監視カメラらしき黒い球体。
うわぁ、ガチ尋問ルーム感。
椅子に座ると同時に、胸の奥で《心拍数上昇》とか報告してくる内臓ダンジョンの声を、全力で無視する。
(喋るなシステム。今しゃべったらマジで変なやつだと思われる)
コップの水を一口飲んで、深呼吸。
間もなくして、ドアがノックされる音がした。
「失礼する」
入ってきたのは、三十代くらいの男だった。
短い黒髪、無精ひげ、軍服っぽいジャケット。背が高くて、目つきが鋭い。
ああ、多分この人、現場で怒鳴ってるタイプだ。
「神崎トウマだ。実動班の班長をしている」
「あ、天城ハルトです。お世話になって……るのかは分かんないですけど」
「昨日の暴走ダンジョンから逃げ延びたポーター。合ってるな?」
「“逃げ延びた”って言い方やめてもらっていいですか? 一応、頑張ったつもりなんですけど」
うっかりいつもの調子で返したら、神崎さんの口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
「そうか。じゃあ“運よく生き残った”にしといてやる」
「そこ変わってなくないですか?」
「事実だろ」
そんなやり取りのあと、神崎さんは椅子に腰を下ろした。
隣の席には、最初からいたスーツの男――さっき俺をここまで連れてきた人――が座る。
「録音を開始する。天城ハルト、年齢十九。住所、ギルド登録番号……」
淡々と読み上げる声を聞きながら、背中にじっとりと汗がにじむ。
(深呼吸、深呼吸。昨日と同じことを、昨日と同じように話せばいい)
「昨夜二十二時三十五分。都内第三ダンジョンで暴走が発生。
お前が所属していたパーティは、第三層ボス部屋までたどり着き、そこで全滅しかけた――合ってるか?」
「……はい」
「その後、核が破壊され、ダンジョンは崩壊。お前と他二名は救出された。核を壊したのは誰だ?」
喉が、ひゅっと鳴る。
あの瞬間。
俺がナイフを振り下ろした感触。
尾が迫ってきた殺気。
そして、口の中に飛び込んできた冷たい欠片――。
「……覚えてません」
なるべく自然な声を心がけて、俺は答えた。
「気づいたら、核が砕けてて。俺、吹っ飛ばされて……気がついたら外で」
「そうか。じゃあ質問を変える。核に触れた記憶は?」
「……足、引っかけて転んで、そのときに……当たったかもしれません」
嘘ではない。転んだし、当たったし、触れた。
ただ、そのあと飲み込んだことだけを、綺麗に隠している。
《心拍数、通常の一・五倍》
(実況すんなって言ってんだろ!!)
内側でシステムに怒鳴る。
その音量が外に漏れてないことだけを祈る。
神崎さんはしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがて視線を外した。
「……核が破壊された後、お前の周囲で“異常な現象”はなかったか」
「異常?」
「例えば、足場が急に変化したとか、魔物の動きがおかしくなったとか。通常の崩壊パターンと違う挙動がいくつか確認されていてな」
冷や汗が、背中を一筋伝う。
(そりゃそうだろうな。俺の中でダンジョンが生まれて、外も巻き込んでたんだから)
「……正直、それどころじゃなかったです。痛くて、気持ち悪くて、意識飛びそうでしたし」
「痛かった?」
「えっと、その……お腹のあたりが」
曖昧にお腹を押さえると、システムが《位置的には胃の付近》とか補足してきた。黙ってろ。
「医療班の診断では、お前の臓器に目立った損傷は見られなかった。外傷も打撲程度だ。……どういうことだと思う?」
「タフなんですかね、俺」
自分で言って、すぐに後悔した。
冗談でごまかすクセ、ほんと直した方がいい。
神崎さんは小さくため息をつく。
「……悪いな。怖い思いをしていることは分かっている。だがあの規模の暴走を、“たまたま”で片づけるには無理がある」
そのとき、コンコンとドアがノックされた。
「入れ」
入ってきたのは、見覚えのある顔だった。
銀髪ショートに、氷みたいな青い瞳。
昨日、聞き取りの時に廊下の端でこっちを見ていた、あの女ハンター。
「白神ミサキです。現場報告、上がりました」
ぴしっと立った姿勢。
黒いジャケットの胸ポケットには、ボディカメラと思しき小型機械がついている。
神崎さんは彼女からタブレットを受け取り、中身にざっと目を通した。
「……なるほどな。ボス出現から崩壊まで、通常の半分か」
「はい。周囲の魔力濃度の変化も、通常時とは異なっていました」
ミサキの視線が、ふっとこちらを向く。
一瞬だけ、青い瞳と目が合った。
射抜かれた、と思った。
咄嗟に視線をそらす。
心臓がドクンドクンとうるさい。
《心拍数、上昇――》
(黙れ! 今のは緊張とか恐怖とかじゃなくて、たぶんその……イケメン(女)補正だ!)
《解析不能な理由です》
うるさい。
現実の会話は続いている。
「白神、お前の目から見てどうだ?」
「“普通ではない”です」
はっきりと言い切られて、俺の胃がきゅっと縮んだ。
「紅角竜の行動パターン、魔力の流れ、崩壊シーケンス……すべての中心点に、彼がいました」
ミサキは一歩だけ進み、俺の向かいの席に腰を下ろした。
「天城ハルトさん。あなた、核に“何か”しましたよね?」
「いやマジで覚えてないんですって!」
反射的に声が裏返る。
焦りを悟られないように、必死で表情筋を制御する。
ミサキはじっと俺を見ていた。
その視線は、鋭いのに、不思議と敵意は感じない。
「怖がらせるつもりはありません。ただ、事実を知りたいだけです」
「こっちも知りたいですよ。俺が一番“何が起こったのか”分かってませんからね!」
それは本音だ。
ほんとに、何がどうなって俺の腹にダンジョンができたのか分からない。
……分からないけれど、言えない。
言ったが最後、俺の人生はマジでエンディングを迎える気しかしない。
沈黙。
空調の機械音だけが、静かに響く。
やがてミサキが、ふっと視線を落とした。
「……分かりました。いまは、ここまでにしておきます」
「え?」
「これ以上詰めても、出てこないものは出てこないでしょう。少なくとも、本人に自覚のある“意図的な行為”ではないようですし」
そう言ってから、彼女は神崎さんの方を見る。
「班長。彼を拘束しても、現時点では意味が薄いと思います。むしろ監視下で日常生活をさせた方が、何かあったとき対処しやすい」
「……お前、責任取る気あるのか?」
「取ります。現場担当として、監視役に立候補します」
トウマさんが「はぁぁ?」と盛大にため息をついた。
「白神、お前なぁ。上も色々うるさいんだぞ。『危険因子はすぐ隔離しろ』って」
「危険因子だからこそ、現場でコントロールできる人間が必要です」
ああこれ、完全に上司と部下のいつものやり取りだ。
ところで、その「危険因子」って俺のことですね?
俺が軽く絶望している間に、会話は進んでいく。
結論として――
「天城ハルト。しばらくの間、お前の生活はダンジョン対策庁の監視下に置かれる」
「はぁ」
「自宅はそのままでいい。ただし、日常生活に“監視役”が同居する」
「……同居?」
聞き慣れない単語に、反射的に聞き返す。
ミサキが、少しだけ申し訳なさそうに、でもきっぱりと俺を見た。
「天城ハルト。あなたの監視役――兼、護衛として。私、白神ミサキが、今日からあなたの部屋に住み込みます」
「は???」
頭が真っ白になった。
(え、待って。銀髪美人と同居? いやいや何そのラブコメイベント。違う、落ち着け。冷静になれ。これ監視だから。監視――)
《心拍数、異常上昇。数値は――》
(だから実況すんなああああ!!)
俺の悲鳴は、もちろん誰にも聞こえない。
代わりに、会議室の隅の監視カメラが、無機質な赤いランプを点滅させていた。




