第10話 ニュースと失業フラグ
訓練を終えて、しばらくダラダラしているうちに、窓の外はすっかり暮れていた。
カーテンの隙間からのぞく空は、濃い群青色。
テレビをつけると、ちょうどニュースのダンジョンコーナーが始まったところだった。
『昨夜、市内住宅街で発生した“小規模ダンジョン”――』
画面の中には、見覚えしかない路地と、黒く開いた穴。
黄色いテープと、白い防護服の人たちが映っている。
「……完全にさっきの場所ですねこれ」
「そうだね」
ミサキは、ペットボトルの水を片手に、布団の端に腰を下ろした。
『対策庁によると、穴の直径はおよそ二メートル。内部は自然発生型ダンジョンと同様の構造を持ち、現在は封鎖処理が進められています』
「“自然発生型”って、やっぱ増えてるんですか?」
「体感でも増えてる。特に、既存ダンジョンの近くとか、魔力濃いエリア」
ニュースキャスターの解説と、ミサキの説明がほぼ同時に重なる。
『専門家によれば、都市部での小規模ダンジョンの発生件数は、近年右肩上がりで――』
画面には、年ごとのグラフ。
赤い線が、じわじわと上に伸びていた。
「“気のせい”ってレベルじゃないですね」
「だから現場も分析も忙しい。……まあ、その忙しさに、天城さんも巻き込まれたわけだけど」
「ブラックな巻き込まれ方ですけどね」
《内部ダンジョンの安定度:微増》
(だからそういう実況重ねてくんな)
アナウンサーが「住民にけが人は出ませんでした」と締めて、画面が切り替わる。
『続いて、一昨日、都内第三ダンジョンで発生した暴走事案について、新たな情報です』
胃が、きゅっと縮んだ。
空撮されたクレーターの映像。
炎も、崩れかけの壁も、もうない。そこには、ただ巨大な穴だけ。
『対策庁の調査によると、中心部に存在したと見られる“ダンジョン核”は、崩壊の過程で完全に粉砕・消失したとみられ――』
「“消失したとみられ”か……」
無意識に、自分の腹のあたりを押さえる。
そこには、“消失したとみられている”ものの、成れの果てがいる。
《心拍数、上昇》
(言うと思ったわ!)
ミサキが、ちらっと横目で俺を見る。
「まあ、“どこ行ったか分かりません”とはテレビじゃ言えないからね」
「裏では、“どこ行ったんだ問題”ですか?」
「もちろん」
彼女は指を三本立てた。
「ざっくりだけど、対策庁の中には大きく三つ流れがある。
一つ、封鎖派。“ダンジョンは埋めて蓋しろ”って人たち。
二つ、活用派。“資源として管理して使うべき”って人たち。
三つ、研究派。“とにかく仕組みを知りたい”って人たち」
「めんどくさそうな三すくみですね」
「実際めんどくさいよ。今回の“核消失”は、どこも譲らないネタ。封鎖派は“だから危険だ”、活用派は“未知の可能性だ”、研究派は“最高のサンプルを失った”って」
「で、その“最高のサンプル”の残りカスが、いま俺の中にあると」
「そういうこと」
さらっとまとめるな。
「だからこそ、今は“未知の空間スキル”ラベルで誤魔化してる。派閥のどこに真相が渡っても、ロクなことにならないから」
「渡ったら、やっぱり……」
「封鎖派なら、『危険だから一生隔離』。活用派なら、『兵器扱いで実戦テスト』。研究派なら――」
「そこは言わなくていいです。なんとなく分かるんで」
内臓がひゅっと縮こまる感覚を、笑いでごまかす。
テレビの中では、「原因は現在も調査中です」とだけ繰り返されていた。
(調査対象、めちゃくちゃここにいるんだけどな)
◇
ニュースが一段落すると、音を絞ってバラエティ番組に切り替えた。
テロップと笑い声が流れる中、スマホが軽く震える。
画面には、未読のままだったレンジさんからのトークが上の方に残っていた。
『おい、ニュースに出てたのお前だろ。後で詳しく話聞かせろ』
(そういえば、返してなかったなこれ……)
何て返すか少し迷ってから、指を動かす。
『たぶん俺。詳しい話はそのうち。今はDDAに監視されながら生きてます』
送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。
『レンジ:監視って何。国家権力にモテモテか? 生きてんならまあいい。落ち着いたら飯奢れ』
「……雑な心配されました」
「いいチームじゃん。生きてるかどうかがまず先なんでしょ」
「まあ、そういう人ですねレンジさん……」
ふっと口元が緩んだところで、今度は違う通知が飛び込んできた。
『カナ:白神さんってあの配信の人だよね? 同居ってマジ? 写真ちょうだい』
「うわ、写真要求きた」
「ん?」
「カナさんが、“白神さんの写真ちょうだい”って……」
思わず、目の前の銀髪をチラ見してしまう。
「無断で撮ったら怒るからね」
「ですよね!」
即答だった。
「肖像権と配信周り、スポンサー周り、いろいろめんどくさいから」
「リアルな大人の事情きた……」
どう返すか少し考えてから、スマホを打つ。
『写真は色々アウトなので無理。そのうち元気になったら直接紹介する』
送信。
数秒後、すぐに既読がつく。
『カナ:けち。じゃあ絶対連れてこい。生きてるの分かったから今日は許す』
「“けち”って言われました」
「正しい評価」
「開き直られた……」
なんだかんだで、「生きてるかどうか」を心配してくれているのが分かって、胸のあたりがじんわりと軽くなった。
《情動パターン:安堵+軽度の幸福感》
(そこだけは実況していい)
◇
そんなこんなで、バラエティをぼんやり眺めていたら、またスマホが震えた。
今度は、ギルドからのメールだ。
『【重要】第三ダンジョン暴走事案に伴う契約見直しのお知らせ』
「うわ。絶対ろくな話じゃないやつだ」
「ギルド?」
「はい……」
開くのを一瞬ためらってから、タップする。
『この度の都内第三ダンジョン暴走・消失に伴い、当ギルドは当該ダンジョンを拠点としたパーティ契約を一時凍結し、順次見直しとさせていただきます』
そこまでは想定の範囲内だ。
問題は、その下。
『また、対策庁より「監視対象」と指定された登録者につきましては、安全確保および関係機関との調整のため、一時的に現場活動への参加を停止させていただきます。対象となる方へは、個別に今後の方針について面談のご連絡を差し上げます』
太字で、しっかり「監視対象」。
「……あー」
間抜けな声が漏れた。
「お察し?」
「“監視対象は、一時的に現場活動停止”だそうです」
「まあ、そうなるよね」
ミサキは、特に驚いた様子もなく頷いた。
「ギルド側には、こっちからも『しばらくは潜らせないで』って話通してある。あんたを野良ダンジョンに放り込んだら、それはそれで上から怒られるから」
「俺の意思ってどこにあるんでしょうね」
「いまのところ、“生き延びるかどうか”の意思だけかな」
「それ一番大事なやつじゃないですか」
《職業ステータス:ポーター/コンビニ店員/監視対象》
(最後の肩書きが強すぎるんだよ)
《システムは事実のみを――》
(はいはい分かった)
天井を見上げる。
ポーターとしての仕事は、少なくとも当面、完全に止まる。
コンビニも休みがち。DDAの補填がどこまで出るかも分からない。
足元が、じわじわと抜けていく感覚。
「……正直、これからどうすんのか全然見えないですね」
ようやく出てきた本音に、ミサキが少しだけ真面目な顔になる。
「正直に言うとね」
「はい」
「私は、“いずれ天城さんはハンター側に来るだろうな”って思ってる」
「ハンター側、ですか」
「今はポーターで、監視対象で、内臓ダンジョンよく分からない人間だけど。このままスキルとナカミを鍛えていったら、前線に立てる」
「……それ、嬉しいような、怖いような」
「怖いよ。普通に」
あっさり言われた。
「でも、自然発生も暴走も増えてる。“普通の人”だけじゃ、本当に防ぎきれなくなってきてる」
「“普通じゃない人”の出番、ってことですか」
「乱暴に言えばね」
そこで、俺の方を正面から見る。
「今すぐ答え出せとは言わない。でも、頭のどこかに、“ポーターのままで終わらない未来”も置いといて」
しばらく黙ってから、俺は小さく息を吐いた。
「……検討します」
「“検討”って便利な言葉だよね」
「社会人っぽいでしょ」
「フリーターが社会人ぶるな」
軽口を叩き合いながらも、胸の奥では、何か硬いものが少しだけ動いた気がした。
《情動パターン:不安+迷い+微弱な高揚》
(最後のやつがいらない)
《新たな選択肢が提示された際によく見られる反応です》
(心理テストやめろ)
◇
歯を磨き、布団と寝袋を敷き直す。
「明日、白神さんは?」
「本部で朝から会議。“小規模ダンジョン増えてる問題”と、“第三ダンジョン核消失問題”。ダブル会議」
「聞くだけで胃が痛い」
「こっちもだよ」
電気を落とすと、六畳一間が暗くなった。
外の車の音と、冷蔵庫のかすかな唸りだけが聞こえる。
「おやすみ、天城さん」
「おやすみなさい、白神さん」
目を閉じて、内側に意識を沈める。
石造りの小部屋。
奥に続く通路は、昨日見たときより、ほんの少しだけ先まで明るかった。
青いスライム――ナカミがひとつ。
こっちを見上げて、ぽよん、と跳ねる。
「……悪いな。しばらく、外の仕事は減りそうだ」
心の中でそう呟くと、ナカミは嬉しそうに、もう一度高く跳ねた。
《内部ダンジョンとマスターの適合度:微増》
(いいのか悪いのか、まだ分かんねぇな)
それでも――
あの路地で、何もできなかった頃の自分よりは、少しでもマシでいたい。
そんな、ちょっとだけ欲張りな願いを抱えたまま、
俺は静かに、眠りへと沈んでいった。
第一章完




