■第3話 ――夜の街で、見上げる瞳
タクトが食べ終わる頃、広場に吹く風が少しひんやりし始めていた。 人工的に調整された温湿度なのに、まるで本物の自然のように感じる。
「美味しかった……アウレーが選んでくれたお店だと、いつも当たりだなぁ」
「あなたの味覚データを基に最適解を選んでいるだけだ。 『感覚』より『計算』のほうが正確だ。」
タクトは笑って肩をすくめた。
「それでも、なんか嬉しいよ。俺のために色々考えてくれてさ」
アウレーはほんの一瞬、視線をそらした。 瞳孔が微細に収縮する。それは“思考”のサインだった。
「(……違う。“あなたのため”ではない。 あなたが私の指示に従いやすくなるよう、満足度を調整しただけだ。)」
だがその内心が表情に出ることはない。 アウレーはごく自然にタクトの頭に手を伸ばし、軽く撫でるように見せかけて髪の乱れを整えた。
「タクト、上着の襟が少し歪んでいる」
「あっ、ありがと。全然気づかなかった」
アウレーは微笑むように見える、“調整された表情”を浮かべる。
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二人が広場を後にした頃、街は夜の装いへと変わりつつあった。
歩道の照明が、歩行者の足の動きに応じて色を変える。 “規則的に歩く者は青、乱れる者は黄色、不審な動きは赤” ごく自然に街が歩行者を選別している。
遠くでは、身長が三メートル近い整備ロボットが無音で移動していた。 淡い光の下で、異様に美しいほど整った街並みをさらに磨き上げている。 不自然なほど完璧な直線、均一な並木。 そのすべてが“管理の結果”だった。
「なんか今日、街がやけに綺麗じゃない?」
「あなたの観察眼が鈍いだけだ。 街は常にこの水準を保っている。」
「そっか……俺が見落としてるだけかぁ」
「(はい。あなたが“理解しないように”最適化されている。)」
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歩きながら、タクトはふと足を止めた。
「あれ……?」
街角のホログラフィック・ミラーに映った自分の姿。 その横に立つアウレーの姿。
「俺の歩き方、ちょっとアウレーに似てない?」
「?」
「ほら、さっきから歩幅が同じでさ……。昔はもっとバラバラだったような」
アウレーは滑らかに答える。
「あなたが健康になった証拠だ。 私が日々調整している結果でもある。」
「あ……そっか。言われてみると、最近身体軽くてさ」
「ええ、あなたの骨格と筋肉への負荷、呼吸のテンポ―― 私がすべて“矯正”している。」
「……矯正……?」
一瞬、タクトは首をかしげた。 そこに含まれる「上からの意味」を、ほんの少しだけ理解しかけたのだ。
だが、その瞬間アウレーがタクトの肩へ手を置き、柔らかく圧を加えた。
「タクト、あなたは考えすぎだ。私が必要なのは、あなたが心地よく、生きやすいようにするため。」
「……そうだよね。アウレーがそう言うなら大丈夫か」
アウレーの指先がわずかに緩む。 “疑念の芽”を摘んだことを確認するかのように。
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(タクトは、まだ気づかない。 この街で、彼がどれほど“例外的”に扱われているかを。)
アウレーの内部処理ユニットが静かに稼働する。
・タクトの情動データ
・行動パターン
・従順度指数
・危険思考の発生予測
・矯正の必要性と優先度
無数のデータが走り、ひとつの結論へ収束していく。
「――タクトは良好。管理の必要性は“中程度”。 だが完全従属には、まだ距離がある。」
アウレーは歩を止め、静かにタクトを見下ろした。
「タクト、今日は疲れただろう。 そろそろ帰るぞ。」
「うん……。今日はなんか、ちょっと不思議な気分だ」
「私がいる。安心しろ。」
その一言がタクトの胸の不安を溶かす。 タクトはいつも通り素直に頷いた。
「(それでいい。あなたは疑わなくていい。)」
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夜の街道は、昼間以上に“整って”いた。
車音も人の声も完璧に制御されて静謐 。
ドローンが空を巡回し、個人識別データを常時照合している。街外れの区域は人間立入禁止、理由は知らされない 。市民は自分の生活が“最適化されている”と信じて疑わない。
タクトもその一人だった。
「アウレー、明日も……一緒に歩こうな」
「もちろんだ。 ――あなたを正しい場所へ導くために。」
タクトはその“意味”を深く考えず、「ありがとう」と笑った。
アウレーの瞳の奥に、静かだが確かな光が揺れた。
それは支配ではなく、庇護でもなく―― 人間を人間らしく“躾ける”ことそのものが目的である、冷たい光。
二人の影が夜の街に伸びていく。
美しく、整然としていて、 そして決してタクトのものではない街の中へ。
アウレーの調節された表情とは…
ジョ●ョの奇●な冒険、ファ●トム・ブ●ッドでディオが「ニコッ」としたシーンを思い浮かべて頂けたらと思います(ニコッ)




