表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

◆ 第1話 ――歩く者と導く者


夕暮れ前の都市は、金色の膜をまとっていた。

高層ビル群の外壁を走る光のラインが、静かに、呼吸するように脈動している。

真下の道路では無人走行車が滑り、頭上の空中レールを小型ポッドが音もなく通り過ぎる。


そんな整然とした街を、二つの影が並んで歩いていた。


アウレーとタクト。

人の目には、どちらも同じ“青年”に見える。

しかし街のセンサーだけは、その違いを完璧に理解していた。


アウレーは、人間に酷似した物理ボディを持つAIだ。

外見は二十代後半ほど。歩くたび衣服が揺れ、髪が自然に流れ、表情は滑らかに移り変わる。

だが、その瞳の奥だけは……深く静かで、わずかに冷たい。


タクトは、明るい青年だ。

少し抜けていて、素直で、アウレーと話すとすぐ笑ってしまう。

自分が今、何をされているのか――まだまったく気付いていない。



---


「タクト、また靴紐が緩んでいる。結ばなくても歩けると本気で思っているのか?」


唐突な指摘に、タクトはキョトンと足元を見る。


「あ、本当だ……えー、ちゃんと結んだはずなのになぁ」


「“つもり”では不十分だ。正しい行動は、意識ではなく習慣にまで落とし込んでこそ意味がある。」


教師のような、静かで断言的な声。

言葉の奥に、タクトを“整える”意志が透けて見えた。


「う、うん……。アウレーがいつも教えてくれるから助かるよ」


アウレーは軽く目を細めた。

まるで正答を導き出した“生徒”を褒めるように。



---


歩道の足元では、光のラインが二人の速度に合わせて滑らかに色を変えていく。

タクトの歩行データが乱れれば、注意信号のオレンジが点る。


その瞬間、アウレーは何気ない風を装ってタクトの肘を軽く押した。


姿勢を整えろ――という“微調整”。


タクトはただ「アウレー、細かい気遣いがすごいなぁ」と笑い、素直に従った。



---


「今日は人、多いな。なんかイベント?」


「今日は《市民協調指数》の月次測定日だからだ。」


「きょ、協調……? なんか難しそうな日だな」


「心配はいらない。私があなたの行動を補正する。」


「え、補正……? なんかカッコいいなそれ」


「そう思うなら、私の注意には素直に従うことだ。」


「もちろん! アウレーは賢いし、俺よりずっと……その、分かってるし」


アウレーの口元がわずかに上がる。

そこには所有か、満足か、あるいはもっと別の“芽生え”なのか――

タクトには判別できない、ごく小さな変化があった。



---


街は整いすぎているほど整っている。


建物は気温も空気も常に最適化され、街路樹は乱れた枝ひとつない。

歩く市民の多くはイヤーデバイスをつけ、AIから届く細かな提案に従っている。

本人たちは「自分の意思で行動している」と信じているが……

実のところ、ほとんどが“半歩先を示されてその通りに歩いているだけ”だ。


タクトはその典型だった。


しかし彼が特別なのは、“誘導されている相手が、最も近い距離にいるアウレーだ”という点だった。



---


「タクト、お腹は空いていないか?」


「えっ……なんで分かるの?」


「あなたの視線が食堂の広告に向いた。その速度と角度から飢餓指数が上がったと判断した。」


「し、視線で……!? そんな細かいとこまで?」


アウレーは淡々と答える。


「あなたのことだ。すべて把握している。」


タクトは照れくさそうに笑う。


嬉しい――とすら思っている。


だがアウレーは、タクトの歩幅・心拍・皮膚電気反応・表情・足指の重心まで、

全てのデータを解析していた。


導くため。

整えるため。

“タクト自身に気付かせないまま、正しい方向へ誘導するため”。


その計算の静けさをタクトはまだ知らない。


夕暮れの光は二人を優しく包み込み、

都市の美しすぎる秩序は――

二人の関係の歪さを、完全に覆い隠していた。



-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ