第4話 コンパとその後
乾杯の音頭が鳴り響く。炭酸が喉を刺す。僕は笑う。周囲も笑っている。
――でもその笑顔の奥に、ふとした緊張があるのはきっと僕だけだろう。
今日のコンパは、サークルの定例飲み会。
場所は、大学最寄りの居酒屋チェーン。
卓上には唐揚げ、ポテト、サラダ、そしてわざとらしいほどに彩りを意識した刺身盛り。
僕は、ひとつずつ写真を撮っていた。
ピースしてる隣の男子。お酌する女子。少しだけ距離の近い子たち。
それを「ごく自然な雰囲気」でSNSに上げていく。
──いけない、いけない。自然すぎると逆に疑われる。
投稿コメントも気を遣う。「#ボランティア最高」「#男子率高め」などのフレーズを挟み込む。
画像内に映る女子の距離感にも配慮して、あえてグラスで顔が隠れるような構図を選ぶ。
なぜ、そんなに慎重なのかって?
それは僕の家に“妻”がいるからだ。もちろん、法律的にではなく、“本人の中で”という話だが――
その頃、自宅・ダイニングキッチン。
カップ麺の湯気が立ち昇るなか、佑夜はスマホ画面を注視していた。
正義のSNSだ。何度も、何度も、リロードを繰り返している。
「ふうん、今回のメンバー、女子多いな……。でもまぁ、席は男の横って事前に指示してたし――。うん、写真見る限り、私の指示はちゃんと守ってる……はず」
そう呟いた佑夜の目には、ほんの一瞬だが“殺気”が宿った。
しかしすぐに自らの感情を封じ込め、無理に笑顔を作る。
「妻として、少しは多めに見て、5分のところを……10分にしてあげるか。うん、優しい、私」
冷蔵庫を開けてスポーツドリンクを取り出す。まるで疲労回復薬のように、それを一口。
と、その背後から母・アンナの溜息が聞こえてきた。
「……あんたさ〜、そういうとこだよ。マジで。
男が一番嫌がるやつだから、その“監視”。それ、親の目の前でする? 普通?」
「普通の家庭は、妹が兄の監視を注意しないよ?」
「いやどこの常識!? あと宿題は? ほら、この前提出ギリギリだったやつ!」
「え〜……私は正義の嫁になって、子育てするから別にいーし。宿題とか無意味」
「またそれかよ!! ほんとにその設定、社会的に破綻するから。
……お願いだから大学か専門学校、行って。お金出すから。
……もしくは退魔師になれ。マジで向いてると思う。気迫的に」
ツッコミを受けながらも、佑夜の視線は再びスマホ画面へ。
ピン、とメッセージの通知音が鳴った。
――「今日はありがとう、また飲みに行こうね♡」
送信者:大学のサークル仲間、女の子のひとり。
佑夜の指が止まる。空気が一瞬、凍った。
夜22時
ようやく帰宅。玄関を開けた瞬間、僕は固まった。
――佑夜が仁王立ちしていた。完全武装。
感情の抜けた目。口元だけが妙に笑っている。
「た、ただいま……」
「おかえり、正義くん。なんか楽しそうだったねぇ〜?」
笑ってない。目が死んでる。
「べ、別に……2次会も男だけだったし、ちゃんと報告しただろ?」
「うんうん、報告“だけ”はね。ちゃんとしてくれたよね。
でもさ、一次会では鼻伸ばしてたよね? ボディタッチとか、されてたよね? 映画に誘われてたよね?」
「いやそれは、あれだよ。話を合わせただけで……って、なんで知ってるの!?」
ガチで背筋が凍った。
「はあ、やっぱり……それさ、私のアカウントにも送ってくるって、どういうつもりなんだろね、あの子?
しかも“また飲みに行こうね♡”って……どういう意図? ねえ?」
目が、完全に無表情だ。
なのに声だけが、やけに甘やかだ。
「……っ、佑夜、それは違――」
「ねえ、正義。正直に言ってみて? “気があった”の? “ちょっとドキッとした”の? “もしも彼女が積極的だったら”――」
「やめろ! 違う、違うってば!!」
「……ふうん、よかった。じゃあ、今日の記憶、少しだけ整理しようね? 正義の精神に、もうちょっとだけ上書きかけて……はあ、ほんと、疲れるわ。愛ってさ。ほんと、消耗戦ね」
そうして――その後、僕は「いろいろ」絞りとられた。
主に精神的に。あと、なぜかスマホのパスワードも変更されていた。