閑話休題 人生は意外となんとかなるー狐と緑髪の侵入者
最終話です。
「禁断の恋は、お手伝いするけど!!自己責任だからね。」のリアが力技でなんとかします。
よければ、そちらもお読みください。
読んでなくても、わかるようにはしてます。
その日、佑夜はリビングで一人、郵便受けから拾ってきた「結婚しましたハガキ」を眺めていた。
差出人は――親戚。淡い水色のドレスを着た新婦と、笑顔で寄り添う新郎の写真。
「……いいなぁ」
つい、ぽつりと呟いてしまった。
――父が代表で式には出席したけれど、正式な紹介は後日になるらしい。
だから今のところ、佑夜が受け取ったのは、写真付きの報告だけ。
「いいな〜、私もこんな風に、みんなに“結婚しました”って報告したいな〜」
事実婚の形で兄・正義と暮らしてはいる。けれど、法的な「夫婦」という枠組みにはまだ届いていない。
その胸の奥のもやもやを吐き出した、その瞬間だった。
「えっ? できるよ」
背後から聞こえた声に、佑夜は心臓が跳ねた。
慌てて振り返ると――そこに立っていたのは。
華奢なシルエット。
ふわりと広がる、春風みたいな緑色の髪。毛先がくるりと自然にカールしている。
そして、見た目はどう見ても――高校生。
いや、実際に高校のブレザー姿だ。
「……誰?」
「ボクの名前は――ファタリア。リアって呼んでいいよ」
彼女は、にこっと笑いながら佑夜にウインクを送る。
「君を見ててさ、面白そうだったから、つい声かけちゃった♪
妖狐でしょ? いいじゃん。
しかもお兄さんと結ばれたんでしょ!
兄を思う妹の気持ちはね、世界の理すら変えられるんだよ」
「えっ……?」
リアの言葉に目を瞬かせながら、佑夜は再び手元のハガキを見下ろす。
そこには――満面の笑みの新郎「隼人」の名前があった。
「……あれ?」
「どうしたのさ?」リアは訝しげに首をかしげる。
「え、いや……なんで……えっ、嘘っ……いいの?」と佑夜。
「うんうん。戸惑うよね? でも安心して、魂とか、対価とか、ぜんっぜん求めないから」
リアはにっこり笑って言う。まるで「悪魔の契約」を疑われているのを見透かしているかのように。
「いや、そういうことじゃなくて……」
佑夜はもう一度ハガキを見て、それからスマホを取り出した。
プップップッ……トゥルルル……
「もしもし? 久しぶり! 結婚ハガキ見たよ〜! おめでとう! すごいかわいいお嫁さんだね!
でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ――隼人お兄ちゃんの……」
その瞬間。
スマホが、すうっと佑夜の手から消えた。
「えっ!?」
目の前には――焦った顔をしたリア。
彼女の手の中で、スマホが光を帯びて揺らめいている。
そして――。
「ごめん、ごめん、勘違いでさ。間違い電話しちゃった。またかけ直すね」
その声は――佑夜自身の声だった。
けれど発したのは、リア。
緑髪の少女は、狐のように細めた瞳で笑っていた。
――その笑みには、明らかに「何かを隠そうとする焦り」が滲んでいた。
「……えっ………………」
佑夜の声が、リビングにぽつんと落ちる。
「…………う、うん……ほら、他人のそら似……とか………あるじゃ……」
リアは頬をひきつらせながら、視線を泳がせる。
気まずい時間が、じとーっと流れていく。
時計の針の音まで、やけに大きく聞こえた。
「……えっ……いまさら……しかもブレザーって……」
佑夜が眉をひそめる。
「……なかった……ことに……とか……ほら……さ……いろいろさ……」
リアはごにょごにょ言葉を濁す。
しばし、沈黙。
互いの呼吸だけが、妙に耳に残る。
やがて――。
「……戸祭理亜……さん……だよね……」
佑夜の言葉が、針のように刺さった。
リアの肩が、びくっと揺れる。
「……ど、どう……だろう? まあ、似てる? のかな〜……」
乾いた笑みを浮かべながら、慌てて立ち去ろうと…
「あっ……帰って、夕飯の準備しなきゃ……ごめんね」
佑夜はすかさず、鋭い視線を投げる。
「……このまま、帰って……いいの……? 私、口軽いよ……」
「いやいやいやいや!」
リアは両手をぶんぶん振った。
「ほら、私達、親戚じゃないですか〜 そこはさ、空気読んでもらえると」
にこっと作り笑いを浮かべて、深々と頭を下げる。
「あっ、ご祝儀……ありがとうございました。大切に使わせていただきます」
「……あっ、ご結婚おめでとうございます」
佑夜もぺこりと頭を下げる。
「そんなにお金、入れてないです。ごめんなさい。
で、隼人兄ちゃんとの新婚生活どうですか? 兄ちゃん、こんな綺麗な人もらってびっくりです」
「綺麗だなんて……照れちゃいます。ありがとうございます」
リアは口元に手を当て、わざとらしく赤面したふりをする。
「今、毎日すごく充実してます。では、これで失礼します」
くるりと背を向けようとした――その時。
「へ〜……兄ちゃん、お嫁さんが“ブレザー着た悪魔”なの、知ってるのかな〜」
佑夜はじとっと目を細め、唇を歪めた。
「さっきも言ったけど、私……口軽いよ」
その言葉に――リアの足が、ぴたりと止まった。
背筋にぞくりと走る緊張。
次の瞬間、狐のように鋭く細められた緑の瞳が、佑夜へと向けられる。
空気が――一気に張りつめた。
――リビングの静寂を、リアの声がふわりと破った。
「ごめん…だまってて。もう、人の魂を取ったり、誰かを陥れたりはしないって、隼人とは約束してるんだ」
佑夜は耳を疑った。悪魔の力を持ちながら、隼人と“約束”――?
「でもね、悪魔の力を残してるのは、言ってないの。人間観察が趣味で、たまにこうして、力を貸してるんだよ」
その言葉は、不思議な温度を帯びていた。
悪意ではなく、好奇心といたずら心の混じった柔らかい調子。
「もちろん、結果は自己責任だよ。人によって結末が違うんだ。その結果を、楽し…応援するんだ」
佑夜は額に手をやった。
こういうタイプの悪魔は、単純な契約や支配ではなく、いつも人の選択の“先”まで絡んでくる。
「もともと隼人さんは前世で、ボクのお兄様でさ、こうして追いかけて嫁入りしたんだよ。同志だよね、ボクたち。ねっ、ねっ!」
その笑顔は――少しだけいたずらっぽく、けれどどこか優しい。
佑夜はため息混じりに頷いた。
「うーん、そっか〜。私と兄さんと隼人兄ちゃんって、子供の頃から兄弟みたいに育ってて、隼人兄ちゃん、私を妹と思ってくれてるんだよね。じゃ仕方ないね。
なら理亜姉ちゃんだね。私たち、もう姉妹みたいなもんだし」
「でさ、さっきの話、なんとかしてくれるんでしょ?」
リアは軽やかに手を振った。
「できるよ〜。うん、する、するよ。でもね、一応、対価がいるんだよね。だから、このこと黙っといて。対価、それでいいから。ねっ、ねっ」
佑夜は首を傾げる。
「対価なしでも、言わないけど。それ、兄ちゃんに自分から言ったほうがいいよ。それと本当に対価それだけ? “陥れるの無しだよ”」
リアはくるりと身をひるがえし、細い指先を佑夜の額に軽く触れた。
「妹にそんなことするわけないよ。それと、アフターフォローもするから。安心して」
佑夜はゆっくり息を吐き出した。
「じゃあ、誓約できる?」
「できるよ。安心して、駆け引きなしだから。久しぶりに力を使うよ。2〜3日待って。妹のため、頑張る。普段はここまでしないけど、特別だよ」
そう言うとリアは、まるで春風のようにふわりと霧散した。
佑夜の視界には、ただ残響のように笑い声だけが淡く残っていた。
そして、世界は少しだけ、静かに、しかし確かに動き始めていた。
――三日後。
世界が――ほんの一瞬、揺れた気がした。
いや、正確には揺れた“気がした”だけかもしれない。
床はびくともしないし、窓も鳴らない。
けれど、確かに全てが共鳴し、軋み、微かなノイズを走らせたような――そんな感覚だった。
「こんばんは! 出来たよ〜!」
ひらり、と風を切って降り立った悪魔――リアの姿。
笑顔はいつもと変わらず楽しげで、手には一枚の紙を持っていた。
新しい戸籍――まさに世界を書き換えた証だった。
その紙の上で、私の人生は少し書き換えられていた。
私は――隼人兄ちゃんの妹になり、幼い頃にいとこの正義の家に預けられたという、謎めいた設定が追加されていた。
そして、成長した私は、そのいとこの正義と結婚することになっていたのだ。
それだけではない。
隼人兄ちゃんのお母さん――中身は変わっていないのに、なぜかハーフのめちゃくちゃ美人になっていた。
前は…パンチパーマの豹柄おばさん…だったのに…
「……どうしてこうなったんだろう」と、思わず眉をひそめる。
あれこれ辻褄を合わせる必要はあるかも。
けれど――まあ、いいか。
うん、多分、人生って――意外となんとかなるもんだ。
紙を握りしめ、私はふと微笑む。
理亜姉ちゃんには、きちんとお礼を言わなきゃ。ありがとう、と。
世界は少し変わったけれど――私たちの暮らしは、ちゃんと続いていくのだから。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
一先ず、これで最終話。
今後、閑話休題で、不定期に続けられたらと思ってます。
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