閑話休題 鬼と狐(1)
閑話休題 最終話の予定でしたが、少し別のエピソード挟みます。
よろしくお願いします。
とあるビルの屋上に、影がひとつ。
「……見つけた」
セーラー服を着た少女が、ひとり、身を乗り出して街を見下ろしていた。
赤い髪が風に揺れ、艶やかにたなびく。
その額からは――鋭く湾曲した、2本の角が伸びていた。
その目が捉えていたのは――
大学へ向かう、戸祭正義の姿。
「大学に通うあの人……間違いない。あの霊力……間違いないわ。ああ……」
彼女はうっとりと目を細める。
その紅い瞳は、完全に狂気と執着に染まっていた。
「私の……運命の王子様……」
「――待っててね。必ず、解放してあげる……あの狐から」
少女の頬に、薄く笑みが浮かぶ。
夕暮れの大学帰り、セミの声がどこか懐かしく響く歩道で、俺――戸祭正義は、不意に背後から声をかけられた。
「こんにちは、戸祭先輩。お久しぶりです」
その声に振り向くと、そこには――
ぱっちりとした瞳、赤いポニーテールが風になびき、光を受けて艶やかに揺れている少女がいた。
セーラー服の胸元は控えめじゃないどころか、強調されるほど存在感があり、身長は160センチに届かないくらいか。
だけど、なぜだか不思議な“色香”が漂っていた。まるで、少女に仮装した妖精……いや、魔性の女というべきか。
「こんにちは……君、どっかで会ったっけ?」
そう問いかけると、彼女は唇を少しとがらせ――芝居がかった悲しそうな顔で言った。
「えっ……ひどいよ、忘れたの? 私の体だけが目的だったの? あの夜のこと、忘れたの……ホントに?」
「は……?」
一瞬、頭が真っ白になったが――
「あ、もしかして……鬼塚? うわっ、見違えちゃってわからなかったよ。なんか前はもう少し地味で、自分の世界を大事にする感じだったから……」
「……それ、暗に“陰キャでコミュ障”って言ってますよね?」
鋭いツッコミ。
それもそのはず。彼女――鬼塚紅葉は、かつて同じ高校に通っていた後輩だ。
「まあいいや。……いや、よくないですよ! 私を忘れるなんて!」
彼女は膨れっ面で指を突きつけた。
「私、あれから変わろうって、ずっと努力してきたんです。先輩に――振り向いてもらえるように!」
そう言って、彼女は目を伏せた。
そして次の瞬間、急に笑顔を取り戻しながら、にこりと無邪気に――いや、どこか危うい光を宿して――言った。
「罰として、今から私に付き合ってもらいます。今、時間あるでしょ?」
◆
喫茶店の席。
コーヒーの香りが立ちのぼる中、紅葉は柔らかく笑っていた。あれからの彼女の人生を語りながら。
転校したこと。
都会に馴染めなかったこと。
そして、またこの街に戻ってきたこと。
「覚えてます? 前、私……先輩に告白したこと」
「うん、なんとなく……」
「ふふっ、フラれたけど……それでも、あのときの言葉、今でも覚えてる。“自分を好きになれるようになってから、もう一度来い”って」
「……そんなこと言ったっけ?」
「あたし、変われたと思ってますよ。先輩に会うために、ね」
変わったのは見た目だけじゃない。
人の目をまっすぐに見て話せる彼女は、確かに以前の“地味メガネ少女”じゃなかった。
部活の話、先生の悪口、卒業後の進路、将来の夢。
他愛もない会話が、なぜだかやけに心地よかった。
そして、別れ際――
「また、今度おしゃべりしましょうね?」
そう言って、彼女は俺のスマホを指差しながらウィンクした。
連絡先を交換し、別れたときには、夕日はすっかり沈み、街は黄昏に染まっていた。
久しぶりに、他の女の子と自然に笑って会話ができた気がした。
……本当に、久しぶりだった。
* * *
しかし――
帰宅した俺を待ち構えていたのは、鬼のような視線だった。
「……あの女、誰? なんで、2時間も喫茶店にいたの?」
「誰って……高校のときの後輩だよ。こっち戻ってきたってさ。前は地味だったけど、今はイメチェンしててさ」
「へぇ〜。お兄ちゃんの後輩ね。……もしかして、昔、告ってきた“あの地味メガネ”じゃん」
佑夜の目が、明らかに笑ってなかった。
「性懲りもなく……人の男に手を出すとか……。でさ、スマホ貸して?」
そう言って彼女がスマホを手にしたとき――
ちょうど、メッセージの通知が来た。
【先輩☆ また今度、おしゃべりしようね♡
明後日とかどうかな? 場所は今日のところに、17時で待ってま〜す♡】
(いや、17時は無理だろ……)と思った矢先――
続けざまに、もう一通。
【おい、女狐。今度こそ、取り戻すぞ。覚悟しとけ】
佑夜の目が見開かれた。
そう言うと連絡先とメッセージを消去
「……ふぅん。“女狐”ね。宣戦布告、しかと受け取りました」
もちろん、正義が、このメッセージを見ることはなかった。
その頃――
高台の影に佇む、赤い影がひとつ。
鬼塚紅葉。
セーラー服に赤い髪、揺れるポニーテール。
額には隠しきれぬ、二本の角が生えていた。
「先輩、スマホチェックされるのは想定済み。だからこそ……あの女狐を煽るには十分でしょ?」
その姿はもう、ただの“後輩”ではなかった。
異界の血を引く者――鬼の末裔。
「今度こそ、あの女狐から先輩を取り戻す。」
少女の瞳が妖しく光り、風が不吉に唸る。
――こうして、人ならざる女たちの恋の戦争が幕を開けた。
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