閑話休題 三者面談 私の本音と広い世界
その日、アンナは台所でコーヒーを淹れていた。正義がリビングでノートを開いて英語の問題を解いている姿が見える。
そんな朝に、アンナが少しだけ疲れた顔で言った。
「正義、悪いんだけど、今日、代わりに佑夜の三者面談行ってくれない? 急な退魔の依頼が入っちゃってさ……私、行けそうにないのよ」
「え? 俺が?」
「佑夜、お父さんから進学するようにって言いつけられてるし、貴方なら進学相談にも対応できるからね。元受験生だし」
正義は少しだけ考えてから、苦笑した。
「……いいよ。進学希望なんだね」
* * *
佑夜が通うのは、自宅から数駅離れた《緑王高校》。
校門の前に立っただけで、やけに目立つ視線を感じる。
彼女の通う学校は、制服が落ち着いた色のブレザーで、男子の比率がやや少ないらしい。
——案の定、教室に入った瞬間、周囲の女子の視線がこちらに集中した。
「ママが来れなくなったからって……お兄ちゃんが来るなんて聞いてないんですけど……」
佑夜は、教室の隅の椅子に座りながら、手を握りしめていた。
(なんかもう……イヤな予感しかしない)
案の定、後ろの席から聞こえてくる女子のひそひそ声。
「ちょっと待って、誰あの人?」
「うわっ、めっちゃイケメンじゃん!」
「背高いし、スーツ似合いすぎ〜!」
「え、佑夜の彼氏!? え、兄って言ってなかった?マジ… 欲しい。」
(はいはい……見なかったことにしよ)
そこへ届くRINE通知——
【その男紹介しろ】
【誰!その人誰?】
【お兄さん? 紹介して!】
【今日からお前、私の義妹な!】
【ヤラせろ(真顔)】
(……もうこの学校、焼き払いたい……)
本を開いて視線を遮る。
だが、背後の騒がしさが彼女の耳に刺さるたび、自分の彼氏に見られる兄の存在が、誇らしくもあり、同時に独占欲を刺激してくる。
——やがて、自分たちの番が来た。
「失礼します」
静かな教室で、二人が担任の赤坂の前に座る。
「こちら、1学期の成績表になります」
「兄の正義です。今日は代理で。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。……成績は学年上位。ただ、提出物の提出率が悪くて評定が下がってしまってます。」
「……うん、でもこの成績なら推薦も見えてきそうだな」
赤坂は資料を見せながら説明を続けた。
「本人の進路希望なんですが……一応、提出されたものがこちらでして……」
正義の眉がピクリと動く。
赤坂が見せた用紙には、達筆とは言えないけれどしっかりとこう書かれていた。
進路希望
1.専業主婦
2.お嫁さん
3.ハウスワイフ
ギギギ……と音を立てて、正義が妹を見る。佑夜は机の下で俯いていた。
「……すみません、進学でお願いします。推薦で文系の私立大学か、理系の専門学校を考えています」
「わかりました。それでは、行けそうな学校の資料をお渡しします。お兄さんからもご報告をお願いしますね」
「ええ、ありがとうございます」
* * *
学校の門を出て、二人で歩く。
「……で、あんなこと書いたの?」
「……だって……行きたいとこなんてないもん。私は、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん」
正義は立ち止まり、彼女に向き直る。
「佑夜……法律的に、俺たち、結婚はできないんだよ? それじゃ、ただの無職だろ?」
「いいの。お兄ちゃんがいるだけで、私は幸せだもん」
「……それでもダメだよ。佑夜には、もっと広い世界を見てほしい。恋愛だけじゃない、楽しいこと、嬉しいこと、人生にはたくさんあるんだ。……君は、俺しか見てないから……」
佑夜は少しだけ唇を噛みしめて、それから微笑んだ。
「……うん。じゃあ……お兄ちゃんの大学の近くに進学する。そこなら……世界は広くても、いつでもお兄ちゃんに会えるでしょ?」
「……そうか。ありがとな」
夕日が、並んで歩く二人を温かく照らしていた。
* * *
「でさ、先生の前であんな馬鹿なこと書いたの? アホなの?」
報告を聞いたアンナは、冷蔵庫の前で腕を組んでいた。
「でもまぁ……進学って言ったならよしとしようか。まったく、手間かけさせないでよね」
ママはそう言って、笑いながらコーヒーを口に運んだ。
「……でもさ、正義、きっとあんたのこと、本当に大事に思ってるわよ」
——妹と兄。それは歪んだ形かもしれない。けれど——
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
次回、最終話です。別作品の人物が、なんとかします。
すごく、ご都合主義です。
閑話休題として、不定期に話を入れてゆくかもしれません。
それと佑夜、ヤンデレというか単に一途なだけじゃないかと思いながら書いてました。
でも、そういうのがいいんだと勝手に思ってます。
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