閑話休題 雨降って地固まる?
閑話休題 最終話から、ほんの少し前の話です。
それは、あまりにもささいなことがきっかけだった。
午後の帰り道、傘もいらないような弱い霧雨のなか、私は兄――戸祭 正義と並んで歩いていた。その時だった。
彼がふいに立ち止まり、すれ違った女性に声をかけられたのだ。
「正義くん、久しぶり! あれ、彼女いたんだ? JKなんだ〜」
華やかな香水の匂いをまとった、綺麗でちょっと大人びた女性。
きっと兄の知り合いなのだろう。けれど――
「妹だよ……」
「戸祭 佑夜です。いつも兄がお世話になってます」
……なぜ、否定したの?
なぜ私を「彼女」として紹介してくれなかったの?
そんな些細な違和感が、胸の奥で静かに爆ぜた。
――帰宅。そして爆発。
玄関を閉めるなり、私は怒りに身を任せた。
「ねぇ……あの女、誰!? あのクソ女!! なんであんなに楽しそうに話すの!? 女なんて、私がいればいいじゃない! 私、不安になるんだけど! なんでよ!!」
その場にいた兄は、静かにため息をついた。
「……もう、いい加減にしてくれ」
え? その言葉は、予想外だった。
「もう限界だよ。普通の兄妹に戻ろう。もうダメなんだよ、佑夜」
手で頭を抱えるようにして、苦悶の表情を浮かべる兄。
私は、凍りついた。
それでも、口は止まらなかった。
「はっ……誰に物言ってるか分かってんの? あんたが私に何したか、忘れたの? 今さら普通の兄妹に戻れるわけないじゃん。絶対イヤ!」
その言葉は、刃だった。
「そんなこと言うなら、あんたが“あの日”にしたこと、みんなに言いふらしてやる。『その後、脅されて何年も体の関係を迫られた』って」
兄が目を見開いた。口を開こうとして、しかし何も言わないまま、俯いた。
「もういいよ……周りに言いたければ、言えばいい。好きにしろ。……もう俺はこの家を出ていく。退魔師も辞める。どこか、よその国にでも行くよ」
そのまま、ドアノブに手をかける兄――
「やだ、やだやだやだ!! ごめん! ごめんなさい!! お願い、捨てないで……!!」
私は、涙を流しながら兄の足にすがりついた。
「私ね、小さい頃から学校では……クォーターだからっていじめられて……」
(……ウソです。逆にシバき倒してました)
「男どもは、私の身体目当てで寄ってくるし……」
(それはホント。物理的にシバきました)
「女の子からは、嫉妬と陰口で……人間不信に……」
(スクールカーストトップですが、なにか?)
「パパもママもお兄ちゃんにばかり期待して……私には無関心で……」
(その無関心、むしろありがたいです)
「……もう、お兄ちゃんしかいないの。私には、お兄ちゃんだけ……」
(……ウソです。カラオケ、ゲーセン、マック、仲間内と行きまくってます)
そんな涙の訴えに、兄はついに――
「ごめんな……気づかなくて。俺、いつまでもそばにいる。離れない。ほんと、ごめん……」
涙をぬぐいながら抱きしめてくる兄。
その胸に抱きついた私は、彼に見えない角度で口角を引き上げた。
(マジでチョロすぎ。心配になるレベルだよ、お兄ちゃん)
* * *
翌日――親子の食卓にて。
「ママ〜、マジでさ〜、お兄ちゃん退魔師向いてないって〜。元妖狐の私が言うんだから、間違いないってば〜」
朝食のテーブルで、トーストをかじりながら軽口を叩く佑夜。
「なんでそんなこと言うの? 才能はピカイチだし、真面目で、伸び代しかないでしょ?」
「昨日、別れ話が出たんだよ。だからさ〜、あることないこと並べて、泣き落としして仲直りしたわけ〜。その後、燃えたね〜グフフフ」
「うわっ……我が子のそういう話、聞きたくない……」
ママ、ドン引き。完全に引いていた。
「本当はさ、子供できたとかリスカとか、最終奥義のシナリオまであったけどさ〜、出すまでもなかったわ。雑魚すぎ」
「親の前で言う!? こいつ……」
「てかさ〜、妖魔って絡め手が得意なんだよね。もう餌食じゃん。闇堕ちして眷属になってもおかしくないじゃん、マジで。素直に育てすぎなんだって。もう私がそばにいないとダメダメだよ〜。やっぱりさ〜、初めから嫁になる運命だったんだって〜」
「……はぁ」
呆れ果てた母親のため息が、食卓に響いた。
だが、佑夜はどこ吹く風でトーストの最後の一口を口に放り込む。
(……こいつはこいつで、これが平常運転……)
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