ひとひねり
「ウチの会社のエレベーター、幽霊が出るらしいぞ」
「夜中の0時を過ぎて呼ぶと、中に“背中を向けた女”が乗ってるんだとさ」
終業間際、隣の席の佐藤が声をかけてきた。
まったく嫌な奴だ。俺が今夜残業するのを知っていて、脅かそうとしているに決まっている。
ビビってると思われるのも癪なので、わざと軽口で返す。
「エレベーターの幽霊って、なんでか決まって背中向けて立ってるよな」
「テンプレっつーか、ワンパターンっつーか、マニュアルでもあるのかって話」
「なんかこう、もうちょっと“ひとひねり”欲しいよな、ホラー的に」
軽口が効いたのか、佐藤はやや不満げに口をつぐんだ。
そのあとも「顔を見られたら終わりだ」とか、「振り向かれる前に『閉』ボタンを押せ」だの、いろいろと“アドバイス”してきたが、適当に相槌を打っていると飽きたのか、さっさと帰っていった。
さて、邪魔者はいなくなったが、作業はまだ山積みだ。
──日付が変わる前に帰れるといいが……。
◇
結局、作業は終わらず、気づけば時計の針は深夜0時を過ぎていた。
幽霊のことは少し気になったが、疲労のほうが勝っていた。俺は無造作にエレベーターを呼ぶ。
到着音と共に扉が開く。
そこには──背を向けた女が、ぽつんと立っていた。
(……ほんとに“マニュアル”でもあんのかよ)
さっきの冗談が、頭をよぎる。
確かに気味は悪いが、思ったほど怖くはなかった。変に予備知識があるせいか、どこか現実味が薄れている。
女は微動だにしない。音も気配もない。ただ、じっと“こちらに背を向けて”立っている。
(……『閉』ボタンを押せばいいんだよな)
そっと腕を伸ばす。音を立てないように、慎重に──
ガタン
自動で閉まりかけた扉が、伸ばした腕に当たる。反応して扉が再び開いた。
その一瞬の音に、女がピクリと動いた気がした。
見ると、女がゆっくりと腕を上げ、後頭部に手を添える。
そして、そこから髪を掻き分けるようにして──
“後頭部だと思っていた場所”から、ぎょろりと目が現れた。
──その首は、180度、完全に捻じれていた。
見開かれた両目が、こちらを睨んでいる。
『ひとひねり欲しいよな』
──あのときの軽口が、今、呪いとなって返ってくる。
『閉』ボタンは指のすぐ先にあるのに、身体が動かない。足も、腕も、声さえも。
女が“後退して”こちらに向かってくる。
そして、無音のまま両手を伸ばし──
俺の頭を、掴む。
そして──
ひとひねり