預言者マーナ ~人は見かけによらないね~
マーナは街の外れ、王都が一望できる丘の上に住んでいた。煉瓦造りのこぢんまりとした家だった。
オウル大臣が家の扉をノックすると、
「開いとるよ。お入り」と、中から返事があった。
「うん?」
外の明るさに比べて、家の中は少し薄暗く感じた。しばらくして目が慣れてくると部屋の奥の肘掛け椅子に、おさげ髪の女の子が、ちょこんと座っているのが分かった。
「マーナ、久しぶり」
そう言って母は、女の子に駆け寄り、椅子から抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「こっ、これ、はなさんか」
マーナがきまり悪そうに言ったので、母はマーナを床に降ろした。
「お前さん、昔と変わっておらんのう」
「わたし?わたしは変わったでしょう。母親になったし、歳もとったわ」
「いや、昔と同じ、おてんばのままじゃ」
「何それ。マーナったら」
母が苦笑した。オウル大臣が吹き出しそうになるのを必死に我慢していた。
家の外でマーナの声を聞いたとき、ぼくは違和感を覚えのだが、マーナに会ってその理由が分かった。
マーナは昔から王家に仕えている預言者だから、かなり歳を取っているおばあさんをイメージしていた。
外見は小学生くらいで、ぼくより歳下に見えた。だから、声が妙に若々しく、いや、むしろ幼く聞こえたのだ。言葉遣いは年寄りみたいだけど…。預言者は、子どもの姿のまま歳を取らないそうだ。
「マーナ、早速だけど…」
「みなまで言わずとも分かっておるよ」
マーナは、ぼくを品定めするようにじっと見つめた。
「この子かい。新たに聖剣に選ばれし勇者は」
「そう、わたしたちの息子イツキよ」
「お前さんによく似てるね…。まあいいさ」
意味深な言い方だ。マーナには、ぼくが女の子だってばれているのだろうか。ぼくと母、オウル大臣の三人がテーブルの席につくと、マーナが話し始めた。
「今回の災いの源は炎のドラゴンじゃ。やつが眠りから覚めようとしておる。先の勇者との戦いで、深く傷ついたドラゴンは、火山の地下深く、マグマの中で眠りについた。そして今、傷をいやし、眠りから目覚め、再びこの地に災厄をもたらそうとしておる。
やつはマグマのエネルギーを吸収してより強大になっておる。厳しい戦いになることは間違いない。前回のようにはいかんぞ」
室内が重苦しい空気に包まれた。みんな黙りこんでしまった。
「前回のようにって、父さんはどうやってドラゴンを退治したの」
息詰まるような沈黙を破って、だれともなくぼくがたずねた。
「ドラゴンの攻撃で最大の脅威は、口からはかれる炎です。先の勇者様は、酒樽を貢ぎ物として献上し、酒好きなドラゴンを油断させることに成功しました。ドラゴンが酒を飲み、酔って眠ったところで、口に封印の輪をはめ、炎を封じたのです」
オウル大臣が答えた。
まるで八岐大蛇退治の話のようだと思った。
「ドラゴンの息の根を止めるには、やつの核、わしらで言うところの心臓を破壊せねばならん。確かに先の勇者ユートは、やつの心臓を破壊した。じゃが、一つだけじゃった」
「それって、どういうこと?」
話の流れから何となく気づいていたけど、ぼくは、思わず声をあげた。
「ドラゴンには、左右に一個ずつ、二つの心臓があるんじゃ。一つの心臓を失っても、もう一つの心臓が機能している限り、やつは不死身じゃ。勇者ユートは左の心臓を破壊したが、残念ながらやつにとどめを刺すことはできなんだ。もう一歩のところで、やつが火口に落ちてしまったからな。かなりの深手を負わせたが、致命傷には至らなかったんじゃ。
やつを倒すには、残った心臓を完全に破壊せねばならん。やつは、狡猾じゃ。下手な小細工は二度と通用せん。今回の戦いは、至極困難になるじゃろうな」
マーナが言った。
「マーナ、わたしたちに勝算はあるの?」
母が不安と期待がこもったような複雑な面持ちでたずねた。
「勝算は…」
マーナは、ここで言葉を切って、ぼくたちの顔色を読むかのように視線を巡らした。固唾をのんでぼくたちは次の言葉を待った。
「…ある」
長い沈黙の後、マーナはきっぱりと言った
「じゃが、容易なことではない。生きて帰れるかどうかも分からん。相当な覚悟が必要じゃ。どうじゃ、お主にその覚悟はあるか」
マーナが、ぼくにするどい視線を向けて問いかけた。オウル大臣が期待をこめた眼差しでぼくを見つめる。
そんな目でぼくを見ないで。覚悟って急に言われても。ぼくには実感がわかない。
「わたしも戦います!」
ぼくが言いよどんでいるのを見かねた母がきっぱりと言った。
「わたしが盾となり、この子を守って戦います。イツキは必ず生きて元の世界に帰します」
「母さん…」
「できる事なら、こんな戦いにあなたを巻き込みたくはなかった。でも、これは、あなたにしかできないことなの。剣に選ばれた真の勇者にしか。イツキ、お願い」
母の目から涙があふれた。こんな状況で拒否できる訳がない。ドラゴンと戦うのがぼくの運命なら、やってやろうじゃないのドラゴン退治。
「ぼくにまかせてよ。必ずドラゴンを退治してみせるよ」
勢いで引き受けちゃったけど、ま、何とかなるだろう。何しろぼくは勇者なんだから。
物語では、主人公は死なないことになってるし。…たぶん。
これが、大きな間違いだった。安請け合いしたことを後でおもいっきり後悔することになった。
「さすが、二代目勇者殿」
オウル大臣が、見えすいたお世辞でぼくをもちあげた。
「で、わたしたちは、これからどうすればいいの、マーナ?」
母が改めてマーナにたずねた。
「まず、勇者の盾を手に入れるのじゃ」
「確か勇者の盾は、行方不明では」
オウル大臣がつぶやいた。
「長年わしは盾の行方を捜していたのじゃが、最近になって妖精の村にあると分かった。妖精が村の宝として代々護ってきたのじゃ」
「でも、妖精の村って、外部の者が入ることはできないんじゃない」
母が、落胆したように言った。
「そうじゃ。妖精の村には結界がはられておって、妖精以外の者が立ち入ることはできん」
「それじゃあ、勇者の盾を手に入れるのは無理じゃない」
「サーヤ、そう結論を急ぐでない。結界を抜けるためには、スールーの指輪があればいいんじゃ」
「スールーの指輪!」
三人が揃って声を上げた。
出た!お約束の展開。ロールプレイングゲームのようにお決まりのアイテム探しのクエストが始まるのかと少しうんざりした。だけど…。
「ほれ」と言ってマーナが自分の指から指輪を外し机の上に置いた。
「これが、スールーの指輪じゃ」
「えーっ」
まさかの展開に目が点になった。
スールーの指輪は、妖精のためにすぐれた功績を挙げた者に盟友の証しとして与えられる貴重なアイテムだそうだ。マーナがどんな功績を挙げたかは謎だけど…。
「それから、もう一つ大事なことがある。ユニコーンの神託を仰ぐのじゃ」
「ユニコーンて伝説の動物の?それって実在しない架空の動物でしょ」
母に同意を求めるようにたずねた。
「この世界では実在するの。王家の紋章にもなっている気高く崇高な聖獣なのよ」
「ユニコーンは精霊の森に住んでおる」
「でも、あそこも…」
「そうじゃ。選ばれし者だけしか受けることのかなわぬ試練を乗り越え、さらにユニコーンの意にかなった者しか入ることが許されない聖域じゃ。何、難しいことではない。真の勇者ならやり遂げることができるじゃろう」
「でもその前に、イツキに試練を受ける資格があるの?」
「それなら問題ない。勇者の剣を持つ者なら十分その資格がある。どうじゃ?」
マーナが、ぼくの目をじっと見つめた。
「二代目勇者様のお手並み拝見。立派に務めを果たしてくれることを期待しておるぞ」
簡単に言ってくれるけど、ぼくにできるかどうか不安だ。場は再び重い空気に包まれた。ぼくは、その重圧に押しつぶされそうに感じた。そんなぼくの心中を察したのか、母が言った。
「大丈夫、神は乗り越えられない試練は与えないっていうでしょ。たぶん…」
「神じゃないって。ユニコーンでしょ」と、突っ込みたいところだけど、ぐっとのどの奥に飲み込んだ。
母はぼくを励まそうとしたのだろうが、最後の「たぶん…」がぼくの不安感を余計にあおった。
善は急げということで、出発は明朝ということに決まり、ぼくたちは王宮に戻った。