現れた黒幕 ~聖人君子といえども、欲望の誘惑には勝てないんだね~
大神官ケルネスが、縄で縛られた男の人といっしょに現れた。
ケルネスが、力無くうなだれた男の首に左腕をまわし、がっしりとかかえこんでいる。その上、右手に持ったナイフを喉元に突きつけている。どういうこと?
「大神官様。それにエリオット王!」
二人を見たトポロが驚きの声を上げた。
この人が、母の弟つまり、ぼくの叔父エリオット王か。
「大神官様、いったい何をおっしゃっておられるのですか?それに、どうして、あなたが・・・?」
訳が分からず問いただすトポロ。
どう見てもケルネスが身を挺して、エリオット王を救い出した?という展開ではなさそうだ。
「まだ分からないのか。剣の腕もだが、頭も鈍いようだな。わざわざ変装までして、炎龍様の瘴気の結晶、魔瘴石を渡したのに期待はずれだったようだ」
ケルネスの周囲には、真っ黒で邪悪な気がだだ漏れだ。
この状況、火を見るより明らか。善人ぶったやつが一番の悪だったっていうどんでん返しのパターンだね。
「今回の一件、すべてはあなたが仕組んだこと。つまりあなたが黒幕だった、ということですね」
「さすがは、二代目勇者様、察しがいい。民衆の不安と恐怖を煽り、炎龍様復活にふさわしい舞台を用意したのだよ」
誇らしげに語るケルネス。
この状況はまずい。エリオット王を人質にされていては、手も足もでない。とにかく、エリオット王を助けなくっちゃ。
勇者の剣はペーパーナイフに戻り、ポシェットの中だ。
「おかしなまねはよした方が賢明ですよ。エリオット王がどうなってもいいのですか」
ポシェットに手を伸ばしかけたぼくに、ケルネスが冷ややかに言った。
ちょうどそのとき、母たちも額絵のゲートを通ってやって来た。
「エリオット!」
母が叫んだ。
「ねえ、さん・・・」
エリオット王が虚ろな目を開けてか細い声で言った。
「動くな!」
エリオット王の所へ駆け寄ろうとした母にケルネスが一喝。
「大神官様、何をなさっているのですか?」
事態を把握できていない団長が質問を投げかける。
「揃いも揃っておめでたい連中だ。まあいい。そこで、おとなしくしていてもらおう。何、そんなに手間は取らせはしない。もう少し。もう少しで、炎龍様がお目覚めになる。このすばらしい瞬間に立ち会えることに感謝したまえ。そして、炎龍様の最初の贄としてささげられることを光栄に思うがよい」
ケルネスは歓喜に酔いしれるような表情を浮かべている。
事の次第を察した団長が、リンクスに目配せした。
「へんな考えを起こさない方がいいですよ。わたしがほんの少し手を動かすだけで、エリオット王の命はなくなるのですから」
リンクスが行動をおこす前に、団長とリンクスに冷酷な視線を向けてケルネスが言った。
「ケルネス大神官、あなたのような方がなぜ、このような大それたことをするのですか」
ぼくたちの疑問を母が代弁してくれた。
「安寧秩序を望むなら、実体のない神を拝するより、この世界を統べる強大な力をもつ炎龍様にすがる方が、よほど賢明だと思わないかね。そのことを先王にも進言したのだが聞き入れられなかった」
「もしかして、先の王と王妃の突然死もあなたの仕業だったのか?」
「その通り。わたしが食事に遅効性の毒を少量ずつ混入させ、じわじわと死に追いやったのだ。効果が現れるまで多少の時間がかかったが、二人が日に日に衰えていく姿を見るのはまさに至福の時だったよ。毒の効果は人によって違いがあるようで、王が先に逝き、王妃が後を追うように亡くなった。これは、わたしにとって好都合だったよ。
国王亡き後、炎龍様は、わたしが新たな王として、この国の支配者となることを約束してくださった。その暁には炎龍様を神とあがめる信仰を国中に広めるのだ。なんとすばらしいことではないか」
団長が投げかけた疑念に、得意げに答えるケルネス。
「なんてこと・・・」
驚きのあまり言葉を失う母。
「炎のドラゴンは、絶対悪の存在。この世界すべてを破壊してしまうかもしれない。生きとし生けるものが滅んだ世界で安寧などありえないだろう。狡猾なドラゴンに騙されているのが分からないのか」
「だまれ!だまれ!」
団長の言葉に、声を荒らげるケルネス。
ケルネスがエリオット王の拘束を解き、左手に持つ杖を掲げた。
「アイス・アロー」
十数本の氷の矢が飛んできた。
その瞬間、ぼくの前に大きく広がった勇者の盾が全ての矢を弾く。
「ファイヤー・ランス」
立て続けに魔法を放つケルネス。
この程度の攻撃なら、十分盾で防ぐことができる。
ケルネスは怒りにまかせて攻撃に集中するあまり、エリオット王への注意がなおざりになっている。
今がチャンス。
ケルネスが長々と自慢話?をしている間に、後ろ手に隠し持っていた勇者の剣をケルネス目掛けて投げつけた。
なんなく剣をかわすケルネス。
「どこを狙っているのだ」
あざ笑うケルネス。
だが、これは狙い通り。油断したケルネスの背後から、ブーメランに変形した剣が、ぼくの思い通りの軌跡を描いて、彼の右腕にヒット。
「ぐっ」
手傷を負い、痛みでナイフを落とすケルネス。
すかさず、リンクスが飛び出し、エリオット王を救出した。
「ケルネス大神官、人質という手駒を失ったあなたに勝ち目はない。衆寡敵せず。無駄な抵抗はやめて観念したらどうですか」
団長が投降を促す。
「ふっ。ふっふっふっ。ふわっはっは。観念しろだと。笑止千万。その言葉、そっくりお返ししよう。受けるがよい。我が最大の魔法を!」
ケルネスが呪文を唱えだした。
「火焔よ逆巻け、熱風よ吹き荒れろ」
ケルネスが掲げた杖の先端にあるソフトボール大の魔法石に周囲の魔素がどんどん吸収されていく。
「特大の魔法を発動しようとしているようだ。こりゃあ、かなりやばいぜ。この辺り一帯が消し飛んじまうぞ。シールド程度じゃ防ぎきれないぜ。俺様にも、ここにいる全員を守るのは不可能だ。それに、こんな近距離で放てば、やつもただじゃすまないだろう。どうやら、おれたちと心中するつもりらしいな」
ぼくに忠告するヤッケの慌てぶりからして、かなり深刻な状況であることが分かる。
「すべてを呑み込み、万象を灰燼と帰せ!メガトン」
ケルネスは淡々と詠唱を続ける。ぼくたちの周章狼狽などお構いなしに。
ぼくの手に戻った勇者の剣が、長剣に変形した。剣からぼくへと力が流入する。
思い切り地面を蹴ってダッシュッ。電光石火のごとく一気にケルネスとの距離を詰める。
「エクス」
紫電一閃。ケルネスが詠唱を唱え終える前に魔法石を粉々に粉砕した。
「なにっ?」
思いがけない事態に驚きを隠せないケルネス。
「悪あがきはやめて降参したらどうですか?」
呆然とするケルネスに団長が再び説得を試みる。
「もはやこれまで・・・」
敗北を悟ったケルネスが、「偉大なる炎龍様に栄光あれ!」と叫んで、振り向きざま火口に飛び込んだ。
「あっ」
一瞬の出来事で、ぼくたちは、なす術もなく佇むばかりだった。
その直後、
「ゴゴゴゴゴー」
地の底からとどろく轟音。ぐらぐらと揺れる地面。
吹き上がるマグマとともに火口から、赤く巨大なドラゴンが飛び出した。




