カンタマクラ砂漠 ~アリジゴクの魔獣と砂に消えたトポロ
「イツキ殿には、お疲れのところ申し訳ないのですが、早速出発することにしましょう」
「精霊門から妖精の村まで引き返すんですか」
「いいえ。そんな遠回りをしなくても、ここから創世の大樹海の外へと通じるゲートがあります」
ということで、ぼくたちはゲートへと向かった。
「これが、ゲート?」
そこには、高さ3メートルくらいの巨大な紫水晶が立っていた。ゲートの正面部分は磨かれたようになめらかだ。
「ここからは、わたしが先導しましょう。みなさん、わたしに続いてください」
そう言うと、トポロがアメジストゲートの中へ溶け込むように入っていった。
ゲートから出ると、そこは広大な砂漠だった。
強い日差しが、じりじりと照りつける。暑い。とにかく暑い。何が何でも暑い。ただそれだけだ。
しかし、さすがは騎士団の精鋭たち。額から吹き出る汗をものともせず歩いている。重くて通気性の悪い鎧を着ているから、体力の消耗が激しいだろうに。
こんな状況にもかかわらず、母だけは違っていた。汗ひとつかかないで、涼しげな顔で足取り軽く歩いている。
何で?
「母さん、暑くないの?」
「ええ、このローブにはいくつかの魔法が賦与されていて、外部の気温に応じて温度調節する機能もあるの」
そういうことか。冷感ウェアよりすぐれものだね。すごいな魔法のローブ。
ぼくは日よけくらいにはなるだろうと、帽子がわりにフードをかぶった。すると、ヤッケが話しかけてきた。
「日よけくらいとは何だ!俺様の力をみくびるんじゃねえぞ」
「聞こえちゃったんだ」
「あたりめえだ。お前の思念を読み取って念話してるんだからな。暑さで参っているようだな。俺様が涼しくしてやろうか」
「えっ、そんなことができるの?」
「あたりきしゃりき。俺様に不可能はない」
偉そうな口をきくヤッケだが、ここは機嫌を損ねないように下手に出る。
「お願い。涼しくして。いや、してくださいヤッケ様」
「よし、よし。そこまで言うのなら」
体の表面がすうーっと涼しくなった。
「どうだ、俺様の力。恐れ入ったか」
「ははーあ」
殊更大げさにかしこまってみせる。
これで気分爽快。行く手遥か先にそびえる炎の山を目指して進む。
炎の山の影響だろうか、山に近づくに従って気温も上昇している。まるで、西遊記の火焔山のようだ。芭蕉扇でひと扇ぎすれば涼しくなるかな?などとお気楽な妄想をしながらひたすら歩き続けた。
突然、先頭を歩くトポロの姿が消えた。何が起こったのか分からず戸惑うぼくたち。
あわててトポロのもとへ駆けつけたぼくたちが見たのは、地面がすり鉢状に深くくぼみ、斜面を滑り落ちているトポロの姿だった。はい上がろうと必死にあがくトポロ。だが、どんどん穴底へすべり落ちていく。
「トポロー」
「だめです」
穴に近づこうとする母を止めるウルフ団長。
穴底から巨大な、湾曲したハサミのようなものがのぞいている。魔獣が潜んでいるようだ。
「ぐぎゃー」
トポロの姿が穴底に消え、悲鳴があがった。
「トポロー」母の叫び。
巨大な魔獣が穴底から姿を現し、またすぐ砂の中に潜ってしまった。見た目はアリジゴクのようだ。
「どこから攻撃してくるか分からん。注意を怠るな」
団長の言葉で、兵士たちは素早く守りを固める。
ぼくも長剣に変形した勇者の剣を手に、周囲を警戒する。
不意にぼくの足下の地面がすり鉢状に落ちこみ、穴の中に。斜面をはい上がろうとするが、砂が崩れ穴底へとすべり落ちていく。底にはアリジゴクが待ち構えている。
そこへ、一本のロープが。ウルフ団長が、ぼくにロープを投げてくれたのだ。
左手でしっかりとロープをつかむ。勇者の剣の特殊効果のおかげで、身体能力がアップしたぼくには、自分の体くらい左手一本でも余裕で支えられる。
団長たちがロープを引き、ぼくの体が徐々に上昇していく。このまま無事に穴から出られると思ったのだが、そういうわけにはいかなかった。
ぼくが、落ちてこないばかりか、穴から抜け出そうとすることに業を煮やしたのか、アリジゴクが大あごをめいっぱい拡げ、穴底から這い出てきた。鋭い大あごがぼくにせまる。
「やられる!」
たちまち勇者の剣が長さ5、6メートルの超長槍に変形。ぼくは反射的に長槍を振るった。大あごがぼくを捕らえるすんでのところで、アリジゴクの口に長槍をぶち込んで串刺しに。
アリジゴクは黒煙を噴き上げながら消えていった。
ぼくが穴から助け出されて間もなく、穴は完全に埋まってしまった。
その後、ぼくたちは砂の中に消えたトポロを懸命に探したが、結局見つからなかった。
トポロを失ったぼくらの悲しみは計り知れなかった。特に母の傷心した姿は、見るに忍びないほどだった。幼なじみを失ったのだから無理もない。
沈うつな雰囲気の中、だしぬけにウルフ団長が言った。
「トポロを失ったことは非常に残念だ。だが、今は悲しみに浸っている場合ではない。トポロのためにも、我々の目的を果たすべきだ。今回の災厄の元凶、炎のドラゴンを倒し、皆でトポロのかたきを討とうではないか」
団長の言うとおり、ぼくたちは前へ進むしかないのだ。もっともな意見ではあるが、なにもこのタイミングで言わなくても。デリカシーがないな。
団長の冷ややかな態度が気にいらなかった。このとき、ぼくの心に団長への疑念が生じた。
トポロが穴に落ちたとき、どうしてすぐにロープを投げなかったのか。そもそもトポロを助ける気はあったのだろうか。
心眼で団長の気を探ってみたが、邪気は全く感じられなかった。おかしい。そんなはずは・・・。
ぼくは、もやもやした感情を押さえきれず、直接団長に問いただした。
「ウルフ団長。トポロさんが穴に落ちたとき、どうしてすぐにロープを投げてあげなかったんですか。わざと見殺しにしたのですか?」
「それは・・・」
言いよどむ団長。
「その件について、わたしから説明しましょう」
ダスマンが団長の前に進み出て言った。
「ロープを所持していたのは、わたしです。あの時は、突然のことで動揺して、ロープを用意するのが遅れました。決してトポロを見殺しにしたわけではありません。団長は、部下であるわたしに責任を押しつけたくなくて、黙っておられるのでしょう。団長は部下思いの優しい方なのです。イツキ殿が思われているような、冷酷な方ではありません。平静を装っておられますが、団長も我々同様、いや、それ以上に心を痛めておられるのです」
「そうだったんですか」
ダスマンの説明を聞いて合点がいった。団長を疑ったのは間違いだった。
狼顔のウルフ団長に初めて会った時、ぼくは狼=凶暴=悪というイメージを抱いていた。だから、先入観にとらわれ、心底から団長を信頼していなかったのだ。ダスマンのおかげで団長の、顔に似合わず優しい人柄を知ることができ、団長に対するわだかまりが解けた。
人を顔で判断しちゃいけないって言うけど、獣人だっておんなじだね。
「ウルフ団長、口が過ぎました。おわびします」
「いえ。イツキ殿に疑念を抱かせた、わたしにも非がありますから、お互い様です」
ぼくの謝罪を団長は快く受け入れてくれた。
雨降って地固まるではないが、今回の件でぼくたちの結束が強まったように感じた。




