精霊の森Ⅱ ~ユニコーンの試練突破とタカビーな精霊
怪獣Gをあっけなく倒せたのが、なんとなく引っ掛かった。しかし、扉の向こうで手ぐすね引いて待ち構えてるかもしれない敵の事が気になっていたぼくには、そんなことを深く考えている余裕などなかった。
警戒心マックスで部屋に入る。
「うわっ」
目の前に人が。敵か。咄嗟に身構える。・・・よく見ると鏡に映ったぼくの姿だった。
「なんだ、鏡か」
ほっと安心したのも束の間。鏡の中のぼくがにやりと笑った。
「えっ、今笑った?」
3D映像のように、鏡の中のぼくが抜け出してきた。
「えええーーー」
目を疑う状況に驚天動地のぼく。
「そんなに驚くことはないよ。ぼくは君、君はぼくなんだから」
何、そのややこしい説明。
こいつ、ぼくに擬態した魔獣か。
ぼくは棒を構え、敵の攻撃に備える。
にせ者もぼくと同じ構えをとる。
ぼくが間合いを詰めると、にせ者も間合いを詰める。一歩踏み込み胴への一撃。にせ者も同じ動作で胴へ打ち込んでくる。すんでのところで、二人同時に後ろに飛び退き攻撃をかわす。どこまでもぼくと同じ動きをするにせ者。
なすすべなく、棒を構えてにらみ合ったまま膠着状態が続く。
「このままじゃ埒が明かない。どうしたらいいんだ。考えろ、考えろイツキ。ぼくが棒を構えると、相手も構え、ぼくが、打ち込むと、相手も打ち込んでくる。まるで、鏡を見ているようだ。鏡?鏡か?・・・。そうか!鏡なんだ」
ぼくは棒を捨てて戦いを放棄した。すると、にせ者も同じように棒を捨てた。
と、同時にまたもや景色が一変。ぼくは、深閑とした森に立っていた。
目の前にエメラルドグリーンの泉が広がっていた。
対岸から水面を滑るように歩いてくる純白のユニコーン。その額には長さ50センチくらいの立派な角が。その神々しい姿は、見る者を圧倒する気を纏っているようだ。理知的な相貌と森羅万象を見通すかのような一点の曇りもなく青く澄んだ瞳。その美しさに思わず見とれてしまった。
「そなたの恐怖心からつくった幻影に打ち勝ち、命の危機に瀕した弱きものを救うため、危険を顧みず行動したそなたの勇気と優しさには感心しました。そなたの正義感、しかと見定めました」
ユニコーンが男性とも女性とも区別のつかない中性的なやさしい声で、ぼくに語りかけた。
「ぼくの恐怖心からつくった幻影?さっきのGが幻だったってこと。そうか、ここに入る時、体の中に別の何かが入ってきた感覚があったけど、そのときぼくの心を探ったのか」
「そなたに問う。勇者イツキよ、なぜ、そなたは自分自身に戦いを挑んだのですか?」
「それは魔獣が、ぼくに化けていると思ったから」
「過剰な警戒心から疑心暗鬼を生じ、己の鏡像を魔獣と誤認したのです。
目に見えるものすべてが、真実とは限りません。正邪をわきまえ、真の敵を見極める力を身に付けなければなりません」
「正邪をわきまえる・・・?」
「そうです」
「でも、どうやって?」
「丹田に力を込めて、精神を集中するのです。さすれば、心眼が開かれ、気の流れを感じ取ることができます。そして、正邪の気を判別し、相手の本性を見抜くのです」
「たんでん?ってどこ?」
「へその下あたりです。心身の力を集め、気力を充実させる所とされています」
何となく、分かったような、分からないような。
「要するに、下っ腹に力を入れるってことだね。でも、そんなことで、ぼくにもできるのかな?」
自信なさげなに呟くぼく。
そんなぼくをじっと見つめ、ユニコーンが言った。
「心配には及びません。聖剣に選ばれたそなたには容易いこと」
「簡単に言ってくれるじゃない。とにかく、やってみるか。ふんっ」
ぼくは、下っ腹にぐっと力を込めて、へその下に意識を集中した。そして、なんとなくユニコーンを見た。ユニコーンの体から陽炎のように立ち昇る気がおぼろげに見える。さらに意識を集中。
「見えた!」
ユニコーンからあふれ出る清純な気をはっきり感じる。心が安らぐようだ。心眼に映るユニコーンの気は金色で、まぶしいばかりに輝いていた。
「ドラゴンとの戦いは、思っている以上に厳しいものとなるでしょう。そなたの行く手には、つらく厳しい運命が待ち受けています。それでも進んでゆく覚悟はありますか!」
前にマーナにも同じことを聞かれたっけ。覚悟って言うほど大層な物じゃないけど、ぼくなりの決心は固まっている。剣に選ばれた勇者としての責任感と言った方がいいかな。ぼくがやらなきゃ、誰がやるのかって。他の誰にもできないことだからね。
「あります!」
ぼくは、ユニコーンの目を見据え、きっぱりと言い切った。
「その目の輝きに迷いなき強い意志を感じます。どんなときもあきらめてはなりません。心の中に希望の光を消すことのないように。さすれば必ず道が開けるでしょう。我が試練を克服したそなたにこれを授けます」
ぼくの目の前に内も外も黒色でフードの付いた丈の短いマントが浮いていた。フードの上部になぜか猫耳が。かわいい!けど何の意味があるの?
ぼくはマントを手に取り羽織ってみた。すると、頭にすっぽりとフードがかぶさった。
「おい、俺様の声が聞こえるか。俺」
頭の中に直接響くような声。ユニコーンの声とは明らかに違う。
「何?何?」
あわててフードを取り、きょろきょろと辺りを見回した。しかし、ユニコーンの他には誰もいない。
フードがひとりでに動いて、また頭にかぶさった。
「俺様の話の途中でフードをとるんじゃねえ。なにうろたえてんだ。勇者なら勇者らしく、でんと構えてろ。念話だよ。ね・ん・わ」
「これが念話・・・」
何となく納得したぼく。
「だれ?」
「俺様はマントに宿りし精霊ヤッケ様だ」
「精霊ヤッケ・・・」
「そうだ。頼りねえお前のために、俺様が力を貸してやろうてっんだ。ありがたく思え!」
上から目線で、俺様気質の精霊だ。
「ヤッケ、言葉を慎みなさい」
「へい、すいやせん」
ユニコーンに諭されて、少し恐縮したようだ。
「ヤッケは、少々がさつではありますが、ドラゴンとの戦いでは、必ずやそなたの強い味方となるはずです」
「おうよ、おれ様に任せておけば心配ない。大船に乗った気でいろ」
再び大口を叩くヤッケ。
「さあ、行きなさい」
突然、周囲がまぶしい光で満ちあふれた。
光が収束し、視界がはっきりすると、ぼくは聖域の入口、大樹の前に立っていた。
仲間たちの視線がぼくに向けられた。
「イツキ、どうだった?」
駆け寄ってきた母が心配そうに言った。
「オールオッケー」
母の問いに、ぼくはこぶしを握り、親指を上に立てるサムズ・アップ(「いいね」ともいうかな?)のジェスチャーでにこやかに答えた。
「その様子ですと、見事ユニコーンの試練を乗り越えられたのですね」
「はい」
団長の問いに力強く答える。
「おおー」
兵士たちから感嘆の声があがった。
「ところで、イツキ。そのマント、どうしたの?」
「ああ、これ。ユニコーンからもらったんだ。ちょっと厄介な精霊が憑いてるけど、ドラゴンとの戦いで必要なアイテムらしいよ」
「誰が厄介だこら!」
すかさず頭にフードがかぶさり、ヤッケが念話で文句を言うがスルーして、ぼくは聖域での出来事をかいつまんでみんなに話した。
ぼくが、聖域に入ってから外界では、約5時間が経過していた。みんなは、ぼくが戻ってくるのをここで待っていたようだ。いろいろ心配させたみたいで申し訳ないと思うが、精霊の森の清浄な気を浴びてリフレッシュできただろうから、よしとしよう。




