妖精の村 ~カエルを倒して、勇者の盾をゲットする
ぼくたちは、バッタに喰い荒らされて荒れ野と化したヴェルト草原を抜けて、次の日の夕暮れ近くに、創世の大樹海と呼ばれる広大な森林にたどり着いた。
ソーニョの神話では、まず創世の大樹海ができて、それから、世界が創造されたということになっている。いわゆるこの世界の中心ということらしい。妖精の村は、この大樹海の中にあり、精霊の森の入口は、村の中にあるそうだ。
ひとまず大樹海に入ってすぐの所で野営して、翌日妖精の村を訪ねることにした。
創世の大樹海は、聖なる力で守られているので、魔獣のように邪気を帯びた生物が、外部から侵入する事はない、ということだった。
それでも念には念をいれて、団長たちは夜の見張りを怠らなかった。ご苦労様です。
翌朝、ぼくたちは妖精の村へと向かった。
「ここが、妖精の村の入口です」
団長が指し示した場所には、周りの木とは比べものにならないくらい、太くて大きな木が二本、まるで門柱のように立っていた。向こう側には、村なんて見えない。ただ、森が続いているだけのようだ。
「ここが、入口ですか?村があるようには見えないんですけど」
「普通にこの木の間を抜けたのでは、村に入ることはできません」
「・・・?」
ぼくが戸惑いの表情でいると、母が団長の言葉を補足してくれた。
「スールーの指輪で結界を解除すれば、妖精の村に入ることができるのよ」
「そうなんだ(納得)」
スールーの指輪をかざすと、木の間に扉が現れた。扉を開けてぼくたちは村の中へ。
この時、一匹のカエルが一緒に入ったことに気付いた者はいなかった。
「わー、ここが妖精の村」
キノコの形をした家が建ち並んでいる。通りを歩く村人は、メルヘンチックな花の妖精のような、翅が生えた小人ではなく、背格好も見た目も、ぼくたち人間と同じで、違いと言えば耳がとがっているくらいだ。イッツ・ファンタジー(感動)
「人間だ」
「獣人もいるぞ」
「どうやって入ってきたんだ」
行き交う村人たちが、ぼくらに好奇の目を向けて、口々につぶやいている。
物珍しい景色にきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていると、しつかめらしい顔をした三人の村人がやってきた。
「村外から来られた方々。少しお話をうかがってもよろしいでしょうか」
先頭の立派なあごひげをたくわえたおじいさんが、ぼくらに話しかけてきた。妖精ってかなり長生きだっていうから、相当高齢だろう。人間でいうと百歳は優に超えているんじゃないかな。
「構いませんが」
ぼくらを代表して団長が答えた。
「わたしは村長のオルフェスと申します」
「これは、申し遅れました。わたしは王国近衛騎士団団長ウルフ・ガブリエル。そしてこちらが、ソーニョ国王の姉君サーヤ様、こちらがそのご子息であり、新たな勇者でもあるイツキ様。それから、こっちがわたしの部下のハウンド、リンクス、ダスマン、トポロです」
「ほう。新たな勇者様ですと…」
オルフェス村長が、ぼくの方を向き、ちらっと指に目を落とした。
「なるほど、スールーの指輪をお持ちでしたか。みなさんが結界に阻まれることなく村に入ってこられた訳が分かりました。ここで立ち話も何ですから、わたしの家までご足労願えませんか」
ぼくたちは、オルフェス村長に案内されて、村長の家に行った。キノコの家が何棟か寄り集まり、三層に積み重なった立派な家だった。
「して、あなた方は何故我らの村においでになったのですか」
通された客間で、ぼくたちが椅子に腰をおろすやいなや村長が言った。
「最近魔獣が頻繁に出現し、王国各地で被害が出ていることは、ご存じですか」
「村の外に出た者たちから、そのような報告を受け、災厄の前触れではないかと危惧しておりました」
「炎のドラゴン復活の兆しがあるのです」
「まさか!炎のドラゴンが復活するとは!」
「魔獣討伐に向かわれた国王エリオット様率いる王国軍が消息を断ち、その後、ドラゴンの騎士と名乗る者からの脅迫文で、エリオット様が、その者に捕らわれたことが判明しました。我々は国王救出と炎のドラゴン討伐のため、この村にあるという勇者の盾を譲り受けに参ったのです」
「勇者の盾ですと!勇者の盾は我らが代々守ってきた至宝。それに、村の結界を維持するために欠かすことのできないものです。お譲りするわけにはまいりません」
「そこをなんとか。我が国のため」
「たとえ国王様の命令であっても、承服することはできかねます」
団長が何度も説得を試みたが、村長は頑として首を縦に振らなかった。
「それじゃあ、ドラゴンを退治するまで貸してもらうっていうのはどうですか」
差し出がましいと思ったが、団長の窮状を見かねてぼくが提案した。
「ほう。ドラゴンを退治できると?」
あごひげをなでながら村長が言った。
「失礼ながら、わたしは、あなたが勇者であると信じた訳ではありません。誠の勇者であるという証拠を見せていただけないうちは」
そのとき、若い男の妖精が息せき切って家の中に駆け込んできた。
「村長、大変です。魔獣が出現しました」
「なにっ、魔獣が?」
そういえば、さっきから外が騒がしかった。若者の慌てぶりから、かなり大変な事態が起こっていることが察せられる。
「いったい、どうやって結界を破って侵入したんだ・・・。とにかく、村人の避難を」
村長が、部屋から飛び出した。ぼくたちも急いで外に出た。
そこでぼくたちが見たのは、毒々しい色の巨大なカエルの魔獣だった。
カエルの口から吐き出される液で、周りの建物や木々が次々に溶かされていく。強力な溶解液だ。人が、この液を浴びたら一瞬で跡形もなく溶けてしまうだろう。
妖精たちが弓矢で攻撃しているけど、カエルの体表で鏃がつるんと滑るようにかすめていく。
「バーニング・ショット」
「アイス・パレット」
妖精が放った火魔法も氷魔法もまったく通用しない。体の表面を覆っているぬめぬめした粘液が物理攻撃や魔法攻撃を無効化しているようだ。
溶解液をかわして近づこうとしても、鞭のような長い舌で打ちのめされてしまう。
「炎よ、一塊の火球となりて我が敵を撃て。ファイヤー・ボール」
ダスマンが放った数発の火球が、カエル目掛けて飛んでいく。しかし、カエルは餌でも食べるかのように、すべての火球をパクッと飲み込んでしまった。高熱の火球を飲み込んでもケロッとしている。カエルだけに…。
呆気にとられているダスマンにカエルの長い舌が巻き付いた。ダスマンを捕食しようとしているのだろうか。側にいたリンクスが即座に舌を断ち切った。しかし、舌はすぐに再生した。
リンクス、ハウンドが、カエルとの間合いを詰めて攻撃しようとするが、溶解液と切ってもすぐに再生する舌の鞭が、彼らの接近を阻む。
ぼくも長剣に変形した勇者の剣で参戦するが、溶解液と舌の攻撃に苦戦を強いられる。
有効な攻撃の手だてもなく、距離をとってカエルの攻撃をかわすしかできない。焦燥感にかられるぼく。
その時。
「これを!」
村長が投げた盾が、ぼくの三メートルほど手前に落ちた。盾に気を取られているぼくに、カエルが溶解液を吐いた。とっさに前方一回転して溶解液をかわし、盾を拾い、すかさず構える。
ぼくにねらいを定めたカエルが、続けざまに溶解液を吐いた。それを盾で受ける。溶解液を浴びても盾は無傷。完璧にカエルの攻撃を防いだ。
「いける!」と、思っていたら、カエルが舌を盾に巻きつけた。盾ごと引きずられるが、盾を放すわけにはいかない。なんとか踏ん張って耐える。カエルは、ぼくを丸飲みできるくらい大きく口を開けている。
そのとき、勇者の剣が長さ約2メートル、幅40センチくらいの大剣に変形した。
ぼくは地面を蹴ってジャンプ。カエルの舌が、ぼくを引く力を利用して、一気にカエルへと飛び込んでいく。
ぼくを捕食できると思い、勝ち誇った顔のカエル。といってもカエルの表情なんてよく分からないけど。
余裕をかまして油断しているカエルを、大剣で頭からまっ二つにぶった切った。カエルは盛大に黒煙を吹き上げながら消えていった。
妖精たちから歓喜の声が上がった。
ぼくは村長に歩み寄りお礼を言った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました。勇者の盾、お返しします」
「それには及びません。あなたの技量、しかと見極めさせていただきました。イツキ殿、あなたは間違いなく、その盾にふさわしい真の勇者です」
改めてぼくが盾を受け取ると、盾が光を放ちブレスレットに変化して、ぼくの左手首に収まった。
「おおー。盾もあなたを勇者と認めたようです。勇者の盾も剣と同様、状況によって形を変えます。勇者の盾は、カゲロウの羽のように軽く、鋼鉄より頑丈。あらゆる攻撃を防ぐ最強の防具です。きっと勇者のお役に立つでしょう」
「これが盾?」
ぼくは、左腕を振ってみたが、盾を装備しているという違和感は全く感じなかった。
「ドラゴンを倒すまで、この盾をお借りします。無事ドラゴンを倒したあかつきには、盾を返しに戻ってきます」
「そのお申し出は、願ってもないことです」
その夜、カエルの魔獣から村を守ったぼくたちの功績をたたえ、盛大な宴会が催された。
華やかな女妖精の踊り。見たことのない妖精独特の料理の数々。なごやかな雰囲気に浸り、しばしの間、クエストの緊張から解放され、心も体もリフレッシュすることができた。
宴会の途中、団長が急に改まった顔でオルフェス村長に話しかけた。
「オルフェス殿、村の大切な宝、勇者の盾をお貸しいただいて感謝する」
「礼には及びません。真の勇者様のお力になれるとあれば、我々はいかなる協力も厭いはしません」
「そう言ってくださると、気が楽になります。ついでと言ってはなんだが、精霊の森の門を開けていただけないだろうか」
「門を?なぜですか?」
「ドラゴン討伐の為に、ユニコーンの神託を仰ぐ必要があるのです」
「そういうことでしたら、おやすいご用です。勇者イツキ殿なら、問題ないでしょう」
「えっ!なんのこと?」
二人の側で何気なく話を聞いていたぼくは、自分のことが話に出て、驚いて声をあげた。
「イツキ殿なら、難無くユニコーンの試練を突破できるということです」
オルフェス村長が、笑みを浮かべながら言った。
翌日、ぼくたちは、朝早くから出発の支度を始めた。昨晩遅くまで飲んで騒いでいたにもかかわらず、団長や兵士たちは、しゃきしゃきと出発の準備を調えていた。さすが騎士団の精鋭たちだ。
村を発つ前に母と魔法を使える妖精たちが協力して、新たに魔法結界を張った。これは、あくまでも臨時の措置だそうだ。
ぼくは、この村の妖精たちのためにも、ドラゴンを倒して、盾を返却しなくてはならない。
精霊の森の門まで大勢の村人たちが見送りに来てくれた。
門は、精霊門と呼ばれていて、大きくて頑丈そうな、観音開きの扉の門だった。
「これより、門を開きます」
オルフェス村長が、門の鍵となっている魔石に、右手をかざし魔力を注いだ。
「ギギギギ、ギー」
重い扉が、ゆっくりと開いていく。
「どうかご無事で。吉報をお待ちしております」
「必ずドラゴンを倒して、再びこの村に帰ってきます」
ぼくは決意を新たに、村長と固い握手をかわした。




