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元王国軍隊長ベアード ~やばっ、女の子ってばれちゃった~

 気がついたら、見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。

 パチパチと薪のはぜる音で、目を覚ましたぼく。すすけた天井のむき出しの柱が目に入った。

「ここは…」

「お目覚めかな」

 声のした方にゆっくりと顔を向けるとそこに。

「くまーーー!」

 とっさに起き上がり、身構えた。

「そんなに警戒しなくてもよい。お主に危害を加えたりしないから」

 熊が優しげな顔でそう言った。獣の熊ではなく、熊顔の獣人だろう。敵意はなさそうだ。

「ここはどこ?あなたはだれ?」

「わしの名はベアード。川岸に倒れていたお主を見つけ、ここまで運んできたのだ」

 どうやら、滝から落ちて意識を失っていたぼくを介抱してくれたらしい。

「あ、ありがとうございます」

 状況を理解したぼくは警戒を解いてお礼を言った。

「ずぶぬれだったから、お主には、うちにあった服で間に合わせてもらった。お主の服は洗っておいたが、すでに乾いているので着替えるといい」

ぼくは、反射的に両腕を胸の前で交差した。

「安心なさい、お主を着替えさせたのは、わしの妻だ。それにしても、このようなへんぴな所へ娘一人で来るとは」

「ぼく一人で来たんじゃありません。母と仲間たちと一緒です」

「母御と仲間?…。何故ここへ?」

「ドラゴンの騎士に捕まった母の弟、エリオットさんを助け出すために。仲間と一緒に炎の山に向かったのですが、舟で川を渡る途中魔獣に襲われて。ぼくだけはぐれてしまったんです」

「エリオットとは、もしや新王の?」

「はい」

「なんと!エリオット様が捕らえられたとは。最近、魔獣が頻繁に現れ、この辺りも物騒になっていることは気になっていたのだが…。エリオット様の姉君ということは、お主の母御は、サーヤ様なのか」

「はい。でも、どうして母の名を」

「わしは昔、国王に仕えていたのだ。サーヤ様のことはよく存じておる。どうりで…。その意志の強そうな目は、サーヤ様にそっくりだ。勇者殿は、いかがいたした。勇者殿もいっしょに参られたのでは?」

「いいえ、父はこっちには来ていません」

「なぜだ!我が国の危機を救えるのは、勇者殿だけではないか!それがおられぬとは、何としたことか」

「そのことですが。大変言いにくいのですが、実は父は勇者ではなくなったんです」

「なんと!」

 ベアードが絶句した。

「ああ、でも、ぼくが勇者を引き継いだっていうか、剣に選ばれたっていうか」

 ぼくは急いで言葉を継いだ。

 そのとき、はじめて勇者の剣がどうなったか気になった。あわてて周りを見回したが、どこにも見あたらない。

「ない。ない」

「何を捜しているんだ」

「勇者の剣がないんです」

「わしがお主を助けた時には、剣など持っていなかったぞ」

「ぼくの服のポケットにペーパーナイフが入っていませんでしたか」

「そんな物が入っていたら、洗濯したときに分かるはずだが、妻は何も言ってなかったぞ」

 川に流された?

 勇者の剣がなければ、ドラゴンはおろか、他の魔獣とだってまともに戦えない。焦るぼく。

「お主の持ち物は、そこの小袋だけだったぞ」

 枕元にポシェットが置かれていた。

 もしかして・・・。

 わずかな望みを抱いて、ポシェットを確かめた。果たして勇者の剣は、ポシェットに収まっていた。

「よかったあーーー」

 ほっと胸をなで下ろすぼく。

「ちょっと、待っていろ」

 そう言って部屋を出て行ったベアードが、ぼくの服を持ってきてくれた。

 こっちに来て着た切りだったから、かなり汚れていたけど、洗濯されてきれいになっていた。

「着替えが終わったら居間に来てくれ。食事の用意をしておくから。食事をしながら詳しい話を聞かせてくれ」

 着替えを済ましたぼくは、居間でベアードにこれまでの経緯を説明した。

 ぼくが滝から落ちて、どれくらいの時間が経過しているのだろうか。気になってたずねた。

「ぼくは、どれくらいの時間眠っていたのですか」

「一日半ほどだ」

「えっ、そんなに!」

「こうしちゃいられない」

 ぼくは勢い込んで出立の準備に取りかかろうとした。

「どこへ行こうというのだ」

「みんなが心配していると思います。すぐに戻らないと」

「戻るといっても、どこに行くのだ。仲間の居場所にあてはあるのか?」

 そう言われれば、母たちがどこにいるのか分からない。そもそも、この世界の地理に疎いぼくには、ここがどこかも分からないし。

「そうだった…」

 ぼくは、改めて自分の置かれた状況を認識して愕然となった。

「カタッ」

 そのとき、表口のドアが開いて人が入ってきた。

「ただいま」

「おかえり」

「気がつかれたのですね。よかった」 

 ぼくを見るなり、その人が言った。

「紹介しよう。妻のベニーニャだ」

「えっ!」

 ベアードの言葉に驚きを隠せず声が出た。ぼくの視線の先には、若くてきれいな人間の女性が立っていた。唖然としてその女性を見つめるぼく。失礼な話だが、ベアードのいかつい外見からは、二人が夫婦であるなどとは、想像すら出来ない。まさに美女と野獣。まじまじと二人を見比べるぼくの視線に気づいたベアード。

「驚くのも無理はない。見ての通りベニーニャは人間だ。異世界から来たお主には、意外なことかもしれんが、異種族間の婚姻は、こっちの世界では、ままあることなのだ」

「へえー…。えーっと、さっきの話の続きですが」

 少し気まずい雰囲気になってしまったので、ぼくは話題を変えた。

「とにかく、ぼくは仲間と合流して、エリオットさんを助けにいかなくっちゃならないんです」

「それについては、わしに考えがある」

「なにかいい方法があるんですか」

「うむ。わしについて来てくれ」

 そう言ってベアードが杖を手に外に出た。

 ぼくもベアードの後をついて行く。

 家から出たベアードは上空を見つめ、指笛を吹いた。すると、カラス位の大きさで、タカに似た鳥が高空から舞い降りて、ベアードの腕にとまった。よく訓練されているようだ。

「その鳥は?」

「メッセンジャー・バードだ。この鳥でお主の仲間を探して、お主が無事であることを伝えよう。この鳥とわしは魔法でつながっているので、鳥が見た景色をわしも見ることができる。また、鳥の口から直接わしの言葉を伝えることもできるのだ」

 伝言カラスとは違った能力をもつ鳥のようだ。

 早速、メッセンジャー・バードを飛ばすことにした。

「滝の上流の渡しではぐれたと言ったな。対岸に渡れば、こちらへ続く道がある。おそらく、お主の仲間は、そこを通って川を下っているだろう」 

そう言うと、ベアードはメッセンジャー・バードを空へ放った。メッセンジャー・バードは上空で一度旋回した後、川の上流目指して飛んでいった。

 待つこと数分。

「おお、見えたぞ。こちらに向かってくる一団が。割と近くまできているようだ」

「本当ですか!」

「そうだ。お主の話から察するに、おそらく、彼らがお主の仲間で間違いないだろう。早速彼らにお主の無事を伝えよう」

 メッセンジャー・バードを通して、ペアードが、ぼくの無事を伝えてくれた。さらに、メッセンジャー・バードが先導して、母たちをここまで誘導した。

 ぼくの姿を目にした母が、駆け寄ってきて、ぼくをひしと抱きしめた。

「無事でよかった」

 涙を流して喜ぶ母。ぼくも少しうるっとなった。

「母さんみんなが見てるよ」

 みんなに見られて、照れくさくなったぼくは、そっと母から離れた。

 再会の喜びにひたるぼくたちを笑顔で見ていたベアードに気づいた母。

「ベアード?ベアードじゃない。久しぶりね。元気だった」

「見ての通り、寄る年波には勝てませんが、息災に過ごしております。サーヤ姫もお変わりなく、なりよりです」

色を正して母がベアードに礼を言った。

「あなたがイツキを助けてくれたのですね。感謝します」

「当然のことをしたまで。姫からそのようなかしこまった礼など言われると、くすぐったくなりますぞ」

「なに言ってるの、あなたが思っているような、昔のお転婆娘なんかじないのよ。わたしだって大人になったんだから。今や一児の母親ですよ」

「そのようですね。ずいぶん立派な()()()をお持ちになって…」

 ぼくの立場を察したベアードが、話を合わせてくれた。

「ベアード隊長、お久しぶりです」

 遠巻きに見ていたトポロが、二人の側に来て言った。

「おおー、トポロではないか。ずいぶん立派になったな」

 ベアードに肩をトントンと叩かれ、決まり悪そうにぎこちなく笑うトポロだった。

 さっきから話を聞いていたウルフ団長が、唐突にベアードに話しかけた。

「もしや、元王国軍隊長のベアード・グリズリー殿ではありませんか」

「いかにも。してあなたは?」

「こ、これは申し遅れました。わ、わたしは近衛騎士団団長ウ、ウルフ、ガブリエルと申します。おうわさは、かねがね、伺っておりました。お、お会いできて光栄です」

 団長、緊張してかみまくりだよ。

「そうかしこまらんでも。今は、ただの田舎の老いぼれにすぎんのだから」

 団長の様子から察すると、ベアードって相当すごい人だったようだ。

 この後、ぼくたちは、ベアードの家で夕食をごちそうになった。食事の後は、夜遅くまで昔話や近況報告などで話に花が咲いた。一人だけ蚊帳の外のぼくだったけど、ベアードと母との関係が分かって興味深かった。

 ぼくが滝壺に落ちた後の母たちの様子もわかった。

 川に投げ出された後、泳いで対岸に渡った母たちは、ぼくを捜すために川沿いの道を下っていた。ぼくの安否が分からなくて気が気でなかった母だが、メッセンジャー・バードの知らせで、ぼくの無事を確認できてひと安心したとのこと。

 そのうえ、あてもなくぼくを捜す手間をかけることなく、ここまでたどり着けたのもベアードのおかげだと、ぼくを助けてくれたことと合わせて、再度ベアードに謝意を述べた。

 べアードは王国軍隊長だったとき、国王の信任厚く、王家の人たちと懇意にしていたそうだ。だから、幼い頃の母サーヤのこともよく知っていた。

 そのうえ、ベアードは前回のドラゴン退治の遠征にも、勇者パーティーの一員として同行したそうだ。

 その時の凄絶な戦いで、不幸にして右脚に深い傷を負った。そのため、今でも杖がないと歩行に不自由していると言う話だった。

 その夜は、みんなベアードの家に宿泊させてもらった。母たちは、何日かぶりに魔獣を警戒することなく、ベッドでゆっくりと眠ることができると喜んだ。

 翌朝、旅支度を調えたぼくたちは、妖精の村を目指して出発した。

 出発前、ベアードが憂いに満ちた表情でぼくに言った。

「わしも共に行きたいのはやまやまだが、とうに現役を退いた身。しかもこの身体では十分な働きができぬばかりか、皆の足手まといにもなりかねない。まことに遺憾ではあるが、お主らとの同行は断念せざるを得ない。わしにできることは、お主らが立派に務めを果たし無事帰還することを心から祈ることだけだ。

 勇者イツキよ、この国の命運はお主の双肩にかかっている。頼んだぞ」

「どんとぼくに任せてよ。なにしろぼくは勇者なんだから」

 と、空元気を出してみたけど、別れというのは寂しいものだ。短い間だったが、ベアードの心遣いが身にしみて、感慨もひとしおだ。涙をこらえて、ベアードと固い握手を交わすのがやっとだった。

 それからベアードは母に向かって言った。

「サーヤ様、くれぐれも無茶はなさらぬように。用心してください」

「分かっているわよ。ドラゴンを倒したあかつきには、必ず報告に来るから、朗報を期待して待ってて」

 母は自らを鼓舞するように笑顔で答えた。

 ベアード夫妻は、ぼくたちの姿が見えなくなるまで、ずっと家の前で見送ってくれた。


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