迷いの森Ⅴ ~カメが火を吐くなんて!怪獣映画じゃあるまいし~
次の日、昨日の遅れを取り戻すべく、朝早くから出発した。
昼を過ぎた頃、湖のほとりに出た。
薄暗く、おどろおどろしい森の雰囲気とは打って変わって、こんなに明るくのどかな場所があるなんて。同じ森とは思えない。日ざしを受けてきらきらと輝く湖を見ると晴れやかな気分になる。
「うわーっ、きれい」
「迷いの森の端にあるこの国最大の湖です。景色の美しさもこの国随一です。湖を越えると森の出口も間近です」
湖の美しい景色に見とれていたぼくに、トポロが教えてくれた。
「このまま何事もなければ…」
ぽつりとトポロが呟いた。
ぼくたちは右手に湖を望みながら、湖畔の道を進んだ。馬車の窓から吹き込む風が心地いい。
そのとき突然、水の中から巨大な何かが現れた。
それは、体長十数メートルもある巨大なカメだった。下あごから突き出た二本の牙。鋭い目つきは、見るからに肉食系で凶暴そうだ。ぼくたちの世界で例えるなら、カミツキガメが巨大化したような感じだ。
そういえばずっと前に、こんなカメの怪獣が出てくる映画ってなかったっけ?なんて悠長なことを考えている場合ではない。
「ジャイアント・タートル」
そう口にしたリンクスの顔が恐怖で引きつっていた。
驚いた馬を鎮めようと、必死に手綱を操るトポロ。
ぼくたちにねらいを定めた巨大カメ=ジャイアント・タートルが、ゆっくりと湖からあがってきた。身体が大きい分動きは遅い。
ウルフ団長以下、三人の兵士が素早く臨戦態勢をとる。
ダスマンが遠距離からの魔法攻撃。
「渦巻け、紅蓮の炎。烈火の如く吹き荒れろ。ファイヤー・ストーム」
巨大カメを炎の渦が包む。カメは、甲羅の中に頭と手足をすばやく引っ込めた。炎がおさまると引っ込めた体を出して、何事もなかったように、こっちに迫ってくる。火炎魔法では、ダメージを与えられないようだ。
「電光よ、ひらめけ。怒槌となりて我が敵を打て。ライトニング・ショット」
はじめの攻撃が効かないことを予測していたのか、ダスマンが間髪をいれず電撃魔法を放つ。
しかし、カメには電撃も効かなかった。たぶん甲羅が絶縁体=電気も熱も通さない物質でできているのだろう。
続いて、ハウンド、リンクスが槍と剣で斬りつける。甲羅から出ている頭や手足を狙って攻撃するが、二人の攻撃よりも速く甲羅に引っ込めてしまう。
硬い甲羅に阻まれて、剣や槍では全く歯が立たない。移動速度は遅いが、頭と手足の反応速度は速い。ただののろまなカメではなさそうだ。
攻撃の手をゆるめると、首を長く伸ばし、鋭い牙でかみついてくる。じりじりと窮地に追い込まれる三人。
カメが口を大きく開いて、胸一杯に息を吸い込みだした。
「気を付けろ。やつは魔素を吸収しているようだ。なにか仕掛けてくるかもしれん」
団長が警告する。
怪獣映画で見たことのある光景が脳裏をよぎる。いやな予感。
咆哮とともにカメが口から大きな火の玉を吐いた。すばやくその場から離れ、火の玉をかわす兵士たち。爆裂する火の玉。兵士たちのいた地面には大きな穴があいていた。
再び|火の玉を吐こうと、魔素を吸い込むカメ。
「シールド」
二発目の火の玉に備え、母がぼくたちの周りに魔法防壁を築いた。カメの吐いた火の玉が防壁に当たる。激しい爆発とともに防壁が吹き飛んだ。
こっちの攻撃が通用しないばかりか、火を吐くなんて。面倒な魔獣だ。まさか、回転しながら空を飛んだりはしないだろうけど…。
魔法防壁が破壊される圧倒的な攻撃に対して防御のしようがない。このまま全滅ってこともあり得る。
カメが次に火の玉を吐く前に決着をつけなければ…。なんとかしないと。
勇者の剣を手にぼくは、三人の兵士の前に進み出た。
だが、魔法も剣も通用しない魔獣に対して、どうやって戦えば…。
ぼくが考えあぐねていると、勇者の剣が輝き大きな斧に変形した。見るからに重そうな大斧だが、まるで重さを感じない。これも、勇者の剣のなせる業だろうか。これを肩にかついだら、まるで金太郎じゃん。と、突っ込みたくなったが、ここは自制してカメに集中。
牙をむいてぼくに頭を伸ばすカメ。その頭をなぎ払うように、大斧を軽々と振る。カメはすばやく頭を甲羅に引っ込め攻撃をかわす。
「いまだ!」
すかさずカメの背後に回り込む。しっぽを伝わり甲羅を駈けあがる。カメが、ぼくにかみつこうと長い首をのばすが、さすがにここまではとどかない。
ぼくは頭上高く大斧を振り上げ、思い切り甲羅にたたき込んだ。甲羅に亀裂が生じ、そこから黒煙が噴き出した。
これでカメの魔獣もおしまいだ。ぼくは、なぜか前方空中回転をしながら、カメの背中から飛び降りる。みごと着地に成功。決まった!
でも、カメの背中から飛び降りるだけなのに、回転する必要があったのだろうか?回転による遠心力でより遠くまで飛べるのかな?こんな疑問が浮かぶが、ここは勇者としてかっこいいところを見せられたと思う(たぶん…)からよしとしよう。
巨大カメは、みるみる縮んで、やがて消滅した。
「いやー、危ういところでしたが、イツキ殿のおかげで助かりました」
団長から、ねぎらいの言葉。母や兵士たちからも感謝された。
湖の主ジャイアント・タートルを倒した後は、脅威となるような魔獣(ぼくが活躍するような手応えのある魔獣)は出現することはなかった。
湖の半分くらいまで来たあたりで日が暮れた。ぼくたち一行は湖畔で野営することにした。
夕食をすませると、ぼくと母は馬車に戻り、明日に備えて早々に眠りについた。団長たちは、魔獣の襲来に備え、周辺の警戒を怠らなかった。連日魔獣との凄絶な戦いを繰り広げ、お疲れのところご苦労なことである。




