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いざ!異世界へ

ぼくの名前は、神代泉月いつき、中学二年のれっきとした女の子。父の名は神代勇人。母の名は神代沙耶さや。二人は、ごく普通のサラリーマンと専業主婦だと思っていたのに…。両親には、とんでもない秘密があったのだ!


父は、どこにでもいるようなさえない中年サラリーマン。近頃運動不足でメタボぎみだ。そんな父が、幼い頃によく聞かせてくれた話がある。

 それは、異世界から現れた勇者が、人々を苦しめる悪いドラゴンを倒すというありきたりのファンタジーだった。

 そして最後に、この話は本当にあったことで、自分がその伝説の勇者だとドヤ顔で締めくくるのだ。

 そのときのぼくは、全部父の作り話で、悪い冗談だと思っていた。あの日までは…。


その日の夜、ぼくは、眠気をこらえながら数学の宿題と格闘していた。そのとき、「ドン」と何かが窓ガラスにぶつかったような鈍い音がした。

「ここは二階。外に人が立てるスペースなんてない。まさか幽霊?」

 なんてことを考えながら、こわごわカーテンを開けると、外に真っ白な鳥が浮かんでいた。

「鳥は、鳥目だから夜は飛べないんじゃなかったっけ?」と思っていると、ガラスを割りそうな勢いで、

その鳥がこっちに向かって突っ込んできた。とっさに窓を開ける。鳥は勢いよく部屋に飛び込み、そのまま壁に激突して床に落ちた。

「だいじょうぶ?」

 ぼくは、思わず鳥に話しかけ、おそるおそる近づいた。「ハト?」それにしては、くちばしが大きすぎる。色が白いことをのぞけば、姿形はカラスにそっくりだ。

介抱しようと手を伸ばしかけると、鳥は、すくっと頭を起こし、きょろきょろと部屋の中を見回すように、頭を左右にふった。そして、鳥の目がぼくの姿をとらえたとたん、

「伝説の勇者様に伝言。伝言・・・・」

 後は、訳の分からないことを早口でしゃべって、バタンと倒れ込んでしまった。

「九官鳥…?父さん、母さん。たいへん。白い九官鳥が…」

 ぼくは夢中で階段を駆け下りた。父と母は、リビングでのんびりテレビを見ていた。

「父さん、母さん、九官鳥が、九官鳥が」

「どうしたの?そんなにあわてて。落ち着いて話して」

 母がなだめるように言った。

 顔を真っ赤にしてまくしたてるぼくを、のんきな顔で聞いている母。そんな二人を当惑顔で見つめる父。母は、ぼくがへんな夢でも見たんだと思っているのだろう。そんな二人の態度にいらつきながらも、ぼくは話を続けた。

「だから、真っ白な九官鳥がぼくの部屋に入ってきたの」

「真っ白な九官鳥?こんな夜中に?どうやって泉月の部屋に入ってきたの?」

「窓の外で音がして、それで窓を開けたら飛び込んできて。伝説の勇者がどうのって訳のわからないことをしゃべって倒れちゃった」

「伝説の勇者…」

父は母と顔を見合わせ、ソファーからすくっと立ち上がった。そして、ぼくを残して、二人とも二階に上がっていった。

 部屋の床に倒れている白い九官鳥を見たとたん、二人の表情が険しくなった。

「何で、・・・がここに?」

 父がつぶやいた。母が、とがめるような視線を父に向けた。二人が互いに目配せしたように見えた。母は素早く九官鳥を抱いて部屋を出ていった。父もあとに続いた。ぼくもいっしょに行こうとすると、

「泉月は、もう寝なさい。後のことは父さんたちにまかせておけばいいから。何も心配することはないよ。おやすみ」と、無理矢理ぼくを部屋の中に押しもどし、ドアをしめて行ってしまった。

 心配ないって言われても、平気でいられるほうがおかしい。夜中に九官鳥がいきなり飛び込んできただけでも、十分ドキドキものなのに。しかも見たこともない白色の九官鳥だし。何かを隠しているような父と母の態度もあやしい。もう気になって眠れやしない。

「伝言カラス」

 倒れている鳥を見たとき、父は確かにそう言った。父は、あの白い鳥の事を知っているに違いない。

何か、ぼくに知られてはまずいことでもあるのだろうか。ぼくはそっと部屋を抜けだし、リビングの外で二人の話しを立ち聞きした。

「どうだい、伝言カラスの様子は?」

「頭を打って軽い脳しんとうを起こしているようね。しばらくこのまま休ませておけば大丈夫」

「伝言カラスがこの世界に来たってことは、転移門を使ったってことだよね。だけど、転移門は、ぼくたちがこの世界に旅だった後、双方の世界を自由に行き来できるようになると、お互いの世界に混乱を招き、世界秩序を乱し、ひいては両方の世界を崩壊させる危険があるとかで封印したはずじゃなかったかな」

「そのはずだけど…」

「だれかが、封印を解いて伝言カラスをぼくたちの所へよこした…?」

「さあ、よくわからないけど、あっちで何かが起こっていることは間違いないわ」

「ガシャーン」ガラスが割れる音。

「キャー」母の悲鳴。

 ぼくは、すぐにドアを開けてリビンクに飛び込んだ。

「どうしたの?」

 慌てて飛び込んだぼくが見たのは、天井に頭がとどきそうなくらい大きなカマキリだった。

「危ない!お前たちはさがっていなさい」

テーブルの上から鉄製のペーパーナイフを手に取り、身構える父。父の気迫に一瞬ひるんだ様子のカマキリ。

 だが次の瞬間、カマキリが右手の大ガマを振り下ろした。

「ガシッ」

 父はペーパーナイフで大ガマを受け止め・・・られなかった。

 ペーパーナイフは、あえなくはじき飛ばされてしまった。

「えっ?」と意外そうな声をもらし、ペーパーナイフの行く手を呆然と見つめている父。

 カマキリは振り下ろした大ガマを反対にはらった。父の体は宙に舞い、思い切り壁にたたきつけられた。

 父の手をはなれたペーパーナイフが、ちょうどぼくの足下に転がってきた。銀色のナイフが一瞬キラリと輝いたように見えた。ぼくは何気なくそれを拾いあげた。

 カマキリは倒れている父に容赦なく襲いかかる。

「あぶない!」

 ペーパーナイフが、まばゆい光を放ち、ぼくの身体も光に包まれた。ぼくは、なぜか日本刀をにぎっていた。

「わおっー。何これ?」

 突然のことで思わず声をもらした。刀からぼくに力が流れ込むような感覚。全身に力がみなぎるようだ。

 ぼくの身体が勝手に動き、カマキリと父の間に割って入った。間一髪、父が切り裂かれる寸前で、刀が大ガマを受け止めた。と思ったら、大ガマはまっぷたつに。これには、ぼく自身驚いた。だが安心してはいられない。

 片方の腕を失い怒り狂ったカマキリが、ぼくめがけて襲ってきた。カマキリが左の大ガマを振り下ろす。さっと後ろへ飛び退き攻撃をかわす。

 ぼくは上段に構えた刀を振り下ろした。刀は、カマキリを一刀両断、袈裟懸けに切り裂いた。

 切り口からプシューと勢いよく真っ黒な煙が噴き出し、カマキリを包み込むように広がった。やがて煙は、一点に集まるように縮んでいき、カマキリとともに消えてしまった。

「泉月が…。まさか…」

父が、目をむいてぼくを見つめていた。ぼくは何が起こったのか理解できずに、きょとんとその場に立ちつくしていた。ただ、剣道部に入っていたことで、多少なりとも剣の心得があったことが役に立ったようだ。

 我に返ったとき、ぼくは、母の胸にしっかりとだきしめられていた。ぼくの手に握られていた刀は、いつの間にかペーパーナイフにもどっていた。

「詳しいことは、伝言カラスの回復を待って聞くとして、ソーニョにただならぬ事態が起こっていることが、これではっきりしたね」

「こんなことになってしまったからには、泉月にも本当のことを話しておいた方がいいんじゃない?」

「できることなら泉月には、ソーニョは夢物語のままにしておきたかったな」

「泉月も、もう中学生よ。あの頃のわたしたちと同じ年頃になったわ。なんだったら、わたしから話しましょうか?」

「いや、ぼくから話した方がいいだろう。もともとぼくが、あれを見つけたことで始まったことだから」

「二人とも何を言ってるの?あの怪物はなんだったの?どうしてぼくに怪物をやっつけられたの?ちゃんと分かるように説明してよ」

「まあ、落ち着いて。順番に話してあげるから。これから話すことは、泉月には信じがたいことだろうけど、決してうそや作り話じゃあない。すべて本当にあったことだ。まじめに聞いてほしい」

いつになく真剣な顔で父が言った。普段なら何を馬鹿な冗談を言ってるのと笑い飛ばすとこだろうけど、あんな怪物を見た後だからそういうわけにはいかない。ぼくは、ゴクンとつばを飲み込んで大きく首を縦にふった。

 割れたガラスの破片を片付け、ぼくたちはリビングのソファーに座った。母が用意した紅茶を飲みながら、父はソーニョという異世界の話を始めた。

「父さんが小学生の頃、友だちと近所の山に遊びに行って、そこで洞くつを見つけたんだ。それからその洞くつは、父さんたちの秘密の遊び場になった。中学生になっても時々父さんは、一人になりたいとき洞くつに行っていた。そうあれは父さんが中学二年のときのことだ。父さんはそこで、土の中に埋まっていたベルトを見つけたんだ」

 そう言って父は、自分の書斎へ行った。そして、金属製のベルトを持ってもどってきた。

「これが、そのベルトだ。これは異世界ソーニョに転移することができるベルトなんだ」

 父は、ぼくにベルトを手渡した。べルトは、ずしりと重かった。立派な金の飾りがあり、二頭のユニコーンが向かい合った像が彫られている。

「どうだい。変身ベルトみたいでかっこいいだろう。その時の父さんは、特撮テレビのヒーローになったような気分でベルトをしめたんだ。すると、みるみる緑色の霧が父さんの周りに立ちこめた。父さんは何がなんだか分からないまま、とにかく霧の向こうに、かすかに見える光に向かって歩いていった。霧をぬけると、円い石柱の並んだ広い部屋に立っていた。父さんは、自分の目を疑ったよ。狭くて暗い洞くつから、物語りに出てくるような立派な城の広間にいたんだからね。そこは、ソーニョという異世界の国の王宮だったんだ」

 父はここで言葉を切った。どこか遠い所を見つめるような目をしていた。きっとソーニョに思いをはせているのだろう。

その後の父の話はこうだった。

 ソーニョには、『天空紅蓮の炎に染まるとき、彼の国より救い主現る。勇者の剣、炎を切り裂き、悪しき獣眠りにつく』

という伝説があった。

 そのころソーニョでは、炎のドラゴンが暴れまわっていた。ドラゴンの吐く炎によって家を焼かれ、

多くの人々が町を追われた。

 ちょうど異世界からやってきた父を、ソーニョの人々は、伝説の救い主だと思ったのだ。そのうえ、たまたま?父が勇者の剣を手にした瞬間、剣が光輝いたから、いよいよ人々の期待は高まったそうだ。

 父は、救い主=勇者としてドラゴン退治に出かけることになった。そして、勇者の剣の力で見事に炎のドラゴンを倒したということだった。

 父が持っていたペーパーナイフこそが勇者の剣で、ぼくが怪物をやっつけられたのもその剣のおかげらしい。さっきの怪物については、父も母も心当たりはなかった。そのへんの詳しい事情については、伝言カラスから聞くことになった。

父は話し終えると、たばこに火を付け、ゆっくりと煙をはきだした。

「どうだい、父さんの話。信じてくれるかな」

「うん…。でも、今の父さんからは想像できないけどね」

「こら、なんてことを」

みんな大声で笑った。張りつめていた空気がすうっとゆるんだ気がした。

 しばらくすると、気を失っていた伝言カラスが目を覚ました。そして父の顔を見るなりしゃべりだした。

「勇者様に伝言。緊急事態発生。すぐにソーニョに来られたし。すぐにソーニョに来られたし」伝言カラスは、この言葉を何度も繰り返した。

「分かった、分かった。もういいよ。他の伝言はないのかい?」と父が問いかけても、

「勇者様に伝言。緊急事態発生。すぐにソーニョに来られたし」と、繰り返すだけだった。

「これだけ?これじゃあ何があったのか全然分からないじゃない」

 ぼくが、あきれて言うと、父も母も困った顔をした。

「これだけしか、伝えるように言われてないんだろう」

「とにかく、伝説の勇者の出番ね」

 母が父に向かって言った。

「いや…。ぼくはソーニョに行くことはできない。ベルトが、はまらなくなってしまった。ぼくはもう昔のぼくじゃあない。君は、今でも若々しくて美しい。昔のままだ。でも、ぼくは変わってしまった。歳をとってしまったんだ」

 うわっ、でた。おのろけ姫。聞いてるぼくのほうが恥ずかしいくらいだ。

「そんなことはないわ。わたしだってこの世界であなたと同じように年を重ねてきたわ」

「勇者の剣は、戦う相手や状況に応じて最も有効な武器に変化する変幻自在の剣だ。それが、ぼくの手の中では、ただのペーパーナイフさ。真の勇者が持つと最強の武器になるはずだ。勇者の剣は、ぼくを勇者と認めていない。大切な家族さえ守れなかった。ぼくにはもう、勇者の資格がないんだ」

母は、頭に片手を当てて、しばらく考え込んでいた。そして、何か思いついたのか、急に大きな声を上げた。

「そうだ!ソーニョへは、泉月が行けばいいのよ」

「泉月が?冗談じゃない!泉月はまだ十四歳なんだぞ。一人でそんな危険な場所になんてやれるもんか」

「十四歳といえばソーニョでは立派な大人よ。あなただって十四歳でソーニョに来たでしょう。それに、わたしも泉月といっしょに行くから」

「君が?どうやって?」

「万一のときは、これを使って帰ってこいって、父がわたしにベルトを持たせてくれたから」

「万一のときってなんだよ。ひっかかるなあ。でも、学校はどうするんだ。学校を休むわけにいかないだろう」

「それなら大丈夫。あなたも経験したでしょう。ソーニョとこの世界とでは時間の流れ方が違うから、ソーニョでどんなに長い時間過ごしても、こっちでは、ほんの数時間しか経ってないわ」

「もう一つ、大事なことを忘れてないか。泉月は女の子なんだぞ。ソーニョがどういう所か君もよく知っているだろう」

「そんなこと関係ないわ。わたしだってあなたと旅をして戦ったじゃない」

「君は特別さ……」

「それなら泉月だって。なにしろ、わたしとあなたの子なんですもの。それに勇者の剣が泉月を真の勇者と認めたのよ」

母は、ぼくの両肩に手を置いて言った。

「泉月、ソーニョを救えるのは、あなたしかいないの。行ってくれるわね」

「ぼくに出来ることなら。でも、ぼくなんかに出来るかな?」

「勇者の剣の力を信じて。それに、母さんも一緒に戦うから」

 結局、伝言カラスからあれ以上詳しい話を聞き出すことはできなかった。母は、ソーニョの事が気になってしかたないようだった。

次の日、反対する父を何とか説得し、ぼくたちは、急いで旅立ちの支度を整えた。出発は夕方になった。久々の帰郷ということで、それなりの格好をしなければと、母が衣装選びに手間取ったからだ。 

母は胸に革製の胸当てを着け、その上に絹のように薄手で光沢のある純白のローブをはおっていた。腰にはつかにきれいな宝石がはまった短剣をさしていた。まるで、RPGの女戦士か魔法使いのようだ。普段とは違う凛々しい母の姿に思わず見とれてしまった。

ぼくは、動きやすいようにジーンズをはいて、セータの上にブルゾンをはおった。そして、肩からポシェットを提げ、腰のホルダーにナイフをおさめた。物見遊山に行くわけじゃないから、必要な物は現地調達ということで、荷物は最小限にしぼった。

「用意はいい」

「うん」

「本当に、お前たちだけで大丈夫なのか」

「心配しないで。必ず泉月は無事に連れて帰るから」

「泉月、いいか。これは、ゲームとは違うんだぞ。命がけの本当の戦いだ。無茶はしないように…。くれぐれも気をつけて」

父は、母とぼくを順に抱きしめた。

「じゃあ、行くわよ。泉月、ベルトを締めて」

ぼくはベルトを腰に巻き、留め金をかけた。たちまち緑色の霧がぼくたちを包んだ。すぐ隣にいるはずの母の姿も見えないくらいだ。

 母がぼくの手を取った。

「泉月、光が見えるでしょう。あの光に向かって進むのよ」

霧の奥に、ほのかな光が見える。ぼくたちは、光に向かって歩いた。近づくにつれて小さな光が輝きを増し、だんだん大きくなっていく。やがて行く手に大きな門が現れた。

「泉月、この門の向こうがソーニョよ。行くわよ」

 ぼくたちは、並んで門を通り抜けた。


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