第5話「初ステージ、いちご祭りに立つ!」
「マジで出るんか、お前ら……!」
久留米市の観光協会が主催する春の名物イベント――“いちご祭り”。地元産の苺ブランド「紅ほっぺ」や「あまおう」の直売、スイーツコンテスト、地域バンドの演奏などが並ぶなか、ひときわ異彩を放つ名前が出演者リストにあった。
【特別ゲスト】Berryz Boys
「特別って言っても、まだ誰も知らんのに……」
ステージの袖で、蒼汰は緊張に指先を震わせていた。
「仕方ねえだろ。地元農家の息子が“農業アイドルになる”って直訴したんだから」
レンはポケットに手を突っ込んだまま言う。けれど彼も、ほんの少し手が汗ばんでいるのを隠しきれていない。
奏多は電子キーボードの前で深呼吸をし、確認するように鍵盤を軽く叩く。
「曲は完璧に仕上がってる。後は、お前ら次第だ」
「……いちご農家代表やけんね。やるしかなかたい」
司会者の呼び込みが始まった。
「さぁ、続いてのステージは……地元・久留米から! いちご農家の若者たちが組んだ、まさかの“農業系アイドル”ユニット! Berryz Boys、登場ですっ!」
軽快な紹介に、観客の視線がステージへと集中する。
出ていくと、そこには思ったより多くの人がいた。子ども連れの家族、年配の農家仲間、商店街の常連客――そして、スマホを構えた高校生たち。
「……うお、緊張してきた」
蒼汰がマイクを握る。喉がカラカラだ。
だが、そのとき。
「蒼汰ーッ! がんばれー!」
声援が飛んだ。母だった。
「しっかり歌うとよーっ!」
今度は祖父。農作業着のまま、最前列に陣取っている。
「……なんでおじいちゃんまで来とると!?」
吹き出しそうになるのをこらえながら、蒼汰は息を吸い込んだ。
「皆さんこんにちは! 俺たち、Berryz Boys! イチゴと久留米を、全国に広めるためにアイドルはじめました!」
司会席から小さく「熱いな」と声が漏れる。
「今日はオリジナル曲を歌います! タイトルは……『ひと粒の革命』! 聴いてくださいっ!」
イントロが流れた。
軽快なエレクトロビートに、三人の足が揃って動き出す。
レンがスマートにターンを決め、蒼汰は勢いよく手を突き上げる。音に合わせて跳ねるようなステップ。奏多のキーボードが楽曲を支え、メロディに力を与えていく。
「♪甘かだけじゃ、終わらせないっちゃんね――
ひと粒の夢が、世界を変えるとよ――♪」
最初はぽかんと見ていた観客たちも、曲のテンポと歌詞の熱さに引き込まれていく。
手拍子が自然と起きた。
子どもたちが真似して踊る。
そして――終盤、蒼汰のソロパート。
「♪この一歩が、誰かの勇気になるなら――
オレは叫ぶ、久留米から! イチゴ、ばりすごかーっ!!」
歓声が上がった。
蒼汰の声は決して上手くはなかった。けれど、誰よりも“本気”だった。
曲が終わると、拍手が起きた。
温かくて、大きくて、何より本物の反応だった。
蒼汰はステージの上で、初めての達成感に言葉をなくした。
「……やば、涙出そう」
「泣くな。まだ第一歩だ」
レンがぼそりと呟く。
「……でも、ちゃんと響いてたな。お前の歌」
「……うん」
こうしてBerryz Boysは、地元にその存在を知らしめた。
最初の一歩。だが、それは確かに“観客の心”を耕した。
武道館まで、まだまだ遠い。
でも。
いちごの花は、確かに咲き始めた。