彼女
「ああ!あのひっつめ髪の?」
たばこの煙をもわんと燻らせて、先輩の町田は言った。
「で、なんでまた?よりにもよって。」
しかめた拍子に出来た眉間のシワの深さが、彼女の年齢を物語っている。
43歳一児の母にしては若作りに成功しているが、ふとした瞬間の老化は誤魔化せないと思った。
「失礼ですよ。あのひっつめ髪をおろした瞬間、たまらなく美少女になるんですから。」
僕は少しムッとしていただろう。でも僕にとってはあのひっつめも含め可愛らしいのだから仕方がない。
「まあヒトの趣味にとやかく言うつもりはないけど。」
もうとやかく言っているじゃないですか。と町田桜の右肩にトンと自分の左肩を当てた。
外のひんやりとした空気が、鼻穴をツンと撫でた。
「僕は先に仕事に戻りますね。女性と一緒にいると彼女が妬いてしまうんで。」
おどけた笑顔で町田と別れ、オフィスへの登り階段を小走りしているが、内心ひやひやだった。
例のひっつめ髪美少女・安藤つばきは、若さゆえなのかはたまた性格からなのか、嫉妬深い傾向にあった。
「しじゅう過ぎのおばちゃんとデートしてたからって妬かないわよ!」なんて言いつつ、所々で蒸し返してみせたりするのが、つばきの言動パターンなのである。
今年の新卒社員として僕らの会社に入社した安藤つばきは、高卒ながら仕事がよく出来る娘だった。
ひっつめ髪の瓶底メガネをかけた色白の女の子。
どちらかというと地味で、よくメガネをとると美少女なんてネタがあるけれど、たぶん素顔でも変わらない。まあ所謂よくいる顔。
つばきと急接近したのは、春の歓迎会。
10代とまだ若くフレッシュな印象の彼女は、年齢問わず男性社員に大人気だった。
彼女も彼女で、何故か一人一人に趣味や出身校を聞いてまわっている。
そのうち僕にもまわってくるだろう。そう思っていた。
「峰さんはこちらのご出身なんですか?」
案の定、つばきは僕の左隣にちょこんと正座した。
彼女が徐々に正座を崩すので、つばきのタイツ越しのつま先と僕のひざがコツンとあたる。ぶっちゃけ悪い気はしない。
僕の出身が東京で、隣県のこの会社に3年前入社した事。大学は東京だった事。実家で飼っている犬が先月大往生で亡くなった事。
酒がまわっているせいか余計な事まで話してしまっている気がしたけれど、聞き上手な彼女がその時の僕にはやたらと可愛く映っていた。
連絡先を交換して、あれよあれよと言う間に交際に発展した。