好きって言わせたい!
「ヒーロー」に出てきた翼と舞菜のお話です。
本編ではあまり登場できなかった二人なので、番外編として書くのが楽しいです。
見たいキャラの番外編などあったら、コメントしてください。
俺と舞菜は付き合ってもうすぐ一年になる。関係は順調だが、一つ気づいてしまったことがある。
(俺、一回も舞菜に好きって言われてなくね?)
付き合い始めた日、舞菜は俺に本命と言ってバレンタインチョコをくれたし、これまでの舞菜から、俺のことが好きなのは十分伝わっている。だが、改めて言葉にして言われてみたいとも思ってしまったのである。
「て、いうことなんだけど……どう思う?」
俺が問いかけた向かい合わせに座っているのは、高校からの友達、槙谷悠佑だ。その隣で俺を怪訝そうな顔で睨む月城樹もいる。
「翼から相談なんて何かと思えば。悠佑、帰ろう」
俺の話を聞いた樹は、来て損した、とでも言いたげに今にも立ち上がろうとしている。そもそも今日は悠佑だけに連絡をしたのに、待ち合わせ場所に言ったらなぜか樹もいただけだ。だから俺は悪くないだろう。
「ま、待ってよ樹」
「そうだぞー。ていうか、樹は帰ってもいいけど」
悠佑を呼んだのは、俺の話を真剣に聞いてくれると確信していたから。俺の数少ない友達の中から、一番適任だと思ったのが悠佑だったというわけだ。俺が樹を見てニヤリと笑うと、樹は不服そうに座り直した。
(本当に隠さなくなったよなぁ)
今の樹を見てしみじみ思う。高校時代、樹は表情が読みにくくて分かりにくいと思っていたが、今は全くそんなこと思わない。むしろ、めちゃくちゃ分かりやすくなっている。特に恋人のことに関しては。
「そ、それで、翼は赤羽さんに好きって言われたいんだよね」
悠佑が仕切り直すように俺に話しかけた。
「そうそう、そうなんだよ~」
「うーん、翼は赤羽さんに好きとか伝えてる?」
「うん、毎日!……でも舞菜はありがとう、とか私も、とか言うだけで、実際に直接言ってくれることはなくて」
「もう愛想つかされてるんじゃないんですかぁ~」
樹が不機嫌そうにそう言う。悠佑が俺に親身なのが面白くないのだろう。自分がいるのに、他の人の方を見ているだけで嫉妬するなんて、なんておこちゃまだ。
「ちょっと、樹!」
悠佑が樹をなだめる。なんか、俺が悠佑の相談に乗った時から大分、二人の立場が逆転しているように思える。今では完全に樹の愛が重すぎる。
「ごめん、翼」
「んー全然気にしてないから大丈夫~。それに舞菜が俺のこと好きなのはすごい伝わってるから。でもさ、やっぱりたまにはデレが欲しいわけですよ。翼大好き♡、みたいな?」
「そ、想像できないかも…」
「えへへ~俺も」
樹が気持ち悪そうに俺を見ているが心外だ。悠佑の話をしている時の樹も、相当変な顔をしている。
「うーん、デートの時にさりげなくそういう言葉に繋げるとか?……あとは、自分のことどう思ってるかを聞くのは?」
樹とは対照的に、それはそれは真面目に考えてくれる悠佑は、やっぱり可愛い。
「なるほどねぇ。……うん、とりあえずどっちもやってみる。ありがとね、悠佑」
そろそろ本当に樹から感じるオーラがやばそうなので、仕方なく退散しようと、悠佑に感謝しながら、代金を机に置いて席を立った。
「あ…翼、頑張って!」
最後に悠佑が両手でグーの形を作って、俺を応援してくれた。隣の樹は、空気を呼んだ俺に機嫌を取り戻したのか、悠佑に寄り掛かりながら片手をあげて俺を見送った。二人に手を振ってお店を出る。帰り道を歩きながら悠佑に言われたアドバイスを思い出し、俺は一人で計画を練った。
「翼、お待たせ」
「舞菜ちゃん!今日も可愛いねぇ」
「それはどうも」
冷たく言いつつ、耳は赤く染まっている舞菜は、何回見ても可愛すぎる。それに一年経った今でも、デートの時は変わらず時間のかかりそうなおしゃれをしてきてくれる所も最高に愛おしい。もちろん、俺もデートの準備には時間をかけている。周りの人が舞菜をちらちら見ているのに嫉妬という感情は湧かず、ただただ誇らしい気持ちだった。
「本当に、毎日可愛いと思ってるよ?」
毎日同じことを言っていると、気持ちが軽いと思われそうだし、作業的に言っているとも思われたくなかった俺は、念を押すように舞菜の顔を覗き込んだ。
「ああもう分かってるから。ほら、行くよ」
颯爽と歩き出した舞菜の後を追いかける。俺が手を差し出すと、舞菜は素直にそれに応じた。
今日は舞菜と遊園地に行く予定だ。電車に乗って目的地へ向かう。ドア付近に二人で寄り掛かり、外の景色を眺める。
平然と振る舞っているように見えて、今俺は珍しく緊張している。あんなに息巻いておいて、いざ計画を実行しようとすると、急に恥ずかしくなってきたのだ。だがあれだけ大げさに悠佑に相談しておいて、やっぱりいつも通りの舞菜でいいや、などとも言ってられない。舞菜から気持ちを伝えられたいと思うのは嘘ではないし。
「翼?」
俺の様子を不思議に思ったのか、舞菜が顔を覗き込んでくる。普段恥ずかしがるくせに、こういう時は顔を近づけてくるから質が悪い。不意打ちについ照れてしまう。それにつられるように、舞菜も恥ずかしそうに顔をそらした。
「着いた~!」
「はしゃぎすぎ(笑)」
遊園地の入口で叫んだ俺を舞菜が呆れながら笑う。どうしようもない緊張をテンションで和らげる作戦だ。
「行こう、舞菜!」
彼女の手を引っ張って、入場する。すでにたくさんの人がいて、遊園地は盛り上がっていた。あちらこちらで絶叫や歓声が聞こえる。
「どれから行く?」
「もちろんあれ」
彼女が指さしたのは、今ちょうど頂上から落下する寸前のジェットコースターだ。舞菜は絶叫系が好きらしい。俺も乗り物は全般乗れるほうなので、彼女の行きたいところに合わせて乗る。列の最後尾に並ぶと、前に立っていた舞菜が俺の方を振り返った。口角が上がっていて、もう楽しそうだ。
「ジェットコースター好きだねぇ」
「うん、好き」
何気なく言った言葉にさらっと返すからびっくりしてしまった。彼女もテンションが上がっているからだろうか、何のためらいもなく口にしたその言葉に、勝手に恥ずかしくなる。もちろん俺のことを言っているわけではないのだが、声が、言葉が頭から離れなかった。
なんか、彼女の顔を見ていたらどうでもよくなってきてしまった。今はとりあえず遊園地を楽しんで、帰り際に作戦を実行することにしよう。俺はそう決めた。緊張して楽しめないのは嫌だし、楽しんでいる彼女に変に思われるのも申し訳ない。
「どうしたの?」
黙りこくった俺に、舞菜が訝しげに覗き込んでくる。
「え?…あ、いや。楽しみだな」
「ふふ、うん!」
(可愛いかよ~!)
彼女の可愛さに勝手に悶えながらも、列はどんどん進んでいった。
その後もあらゆる乗り物にとにかく乗りまくった。舞菜は気に入ったらしく、同じジェットコースターにも何回か乗った。そうしていると、あっという間に空が暗くなり、閉演時間に近づいていった。最後はやっぱり…
「はぁ~、疲れた~」
回ってきたゴンドラに入って、腰をかける。ここは観覧車だ。恋人と遊園地で最後に乗るものと言えば観覧車という偏見を持っていた俺は、最後はこれに乗りたいと彼女にお願いした。彼女も歩きっぱなしと、待ち時間の立ちっぱなしで足が疲れていたらしく、休憩所のようにくつろいでいる。そんな舞菜を、俺は向かいに座ってただ眺める。
「ねぇ、翼。見て!」
舞菜は中から見える外の景色を指さして、俺の方を見た。俺も彼女に沿って視線を外に向ける。確かに、綺麗だ。すっかり暗くなった遊園地はライトアップされ、異世界にいるかのようだった。
(俺にとっては舞菜が一番だけど…)
そんなきざなセリフは恥ずかしくて言えなかった。結局作戦は後回しで上手くいっていないけれど、楽しそうな彼女が見れて満足だ。ライトアップされた外の景色を、彼女は嬉しそうに眺めていた。
(やっぱり、今くらいの距離がちょうどいいか)
勝手に俺の中で話をまとめて、作戦は今はやめておこうと思った。無理に彼女の気持ちを聞き出すのもよくない。樹は怒るだろうけど、悠佑は多分、いや絶対許してくれる。
観覧車を降りた俺たちは、そのまま遊園地を後にして帰りの電車に乗った。かなり人が多くて、舞菜が押しつぶされそうになっていた。こういう時、自分がそばにいてよかったと思う。彼女も遊園地という夢から覚めたようで、テンションがもとに戻っていき、恥ずかしそうに顔をそらしていた。
二人の最寄り駅に到着して、彼女の家まで送る。家はそこまで離れていないから、彼女にも気負わずに送ることができる。それでも舞菜は少し気にしているみたいだけれど。
それはそうと、俺は舞菜の家族ととても仲良くさせてもらっている。毎週家に招待されるくらいだ。家が遠くないことはメリットでしかない。彼女の家族に良く思われているのはすごく嬉しいことだ。初めて挨拶をした時はさすがに緊張したけれど。それを友達に話したら「え、あの翼が?」とありえないみたいな声色で言われた。俺だって緊張くらいはする。
「翼、着いた」
そんなことを考えていたら、あっという間に彼女の家に着いていた。考え事をしていたせいで、駅から家までの舞菜との会話を全く思い出せない。変なことを言っていなかっただろうか。
「あ、うん、じゃあまたね」
「………」
ちょっとよそよそしい別れの挨拶になってしまったかもしれない。そう思いつつ、彼女が家に入るまで見送ろうと手を振っていたのだが、舞菜はその場に立ったままで動こうとしない。
「…?」
「……つ、翼っ!」
「は、はい!」
いきなり彼女が叫んだのでびっくりして敬語で返事をする。逆光で暗いし、俯いていて舞菜の顔は見えない。肩が少し震えているように見えた。
「あ……あ…」
彼女の言葉を静かに待つ。
「あっ愛して、る!」
「………え?」
一瞬それが彼女から発されたものだと分からなかった。というか信じられなかった。今まで舞菜の口から出たことのない言葉だったからだ。しかも、好きとか大好き、じゃなくて…
「…ふっ」
「っ‼」
彼女がなぜ急にその言葉を言ったのか分からないけれど、一生懸命、恥ずかしながらも言ってくれたことが嬉しくて、どうしようもなく愛おしくて笑みがこぼれた。
「じゃあっ、おやすみ!」
舞菜はそう言い残すと、勢いよく玄関の方に向かってドアノブに手をかけた。
「舞菜!俺も、愛してるよ!」
家の中に入ってしまう前に、俺も彼女に向かってそう叫んだ。今、どうしても伝えたかった。
「あっそ!」
舞菜はこっちを見ずにそう言うと、扉を開けて家の中へ入っていった。俺はしばらく余韻に浸るみたいに、彼女の家をぼーっと眺めていた。
「うふふふふ」
「キモ」
にやけが止まらない俺に、向かいに座っている樹が化け物でも見るかのように、視線を向けてくる。
「何とでも言うがいいさ。今の俺は無敵だからね」
あの日から数日が経ち、悠佑が連絡してくれたことをきっかけに、俺は報告もかねてご飯を食べに来ていた。今日は悠佑と樹だけでなく、詩と遥人も来ている。この二人も俺の高校からの友達でカップルだ。今は同棲をしている。皆の予定があったので、五人で集まることにしたわけだ。
「よく分かんないけど……いいことあったんだね、翼」
詩には話していなかったことだが、俺の様子によく分からずも頷いている。
舞菜の言葉が頭から離れず、ずっと余韻に浸ってにやにやしている俺を、こんな風に言ってくれるのは、詩と悠佑くらいだ。
料理が到着する間に、詩と遥人に事の経緯を話した。遥人はどうでもよさそうだったけど、詩は恋バナが好きみたいで、楽しんで聞いてくれた。
報告を終えると、悠佑は安心したように樹の方を見ていて、彼も呆れたように笑っていた。心を許せる友人に大好きな恋人、俺の人生は改めて、とても充実しているなと感じた。
翼から相談をうけた帰り、たまたま舞菜と会った。
「悠佑くん、月城くん」
「あ、赤羽さん!」
「偶然だね、二人でお出かけ?」
「いや、翼の話を聞かされてた」
間髪入れずに樹が答える。
「ちょっ!」
「翼…?」
樹はさっきのことを思い出し、少し不機嫌になったのか、舞菜に全てを話してしまった。僕が止める間もなく。
「…そ、そんなことが。…なんか、迷惑かけたみたいでごめんね」
「そうだな」
「樹っ!ごめんね、赤羽さん。…僕は全然大丈夫だけど、翼ちょっとだけ寂しそうだったっていうか、結構悩んでるみたいだから…」
「ううん、教えてくれてありがとう。……私も色々考えてみるね」
「そうして欲しい。そんでそういう相談のために、悠佑だけ連れ出すのやめろって言っといて」
「あーもう!」
「うん、分かった(笑)」
樹の言葉に、舞菜は笑いながら頷いていた。そのまま彼女とはそこで別れて、俺たちは家に帰った。
「樹、勝手に言っちゃダメでしょ」
帰り道、舞菜に翼の悩みを勝手に話したことを、僕は樹に注意した。人からの相談を、ましてや本人に言うなんて、ダメに決まっている。
「ごめん、でもだって…」
樹は拗ねた犬のようにしゅんとして、僕の方を見た。瞳がうるうるしていて、僕はそれ以上何も言えなくなる。
ずるい、僕がその顔に弱いって知っているくせに。
「上手くいくと、いいね…」
真っ暗な空に向かって、そう口にした。翼は今まで僕の相談を聞いてくれていたし、寄り添ってくれた。だから、彼から相談があると聞いた時、何が何でも力になりたいと思った。大したアドバイスもできなかったけど。
「悠佑がそんなに気負う必要ないでしょ。それに赤羽さんも考えるって言ってたじゃん。後は二人の問題」
樹の言いたいことは分かるけれど、それでもどうしても気になってしまう。
「それより、明日俺たちもどこか行かない?」
「えっ、明日予定あったんじゃ?」
「それがなくなったのです。だから、デートしよ」
「…うん!」
「俺の家でイチャイチャするのもいいよね」
樹と手を繋ぎながら並んで帰り道を歩く。まだ、外で手を繋ぐのは抵抗があるけれど、彼も場所と時間をわきまえてくれているし、イチャイチャしたくないわけじゃない。夜の空気に包まれながら、僕は樹に近づいて寄り掛かった。
数日後、翼からの報告がないことに心配した僕は、彼に連絡をした。彼からはすぐに返事が来て、予定が合いそうだったので、詩と遥人も含めて五人で集まることにした。
「うふふふふ」
翼は合流してからずっとこの調子だ。僕はてっきり上手くいかなかったのだと思っていたけれど、その心配が杞憂に終わった。多分、幸せを噛みしめていて連絡を忘れていたのだろう。彼の話を聞いて、とても安心した。
翼に舞菜と会ったということを話すことはしなかった。彼に気持ちを伝えたのは間違いなく舞菜の意志だし、余計な水を差すようなことはする必要がないと思った。それに、幸せそうな翼の顔が見れて、僕も嬉しかった。だから、舞菜から言わない限りは、話をするのはやめようと、彼の顔を見ながら思った。
「舞菜~!今日も可愛いねぇ、好きだよ」
「はいはい、どうも」
あれから、舞菜がデレデレになるということもなく、すっかりいつもの通りに戻った。でも毎日あんな調子になったら、逆に俺の心臓がもたないし、この距離感でたまにデレるくらいがちょうどいいというか、俺もその方が嬉しさを噛みしめられると思った。
俺たちは俺たちらしく、これからも仲良く過ごしていきたい。