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第9話 外鎮守の秘密

 フクロウの森、ミエルがそこを訪れたのは後にも先にもジュリアとともにやって来たあの夜の一度きりだった。しかしそこは男の娘探偵、居酒屋から国道に出る道筋と再開発地域の地形を手掛かりにマップアプリでおおよその位置は掴んでいた。そして今、ミエルは件の森の前に立っていた。


「ミエルちゃん、町はずれの再開発地域に外鎮守そとちんじゅって呼ばれてる一角があるのは知ってるわよね。あなたのドローンでそこを空撮して頂戴」


 そんな電話が入ったのは昨晩居酒屋から戻って勉強を始めようかと一式を広げた矢先のことだった。それにしてもこんな寂れかけた温泉地にそうそう儲け話など転がっているとは思えない。まさか町で話題の再開発事業に一枚噛もうなんて考えているのだろうか。なんとかママの言葉尻から仕事の真意を探ろうと試みるミエルだったが探るどころか有無を言わさぬ口調でいつものように命令だけを伝えるとママはすぐに電話を切ってしまった。

 仕事の内容はそう難しいものではなかった。持参しているドローンを飛ばして外鎮守そとちんじゅ、ミエルにとってはフクロウの森だが、の様子を撮影するだけである。撮った映像はスマートフォンのテザリングを通して今では晶子しょうこが管理者となっているサーバーに送ればよいのだ。


「それにしてもあのママの人使いの荒さもたいがいなもんだな。疎開してるミエル少年に仕事、それもこの町ではホットな話題を提供しているあの森の空撮なんて。もしかしてママは何かおいしい情報でも掴んでるのかも知れねぇなぁ」


 そんなことを言いながら荷造りを手伝う高英夫こうひでおだったが仕事は仕事、ここから先はミエルの領分である、彼は無事と健闘を祈ってミエルを送り出したのだった。



 ミエルは背負って来たリュックサックを地面に下ろすと小さなドローンを取り出した。宿の女将から借りた自転車の荷台にスマートフォンを置く。さて、人家すらないこの場所に電波は届いているのだろうか。しかしそれも問題なし、実は前にジュリアとここを訪れたとき、時刻を確認するために手にした彼のスマートフォンにアンテナのアイコンが立っているのを目にしていたのである。

 ミエルはスマートフォンとドローンとの接続を確認すると、早速操作用のリモコンでドローンをホバリングさせてみた。スマートフォンにはドローンに搭載されたカメラが送り出す映像が映し出されている。


「よし、これならイケる。あとは受信範囲に注意しながら飛ばすだけだ」


 そしてミエルのドローンは小さなモーター音とともに上空に舞い上がり、森の奥を目指すのだった。


 ミエルが立つ位置の上空から正面に向かって森が続く。そこから二、三十メートル進んだあたり、徒歩ならば数分は要するだろう場所に小さな祠が見える。それが外鎮守そとちんじゅだった。

 一方で鎮守に向かう踏み分け道の左手には野球でいうところの内野ほどの広さだろうか、低木ばかりが群生しているエリアがあった。そこは森の木々に囲まれているおかげで外からは完全な死角となっていた。ミエルはリモコンを操作して高度を下げると低木の林を旋回させてみた。


「見た感じ同じ種類ばかりだ。この木は何なんだろう、ちょっと寄ってみよう」


 ドローンはますます高度を下げる。ほとんどがミエルの身長そこそこの高さだったが中には二メートルほどのものもあった。適当な位置でホバリングさせてその植物をズームアップしてみるとそこではまるで手のひらを広げたような葉が風にそよいでいた。


「もしかして、これって大麻草じゃないか? そうか、町のみんながここを共同管理してる理由はこれだったんだ」


 きっと元々は自然に繁殖したいわゆる自生地だったのだろう。それは神事に利用するのかもしれないけれど、とにかく町ぐるみで代々守って来たわけだ。もしそうであるならば長居は無用、誰にも見つからないうちに撤収しなくちゃ。

 そう考えたミエルはドローンの高度を再び上げる。そして今一度全体を俯瞰するように映像に収めるといよいよこちらに戻るよう操作した。しかしそのときだった、ドローンは制御を失ってよりにもよって大麻草の自生地に墜落してしまった。


「ま、まずい、ピンチ、ピンチ」


 慌てながらもミエルはリモコンとスマホをリュックに詰めると手近な茂みに自転車

を隠して森の中へと足を踏み入れた。



――*――



「やっぱり……あいつら盗掘してったんだ。それもこんな目立つやり方で」


 防虫と日除けを兼ねた完全防備な農作業スタイルのジュリアはフクロウの森の中、大麻草の自生地に立っていた。足元には数本の株がまとめて根こそぎにされた跡がある。ジュリアはその痕跡はそのままにまずはスマートフォンでその様子を撮影した。おそらく他にも引き抜かれた株はあるかも知れない。しかし彼女にとってそんなことはどうでもよかった。とにかく今後に備えてあのよそ者をなんとかしなくてはならない。手っ取り早いのは町の青年会だ、今撮った写真を見せて彼らを焚きつけてやれば当面は盗掘を防げるだろう。ただし自分もまたしばらくはおとなしくしていなくてはならないが。

 そんなことを思い巡らせているときだった、彼女の耳に虫の羽音とは明らかに異なるモーター音らしきノイズが聞こえて来た。それは徐々に近づいて来る。ジュリアはすぐさま森の中に身を隠し、そこから自生地を監視することにした。

 間もなく彼女の目の前に現れたのは小さなドローンだった。それは自生地を旋回するとホバリングと移動を繰り返している。どうやらそこに自生している植物を撮影しているように見えた。


「こんな田舎にドローンなんて。それも見た感じここの草を調査してるのは明らかよね。やっぱあの盗掘ギャング連中の仲間?」


 ドローンは再び少しだけ上昇すると全体を俯瞰するように旋回する。そしてそのまま帰還すると思いきや、突如その場に墜落してしまった。


「ふふ――ん、ドローンだって安い買いものじゃないだろうし絶対に回収に来るわよね。よし、どんなヤツか見てやろうじゃないの」


 ジュリアはその場で身をかがめて様子をうかがうことにした。やがて草むらを搔き分ける足音が聞こえて来る。リュックを背負った小柄な姿、ジュリアはひと目でそれが誰であるかが判ってしまった。


「まさか……ミエル……ってか、なんであの子がドローンなんて持ってるのよ」


 あの子なりの対策なのだろう、ロング丈のスカートに長袖のブラウス、それにつばの広い麦わら帽子の姿はこんな場所には似つかわしくないものだった。しかしいくらミエルだからとは言え看過することはできない。ジュリアは護身用に携行している催涙スプレーの小さなボトルを手にすると、拾い上げたドローンを収めたリュックを背負って自生地から去らんとするミエルの後を追うのだった。


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