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第3話 フクロウの森を守る会

 この寂れた温泉地に疎開して来てそろそろ一週間が過ぎようとしていた。二人は場末感漂うストリップ小屋、もといセントラルダンスホールで緊縛ショーを演じつつ高英夫こうひでおは温泉を楽しんだり筋トレに勤しむ日々を、ミエルは時間があれば受験勉強に励む毎日を過ごしていた。

 町にはお世辞にも魅力的とは言い難いスナックがいくつかと他には唯一と言える居酒屋があった。「築地」と名乗るその店の店主はその名の通りかつては東京築地で海産物の仲卸をしていたと言う。今でも当時の伝手つてがあるおかげで関東平野の奥座敷であるこんな町でも新鮮な魚介類を食わせてくれるのだ。そんな居酒屋で晩酌を兼ねた夕食を摂るのが彼ら二人の毎日だった。


 店には三日と開けずにやってくる数名のグループがいた。彼らは町の青年会の面々だそうで祭りの時期にはその準備やら、冬場は火の用心の夜回りやらと理由をつけては集まるのだった。いつもは和やかな彼らだったがその晩は様子が違っていた。何やらずいぶんと揉めているようだ、時折荒げた声も聞こえてくる。言葉の端々に神事だとか土地なんて単語が混じっていた。

 そのときの客は彼ら一団を除いてはミエルと高英夫こうひでおの二人だけだった。カウンター席で背を向けて見て見ぬ振りをする二人だったが、いつになく荒れた宴席に店主も怪訝そうな面持ちだった。

 すると口角泡を飛ばす勢いの口論が途切れたタイミングを見計らって彼らのひとりが愛想笑いを見せながらカウンター席にやってきた。


「そこのお兄さんにお嬢さん、さっきからすんませんね、ちょっと騒がしくって。いつもは和やかなんですが、今夜はちょっと込み入った話になっちまいまして」


 高英夫こうひでおは顔を上げて応える。


「自分らよそ者ですし、何を聞いても右から左っす。どうぞお気になさらずに」

「そう言えばお兄さん方は東京の人でしたっけ。いやはやマジで怖いところですわ、東京ってのは。話に聞いただけですけど地上げ屋だとか……」


 彼がそこまで言いかけると店主が続きを遮った。


「そこまで。この人たちには関係ない話でしょう」

「おっと、危ない、危ない。俺もちょっと酔っちまったかなぁ、退散しますわ。それではお兄さん、かわいいお嬢さん、どうぞごゆっくり」


 そう言って青年は宴席に戻っていく。彼が席に着くと何人かがこちらの様子をうかがっているようだった。

 高英夫こうひでおが手酌でビールを注ぐと彼の目の前に小鉢が置かれた。続いてミエルの前にも同じものを置くと店主は申し訳なさそうに言った。


「ここのところ毎日のようにいらしてくれてるのに、さっきはすまなかったね。これはほんの気持ちだから」


 それだけ言うと店主は二人に背を向けて串焼きの仕込みを始めた。高英夫こうひでおは出された小鉢に目を落とす。そこにあったのはマグロの山かけだった。その一切れを口に運ぶ。うまい、これはビールよりも日本酒だ。彼は早々にビールを切り上げると店主に冷酒をオーダーした。



「おはようございま――す!」


 入口の引戸が開く音とともにひときわ明るい声が響く。店主の返事を待たずにミエルの隣に座ったのはジュリアだった。バブル時代を思わせるソバージュヘアからうって変わって栗色のショートボブに、メイクも小屋や舞台でのそれとは正反対のファウンデーションのみに近い薄さだったがそれでもこの店では十分に目立っていた。


「ジュリアさん、ビールでいいかい」

「ううん、これから車に乗るからノンアルで」


 店主は冷えたノンアルコールビールの小瓶と冷蔵庫でいっしょに冷やしておいたグラスを彼女の前に並べる。ジュリアは自分で栓を抜いてそれを注ぐとグラスを掲げてミエルに乾杯の意を示した。


「ねえねえ、ところでこんな話、知ってるかなぁ」


 ジュリアはグラスの中身を一気に飲み干すと再び手酌しながら切り出した。ミエルが次の言葉を待っていると彼女はミエルに身を寄せて話し始めた。


「町のはずれに雑木林があるんだけどさ、そこにフクロウが居付いてるの、それも一羽二羽ってレベルじゃなくてね。夜になるともうそりゃ大変、まるで大合唱よ。あたしは勝手に『フクロウの森』って呼んでるんだけど、今ではあたしにとっての癒しの場、一種のパワースポットみたいなものでさ、だから保護活動を始めたわけ」


 彼女は小さなショルダーバッグから名刺入れを取り出すとミエルと高英夫こうひでおの前に名刺を差し出した。


「フクロウの森を守る会、代表、中井朱里。なるほど、ジュリアさんの名前はここから来てるんですね」

「う――ん、ちょっと違うかな。朱里って書いて『あかり』って読むのよ。でもさ、小屋で本名を晒すのはちょっとねぇ……で、ひと捻りしてジュリアってわけ。そんなことより問題はフクロウの森、今あそこは危機に瀕してるの」


 そして彼女は森と呼ぶ一帯についての現状を話し始めた。

 森の周囲には砂礫だらけの土地が広がっている。そこはかつて河川だった。森をなぞる様に蛇行する流路は頻繁に決壊していたが、地元選出の議員が剛腕を発揮して放水路を建設したのはまだ高度成長期の残滓が残る頃のこと、そして今ではそちらが本流となり砂地で耕作に適さない旧流路は空き地として放置されているのだった。

 その空き地がちょっと前に競売にかけられた。落札したのは東京の不動産デベロッパー、彼らは温泉を掘削してリゾート開発すると言う。今ではすっかり寂れた温泉地である町は諸手を挙げてそれを歓迎した。

 しかし開発は一向に進まず、ついに落札会社のお家の事情により計画は頓挫してしまう。そして資金繰りに窮したデベロッパーは落札した土地を売却するのだが、売った相手はリゾート会社ならぬ宗教法人だった。

 の宗教法人はくだんの土地を信者のための霊園にする計画らしい。リゾートが一転して霊園である。町は上へ下への大騒ぎとなったが霊園とは言え道路などのインフラ整備は必要、むしろ相手が宗教法人ならば資金も豊富だろう。かくして町は賛成派と反対派に二分してしまったが結局は金である、今ではすっかり霊園開発で話が進んでいるのだった。


「確かに造成工事が始まったらフクロウたちの安全をキープするのは難しいかも」


 ミエルがそう相槌を打つもジュリアは意に介すことなく話を続けた。


「ところがここからが本当の厄介事なんだな。あの森は私有地、里山んところの神社が持ち主なんだけど管理は町が共同でしてるわけ。その土地が危ないのよ」

「ジュリアさん、それ以上はいけません」


 店主がそう制するもジュリアは左手で空間を仕切るように手刀を切ると「ここからこっちはよそ者ゾーン、治外法権でよろしく」と笑いながら話を続けるのだった。


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