表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【コミカライズ】悪役令嬢の涙

作者: 青木薫

目に止めていただきありがとうございます!断罪物を書いてみたくて頑張りました。

「ふっ…ううっ…グスっ…ふえっ…ううっ…どうして…」


 大理石の床に倒れ込んだ私の目から次から次へと涙がこぼれ落ちる。周りの人たちは皆一様に目を見開き、信じられないという顔をしている。


「わっ、わたくし…がっ、悪かったのですか…?婚約者であるセドリック様が、他の方に優しくしているのを見て…私は…私は…悲しかったのです。だって…」


 床からセドリック様を見上げる。彼と男爵令嬢のルシア嬢は寄り添いながら私を驚愕の表情で見下ろしている。そうでしょうね、伯爵令嬢の私が床に座り込んでメソメソ、クスンクスン泣いているのだから。しかも、気が強くて容姿端麗で攻撃魔法ならなんでもござれで知れ渡っている、わたくし、エリザベス・ゴードンが!



 ことの起こりは2週間前、学園の卒業パーティーを控えてドレスを仕上げに来たテイラーが部屋を出た後、「こんなに素敵なドレスを作ってくれたのだから」とお礼に準備していた隣国の絹地を渡し忘れたことに気付いた私は侍女が止めるのも聞かず「いいからいいから」と自分で後を追った。その時、使用人たちとテイラーがホールで話しているのを聞いてしまったのだ。


「そんな、あの噂は本当だというのか」

「まさか!あんなに嬉しそうにセドリック様の瞳のお色でドレスを誂えたお嬢様が」

「婚約破棄なんてありえないわ」

「でも、本当なんだ。セドリック様は同じようなデザインのドレスをうちの店で注文してルシア嬢に贈っている。色こそルシア嬢の瞳の水色だが」

「そんな…」

「なんでもお嬢様がルシア嬢に嫌がらせをしていたとか」

「そんなことあるはずがないわ。あんなに高潔なお嬢様が」


信じてくれる使用人たちに当然だと思いつつも衝撃はおさまらない。さらに


「でもお嬢様がルシア嬢に注意なさったのは事実よ」


侍女であり一緒に学園に通っているコリーンが追い打ちをかけるように言った。そんな…目の前が真っ暗になった。その瞬間、私の頭の中に知らない人生の記憶が流れ込んできた。


 不思議な建物、短くて変わった形の衣服、とても速い乗り物…そこでの私は労働者で、家庭をもって、たくさんの友人と可愛い子どもたちに囲まれ、趣味を楽しんで…生涯を終えたはず…そこではエリと呼ばれていた…ゴンドウ・エリ…ちょっとだけエリザベス・ゴードン、に似てるわね?と、そこでコリーンの怒る声が聞こえてハッとした。


「だって当然でしょう?卒業の2ヶ月前に突然現れたあの男爵令嬢、婚約者がいるのにあんなにベタベタとセドリック様に近づくのよ?それだけじゃない、騎士団長、貴族院議長、外務大臣、の息子たちまで骨抜きで。たいして取り柄もないのにポワンポワンした身体と甘えた口調を武器に!!男ってバカなの?ホンっと、信じられない!お嬢様が注意ぐらいで済ませるなんて、甘すぎると思ってたのよ、私は!!」


 良かった、コリーンは私を信じてくれていた。混乱しつつも彼女の言葉に安堵し、そして考えた。


 確かにルシア嬢、彼女に注意したことはあったけれど、他の方たちともそんなことになっていたのね。取り柄はない子なのにセドリック様と仲良くなったんだ…でももしかして殿方にとってはポワンポワンは取り柄なのでは…私はどちらかと言えばスラッとしてるからダメだったということ?…いえ、そんな場合じゃあないわ、婚約破棄?え、本当に?


 そうするうちにも記憶はどんどんはっきりしてくる。

「これ、ラノベやゲームでよくあった異世界転生っていうものなんじゃ…そして私は断罪される悪役令嬢的な?」


 娘がアレコレ推しの多い子だったのでゲームやアニメで見た。こんな感じの悪役令嬢断罪ものが流行っていた時もあったし。あと異世界で料理も流行っていたわね。息子が見ていたのはなんだったかしら…魔物が出る洞窟でご飯作る話だったような…まだ結婚していないのにあの子たちがいるのが当たり前のこの気持ち、不思議だわ。


「とにかく、お嬢様に瑕疵なんてないわ!それは学園の他のお嬢様方だってわかっていることよ。アイツラの婚約者だってみんな怒ってるんだから!」


 言葉がすぎるわね…フンスフンスと怒っているコリーンの言葉にちょっと引っかかったが、でもまあ、みんなのことは任せようと思った私はそーっと部屋に戻った。部屋で待っていた侍女にはテイラーには追いつけなかった、と伝えた。


 それからの私は悪役令嬢?として断罪されないようにすぐにお父様に相談した。ショックは受けたけれどグズグズしていられるほど時間もないし、これくらい前世の記憶がある私にとっては『長い人生だものいろいろあるわ。でも付ける薬がない人にはそれなりに対処せねば。まあ相手は世間知らずで若いお嬢さんだし…』といった感じだ。もちろんいっぱい策は練ったけど。


 で、お父様には、セドリック様が男爵令嬢に心を奪われているようだということ、でも若い男の人だから一時の気の迷いだと思っていること、そして何より私はセドリック様が大好きだから再び私のところへ戻ってきてくれるまで待ちたいということ、などだ。そして使用人たちの話から、どうも卒業パーティーでひと騒ぎありそうだということも伝えた。


 お父様は渋い顔をしていたが、私がどうしてもセドリック様がいいと言うのを聞いて納得してくれた。だって、セドリック様、侯爵家嫡男で私よりも優秀なのよ?しかも容姿も私好み。前世?の記憶がある今は、彼の立場がどれほど素晴らしく、結婚できるのがいかに幸せなことかよくわかる。そしてそれを手放す気にはならない。まあちょっとポワンポワンな女の子にヨロッとしちゃったみたいだけど、まだ結婚前だし元カノと思えば許せる。だって私なんて結婚してたし、何なら子どももいたし。前世、CMで「よーく考えよう、お金は大事だよー」って鳥も言ってたもの。お父様はなんとかしておく、と言ってくださった。


 その後は学園で友人たちにも根回しをした。断罪からの仕返しは主人公だけではなく攻略された人々も凋落するものだろうが、そうはさせない。そんなことしたら、私だって痛い目にあうでしょう。婚約者に裏切られた可哀想な伯爵令嬢、そんな私を娶ってくれる人、今の学園で考えたら、あの人かあの人かあの人…そんなの絶対にいや!セドリック様がいい!そもそも話を聞くまで彼がルシア嬢に本気だなんて思ってなくて、彼との結婚を本当に夢見ていたのだから。


 私は友人たちにセドリック様への気持ちと結婚を楽しみにしていることをこれでもか、とアピールした。それはもう二人がいない場所でなら誰がいても構わず。友人たちは私の様子にちょっと引くぐらい驚きながらも応援の言葉をかけてくれた。




 そうして迎えた卒業パーティー。予想していた通り、学園長の挨拶後、歓談が始まるやいなやセドリック様はルシア嬢と一緒にホールの真ん中で私の前に立ちはだかり、私を断罪しようとした。ルシア嬢をいじめた心の醜い悪役令嬢として。


「エリザベス、私は君がそんな女性だとは思ってもみなかった。ルシアを呼びつけ、私に近づくな、だとか他の友人たちへの振る舞いも令嬢としてあるまじきものだとか責めるなんて。まさか君がそのようなことをするとはっ!」


 セドリック様ったら…うーん、それって事実であっていじめじゃないですよね?と思ったけれど一応続きも聞く。


「しかも、卒業パーティーで着るドレスについて自慢するなど、貴族令嬢としてどうなんだ!」


 貴族令嬢としてって、うちの学園貴族しかいないですし…しかも侯爵家や公爵家の皆様にどんなドレスを準備したのか聞かれてお答えしただけで、彼女たちはもっとすごいドレスや宝飾品揃えていて、羨ましかった覚えが…うちは、真ん中よりちょっと上くらいですわね。そしてルシア嬢はあの時の話をどこかで聞いていたということかしら…怖いわ。


 他にも何か出るかな?と思ったけれどそれだけみたいだった。まだルシア嬢が現れて2ヶ月ですもの、そんなにいろいろ私達の間にあるわけがない。まあ、男性の皆様とはいろいろ交流していらしたようですけれど…。


 とにかく、セドリック様の演説も終わったようなので、私の番だ。拳を握りしめ、顔を赤くすべく息を止める。ブルブルッと震えた後、床にヘナヘナと座り込み、心のなかで思い浮かべるだけで絶対に泣ける、顔がパンのヒーローのマーチを脳内で再生する。



「ふっ…ううっ…グスっ…ふえっ…ううっ…どうして…」


 効果は抜群だ。大理石の床に倒れ込んだ私の目から次から次へと涙がこぼれ落ちる。周りの人たちは皆一様に目を見開き、信じられないという顔をしている。


「わっ、わたくし…がっ、悪かったのですか…?婚約者であるセドリック様が、他の方に優しくしているのを見て…私は…私は…悲しかったのです。だって…」


 床からセドリック様を見上げる。彼と男爵令嬢のルシア嬢は寄り添いながら私を驚愕の表情で見下ろしている。そうでしょうね、伯爵令嬢の私が床に座り込んでメソメソ、クスンクスン泣いているのだから。しかも、気が強くて容姿端麗で攻撃魔法ならなんでもござれで知れ渡っている、わたくし、エリザベス・ゴードンが!


「だって…私は、セドリック様をこんなにも…愛しているから…」


 セドリック様を見つめながらポロポロと大粒の涙を零す私。何度も鏡の前で練習したこの角度!お化粧が落ちて見苦しくならないように、今日は目の下のメイクを控えめにしてもらったからきっと美しい泣き顔だ。


 おそらくセドリック様とルシア嬢は私がいつも通り冷静に、かつ正論で返すと思っていただろう。『婚約は家同士の契約』『婚約者がいるのにそのような行為はあり得ない』『侯爵様はご存知なのか』…なのにその私が人目もはばからず床に伏して涙を流し、セドリック様を愛しているのだと瞳を潤ませているのだ。二人は唖然としている。そこに。


「酷いですわ、セドリック様、エリザベスはセドリック様と今夜ダンスを踊るのをそれはそれは楽しみにしていたのですよ!」

「そうですわ、もう半月も前からセドリック様にエスコートされるのが楽しみでと私達が呆れるくらい聞かされて」

「第一、セドリック、お前がルシア嬢に入れ込んでるのがおかしいだろう、婚約者を蔑ろにしてそうやってわけのわからないことを言って、恥ずかしくないのか?」

「っそ、それは…」


 上位の公爵令嬢や令息に突っ込まれて答えに窮するセドリック様。その時、


「やめてっ!セドリック様を責めないで!セドリック様は悪くないの!私が…私が悪いんですぅ…私がセドリック様に甘えてしまったから…だから」


 あら、ルシア嬢が参戦してきた。でもすかさず他の友人たちが話し始める。


「そうよ、ルシア嬢、あなたが悪いのよ。婚約者がいる男性に甘えて、こうなることがわかっていなかったの?」

「大体、セドリック様って言ってるけど、他にもいろいろな男性に甘えていたわよね」

「他にも、婚約者がいるのにあなたのせいで関係が悪くなっている人たちがいるのよ、わかっているのかしら?」

「そのことについて、エリザベス様が苦言を呈しても全く聞かないどころか、これまでの話だとセドリック様に言いつけていたようね。なんて人かしら」


 グッと詰まったルシア嬢を庇うように、セドリックの後ろに二人を守るように囲んでいた騎士団長・貴族院議長・外務大臣、の息子たちが一歩前にでる。けれども、友人をはじめ、他の級友たちは、彼らをジロリと見つめる。一触即発の空気の中、さっと前に出て口を開いたのは


「呆れたね、まさかと思うけどここでこれ以上ルシア嬢を庇うつもり?それでセドリックはこの後どうするつもりなの?婚約を破棄するとでも?万が一そんなことが通ったとして、もしもセドリックと彼女が結ばれたら、君たちはどうするの?まさか彼女を共有するなんて思っていないよね?」


 ここで、皇太子様が登場。私はどこでも誰へでもセドリック様への思いをアピールしていたから、上位の皆様の誰かから失笑込みで伝わっていたことだろう。あのエリザベス・ゴードンがここに来て婚約者にメロメロって。もしかしたら皇太子様が直接学園内で恋バナ(笑)をする私を見かけたこともあったかもしれない…わざとそうしていたのだし、それは2週間もあれば十分だった。ルシア嬢を囲む彼らは皇太子様の言葉にハッとしたように顔を見合わせる。


「ハッ、知られていないとでも?あれだけ人目をはばかることなくどこでもベタベタしていれば誰だって気付くし、みんな笑っていたよ、将来を棒に振るのかって。こんなことに加担して、婚約者とどうにかなったら、責任は君たちのほうにあるのは明白だし、そんな人物にはこの先、国を背負う立場に就いてもらうことはないね。実際、この2週間君たちを見ていて失望したよ」


 彼らは踏み出した足を戻した。ルシア嬢はまずいと思ったのか、先程の泣き言を再開する。


「ひ、酷いですぅ…皆さん、そんなに責めるなんて…私、そんなつもりじゃあ…」

「じゃあ、どんなつもりでしたのかしら?」

「そうだよ、他の男性にも甘えていたのはどういうこと?君、僕にも言い寄ってきたことがあったよね。びっくりしたし妙な噂になったら大変だから先生に報告したよ」


 周りは彼女の涙ながらの訴えに耳を貸さないどころか突っ込む。ふむ、ちゃんと断った立派な人もいたのね。セドリック様…攻略対象だったのかしら…何の話かいまだにわからないのだけれど。


「私もルシア様には彼に贈り物をねだるのをやめてくださるようお願いしましたよね?」

「私もです!でも『あら、私は別にそんな…彼が自分から私のためにいろいろしてくださるんです…ふぅん、あなたには何もしてくださらないの?』って…」


 ついに騎士団長の息子の婚約者と議長の息子の婚約者が訴えてきた。彼らは婚約者の言葉に青くなった。まさか自分たちがしてきたことをこの場で晒されるとは思っていなかったのだろう。ルシア嬢は『そんなこと、私…』としどろもどろながら可愛らしさを崩さない。流石だ。たった2ヶ月で彼らを手玉に取った手管には感心する。が、そろそろ…。


「エリザベス!」

「セドリック!」

「お父様…」

「父上…」


 ホールの扉をバーンと開けて、両家の当主が登場した。お父様には卒業パーティー当日に彼のお父様に伝えてくださいとお願いしておいたのだ。先にわかってしまっては対策を取られてしまうから。今日、この茶番は必要なのだ。


「セドリック、お前…」

「父上…?」


 侯爵家当主の怒りは凄まじいものだった。それはそうだ。才色兼備の誉れ高い私を袖にして特に取り柄もない男爵令嬢(の身体)にヨロメクなんて、嫡男としての資質を疑われても仕方がない。お父様も怒りで震えている。私の言葉を信じてくれてはいただろうが、まさかここで、大勢の前で床に伏して涙にくれているとは思ってもみなかったのだろう、すぐに抱き起こそうと駆け寄って来てくれた。


「セドリック、お前は何をしでかしたのかわかっているのか」

「それは…」

「エリザベス嬢との結婚は侯爵家嫡男としてのものだとわからなかったか…」

「っ…」


後継者問題に発展することを示唆した侯爵の言葉にセドリック様の顔色が白くなる。人って本当に焦ると白くなるのね。そしてお父様は、当然のように


「エリザベス、もういい、やはりこの婚約は…」

「いいえっ!お父様、それはイヤです!!」


婚約を破棄しようと言いかけたお父様に私は縋る。


「それだけはイヤ。お願い、私はセドリック様を…セドリック様がいいの。お願い。私…セドリック様と…」


 頭の中ではあのマーチが鳴り響く。こぼさないで涙、ですって…?いいえ、今こそ涙が必要よ。


 ポロポロと涙が零れるままにお父様を見上げ、そしてセドリック様を見つめる。セドリック様は私と目が合うと、ヨロヨロと私へ近づいて来た。ルシア嬢の『セドリック様!』と呼ぶ声はもはや耳には届いていまい。


「エリザベス…君は、こんな私を…」

「…セドリック様、私にはあなただけなの…お願い、セドリック様」


 彼に向かって震える手を伸ばす。セドリック様はその手を取って私の前に膝をつく。


「ごめん、ごめんよ、エリザベス。私は…なんてことを…君になんと言って詫びればいいのか…」

「いいの、私こそ。私がもっと魅力的であればこんなことには…」


 力なく項垂れる私。また涙がドレスに落ちる。


「そんなことはないっ!私がっ、私が…愚かだったのだ…」

「ああ、セドリック様、あなたを愚かと言うなら、そんなあなたを愛する私もまた愚かなのでしょう。でも、愛しているのです。お願い、私をあなたの妻にしてください」


 顔をあげ、セドリック様を見つめ、涙を流しながらも精一杯の微笑みを浮かべる。セドリック様も涙を浮かべ、ウンウンと何度も頷く。


「それをお願いするのは私だよ…エリザベス、二度と君を悲しませるようなことはしない。誓うよ、私は生涯君を幸せにするために全力を尽くす。エリザベス…私が悪かった、許してくれ」

「セドリック様…嬉しい…セドリック様」


 私の手を握る、震える彼の手に頬ずりする。周りからもすすり泣きがもれる。


「…馬鹿な息子だ…こんな息子を許してくれるか」

「ああ、仕方ない。愛しい娘のためだ。だが、今回だけに願いたい」

「もちろんだ。感謝する」


 お父様たちも、やれやれといった感じで握手を交わしている。そこでハッとしたのか、ルシア嬢がまた騒ぎ始めた。しかし学園長がすぐに人を手配し、彼女を会場から連れ出した。みんなは呆れたような顔で見送っていた。きっと領地に戻されてしまうだろうな…でもそれで済めば御の字でしょう。


 セドリック様は私を抱きかかえるように立たせてくれた。ドレスはちょっとよれてしまったけれど、それさえもみんなは優しく見守ってくれているような気がする。皇太子様が


「セドリック、エリザベス嬢の愛で救われたな。大事にするがいい」


と声をかけてくださった。セドリックは頭を深く下げていた。その後、例の取り巻き達に気付き彼らのところへ駆け寄って何か話していた。入れ違いで庇ってくれた友人たちが来て、本当に良かったわねとお祝いを伝えてくれた。そして最後に、ルシアの取り巻き達の婚約者たちがやって来て、心配そうに、またやや不満気に、


「エリザベス様、本当にお許しになるの?」

と聞いてきたので、

「ええ…とても悲しい思いはしたけれど…こうしてセドリック様が改心してくださったのだもの。それに…」

加えて、小さな、小さな声で伝える。


「これで、今後彼は、いえ、侯爵家の皆様方も、私に頭が上がらないわ。それこそ生涯ね」


 彼女たちはハッとして私を見た。私はフフッと笑って、彼女たちの婚約者の方をチラリと見た。彼ら、令息たちは私達を遠巻きに戦々恐々としている。セドリック様は私に救われたけれど、彼らの行いについてはまだ何の判断も下されていない。それでもこれまでの彼らの行いと今日のことがそれぞれの家に伝わるのは時間の問題だ。


「ほら、今こそチャンスよ」


 私の言葉に、コクコクと頷きあった彼女たちは婚約者のところへ向かった。これでいい。彼女たちとすれ違うように私のそばへ来たセドリック様が、おずおずと声をかける。


「エリザベス」

「セドリック様」

「その…一緒に踊ってくれるかい?」

「もちろんです。私、今日セドリック様と踊ることをずっと楽しみにしていたんですもの」


 セドリックは申し訳無さそうな、そして嬉しそうな顔で私の手を取った。私達はふたりでみんなの注目の中ホールの中央に向かった。音楽が流れ、ステップを踏む。


「エリザベス、一生大切にするよ」

「嬉しいわ、セドリック様」


 気の強い、なんでもできる私、エリザベス・ゴードンはあの断罪劇で涙を流したことで大いに株を上げた。それまで私の優秀さを煙たがっていた人たちも「彼女にもあんな一面があったのか」と思ったようでその後交流を図ろうと連絡があちこちから来るようになった。勝手なものだと思うけれど、中身はエリザベス&エリだからあながち間違いでもないし、侯爵家のためにもなるのでニコニコお付き合いしている。悪役令嬢の涙は効果抜群だったけど、きっと使うことはもうないだろう。

お読みくださりありがとうございました!

誤字報告もありがとうございます。あらすじ部分にも間違いがあったりして…修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ