05 初軍議
速水守久や千と話した数日後の大坂城、表御殿。その広い大広間に大坂方の主な幹部と下級指揮官が居並んでいる。
側近衆とも言うべき、大野兄弟とその母、大蔵卿の局。そして木村重成。
豊臣家譜代?の薄田兼相、渡辺糺。この渡辺糺は冬の陣での南条元忠の内応を直前に防いだ実績がある。
さらに秀頼の直属兵団七手組の組頭達。
そして実質的な主戦力である浪人衆を統率する立場の真田幸村、後藤又兵衛、明石全登、長宗我部盛親、毛利勝永、塙 団右衛門、石川康勝、大谷吉治、仙石秀範、浅井井頼………
そして千姫も我(秀頼)の少し後ろに控えている。
さらに後方には足軽組頭以上の下級指揮官達。
「すでに皆も知っていると思うが、母上は京の高台院様の元へ退去した。」
座にほっとした、弛緩した空気が流れる。彼方此方から露骨な溜息まで聞こえてくる。明石や真田などは関ケ原の戦い前に淀君は追放して欲しかっただろう。
「今日からは儂自身も陣頭にも立つ覚悟だ。皆には色々と学びたい。この通りだ。」
座を立ち段を居りて皆と同じ高さまで進み出て頭を下げる。
一同呆気にとられて声もない………。が、暫くして
「よきお覚悟!この又兵衛感じ入りましたぞ!」
直情径行の後藤又兵衛が場を解してくれる。こういう時には有り難い。使い方の難しい武将だが、一度腹を割って打ち解ける事ができれば、本来の力を発揮してくれるだろう。
明石や長宗我部にも不満の色は伺えない。遅きに失したものの、悪くはない………そういった感じか。
元々がお飾りの大将だったのだ。中身が多少でもあるだけプラスになる………そういった処だろう。
問題はやはり真田だな。じっと瞑目している。
定位置に戻り改めて軍議を再開する。
「皆も知っての通り、家康は約定を無視して内堀まで埋めさせてきた。最早家康の意図は明白。わが豊臣と徳川は並び立たぬ。かくなる上は死力を振り絞り戦わねばならぬ。」
皆も異存は無いので頷いている。当然だ。すでに融和派は一掃されており、彼らの多くは本当の飼い主、家康の元に走っている。此処に残る僅かの異分子は家康の間諜だけだ。
「だが、意気込みだけでは勝てぬのも事実である。そこで、この秀頼なりに考えた徳川の弱点を言うので、皆聞いてほしい。」
弱点?
徳川にそんなものが有るのか?
秀頼様はいったい何を思って………
処方から戸惑いの声が漏れ聞こえてくる。落ち着いているのは予め聞かされている速水守久や千、瞑目したままの真田幸村。俺が何を言い出すのか興味津々の体の後藤又兵衛に長曽我部盛親………。ふふ、明石全登と毛利勝永は俺が不味い事を口にしては対処できなくなる………そちらを心配している顔だな。
「明らかな徳川の欠点は、家康が既に七十三歳という高齢である事だ。」
皆の一瞬の沈黙の後、後藤又兵衛が爆笑する。
「ぶはははっ! それは確かに。七十路にもなって尚、家康が最前線で指揮をせねばならぬ徳川。確かに弱点も弱点、ここを突かぬ手は無いのう!」
………成る程、家康の年齢は確かに心もとないですな。
………うむ、明日逝ってもなんら不思議が無い年齢じゃ。
彼方此方から納得の声が漏れ聞こえてくる。先ずは彼らに戦う先の希望を与えねばならぬ。
片手を挙げて喧騒を沈めてから、言葉を繋ぐ。
「家康が高齢である為、関ケ原戦当時の如く、本当の最前線に出ての軍配を家康が取る事は難しい。実際に軍配を取るのは藤堂や伊達、或いは上杉などの陣代になるだろう。」
具体的名前が出たため、場が静かに成る。
「確かに家康本人の軍配には劣るやも知れませぬが、藤堂や伊達とて戦国生き残り。侮ることはできませぬが………。」
おずおずと懸念を口にしたのは明石全登か。横で後藤又兵衛が苦い顔をしているが、まあ、妥当な懸念だ。
「明石全登殿の懸念は最もだ。だがここで更に新しい欠点が生まれる。彼らは個々それぞれ十分な経験がある将帥だが十数万の全軍の軍配を取る事は出来ぬ。精々自分が割り当てられた一万二万といった分隊の指揮を取る事しか出来ぬ。」
「成る程。秀頼様はそれぞれ一万二万とバラバラで動いてくる幕府勢を各個撃破する事に活路を見出されたのですな。具体的にどう戦うかは別にして、筋は通っておりますな。」
消極的賛同の意を表明したのは毛利勝永だな。史実でも力戦奮闘、主力の浪人衆では一番最後まで戦い抜き、劣勢の中でも容易に崩れなかった名将だ。彼の知名度がさほど高くないのが残念だが、本来であれば真田幸村に匹敵する立場でも可怪しくないのだが。
「名将の毛利殿に賛同戴けて有り難い。具体的な戦い方は後に検討するとして、先日儂は城下で一つ種を蒔いておいた。」
再び場がざわつき諸将の顔に疑問符が浮かぶ。今度は何を言い出すのだ?と。
「この大坂随一の豪商、淀屋と面会してきた。恐らく淀屋を始めとする豪商達は徳川幕府に面従腹背となるだろう。」
一気に場が騒がしくなる。真田幸村の眉が僅かだが動いた………。
………淀屋といえば関ケ原戦でも家康を支えた奴だぞ!
………淀屋はともかく、確かに長崎は家康の支配下には無いな…
………そんな遠い場所などどうでもよいわ、この京、大坂がどうなるかだ。
暫く各々に好きに言わせてから続きを述べる。
「豪商達の意識を海外交易に誘導しておいた。海外交易は利が大きい。流石の淀屋も目の色が変わって居たぞ。皆も知っての通り徳川の者共は商いの知識が欠落しておる。徳川の世になれば西国での海外交易に支障が生じる事を説明しておいたので、今後豪商達が本気で徳川を支える事は無く成るだろう。少なくとも前金での取引が必要になろう。」
真田幸村の目が開き、初めて視線が絡み合う。やっと儂を値踏みする気になったか。だがまだだな。商才は秀吉政権を受け継ぐ者なら持っていて当然。軍才が伴わねば元の木阿弥………そう言いたいのだろうな。
「流石、太閤様の御血筋。先の戦で幕府は二十万も動員しておりその借財の返済もありましょう。豪商達から一斉に前金を要求されては勘定方は窮しましょうな。」
自らも豊臣家の勘定方を兼ねる大野治長が称賛してくれる。こういう方面に明るい武将は少ないので細かく砕いてその効果を説明してくれる側近は有り難い存在だ。
「そうか………秀頼様は逆に幕府を兵糧攻めされるお積もりなのですな………。」
俺の狙いを正確に見抜いたのは、かの大谷吉継の遺児、大谷大学助吉治だ。軍略面からの見方を開陳できると云う事は吉継の薫陶も行き届いているのだろう。これは期待して良いか?
………なんと、兵糧攻め!
………我らが幕府を兵糧攻めとな!
………これは痛快じゃ、この戦まだまだ終わらぬぞ!
場の士気が上がっている。どうやら初期の目的は達成できたようだ。
「異論はなさそうだな。皆の言う通り、まだまだ大坂は落とさせはせぬ!この秀頼に皆の力を貸してくれい!」
「応~!」
「では今から具体的な戦い方を侍大将達と詰める!侍大将以上の者を残し、この場は解散とするので来るべき決戦に備えて各々英気を養っておいてくれ!」
諸将が肩を怒らし胸を張って大広間から退出していく。
ふう。一仕事終えたな。
ふと見ると何故か木村重成がうんうんと頷いている。
何をわかった気になっているのか不明だが、まあ、そっとしておこう。