04 速水守久
速水守久:元浅井家家臣。小牧長久手の戦い・小田原征伐・朝鮮出兵に従軍。七手組の筆頭。夏の陣敗戦後、秀頼親子らと共に自害。千姫の教育係であったとも………
千姫:夏の陣当時およそ19歳。父は徳川秀忠。母はお江(淀君の妹)。7歳で大坂入城。
まだ内憂は残っているが、淀君の追い出しを決定して一山越えたな。次は………
「重成、速水守久殿を呼んできてくれ。」
「はっ、稽古をなさるのですね、直ちに。」
秀頼旗本部隊七手組の組頭、速水守久。
当初は浅井氏につかえていたと云うので茶々やお市とともに、豊臣家まで流れ着いたのだろう。千姫教育係らしいが、重成が即座に稽古と応えたから秀頼の武術の師であるという噂は本当だったようだ。史実では、自害する秀頼の介錯を務め殉死したとも云う。怪しい連中も混じっている七手組であるが、信用に足る人材だ。だが、千姫教育係でもあるためか史実では大坂方と家康の間を奔走し最後まで和解させようと努めていたので、此処は意識改革をさせねばならない。千姫の件もあるし。
「秀頼様、稽古で御座いましょうや?」
この男が守久か。成程、芯の強そうな面構えだが目に理知的な光も有る。
「うむ、稽古も良いがちと話がしたい。千も呼んできてくれ、重成。」
訝しむ重成。だが、黙って千姫を呼びにゆく。
「守久。母上は近く高台院様の元へ退去させる。」
「なんとっ!」
「守久が千の事も気にかけてくれ家康との融和に苦心しているのは知っている。だが、内堀の件でも明白な通り、家康には信義の欠片も無い。いかなるゴリ押しも厭わず豊臣家を潰す積りだ。」
丁度、千姫が重成に伴われてやってきた。
「秀頼さま。」
「千か。」
「どうしても………ですか。…やはり。」
世評では様々な憶測が流れる千姫。だが、実物をみれば、普通の女性だ。まあ、現代の17歳よりはずっと落ち着きがあるが。
「流石に此処まで露骨では如何ともし難い。………重成、下がらずとも良い。共に聞いてくれ。」
下がりかけた重成にも声を掛けて止める。
「最早、完全に家康との共存の道は絶たれている。よって鳴かず飛ばずも今日までとする。今日より儂自身が先頭に立つ。そのため、母上には高台院様の元へ退去頂く。」
千姫が驚いている。皆淀君には手を焼いていたのだろう。
「秀頼様。千はどこまでも秀頼さまにお供致しとうございます。」
頷いて
「そう言ってくれると信じていた。」
「では、千は大坂城に居て良い………と………。」
「当然よ。千は儂の正妻なのだからな。そういう事で守久、儂は江戸幕府と対決する為、愈々自ら起つ事を決めた。よって今後は家康と融和を図る事は無しじゃ。これからは家康方から何か繋が来ても一切取り合わず門前払いをしてくれ。それは千に繋が来た場合もな。」
「は………秀頼様の仰せなれば、そのように。されど、宜しいのでしょうか。」
「守久の懸念も解らぬではない。だがお主達が水面下で交渉すれば必ず家康の計略に嵌ろうぞ。家康は我と我が家臣に異なる情報を流す事で大阪方を混乱させてきた。それ故家康との窓口を儂への直接交渉一本に限定する。さすれば今までのような2枚舌は使えぬ。儂との交渉も内々の密談はせぬ。全て公式記録に残す。そうすれば、関ケ原の毛利家相手に使ったような白々しい言い逃れも出来ぬ。」
「………成る程。此方も柔軟な対応は出来ない代わりに、老獪な家康殿の手腕も全く発揮できぬ雁字搦めの状態になされると。これは何れか白黒決着させる決戦になりまするな………。」
「ふふふ。守久はそう思うか。」
「?秀頼様のお考えは異なる?と。」
「うむ。異なるぞ。むしろ、なかなか白黒決着がつかぬ仕儀となろうぞ。」
「??」
「よいか、先の戦(冬の陣)では大坂方10万、幕府方は倍の20万で戦った。今大坂方は7万ほどじゃ。よって、おそらくすぐにも始まるだろう戦いでは最低幕府は15万は動員しよう。」
「妥当ですな。最低でも倍は動員してくるでしょう。」
にやにやしつつ守久を見つめる。
「?如何なされました?なにか、おかしな事を申しましたでしょうや?」
「うむ。おかしい。家康は何故に一度兵を引き講和を模索して来たのかの?」
「それは、謀略で大坂城の堀を埋めて攻めやすくする為では………。」
「本当にそうか?別に堀など埋めずとも永久に完全包囲すれば、如何な巨城とて数年後には干上がるではないか。わざわざ後の世に『横紙破りの二枚舌』という悪名を残さずとも良いのだぞ。」
「そ、それは、あまりにも極論で御座います。数年包囲など生半に出来る事では有りませぬ。それに家康殿もご高齢故、そうそうのんびりと戦を続ける訳にも行きませは………あ………。」
「気がついたか。家康の焦りに。幕府にはもう時が無いのよ。速戦即決が求められて居る。それに幕府には10万20万といった大軍を長期間運用させるだけの算術に長けた人材も居らぬ。荷を運ぶ水運の伝手も乏しい。」
「水運で御座いますか。普通に陸路は運べますが。」
「10万、20万という数はちょっとした都市の人数ぞ。とてもではないが、ちまちま陸路を運んでいては間に合わぬ。一度に大量の荷を運べるのは船だけよ。」
「そうか、確かに秀頼様が言われる通りですな。陸路を人足が運んでいてはその人足自体が荷を食いつぶしてしまいまするか。」
現代でも商業輸送の殆どは海運だからな。空輸ではコストが合わぬし陸送など末端の短い区間だけだ。
「だが守久、この事はまだ皆には言うでないぞ。家康の耳に伝わると展開が読みにくく成る。守久と千には儂に付いてきてもらう覚悟と見通しを持って貰う為に話をした。儂が無謀な考えで家康と手切れすると決めた訳では無い事、解ってくれたか?」
「はっ。まさか、幕府方にそのような弱点が有ったとは夢にも思いませなんだ。此処までお話戴けたからには、この守久、徹頭徹尾、幕府に抗って見せましょうぞ。」
千も驚いた顔ではあるが、何度も頷いている。重成は………ふふ、口を半分開いて阿呆面を晒しておるな。美男子が台無しだぞ。
「だが、そうだな、これから名前を挙げる者達には儂、秀頼に何か考えがあるようだ………程度は匂わせておいてくれ。気が沈みすぎて自暴自棄になってもらっては困る者達だ。」
「それは?」
「まずは真田幸村。」
「なっ、さ、真田殿が自暴自棄など有り得ぬ事では?」
「否………。儂の目には結構危うく見えておるぞ。」
「………秀頼様がそう言われるのであれば………。」
「うむ。他では薄田兼相、塙 団右衛門などだな。」
「はっはっ、あの両名は如何にも危ういですな。直ぐに死花を咲かせる方に走ってしまいそうです。」
「それに後藤又兵衛。」
「………ううむ。又兵衛殿は確かに微妙に思えます。豪放を地でゆくお方なれど、心根は繊細であらせられる。十全に力を発揮して戴く為には必要な事やもしれませぬ。」
「あ、あの………。」
「ん?千。何か気がついたかな?」
「そのお役目、私も加わって良いでしょうか。」
「なに?千も武将達を鼓舞して回りたいと?」
「いえ、ただの女子の千では鼓舞など出来ませぬが、秀頼様のお気持ちを千からもお願いして回る事であれば出来るかと。」
「ふむ、千がのう………。」
そこで重成が話に割って入る。
「あ、あの………秀頼様、千様の御申し出、かなりの効果があるかと。淀様退去後の様変わりした豊臣家、君臣心を一つにした大坂方を印象づける事が叶いましょう。」
「成る程のう………。それは大きな事よな。では、千、頼めるか?」
「はい、千も秀頼様と共に戦えて嬉しゅう御座います。」
花が咲いたような笑顔で応える千姫であった。