42 見学
「おう、おう、おう、わらわらと湧いて居る。ほれ、重成も見て見よ。」
「言われる迄も無く、見えておりますとも。秀頼様は城が囲まれようとしているのが嬉しいのでしょうや?」
「これが嬉しくなかろうか。真田や又兵衛達が奮戦するのを高見から直接見物できる機会などそうはない。彼らがこの大坂城の要害を利用して進退するのだ、何も不安は無かろうが。」
話している間に大坂城南面に幕府軍が展開、横一列になってじわじわ漸進してくる。
「秀頼様、あちらを。」
重成が異変に気が付き、大阪城東側にも注意を促す。非常に高所である天守からなので東面も丸見えだ。
「はて?大坂城南面から寄せてくるのは判るが、河越えの上足場も悪い湿地帯である東は、南で攻め倦んだ後の窮余の策だと思っていたが………。今の幕府の作戦を主導しているのは、よほど奇策が好きな奴に変わっていたか?」
「いえ…。秀頼様。そんな報告は来ておりませぬ。相変わらず本多正純が主導している筈ですが。あ、そういえば藤堂高虎が正純の補佐についた由…。」
「ふーむ。正純は勿論、高虎にしても接敵までの途中では工夫を凝らす性ではあるが、現場の戦場では正攻法だ。接敵してからいきなり新兵器で突破といった性質は持っていない………。どういう事だ?」
「あの家紋は………三引両……それから……ちょっと遅れ気味ですが…上杉笹?それに扇に月…上杉・佐竹などの奥州勢ですね…。」
「伊達か…。伊達が動いたので上杉・佐竹も同調した…そう見えるな…。」
「はい。とはいえ、南面の幕府主力が始まってから寄せてくる程度の速さで、一気に突撃という感じには見えませぬ。」
「重成の見立ては間違って居らぬ。儂(秀頼)にもそう見える。どういう狙いだ?意味が有るとは思えん………。あれでは数発も撃てずに城方に打ちすくめられて無為に撤退するしか無かろうに………。」
「うーん。されど、あの伊達政宗ですぞ?無為に成すことなく…などあり得ましょうや?」
「………それでも現にあのように、ゆったり接近しつつある。これ見よがしにな………わざと?か?」
「は?」
「わざと無為に疲弊しにきている………。」
「え!?」
「………どうやら伊達政宗、真田の策に気が付いたな。それに便乗する気だ。」
「幸村様の策、先日の、立花殿を退けるための、アレで御座いますか?」
「うむ。立花殿に激戦をしてもらって弾薬を撃ち尽くさせて撤退に追い込む策。伊達には近い将来西国で一気に商いが活性化するので参加を工夫するように誘ってある。そのためには伊達も領国に帰らねばならぬ。その口実を探していた処に真田の策を嗅ぎ付けた。そこに自分も乗っかって景気よく撃ちまくり玉切れで撤退という狙い…と儂には思える。そのついでに奥州勢も誘って自分だけが幕府に睨まれるのを避けた…そんな処か。」
「なんと!」
「そもそもが此度の戦、本来は幕府軍のみで編成しても良かった。そこにわざわざ奥州勢も引っ張り出したのは万が一の反乱を防止するとともに、奥州勢を疲弊させる狙いもある。奥州勢にしてみれば、見返りが期待できない不毛な戦だ。とっとと帰りたいだろうな。」
「…それは確かに。」
「伊達政宗、抑え込むには家康程の重さでないと無理というもの。幕府首脳は配置を誤ったようだ………。」
「し、しかし。そんな手抜かりあの家康がよく見過ごしましたな。」
「家康には、まだ驕りがあるのよ。イザとなれば幕府のみで大坂城を落とせる…という驕りが。」
「まあ、それはそう思われても致し方なかったですが…。」
「だから今でも自分が軍議を仕切らず、若手にさせている。本来なら秀忠が仕切る場面だが、秀忠が仕切って大失敗すれば幕府の威信が地に落ちる。なので正純に仕切らせているのだろうが、正純では軽すぎる。」
「家康殿も後継者に恵まれませんな。」
「いや。今となってはもう遅いが普通に秀康殿に武の面を預ければよかっただけだ。文は秀忠、武は秀康。その器が家康になかっただけよ。」
「それは…勇気が要りますぞ。過去に例がない統治形態なれば。」
話すうちにも南面で撃ち合いが始まる。幕府軍は中央の立花勢がやや突出した へ の字のような陣形だ。始めから決めていた陣形では無く、立花勢の戦闘力が高いのでそれに引っ張られて居るためだろう。
立花勢から見れば、他の幕府軍がなかなか前に来ないので出てくるのを待っているような状況になる。
「…立花殿も子守りが大変だな。自分だけ突出する訳にもいかず…。」
「基本的に関東の兵達は長時間の銃撃戦には慣れていませんので。立花殿のように連続射撃が当たり前の兵に歩調を合わせて打ちながら前に出るような芸当は難しいかと…。」
「火薬の規定量も銃弾の規定数も、西国の兵よりずっと少なかろうしな。冬の陣では城方が銃撃戦では圧倒していたんだろう?」
「まあ、こちらは城の防壁の内側の利があるとは言え、寄せ手も銃眼めがけて集中して撃てば、そうそう一方的にはならない筈ですが…秀頼様の云われる通り、ほぼ城方が好き勝手に撃っていました。」
「やはり根本的な戦術思想の違いだったか。となると、少し面倒だな。」
「? 敵の銃弾火薬の備蓄が少ないのに面倒?とは?」
「うむ。幕府の兵達は元々火薬銃弾が少ないのが普通なのだろう?なら銃弾火薬が底を尽きだしても戦えないとは思わないだろう…とな。」
「…それは…なんというか………知らぬというのは、恐ろしい事です。」
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立花宗成の陣営。此処にも大坂方の忍びが紛れ込んでいた。
「おい、そこの新入り。弾帯を持ってこい。まだまだ要るぞ!」
「へい。」
荷物運びなどの雑用夫として立花勢に現地雇用されたこの男。実は大坂方の下忍だ。イザとなれば荒事もこなすが、先ずは生還を最優先するように命が徹底されているため、破壊活動はしない事になっている。そのため、上役の指示通りに黙々と弾帯を運ぶ。
(聞いていた通りだ。立花勢では早合をこんな風に帯状に予め作り置きしているのか。これなら射手が大量に早合を装備できるし、装填も早い。討ち尽くしても別の弾帯を受け取ればすぐに30発以上の早合を補給できる。慣れた射手は弾帯を3つも掛けている奴まで居る。射手の数で劣っているのに互角以上に打ち合える訳だ…。)
「銃が限界だ。替え銃を持ってこい!」
「へい!」
(替え銃か…。普通は濡れ雑巾などで冷やしてそのまま撃つが、それでは徐々に射撃精度が悪くなる。精度が下がった銃は後方に戻して新しい銃に替えて撃つ。それを交互に繰り返すため、射手の3倍ちかい銃の保有があるのか。相当に金がかかるな。関ケ原の立花勢は3500程居たそうだが、国元の蔵は空っぽだったと聞く。筑後半国の身代では限界を超えている程だっただろう。宗成の嫁も女傑で有名で良く国元を治めたと聞くが、さもありなん。)
「左右は上がって来たかっ!」
「まだですっ!」
「ええい、遅い!」
それでも立花勢に引っ張られる形で徐々に前進を続ける幕府軍主力だった。
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「政宗様。立花殿以下、幕府先鋒が出ましたぞ。」
「うむ。では成実、我らも出陣だ。」
「は?まだ幕府からは何も言ってきて居りませぬが?」
「立花殿以下、先鋒が掛かっているのだ。我らも側面から支援するのは当然というもの。」
「側面と云われますが、事実上全く別の戦場ですが………。」
「それでも多少とも城方の注意を引く事で援護になる。とにかく出るのだ。……ああ、それから城方の鉄砲射程に深く入る必要はない。こちらの射撃が総構の銃眼に届く程度で良い。平野川は越えねばなるまいが、間違っても猫間川を越えて乗り込もうなどと思うな。我らはあくまで助攻。分を踏み外すなよ。だが、鉄砲は遠慮なく打ちまくれ。討ち尽くすほどに撃って撃って撃ちまくるのだ。」
「は?ぁ??」
猛将の伊達成実にはどうにも納得しかねる政宗の指示だ。だがこういった事は過去にも度々あったので意味不明でもとにかく従う成実。
その結果、東北勢の中では比較的潤沢な銃弾・火薬を有していた伊達勢の備蓄は見る見る消耗していくのだった。
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「撃ちまくるのう…。」
「はっ。流石、立花殿。よくあれほどの連続射撃ができるもので御座います、義宣(佐竹義宣)様。」
「違う違う、義成(佐竹義成)。立花殿ではなく伊達殿じゃ。あんな遠間からの猛射など聞いたことが無い。」
「はあ、アレですか。無駄撃ちにしか見えませぬが………。」
「そうじゃな、だが政宗殿の事、なにやら考えがあるのだろうて。なら、我ら佐竹も習うとしよう。」
「は?あんな打ち方をしては、すぐに弾切れになってしましますぞ!」
「なるな。だからその先を伊達殿と共に見に行こうではないか。」
「………! 承知! 鉄砲衆、伊達殿の列まで前進して撃って撃って撃ちまくれ!」
佐竹勢が猛射を開始したその数分後には、上杉勢までが伊達勢に習い猛射を開始したのだった。




