表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/42

38 家康蠢動

二条城天井裏。今日も耳太の組は家康に張り付いていた。


(広間に居るのは家康と、いつもの本多正純。それにアレは確か土井利勝だったか。もう一人、あれは先の軍議でも居た酒井忠世か。秀忠付の補佐役そろい踏みねぇ。)


3人が座に就くと家康が顎で正純を促す。


「は。我が軍は先鋒を親藩・譜代で再編成し、大阪城南面へ進発致しました。また、池田殿を主力となす中国路方面別動隊は尼崎を抑え、冬の陣の前例同様に木津川以西の要衝、福島砦制圧に進軍中です。なお、冬の陣では大坂城北東の今福砦や鴫野砦を抑えましたが、この方面からの大坂城攻撃は困難を極めたため、現在は放置しています。」

「待たれよ、それは宜しく無い。小舟で大和川を遡行すれば自由に出入り出来るのでは包囲にならぬぞ。」


異を唱えたのは土井利勝。史実では本多正純との政争で後に正純を蹴落としている。


「それは重々承知。されど短兵急に兵を進めては再び大坂方の計に当たりかねぬ。故にまずはしっかりと全軍大坂城南方に進出、その後ゆるゆると包囲に掛かるが良かろう…そういう手順を踏んでいる。」


聞いた家康が、先を続けろと促す。


「されど、此処に問題が発覚致しました。先乗りしている柳生の報告ですが、大阪城総構がほぼ復旧しているとの事。さらに、南面の空堀は冬の陣当時よりも寧ろ強化されて居る模様です。」

「?空堀は埋めた筈だが?」


土井利勝の疑問に溜息をつきつつ酒井忠世が割って入る。


「埋めたと言えども、所詮は数日の工事。土できっちり踏み固めた訳でもなし。その気になれば復旧できるのも当たり前であろうが。」

「それでは、冬の陣同様に攻めあぐねてしまう………。」

「その対策のために我らが呼ばれた…左様で御座いましょう?大御所(家康)様。」


家康が鷹揚に頷き始めて言葉を紡ぐ。


「ようやく話しの端緒まで行きついたか。大坂城に改めて入れた間諜から大坂城の内はいまだに主戦派と融和派が分かれているとの報告もある。秀頼は主戦派のようだが、奥を仕切る大蔵卿………ああ、最近は千が結構前にでて主戦派の心をつなぎとめているようだが…大蔵卿などは今でも抗戦の腹が据わって居らぬらしい。」


聞いた土井利勝が喜色満面で言う。


「それは良うございましたな。大蔵卿の局であれば、何度でも手玉にとれましょうぞ。」


詰まらなさそうに家康が応える。


「まだまだじゃな。別の報告では大阪城内は主戦派で一致団結、一分の綻びも無し………そういった知らせもある。」


恐る恐る本多正純が尋ねる。


「大御所様を以てしても実情は推し量れぬ…となれば我ら如きでは………」


頷きつつ家康が言う。


「うむ。此度は大坂城の内側からの工作はどうにも難しいと判断した。元より融和派は粗方放逐されているのも実態として有る。何より秀頼が起ってしまった以上、生中な融和工作など通用しまい。」

「し、しかし、力攻めだけで落とせる城ではありませぬ。」


土井利勝が割って入り、なんとか存在感を確保しようとするが…酒井忠世が制止する。


「それは当然だ。利勝焦るな。正純を少し見習え。先の敗戦で正純は手堅さの重要性を学んで居るぞ。一歩一歩着実に敵を追い詰めてゆく。それが徳川の戦ぶりであろうが。」


家康も頷き、


「よう言うた。忠世。儂(家康)の言いたかったのは其処じゃ。先の敗戦などで浮足だっては成らぬ。貴様らは徳川の帷幄を統べる将であろう。しっかりと地に足をつけ、詰め碁の手を読む如く、手順を進めるのだ。」


三者三様に思考をめぐらしての沈黙が暫く続く………。

沈黙を破ったのは正純だった。


「されば………高台院は動かせませぬでしょうか。」

「高台院!」


土井利勝が驚愕する。全く予想外だったようだ。


「ほう、そこに気が付いたか。だが、高台院の伝手も粗方放逐されており、大阪城には残って居らぬぞ?」


家康に指摘され、正純がうなだれる。


「ダメで御座いますか。」

「待て、正純…諦めるのは早い。高台院はダメでも大坂城から放逐された淀君が高台院の元に身を寄せていた筈だ。」


漸く淀君の存在迄辿り着いた酒井忠世。

家康がやっと満足気に言う。


「そういう事だ。そして淀君のさらに上も有ろう?………判らぬか?………禁中(陛下)を動かすのよ。思い出せ、前右府もどうにも思うに任せられぬ時によく用いていた手であろうが………。ほれ、何を呆けて居る。出るぞ、高台院へ。」


慌てて3人も家康に続く。直ちに輿と護衛隊が編成され、二条城を出立する。


(お?珍しいな、家康が自ら出かけるようだ。)

耳太の目配せで配下の一部を二条城に残し、家康の動きの先回りに各々散ってゆくのだった。


///////////////////////////////////////////////////////////////////


高台寺。9年前に建立されたこの寺に秀吉正室の高台院(寧々(ねね))が隠棲している。現在はさらに秀頼実母の淀君も身を寄せていた。ただ、単に秀頼の実母というだけの淀君と異なり、高台院はその従一位准三后という、異常な高位が示す通り、大きな政治力も保持していた。ちなみに、すでに秀忠に地位を譲っている家康は(さきの)従一位右大臣であるので、寧々は家康よりも上位である。


「連年戦に忙しゅうされておられる、大御所(家康)殿がこの()()(寧々)に何用でしょうや?」


出迎えにでてきた寧々が通り一遍の対応をすると、


「なに、従一位准三后(寧々)殿には天下泰平を願うお役目も多かろうと思いだしてのう。」


と、家康が(いまさら儂の狙いなど判りきって居るのに、すっとぼけおって………)と返す。


「ほ、ほ、ほ………戦大好きの大御所の口から天下泰平などという言葉を聞いたと伝えれば、黄泉の豊公(秀吉)も臍を裏返して笑いましょうぞ。で、後のお三方は?」

「某は、下野国小山を拝領しております、従五位下・上野介…本多正純に御座います、以後、お見知りおきくだされ。」


仰々しく本多正純が応える。続けて残る二人も自己紹介する。


「某は、土井利勝に御座ります。今は江戸幕府老中を務めさせていただいておりまする。」

「某は、将軍(秀忠)様の筆頭年寄、雅楽頭(うたのかみ)酒井忠世に御座ります。」


じろっと()め回しつつも言葉だけは慇懃に、


「それはそれは。ご丁寧に。では御重役方も付いて参られませ。」


寧々が先導して、高台寺境内を進んでゆく。向かう先は時雨(しぐれ)亭。

珍しい、二階建ての茶室だ。ただし、一階は竈がある勝手場であって、客をもてなす座敷は2階にある。

そしてその2階へ上がる階段は外階段になっているので、一階から二階へは逐一外に出ねばならない。

その二階、3方の窓はフルオープンにできる構造だが、今回は密談でも有る為か全て閉じられた状態のまま、寧々が客を上げる。

寧々はすぐさま勝手の有る一階に降りてしまったため、残された四人は暗い二階で如何にも居心地が悪い。


「やれやれですな。」

「我ら、招かれざる客なれば、致し方なし。」

「されど、此れは余りに。高台院は幕府を何と心得居るのか。」


三者三様の不満を漏らす。が、家康は


………やはり若手を甘やかしすぎて居ったか。これしきの扱いで不満が出るようではのう。こやつらはいずれも徳川が東海道の小勢力であった時代の苦労を知らぬ。凡庸な秀忠に付けるは次代の者で智に敏い者と思うて付けたが、心根の土台が出来て居らぬ。しかし、正信(本多正純・父)も信元(土井利勝・父)も教育が成って居らん。忠世のみは重忠(酒井忠世・父)が長く小身だった為か幾分ましな教育が出来て居るようだが。やはり、家臣に大封を与える弊害は大きいか。………


などと、考え、寧々の事など頭にない。


「お待たせいたしました。先ずは此れを………。」


寧々が茶菓子として真盛豆(しんせいまめ)を出して持て成す。

真盛豆は現代にも伝えられており『京菓子 金谷正廣』で販売されている。直径約1.5cmの半生菓子で青のりで仕上ているため、表面が緑色だ。


「どうした、苔のむす豆と幽斎公(細川幽斎)が歌にも詠んだ銘菓だぞ。固まって居らず戴くがよい。」


家康に促されておずおずと口に含む3人。

続けて寧々が茶を()てる。飛びっきりの濃茶だ。

贅沢好ましからず…の家風の徳川では濃茶など滅多に出会わないため、甘い茶菓子の後の濃茶に顔をしかめる3人。それでもなんとか我慢して飲み干す。


「いつもながらお見事なるお点前。」

「ほ、ほ、ほ、それは良うございました。」

「高台院殿には天下泰平の為、今ひと度骨折りを…と思いしもすでに大坂には伝手が御座いますまいなぁ。」

「助作殿(片桐且元)はすでに城を出て居り、大坂とは縁が切れておりますね。」

「…と思いしが、まだ完全に切れてはおりますまい?ほれ、例の(めかけ)殿がこちらに身をよせられて居るとか。」

「それは如何でしょう。この婆もそれとなく、幾度か尋ねてみたものの『()()は唯々神仏に祈り奉るのみで御座います。』と申され、まるで取り合ってもらえませぬ。何故にそこまで意固地に?と、なんとか聞き出したところ、どうも若君(秀頼)に『唯々只管(ひたすら)神仏に大坂方の戦勝を祈れ。それ以外の雑事には一切応えるべからず。たとえ今上様であろうとも………。』と送り出された由。」


聞いた家康の顔が見る見る赤くなり持っていた扇子が(ひしゃ)げて悲鳴を上げる。


「今上様であろうとも!………となっ!」

「ほ、ほ、ほ、左様に激されても…。神仏の前では今上様であろうとも、割って入る事は叶いませぬよ。なにせ淀殿は殆どの時を仏堂で過ごされておりますれば。」


秀頼にすでに先回りされていた事を知った家康は成す術もなく、高台寺を後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そういえば現代では濃茶は練る、薄茶は点てると呼び分けてるそうです。 現代でも抹茶は高くなっちゃって、徳川でなくても濃茶なんて飲めませんねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ