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33 二条城天井裏

名古屋城から強行軍で二条城か。先鋒が接敵、しかも敗退と聞いては老齢の家康も急がざるを得ぬのう。ご苦労な事よ………


今日も耳太が家康に張り付いていた。節穴からうかがう広間には幕府軍重鎮の多くが家康の前に居並ぶ。


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家康が諸将を睥睨(へいげい)して云う。


「正純(本多正純)、状況を整理して説明せよ。」


「はっ。では………

皆様すでにご存じとおもいまするが、数日前、我が先鋒の井伊勢が大坂方主力約3~4万と若江付近で接触、撃破されました。大坂方主力はさらに前進、第二陣の松平忠直様勢及び藤堂勢の一部が対応するも衆寡敵せず。支えきれず後ろ備えを殿に残し撤退、かなりの損害を出した為現在後方に下がり再編中です。大坂方主力はその後も前進するも、吉田川を挟んで蜂須賀・佐竹の両勢と対峙して停止しました。程なくして大坂方より井伊勢などの捕虜返還の申し出があり、蜂須賀・佐竹の両勢はこれを受諾。返還作業の終わりを見届ける事なく大坂方は撤退しております。」


憤慨する者、無表情な者、口の端を歪めて侮蔑を噛み殺す者………二条城に終結している諸将の表情は様々だが誰一人口は開かない。じっと上段の家康を見守っている。


「また、ほぼ同時刻、石川方面と八尾付近でも戦闘が発生しております。まず石川方面ですが、水野勝成勢を主力とする部隊が大坂方の恐らく明石全登が率いる部隊と接触しました。大坂方兵数は1万8千程度と思われます。水野勢全体とさほどの差では無かった模様ですが、どうも水野勢の動きが読まれていたようで、濃霧の中、渡河直後を奇襲され敗退しました。さりながら、歴戦の水野勝成殿の指揮の下即座に撤退したため、損害はさほどでもなく既に再編を完了、水野勢は軍務に復帰して居ります。」


この報告には諸将からも声が上がる。深刻な表情の者が多いが水野勝成の好判断を称賛する声も一部から漏れる。


「次に八尾方面ですが、こちらは東高野街道を南下して反転、大坂城を南東から牽制する予定だった藤堂勢主力と長宗我部盛親率いる大坂方が接触しました。俄かには信じられない事では有りますが、藤堂勢の動きも大坂方に予測されていたようです。濃霧の中、いきなり長宗我部勢の手詰めの逆撃を受け藤堂勢は潰走、重臣数名も打ち取られる惨敗を喫しました。此度の戦で藤堂勢は軍としての機能はほぼ喪失と思われます。」


この報告は先の2つの報告とは異なる空気が流れる。なにかと出しゃばり目立つ行動をしてきた藤堂高虎は幕府諸将から見ても手柄を掠め取る者という認識が強い。中には明らかに喜ぶ姿の将まで居る。


「要は機先を見事に制せられた…先鋒諸将は当分使い物にならぬ………と云う事で御座るな。」


言いにくい事をあっさり言い放ったのは前田利常だ。やや進発が遅れていた前田勢だが、1万5千程を率いて入京していたのだった。


「今の説明から推測すると主力が衝突した若江の戦いも機先を制せられて居るのでは無いのか?一息に第二陣まで突破されていると云う事は大坂方は最初から幕府軍を()り抜く目論見で陣形まで準備して居らねばなるまい?」


鋭い戦術眼から意見を述べたのは、敗戦の当事者でもある水野勝成だ。水野勢は形勢不利を逸早く悟って撤退、軍容を維持していたため敗軍の将とは思えぬ堂々たる振る舞いだ。


「………確かに、その可能性は考えられます………。」


本多正純が不承不承に応える。軍全体の動きが読まれていたとなると、敗戦の主因は諸将に有るのではなく、幕府本営に有るとなりかねない。本営筆頭とも目されている正純は苦しい。

その時、末座から声が上がる。


「あいや、暫く。大坂方主力は当初1~2万程度での出陣でしたが、右大臣(秀頼)自らの出陣を知った浪人衆が勝手に追随したため大軍となった由。若江方面の戦いが大坂方の当初からの予定行動とは思えませぬ。」


「む?其方は確か………おお、そうそう、確か…柳生宗矩殿であるな。」


水野勝成の確認に柳生宗矩が頷いて認める。


「ふむ。近頃は伊賀者を押し退けて柳生殿の手の者が忍び働きをなさると聞く。ならば確かな根拠も有るので御座ろう。この軍議にも座を与えられる程であるからのう………。柳生殿の意見は承った。では、本多正純殿もその見解で同意で御座ろうか?」


勝成がさらに踏み込んで正純に言質を迫る。流石、戦国真っ只中を武勇一筋で生き抜いた猛将だけに遠慮も無ければ、場の空気も読まない。


「はっ、はっ、はっ。勝成殿。お気持ちは判るが、その辺で。今は過ぎた事よりこれからの事を議論するべきと心得るが、どうであろうか。」


正純の冷や汗はもう十分堪能しただろう?とでも云う顔で、伊達政宗が割って入る。

水野勝成も相手が伊達政宗とあっては、それ以上は追及せず鉾を収め、軽くうなずいて座に居直る。

それを見届けて政宗が家康に目配せする。


ー貸し一つだぞ。家康殿。-


家康は?といえば、能面のような顔のまま微動だにしない。

見えない刃の遣り取りに耐えかねて本多正純が議題を変える。


「で、では以後の幕府の方針で、ご意見のある方はお願い致しまする。」


「そんな事、いまさら言う迄もなく軍容を整えて大坂へ押し寄せるのみであろうが。」


徳川親藩筆頭格の酒井家次が憮然として言い放つ。かつての徳川四天王の一人、酒井忠次の嫡男で高崎など約5万石を領している。


「そう喧嘩腰では話も出来ぬ。正純が聞きたいのは崩壊した先鋒をどう致すかとか、大坂城を囲む場所割の変更といった事であろう。また、我らの動きが漏れていると想定しての対応の仕方………などかのう。」


柔らかく(さと)したのは松平忠明。徳川親藩の一角を占め伊勢亀山10万石を領している。徳川秀忠と血縁関係も有り中々の重鎮だ。


「兵糧問題も有りますな。此度はやけに上方商人が渋く御座るが、この敗戦で摂津での現地買い付けは絶望と考えておくほうが無難で御座ろう。」


同じく親藩で、(いち)早く現地付近に乗り込み兵糧の現地調達を模索していた松平忠直が云う。松平忠直は家康次男の結城秀康の嫡子であり、越前北庄(きたのしょう)68万石を領する大大名でもある。



「兵糧については、池田殿にお聞きしたく。如何でござろうか。」


名指しされたのは、播磨姫路42万石を領する池田利隆だ。父・池田輝政が徳川縁者となっていた為、事実上の親藩扱いでもある。


「兵糧については我が播磨は勿論、弟の備前からもかき集めています。陸路の運搬故到着まで今暫く必要なれど、急に飢える心配は無いでしょう。」


諸将の顔に安堵の色が見える。特に黒田長政や細川忠興などの九州勢は兵糧調達に苦慮していたのか溜息も漏れている。


「されば残るは我らの動きを事前に察知された恐れについてだが………。」


水野勝成の機先を制して伊達政宗が目で本多正純に対応を促す。


「されば………立花殿、我と共に本営でご指導戴けぬでしょうか?」


西国一の武士(もののふ)とも(うた)われた立花宗茂は関ケ原の戦いの後改易されたが、じわじわ所領を得て3万石程度の大名に復帰していた。

諸将からも、その案に賛同する呟きが聞こえてくる…が、


「有難いお誘いですが、ご存じの通り(それがし)は最前線で戦うしか能が無い猪武者。(はかりごと)帷幄(いあく)の中にめぐらして勝ちを千里の外に決するが如き、神算鬼謀は持ち合わせて居りませぬ。(むし)ろ、如水(黒田官兵衛)様の薫陶を受けられし筑前殿(黒田長政)が適任ではと存じまする。」


成程とか、それもそぅよ…などと諸将がざわつく。

急に御鉢が巡ってきた黒田長政が慌てて否定する。


「いやいや、某は筑前勢5千を率いている手前、本営に常駐は叶わぬ。おお、そうそう、丁度問い御仁が居るではないか。某以上に(はかりごと)を好み、尚且つ当面は軍勢を率いて前線にも出ぬ人材………藤堂高虎殿が。」


場に微妙な空気が一瞬流れるが誰しも本多正純が手柄を挙げるだけの補佐などしたくない。すぐに何食わぬ顔で諸将は全員が藤堂高虎を参謀に推す。

本多正純も不満など有るはずもなく、かくて欠席裁判で藤堂高虎の参謀就任は決定されたのだった。


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酒井忠次の嫡男は忠世ではなくて家次では?
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