31 帰還
「お見事なる初陣、祝着に御座いまする!」
留守居を代表して修理亮(大野治長)が言祝ぐ。大野治長の母である大蔵卿局や残余の七手組の将に交じって郡宗保の顔も見える。
「爺、近こう。」
「ご立派になられましたな、秀頼様。」
「いや、皆が上手く戦いすぎてしまい、幕府に援軍の逐次投入をさせる余地すら無くなってしもうたわ。せっかく爺にも手伝って貰ったというに。」
「戦は水物で御座れば、勝ちすぎでしまう事も有りましょうぞ。されど………」
「徳川の主だった者共に、われら大坂方を侮らせる種にはなったか。」
そこへ千姫も寄って来る。
「千が鼓舞してくれた兵達は獅子奮迅の働きだった。これからも頼む。」
「い、いえ、私の出来る事など…」
千の肩を軽く叩いて後、京の高台院への繋の名目で城から出していた北川宣勝を呼び寄せる。実際には手綱を使って伊達政宗と連絡を取り合った筈だ。
「首尾は?」
「上々にて。さらなる奮戦を祈る………との仰せで御座います。」
「ふむ。そうよな、もう一度や二度は奮戦せねばなるまいか。」
「………一度や二度?で御座いますか?」
「たぶんな。その後は時の流れが押しつぶしてくれようぞ。」
「時の流れ………」
お互い主語をぼかして語り合う。千姫が怪訝な顔をしているが、帰還の喧噪に紛れているため何も言わずに飲み込んでいる。
「治長(大野治長)。帰還した兵達に順次休息を。暫しの休憩、3日ほどは休ませよう。その後、主だった将帥達を集めてくれ。」
「論功行賞で御座いますな。」
「当座の戦果確認程度は必要だろうが、次は籠城戦になる。その軍議だ。それについてだが、治長。耳を貸せ。」
秘めていた構想が現状で可能な蓄えがあるかどうか、それを治長に確認する。
「!……それは可能では御座いますが……しかし……」
「1月か2月もすれば籠城戦になる。それまでに発布せねばならぬので事実上、機は今しかない。それにどうせ今年は籠城戦だ。収納できまい?」
「解りました。それではその腹積りで段取りを整えておきまする。」
「頼む。」
その後も出会う者それぞれに声を掛け、奥御殿で漸く足を投げ出し一息入れる。
「只出撃して戻ってきただけで結構疲れるものだな、前線で奮闘してくれた将兵にはこんな醜態はみせられん。」
「はっはっはっ。殿は初陣で御座る。気疲れされて当然というものですぞ。」
仙石秀範が相手してくれる。諸将が一通り揃い完全にこの戦が終了するまで、本陣付きの将として補佐してくれる気構えなのだろう。
そうこうするうちにも三々五々、諸将の帰還が報告される。
「秀範、此度は苦労をかけた。次の戦からは秀範にも一部隊を率いてもらう事となろう。さらなる働きに期待している。では下がってよし。」
「ははっ、では後日の軍議まで休ませて戴きまする。」
秀範が予想以上に使えそうな事が判ったのは収穫だったな。これから西に向けて支配地域が拡大するに連れ人材が不足する。さらなる人材発掘も必要だな。
さて、
「諸将の帰還状況や如何に?」
-若江方面へ出ていた主力は全員帰還されて御座います-
-北東に遊撃にでていた渡辺糺様の遊撃部隊、明日には帰還の見込み-
-明石全登様率いる石川迎撃部隊、あと一日半の行程です。-
-長宗我部盛親様、八尾で藤堂勢先鋒を粉砕後、恙無く本日帰還されます。損害軽微。-
-大橋龍慶様、並びに二位の局様、戦勝の祝いを兼ねて一両日中に入城の模様。-
ふむ。間諜共も今しか入城の機はないから当然來るか。
「総構の復旧はどの程度だ?幕府軍の来寇までに間に合うか?」
-すでに2割は完了。浪人衆を動員すれば、十分に間に合う見込み。-
ならば良し。後は宇喜多殿の入城待ちか。………それと立花宗成殿をなんとか最低でも戦局外に遠ざけておきたいが。また真田の知恵を借りるか。
-秀頼様-
「ん、どうした、何でもよいぞ、遠慮は不要ぞ。」
-服部党の者が来ております。-
「なに?服部党とな。よい、直答を許す。これへ。」
ひらひらと一枚の紅葉が10時方向に舞い落ちてくる。
「ん?夏に紅葉とは面妖な……」
ふと気付くと2時方向7mほど先に影の薄い人物が。
「ふっ。これはやられたな。其方が服部党の繋であるか?」
「服部半蔵政就に御座います。」
「なに?半蔵政就と言えば、初代半蔵 服部保長、二代半蔵 服部正成を継いだ服部党の長ではないか。」
「御意に。」
「此処に居て良い立場では無かろうに。いや、儂はむしろ歓迎だが主の身が心配になるわ。」
「そのような扱いであらば………」
「………此処へ来ても問題にもならぬほどの軽い扱いをされておると………」
「今や御下問あるは柳生殿ばかり。服部党はさながら柳生の下僕の如し扱いにて………」
「幕府から離れるは良いが、先の見極めが必要、そこで自ら儂を品定めに来た訳か。」
百地と同じ伊賀者、発想も行動も似てくるものよな。
「で、どうじゃ、主の目には叶ったかな?この秀頼は。」
「いずれ大坂に仕えたく………」
「ならば今より服部党は我が手足となれ。なに、目立った行動など不要じゃ。従来通り幕府に仕えていると偽装しておくだけでよい。大坂方からも従来通り幕府に忍びを送る。」
「見て見ぬ振りを従来通りで良い?」
「うむ。むしろ動きを代えると危険だ。あれで家康は変に勘が働く奴よ。だから何か異変があっても直接の繋は入れぬ方が良かろう。忍同士で受け渡すが無難。禄もその時に渡そう。」
「………有難し。」
「ふふ、急に羽振りが良くなって気付かれるなよ………」
「委細承知。」
半蔵政就が姿を消す。
意外に早かったな。これも初戦での大勝の余禄か。
まだまだ前途多難な中にも光明も見出すのだった。




